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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
六章【朝へ向かう夜の狩人】
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129話『ちょっとした意地悪と上から目線な警句』

・低気圧で体調ウボァー、短めです。

「び、びっくりしましたぁ~」

「もう、髪ビショビショじゃないの、酔っぱらいには気ぃ付けなさいよね」


 酔っ払い共に突然ヒーロー扱いされたイリスが目を白黒させているところに、ナハトが近づいて声を掛ける。


「イリスさん、リベンジマッチをお願いできませんか? 今度は軽くでいいですので」

「もう一回ですか? もちろんですよ!」


 イリスはグッと拳を握って快諾すると、再びさっきのテーブルに二人で座り、店の喧騒を他所に手を組み合う。

 それを見ていたアリサは、ナハトが勝敗にこだわるタイプじゃないのにと、不審そうに眉を吊り上げる。


「今度は何よナハトのやつ?」

「まあ見てようよ」


 靖治はアリサの隣りに座って傍観の姿勢だ。

 二人が眺める前で、まだ勝利の高揚感が抜けきっていないイリスに、ナハトが柔らかく笑いかけた。


「カウントはイリスさんからで」

「わかりました! 3、2、1」


 カウントが縮まり、勝負に対して気を引き締めようと直前の、もっとも意識が空白に近くなる一瞬。

 その希薄な瞬間を狙い、ナハトはカウントのゼロを待たずして瞬速で手を押し込み、イリスの腕をテーブルに押し倒してバンッと硬い音を響かせた。


「ゼ――あっ、あぁ!?」

「ふふ、はいあなたの負け」


 あっという間の決着に、イリスは元より靖治とアリサも「あっ」と声を漏らして口をぽっかり開けていた。

 驚いているイリスの前でナハトはふわりと笑い、手を離すと椅子から立ち上がる。当然、憤ったイリスは、拳を振り回した猛抗議した。


「ひ、酷いですよナハトさん! ずるいです! 卑怯です!」

「えぇ、その通り。これが試合ならペナルティでわたくしの負けでしょう、しかしこれが腕相撲でなく実戦だったりしたなら?」


 余興のつもりでいたのに、急に重い言葉を織り交ぜられ、イリスは驚いて口を閉じる。

 押し黙るイリスを見下ろしながら、ナハトは淡々とした口調で続けた。


「イリスさん、世の中の人が誰しも正々堂々でいてくれるとは思わないほうが良いのです。あなたの真っ直ぐさは美しくあり武器にもなりますが、それを騙し、利用しようとしてくる者もたくさんいます。そういった者たちは不意打ちのチャンスを虎視眈々と狙っており、あなたが浮かれている時にこそ卑劣な刃で闇に紛れて襲ってくる」


 こじつけのようでもあるが、イリスたちはそれがあり得る命懸けの旅をしている身なのだ。ふとした瞬間に命を狙われない保証などどこにもない。


「この前の、オーガスラッシャーとかいう集団との戦いでも、そういった手合いを相手にして翻弄されたのではなくて?」

「うっ、それは……」


 狼人のハヤテとの戦いを思い返す。確かに彼は今までとは違う戦闘スタイルでイリスをあの手この手で欺き、得意のフォースバンカーを動作不可まで追い詰められたのだ。あの時は靖治が裏から敵に奇襲を掛けて決着が着いたのだが、あのままイリスが戦っていたらどうなっていたのかわからない。

 しかしそれはそれとして、清々しい勝負の後でいきなりこんなことをされても納得が行かないとイリスは苦虫を噛み潰し、どうしようかと迷った挙げ句にアリサへ泣きついた。


「うぅ、でも……アリサさぁ~ん」

「ハイハイ。喜んでるやつに水を差すのはどうかと思うわよ、でも実際卑怯なやつほどそういうことしてくるもんよね」


 アリサはイリスの頭を撫で付けて同情しつつも、ナハトの言葉を否定したりはしなかった。今回は遊びの範疇だから良いが、抜き差しならない状況下で不意打ちされたならと考えるとゾッとするのは確かだ。

 ナハトは微笑んだまま自分の荷物をテーブルの下から呪符の塊を拾い上げて背中に担ぐと、腕相撲大会の勝利品である酒瓶を手に、上階へと続く階段へ足を向けた。


「その胸のわだかまりこそ勉強ということで。わたくしはこれで失礼します、先に部屋で休んでいますね」


 そう言ってナハトは仲間を置いて酒場から抜け出し、階段を登っていった。

 部屋に入ったナハトはゆっくりと扉を締め、窓を開けると、奇術師から賭けの代償として支払われた酒瓶を目の前に取り出した。

 栓の周りは封蝋で覆われており、まだ開封されていないと誰でもわかる見た目をしている。しかしナハトは瓶を顔から遠ざけて、呼吸を止めながら封を開けると窓の外で逆さに振った。

 流れ出た琥珀色の酒が外の地面に零れ落ち、ジュワアと焼け付くような音を立てて地面から煙を吹き立たせる。


「……フッ、アリサさんよりケチな男」


 酸が混じった酒、迂闊に飲んでいれば喉が焼け爛れていただろう。


 空になった瓶を床に置いたナハトは、自分の荷物である呪符の封印を緩めた。解けた呪符の内側に指を差し込んで、中から呪文の書き込まれた護符を取り出した。

 それを入り口の天井付近に投げつけて壁に貼り付けて、魔力の探知結界で部屋全体を包み込む。これで即席の警戒網はできた、侵入者があれば即座に反応が返ってくる。

 そこまでしてようやくナハトは休息の体制を取り、ベッドに座りながら、咄嗟に口から出てきた例えが仲間の名前だったことに苦笑し、自分もずいぶん気を許してきたものだと考えながら、窓から見える月明かりにまどろんだ。

アリサ「ケチの代表格扱いされてるのが納得行かねえ」

靖治「例えば200円のお茶と100円の水、買うならどっち」

アリサ「水に決まってるでしょ!!」

靖治「まあそういうとこだよね」

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