136話『最深部にて』
遺跡地下で穏やかに語る夜を過ごした翌日、鬱屈しそうな地下の探索を続けた靖治とナハトの前に現れたのは、二人が唖然とする信じられない光景だった。
水路を抜けた先にあった扉、それを開いた先にあったのは高い天井と、地下でありながら『青空と太陽』を再現した広さを感じられる特殊な照明。
先程までの薄暗さと打って変わって心が温まるような光景、人工の日差しの下で苔や短い草が生い茂っており、白い石で作られたミニチュアのような小さな街並みがあった。
建物の規模は小さく建物は靖治たちの腰元くらいまでしかない。だが噴水があり、四方へ流れる川があり、広場があり、建物がある。文化を感じられる整頓とした佇まい。
だがそんな街並みの中を蠢くのは、人ではなく青白い液体状の謎の物体。
疑似日光に照らされた体をプルプルと震わせながら、独自に活動して街中を這い回っている。
そしてその液体たちにジャレつかれている狼・ゴリラ・鷹が三名。
「よぉ~っほっほっほ、可愛いじゃねえかこいつぅ~!」
「ワァーイ、いぬの人の毛ふさふさ~」
「ウッホウッホ、高いたかーい!」
「キャー! お空までとんじゃうよぉー!!」
「ヘッヘッヘ、スーツの電気マッサージ機能どッスかぁー?」
「う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ビリ゛ビリ゛す゛る゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛」
喋る液体生物を体に乗っけて、思い思いのコミュニケーションを取りながら暢気に笑っている見知った三人を見て、思わず靖治とナハトは口をあんぐり開いていた。
「は……ハヤテぇ!? 何でここいんのさ!?」
「んっ? おぉ、靖治じゃねえかこの野郎」
以前あった戦いの末、木に縛り付けてそのまま放置しておいたロクでなし三人組、冒険団オーガスラッシャーに驚いて声を上げると、リーダー格の狼人ハヤテが視線を向けてきた。
他の二人もスライムたちとキャッキャウフフしながら気軽い感じに声をかけてくる。
「ウッホ、セイジウホか。意外と早い再会だったウホね」
「おっ、チィーッス、ナハトのアネさん! ご無沙汰しておりますッス!」
「あ、あねさん?」
ナハトを見つけるなり近づいてきた鳥人のケヴィンが、パワードスーツをガチャガチャ言わせながらピシッと敬礼して変にかしこまった挨拶をかましてきた。
「いやー、前回の戦闘じゃなりふり構わぬあの戦法に、不敵に戦い続けられるメンタリティ、おみそれしやしたッス! あぁまで戦闘にひたむきなのはソンケーッスよ!」
「……あなた歳いくつで?」
「ヘイ24ッス!」
「うっ、わずかに歳下……」
パーティ内でも見た目の年齢を気にしているナハトだが、根が控えめなため攻め攻めのケヴィンを相手に呼び名を断りきれずたじろいでしまっていた。
とは言え険悪にいがみ合っているわけでないし、彼女のことは置いといて靖治はため息をついてハヤテへ向き合った。
「案の定生き残ったんだね、あそこでくたばってくれてれば良かったのになー」
「クッハハハハハ、憎まれっ子世にはばかるってなぁ! まあ突然山の天気が変わって縛られてた木に雷落ちてきて死にかけるわ、音にビビって暴れ回ったモンスターに木ごとふっ飛ばされるわ、そのまま湖にホールインワンするわ、湖の精霊もどきの悪霊に水底に沈められるわ大変だったがなんとかなったぜ!」
「3回くらい死を覚悟したウホ」
「逆にそれでよく生き残るよね、感心するよね」
生まれから体が弱かった靖治からすれば羨ましい限りである。
そうして話し込んでいると、ハヤテの肩に乗っかっていたスライムの一匹が、目も口もない柔らかな体から、かわいらしいハスキーボイスを発して話に割り込んでくる。
「ハヤテさん、おしりあいですか!」
「おぉ、そんなところよ。悪い奴らじゃねえから挨拶してやると良いぜ」
ハヤテに言われたスライムはピョンと飛んで地面に降り立つと、靖治とナハトの前に這いずって近づいてきて、背筋を伸ばすかのように不定形の体を縦長に整える。
「はじめまして旅のおかた、ワタクシは区長をしております、マイケルと申しますです!」
「これはどうも、僕の名前は万葉靖治と言います。よろしくおねがいします」
