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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
六章【朝へ向かう夜の狩人】
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127話『夜の挑発』

「よぉう、ネエチャンらお話し済んだかい? そんならオイラとちょいと一杯やんないかね?」


 そう言われナハトが振り向いた先にいたのはこの村の住民の男だ。腕まくりした白いシャツにタオルをバンダナ代わりにしたいかにも労働者な風貌で、歳は二十代くらいか、日に焼けた肌はよく鍛えられておりガタイは良い。

 ニカッと笑って健康的な歯を見せてくる男に、ナハトより先にアリサが嫌そうな顔をした。


「ケッ、またナハト目当てかよ、どいつもこいつも鼻の下伸ばして」

「あんまツンケンすんなよぉ嬢ちゃん、ミルクおごってやろうかい?」

「いらねー、金で寄越せ」

「ナハトさん、よく男の人に声かけられますよねー。大人気です」

「まあ僕らが話し終わるまで待ってた辺り、まだ紳士的な人だね」


 端的に言ってナハトはモテる。端正な顔立ちに大きくも張りのある胸、筋肉が程よくあって引き締まった肢体、そしてさらけ出された背中の肌の瑞々しさ、どれもが男の目を引くし、それに立ち振舞いも――自己嫌悪で落ち込んでいる時以外は――いつも芯が通った姿勢で凛としていて、純白の片翼は眼球の底に焼き付くような神々しさだ。

 見た目は一級、ともすれば女でさえ振り向いてしまうような美しさを備えたナハトは、道中そこかしこで男からアプローチを受けている。

 言い寄られるのはよくあること、場合によっては体を触られそうになったり、腕を掴まれて無理矢理連れて行かれそうになることもあるくらいだ。まあ大抵はナハトが相手を関節技で痛めつけて、男が悶絶して床に倒れることになる。

 そう言った粗暴な輩に比べれば、この男は比較的マシな方だろう。だからナハトも一瞬冷めた顔をしていたものの、すぐに可憐な笑みを取り繕った。


「あら、わたくしに声をかけてくれたのでしょうか?」

「ネエチャン、ナハトちゃんって言うのかい? いい名前だねぇ、星も笑って踊りだすような響きだ。オレはマッコウってんだ」


 言い寄るマッコウの後ろで、彼の友人と思わしき地元の住民が「おい、マッコウが行ったぜ」「ゼッタイ玉砕だ、賭けていい」などと囁いている。


「ちょっと二人きりで飲まないかい? ナハトちゃんの羽根にかけて、オイラ奢っちゃうぜぇ?」

「ふふ、口の上手い方ですわね。思わず照れてしまいますわ」

「出た、外行きな顔。知らないヤツに良い顔すんの得意よねコイツ」

「アリサさん、少し黙っていてくださいまし?」


 ニッコリ笑いながら怒気を滲ませたナハトに、アリサは「おー怖」と意地悪に笑いながら顔を背けた。

 その間もイリスは背筋を伸ばして様子を眺めていて、その隣で靖治は食後のお茶をすすって同様に様子見の姿勢だ。このパーティのリーダーは、行為が悪質でなければ大抵は見守る。


「明るいお方は好きですよ、えぇ好ましいです。しかしこう見えて内気な性分です、あまり気安い方には気後れしてしまいますわ。いるんですのよね、肌を晒しているからと、わたくしのことを羽毛のような重さだと見てくる殿方が」

「いやいやぁ、ここはワンダフルワールド、格好に偏見は持たないさ。大胆な格好で男としちゃ刺激されるけど、立派なレディだと思って接しとるよぉ。それにその羽根じゃあ背中を出すのも仕方なかろうて」


