132話『意地悪な仕掛けを抜けて』
靖治とナハトが石像を罰を撃退していた頃、同遺跡内の別の区画では。
「何で私たち転がる大玉に追いかけ回されてるんですかぁ~!?」
「知るかぁー!!!」
両側を壁に挟まれた薄暗い一本道を巨大な岩の大玉に追いかけ回され、血相変えたイリスと、その隣で丸底バッグを引っ張ったアリサが猛烈ダッシュする姿があった。
遺跡のエントランスからワープさせられ靖治とナハトからはぐれてしまってから、仕方ないのでこの二人で探索しようと踏み出した途端、背後から物々しい音が響いたかと思うと、壁が割れて奥から3メートルほどはありそうな大きな岩玉が転がり出てきたのだ。
いきなりのデンジャーにギョッとした二人は、まとめた長髪を尾のように引きながら必死に走る走る。無闇にピカピカに磨き上げられた大玉は、人をペシャンコにして潰せば死体がよく張り付くことだろう。
「っと、いきなりでビックリして逃げちゃいましたが、トライシリンダーセット!」
「アグニ! アンタも行きなさい!」
仲間とはぐれて困惑していたところに来られたので対応が追いつかなかったが、改めて意識を非常用に切り替えたイリスが地面を靴底で引っ掻いて振り返る。
イリスの右腕から長手袋を裂いて飛び出したシリンダーに緑色の光が灯り、更にはマントを翻したアリサも赤熱の魔人を繰り出すと大玉へと鬱憤をぶつけに行った。
「チャージ30-50-30、フォースバンカー!」
「ぶっ壊せアグニ!!」
翠色の閃光と赤黒い炎の拳が真正面から突き刺さり、傷一つなかった綺麗な岩玉を卵のように叩き割り、通路の中で粉々に砕き散らした。
ガラガラと音を立てて崩れる残骸に、二人は「フゥー……」と一息つく。
「特殊な仕掛けはないただの岩で良かったです。でも何だったんでしょう?」
「いやまぁ、トラップでしょ普通に。侵入者対策ってのはよくあるもんよ」
「ほほぉー、これが噂に聞く……」
瓦礫を前にして、イリスは興味深そうに顎に手を当てて眺めていた。
危機を退けた二人はそれぞれ武装と能力をしまって、引き続き一本道の下り坂を進んでいく。
天井から光る岩の照明に照らされながらもう少し進んだ先には、大きな穴と横に曲がる道があった。本当なら逃げ切れれば岩玉だけが穴に落ちていくという構造だろう。
二人は仕掛けに追い立てられることもなく、悠々と歩いて穴の手前を道なりに曲がって進んだ。
「慌てて逃げてたら、間違ってあの穴に真っ逆さまだったかもですね」
「噂話とかじゃ王道のトラップよね。つっても、あたしらみたいな凄腕の冒険者なら、あんなベタなの大したことな――」
余裕を口にしながら歩いていたアリサだが、彼女の足元でカチリと音がなったかと思うと、真横の壁から鋭い槍の仕掛けが飛び出してきて眼の前を白刃が横切る。
おでこの辺りから断ち切られた前髪が数本舞い落ちるのを見ながら、アリサは爆音を立てる胸を抑えて青い顔で頬を引きつらせた。
「い、イリス、やっぱアンタが先に行きなさい。いやこのくらいでビビってねーけど、安全的にね?」
「了解です!」
と言うことで何かあったら危ない生身のアリサは後方に下がり、頑丈な機械の体を持つイリスが前を行くこととなった。
しかしここは異世界から現れた謎の遺跡、まだまだ無謀なならず者を葬るような恐ろしい罠の数々が秘められているのだ!
「あっ、見てくださいアリサさん! 宙吊りの道の横から振り子のギロチンが!」
「叩き落とせアグニ!!」
ギラついた刃で侵入者を奈落に突き落とそうとするギロチンを、魔人アグニが圧し砕いて葬り去り。
「あぁ!? 奥の石像からたくさん矢が飛んできます、これじゃ進めません!」
「行ってこいアグニ!」
幾つもの矢が絶え間なく飛び交い編み模様を作る部屋で、アグニが攻撃を物ともせず発射台を破壊し。
「そんな!? トゲトゲの天井が迫ってきますよ!」
「アグニ、持ち上げてろ!」
壁と擦れて不気味な音を立てながら迫りくる天井を、アグニさんが受け止めてる間にイリスがのんびり仕掛けの解除レバーを引くファインプレー。
そして続く先では。
「あっ、これは!?」
「今度は何!?」
「この女性の像、すっごいおっぱいおっきいです! どこの世界でも男の人ってそういうのが好きなんですねー」
「いやどうでもいいわい!?」
やたらとセクシーな女の石像の胸をイリスが手で揉んでみて、その大きさに「おぉ……ナハトさんのもこれくらいでしたね」「デカイわよねアイツ……」などと神妙に語ったりしていた。
二人して自分の胸に手を当てて彼の者との戦力差を確認したりしながら、遺跡を道なりに進んでいく。
「アリサさんのアグニさん、便利ですね~。即ハイパワーを出せるのでスイスイ進めちゃいます」
「つっても不意打ちには弱いけどね。意識してれば弾丸だってスローに見えるけど、見えないとこから来られると追っつかないのよ」