靖治が笑顔で名前を返すと、他のスライムたちもこぞって体を震わせながら「ワァー、おっきな人だぁー!」と集まってきて、思わず和みたくなるような耳に気持ちいい声を上げてきた。
「ワタシ、アンネっていいます!」
「オイラ、マクシミリアン!」
「ボク、すえきち!」
「ワタシ、ベアトリーチェよ!」
「ミーはサイード!」
「アタイは、パウリーナ!」
「メイメイっていいます!」
「ジブンはパンチェレイモンですです!」
「うん、みんなよろしくねー、あははー」
「いやセイジさん、普通に挨拶してますが何なんですか、この不気味なようでいてその実無闇矢鱈とかわいい液体生物的なナニかは!?」
非常に友好的すぎてかえって不気味な生物を指さしてナハトが警戒して声を荒立てていると、ハヤテが非難染みた眼をすると細長い口を更に尖らせてうそぶいてきた。
「何って人類だよジンルイー、人種差別すんなよ可哀想だぜー」
「人類!? これが!?」
「まあ来いよ、綺麗な街を荒らされたくねえし歩きながら説明してやらあ」
ウポレとケヴィンは広場でスライムたちと戯れたいとのころでその場に残し、区長のスライムを抱えたハヤテに案内されて街を巡ることにした。
歩いてみてわかるこのスライムたちの街の美しさ。切り出した石で作られた建物はどれも整っていて、その上に乗った苔と白い石が日差しに照らされていて目に眩しい。
「……なんというか素朴な光景ですね、穢れていないというか」
「犯罪率ゼロ、ポイ捨てゼロ、観光にはもってこいの街だぜ」
「ワタシたち、じまんの街なのですよー」
とても澄んだ空気の中でスライムたちは生活を営んでいて、何やらアクセサリーを売り出している店もあれば、みんなを集めて芸をしている場所もあった。
「小さいけど随分しっかりした街並みだね」
「そりゃそうだ、コイツらずっとここで生活してんだからな」
靖治がちょっと建物の裏側を覗き込んでみると、クネクネと身を躍らせながら仲睦まじく絡み合うスライムが一組いて、靖治を見上げるなり「ピギーッ!」と驚いていたので「わっ、ごめん」と謝って先へ進む。
そしてハヤテが「おっ、あった」と漏らした場所であったのは、文字の刻まれた堅牢そうな黒い石碑だ。石はどこも欠けておらず、苔も一つとして生えていない。
鏡のように美しい石碑に手をかけながら、ハヤテがすべての説明を始めてくれた。
「こいつはこのスライムどもの歴史について書かれてある資料だ。これを解読して、プラス上層に描かれていた壁画とスライムどもの話を統合するに、もともとコイツらは一般的なホモ・サピエンス的人類だったらしい。だが戦争やりながら慎ましく繁栄してたが、自分たちが作った兵器のせいで地球環境が悪化して地上は致命的な被害をこうむった」
「そりゃまた慎ましい」
「自滅しかけではありませんか」
「特にヤバかったのは大規模な地殻変動らしい、最悪大陸プレートごと滅びる可能性すらあったんだとさ」
ハヤテは「まあここまでならよくあるバカな人類だ」と言っていると、彼の肩から区長スライムのマイケルさんが不定形の手を挙げて身を乗り出した。
「それをふせぐために、ワタシたちの仲間からゆうしゃが生まれたのです!」
「勇者?」
「コイツらのいう勇者ってのは先んじて実験体となった奴らだ。肉体を改造し、人の身から抜け出した液体生物に変わることで地下深くに沈み、地底内のエネルギーを吸い取り地殻変動を抑え込んだ。更に生き残った仲間も、自分たちを同じような肉体に変化させた、生き残るのにちょうどいいってんでな」
「ってことは……」
立ち塞がった滅びの難問に対し、知恵と技術を結集し、人類が生んだ新たな種。
「環境の変化に強く、怪我をせず、少量の苔や草を食うだけで生きられれて、病気とは無縁のスーパーボディ」
「それがワタシたち、スライムヒューマンなのです! ワタシたちはより文化的なそんざいに進化したのです!」
「に、人間が彼らに進化した……!?」
「ほぇー、色んな世界があるもんだね」
感心している靖治と違い、ナハトは唖然として我が目を疑うかのように、ハヤテの方で踊る青色の液体を尖った眼つきで見つめている。
「うぅむ、よもやそんな……いささか信じがたいですね。人がそのような道を取るなど」
「そうかな? 僕は納得って感じかな。追い詰められれば何だってやるのが人だよ」
「割とマジですげえぜコイツら。肉体の改造とともに戦争もピタリとやんだそうだ、かれこれ千年は犯罪すら起こってないんだと」