 軽いジャブを打ち込んだが、マッコウは気軽に受け止める。ナハトは話しながら、マッコウが零す言葉の一つ一つやちょっとした振る舞いを鋭く観察していた。

 普通に話すにはまあ及第点と言ったところか。相手の領分を軽んじず、弁えているのは好感が持てる。


「良いよなぁ天使みたいな羽根の生えたレディってのも! ネエチャンほどの清廉な美人となりゃあ格別だ!」

「それはわかる、良いよね真っ白な翼!」

「同意すんなバカセイジ」


 ちょっと減点、ガッツいてる男は苦手だ。リーダーにもそういうのは正直止めてほしいなぁと思っている。

 そんなことを考えていると、ニヤケ面をした靖治の隣でイリスがプクーっとふくれっ面になった。


「むぅー、私だって銀髪でピカピカですよ!」

「うん、イリスの髪の毛も綺麗だね。よしよし」

「あっ……えへへ~」


 頭を撫でられてポニーテールを揺らすと、イリスは途端に頬を緩ませてご機嫌になった。ああいう素直さがナハトには羨ましいなと嫉妬する。

 自分もあんなふうになれればいいのだが、そう思ってからおこがましいなと考えて首を横に振った。


「しかし清廉な……ね」


 つい自嘲気味に笑ってしまったが、マッコウは気づかずにお世辞を続けてきた。


「普段は女に声を掛けるなんて勇気がいることだけど、ナハトちゃんくれえの美人さんなら臆病風も吹っ飛ぶってえもんだ。一緒に楽しい時間を過ごさないかい? 憂うのも忘れて騒ごうじゃないかい」

「さて、どうしましょうか」


 あえて迷った素振りを見せながら、ナハトは何気ない動作で店の中を見渡してここにいる客を観察した。特に注意深く見たのは流れの冒険者、読み取るべきは体つきと重心の置き方から見れる身体能力と、目の奥に宿るモノ。

 そのどちらもナハトにとっては取るに足らないものだった、これならどうすることもないかと考えていると、店の扉が開いて新しい客がゆっくりと足を踏み入れてきた。

 黒いシルクハットを被り、紫色のローブを纏った三十代ごろの男だ。首筋の筋肉からして肉体はしなやか、そして眼が、濁っていた。

 風貌からして冒険者の一人か、もう暗くなってからだいぶ経つのに、この時間帯に村へやってくるとは珍しい。ローブの男は店主に注文を頼み、一番端の席に着く。その様子を、ナハトは気取られないよう密かに眼で追う。


「…………」

「ナハトちゃあん?」

「……そうですね、では」


 ナハトは視線を切って立ち上がると、マッコウに柔和に微笑みかけて隣りにある空席のテーブルを手で示した。

 まさかの展開にマッコウは目を輝かせ「そうこなくっちゃ」とニンマリ笑い、見ていたイリスが驚いて尋ねてくる。


「えっ、行っちゃうんですかナハトさん!?」

「ふふ、そんなに心配せずともよろしいですよ」


 どこか含みがあるが濁した言い方をしながら、ナハトはイリスの隣へチラリと視線を送る。

 しかし靖治は手に持った湯呑を揺らして水面の波を見ながら、ただ一言を送るだけだった。


「あんまり無茶しないようにね」

「……もう、わかっていますわ」


 そっけない言葉にナハトが少しいじけたような声をして、男とともにパーティのテーブルから離れていった。

 珍しく苛立った様子のナハトを見て、アリサが靖治に肩を寄せて耳打ちする。


「引き止めてほしかったんじゃないのアイツ?」

「そうだとしても、束縛するのは趣味じゃないさ。僕にそれはできないよ」

「束縛? ロープで縛るんですか?」

「ううむ、それは良いね。鎖とか……」

「やめんかい」


 女心へ不埒なことを考える靖治をアリサが叩いているあいだに、ナハトは椅子に座ってしまう。

 彼女のためにとマッコウがウキウキ気分で新しいグラスと酒瓶を取ってきて、丸テーブルの向かい側に腰を下ろした。


「それじゃ早速一杯……」


 マッコウが酒を注いでグラスをテーブルの中央に置いて差し出したが、それを取るより先にナハトが重い音を立てて天板に右肘を突くと、前のめりになってグラスの真上で手を構えた。

 張り詰めた空気を作るナハトに、マッコウは面食らった様子で、口をすぼめて茶化すような言葉を吐く。


「なんだいナハトちゃん、その腕は?」

「言いましたでしょう、軽い女ではないと」


 驚いているマッコウの前で、ナハトは弾力のある唇を艶めかに揺らして挑発めいた笑みを作る。その仕草はリップも塗っていないのに異性を誘惑する色気があった。


「どうせ楽しむなら勇猛な男性と過ごしたいものですわ、それとも女からの挑戦から逃げ出しますか?」

「言うねぇい。そこまで言われちゃ、引き下がるわけには行かねいぜい。オイラだってちいと腕っぷしには自信があるんだ。だが勝負が決まった後で知らんぷりはしてくれるなよ?」