「ならアリサさんの隙きは私がカバーしますね!」
「ハイハイ、頼むわよ」
イリスが奮起して進んでいると、やがて閉ざされた道に突き当たった。
「なにこれ行き止まり?」
「でも壁の手前に何かありますよ!」
どうやら奥の壁は石戸のようだ、そしてその手前には台座が床から伸びており、二人がそれを覗き込んでみると楕円形のくぼみがあった。
「台座の上にこれみよがしなくぼみ……」
「あっ、これにハメれそうな宝石ならならさっき拾いましたよ!」
「えっ、どこで?」
「さっきの人の乳首押したら谷間から落ちてきました!」
「アンタも作ったやつも何やってんのよ……」
イリスが手に入れた宝石をはめ込んでみると、どこからか『ティロティロリン♪』と軽快なメロディが響いたかと思うと、石戸が土埃をこぼしながら上に引き上げられ道が開かれる。
「おっ、開きましたね!」
「わざわざ効果音までつけてんのか……で、また何かあるみたいね」
ウキウキした顔のイリスの後ろを、ちゃっかり台座から宝石を掠め取ったアリサが付いていくと、また同じような行き止まりと台座があった。
今度の台座は七芒星が描かれ、星の周囲にはドーナツ状のくぼみがあり、それら隣には模様の掘られた七つの石版が重ねられていた。
「字が彫られてますね……英語です」
「あーっと、何々? かつての世になぞらえ、一週間の守護を成せ、さすれば汝の前に道は続かん……まんまパズルかよ」
「あっ、この石版の模様は知ってます。曜日の起源となる惑星の記号ですね、七曜と言うやつです。ならこれは太陽でこっちが月で、アレをこうして……あっ、開きました!」
ドーナツ状のくぼみへ頂点から時計回りに太陽・金星・水星・月・土星・木星・火星の順に記号を置いていく。元々は一日の24時間の1時間ずつに七曜が当てはめられていたので、一日ごとに始まりの曜が3つずれていくのだ、そうして3つずつずらして数えていくと日月火水木金土となり週を作り、内側の七芒星の順序とも合う。
するとまた胸が湧くようなメロディが鳴って扉が開き、また新たな問題が繰り返され、また意気揚々とイリスが挑戦に臨んだ。
「おっ、おっ? 次は迷路と暗号ですかちょっと難しいですね……これならこうでしょうか? あっ!? それともこう!?」
「イリス……あんたなんか楽しそうねぇ」
「へぁ!? た、楽しいだなんて! 靖治さんがどうなってるのかもわからないのにそんなこと!!」
「そっかどうでもいいんだ、んじゃアグニで扉ぶっ壊して進む?」
「うっ……ちょ、ちょっとくらい解いても良いと思いますー、無視したら作った人かわいそうです」
「ハイハイ、勝手にやってよ」
意地悪な言い方をするアリサにイリスは少しふてくされた顔をしたが、すぐに「まっ、いいです」と気を取り直して夢中で問題に取り掛かった。
アリサとしても無理に扉を壊して進めば遺跡が崩れたりする可能性もあるし、何より楽なのでイリスの好きなようにさせて休んでいた。
やがて合計10問クリアするとクイズコーナーも抜けたようで長い道が続き始め、達成感に拳を握るイリスの隣を呆れた顔をしたアリサが並んで歩いていく。
「本格的な遺跡探索というのは難しいものですね! 靖治さんが目覚める前は、ナノマシン技術を探して見て回ることもありましたが、作業的に技術レベルを見て回っておしまいだったので、こうしてじっくり進むとやりごたえがあります!」
「どこの遺跡もこんなもんって思われたら困るけど……つーか何の目的で、あんな頑張れば誰でも解ける謎解きを用意してるのよ、セキュリティになんないでしょ。おちょくってんの?」
「うーん、どうしてなんでしょう? 旧文明にあった娯楽のテレビゲームでは、ああいうのを楽しんだりしてたそうですが」
「入り口じゃ罰がどうとか言ってたけど、これのどこか罰なんだか」
ワープ前の文言を思い出してアリサが馬鹿にしたように笑い飛ばす。
休憩を挟んで気が緩んだのか、彼女はまた自分の能力を鼻にかけてイリスの前に出た。
「まあ何にせよ、あんな甘い仕掛けしか用意されてないなんて、この遺跡も大したことな」
だが言葉の途中、音もなくアリサの姿が垂直に落ちていき、赤いツインテールが一瞬置いていかれて上方へなびいた。
その二秒後には、落ちていくマントを慌てて引っ掴んで支えているイリスと、刃物が敷き詰められた落とし穴の上で腕を組みながら宙ぶらりんになった仏頂面のアリサの姿があった。
「前言撤回、この遺跡設計したやつは人を弄ぶクソ野郎だわ」
「は、早く靖治さんたちを探しましょう~!」
この危険な場所で今ごろ靖治たちがどうなってるか、心配に声を上げているイリスだったが、穴の奥を見ると底の方に丸い穴がいくつも空いていることに気がついた。
「何でしょう、あの丸い穴……そういえばここまでの道でも同じものがありましたね。排水口っぽいですが……?」
「いいから早く上げてよイリスー!!」