「でもそれじゃあ、上層にあった罠とか罰とか何なんだい?」
この遺跡の始まりは人の思考に反応してしかるべき罰の間に転送するというものだが、それがこの温和なスライムたちが作ったものとは思い難い。
しかし出てきた答えはのんびりしたものだった。
「アレは旧人類たいけんアトラクションです! むかしの人がどれだけ危ないことしてたか、よろいを操縦してあそぶものですよ! さいきんはお客もめっきりきませんでしたが……」
「アトラクションって、あんな剣呑な仕掛けで?」
「セイジさん、この方達は液体ですから剣やハンマーも効かないのではありませんか」
「あっ、そっか。物理無効ならいくら危なくしても大丈夫なんだ」
「やたらとパイプが走ってましたが、この人達用の通路というわけですね。危険性の割に殺意の足りない粗雑なトラップにも合点がいきました」
一番最初にナハトが石像を切り刻んだ部屋に、いくつかの鎧が飾られていたのを思い出す。スライムたちがあの中に入って動かして、昔の人がしていた戦いを真似る趣ということだったらしい。
例え切りつけられようが叩きつけられようが、鎧がへしゃげるだけで本体のスライムたちには問題なし。途中で帰りたくなればパイプにのって地下の水路までくれば良いよという、彼らにとっては安全な施設だったわけだ
「それでハヤテは何でここに?」
「んなもん、新しい遺跡にウキウキ気分で探索しに来たに決まってんだろ! 面白げな遺跡が転移してきたんで目の前で半日待って、守護者が来ねえの確認したらマッハで突入だぜ」
「うっわ、じゃあ君らもメカ恐竜の縄張り近くいたのか。ってか未知の領域に徹夜進軍か、無茶すんね」
「ガッハッハ、脳味噌シンプルなぶんガタイも強く出来てんのさ」
この遺跡の真相も解けたところで、肩の荷を下ろした靖治が、ハヤテの腕に乗ったスライムのマイケルに話しかけた。
「区長さん、お尋ねしたいことがあります。入り口で仲間たちとはぐれてしまいました、恐らくその仲間も遺跡を進んでいると思いますが、その場合ここで合流できますか?」
「んー、とはかぎらないですよ。このしせつ地下の居住区はいくつかわかれてるので、べつのばしょに出てくるかもしれないです」
「他とは連絡がつきますか?」
「いまはむずかしいです。じげんの転移のとき、つうろのいちぶが前の世界にとりのこされて、岩壁になっちゃってて行き来できなくなっちゃいました」
「あらら」
「ボクたちがいまの姿になったちょくごは昔のぎじゅつもたくさんあったですが、せんそうがなくなってぎじゅつを使うひつようもなくなって、通信機とかもずいぶんまえに壊れてそれっきりなのですー」
「満たされやすくなった反動ってやつだな。物質的にも精神的にもあらゆる活動を小範囲で完結できるようになった結果、コミュニティ間のつながりも必要なくなったってわけだ」
進化して新たな生き方を手に入れたスライムヒューマンだが、人類のすべてを継承できたわけではないらしい。まあ本来なら継承する必要性もないものだったのだろう。
問題はこれからの自分たちの身の振り方だと、靖治は顎に手を当てて唸り声を漏らす。
「んー、どうするか悩みどころだね。探索報酬目当てだったけど、ここでイリスたちと合流しようとしたら足止め食っちゃうかもだし。ここは安全そうだから僕が残ってイリスたちを探して、ナハトだけ先の村へ飛んでお金だけもらってきちゃう?」
「あっ、ズルいぞおめえ。オレらだって金欲しいんだかんな!」
元々、靖治たちの目的は遺跡内を探索し、その情報をテイルネットワーク社に持ち込んで報酬金を貰うことだった。
今ここにハヤテたちがいるのだから、彼らが先に村にたどり着いては得られる報酬が減ってしまう。早いもの勝ちである以上、ナハトを先行させるのも手かと思えた。
「いえ、それは止めておいたほうがいい。ここも安全とは限りませんから」
しかしナハトは手をかざして靖治の提案を押し止める。彼女の声はどこか鋭く、重い意識がこもっている。
その気配に、ハヤテの肩に乗っていたスライムが警戒を示すかのように収縮し、表面を針の山のように尖らせた。
「紫煙の魔術師、あの者がもしここへ来れば、セイジさんの身にも危険が及びかねません」
ナハトは目尻を引き締め、切り裂くような気配をまといながら静かに呟いた。
意外と早かった再登場、作者としても予想外デス。