「えぇ、心配いりませんとも。もしあなたが勝ちましたら、わたくしの時間を日が昇るまで預けてもよろしいですよ?」

「おっほぉ、ノッた!!」


 火に吸い寄せられる蛾のようにマッコウが屈強な手でナハトを掴み、両者はグラスの真上で右手を組み合った。

 テーブルを挟んで睨み合う二人に、イリスが首を傾げて靖治に尋ねる。


「靖治さん、アレってなんですか。握手じゃないですよね?」

「アームレスリングだよ。イリスも知識はあるよね、アレの勝敗で今晩付き合うか決めようってことだよ」

「ナハトのやつ、あんな血気盛んなタイプだっけ……?」


 ガタイのいいマッコウの手はズングリと丸みがあって太く大きい、対してナハトの細い手は隠れて見えそうなほどのサイズ差がある。傍目には勝ち目があるようには見えない。


「細い手だぁ、握れただけで光栄だね」

「それで満足するような方に、我が身を預けるわけには行きませんね」

「よぉーし、そんならそれで終わる男じゃないってとこを見せてやるよ」

「ではカウントはそちらから、お好きなタイミングでどうぞ」

「良いのかい。そいじゃあ……3……2……」


 カウントの合間に、ナハトは相手の呼吸を注視し、手から伝わってくる筋肉の感触に神経を澄ませていた。


「……1――ゼロッ!」


 カウントから一瞬遅れてマッコウの手に力が入る。素人にありがちな呼吸の遅れ、これだけで戦士ではないとわかる。それにナハトは後手で対応しながらあえて力加減を調整して受けた。

 一旦ナハトの手が押されわずかに傾くがすぐに力を込めて逆転する。だが顔をしかめたマッコウが力こぶをみなぎらせて踏ん張り、なんとか戦いをイーブンへと引き戻した。


「グッ、やるねいナハトちゃん……!」

「ふふ、そちらこそ」


 もうマッコウに油断はないだろう、ナハトのことを女だからと侮ってきたりはしない。でありながらも、ナハトは勝敗よりも場をどうやって盛り上げるかを考えていた。

 とりあえず最初は男に花を持たせつつ五分に持ち込んだ、あとは何かきっかけがあれば良いのだが、そう考えていると他の席にいた地元の住民のグループが野次を飛ばしてきた。


「おーい、女相手に負けんなよマッコウ。いっつも筋トレ自慢ばっかしてるんだからよ!」

「うるせー! 集中してんだ邪魔すんな!」


 これ幸いとナハトは口を笑わせると、ちょっと腕に回す魔力を強めて手を押してやった。それだけでマッコウは腕を押されながら「うおおおッ!?」と大げさに慌て、必死に押し返してくる。

 おかげで客たちの注意がこの一戦に向いてきた。女相手に情けない声を上げる男がお望みならと、ナハトは一層攻めてマッコウを焦らせてから、相手の奮起に合わせて引いて今度は逆に負けそうな振りをする。

 見かけにはいい勝負に見えるだろう、何であれ美しい女が苦しそうな顔をして負けかけているのだから、客たちの中で下品な類の男が歓声を上げて立ち上がり、戦いの行く末を見物してくる。

 まずはこれくらいでいいだろう。ナハトはギャラリーが見ている中、精一杯踏ん張ってるという演技をしながら徐々に、決して圧勝しないよう気をつけて、怪我をさせないよう優しく相手の手の甲をテーブルの天板に当ててやった。


「ふぅー、やりましたわ」

「ぐわーっ!? ちくしょう負けたぁー!?」


 マッコウは「惜しかったのにぃー!!」と喚いて悔しがってくれた。それを見た彼の友人が、他のテーブルから笑い声とともに茶化してくる。


「はははっ! 冒険者相手に農夫がかなうわけねえだろ!」

「うるせー、農業舐めんな!」


 中指立てて憤るマッコウの前で、ナハトは立ち上がって中央に置かれたグラスを手に取った。


「ではこの一杯は挑戦料ということで」

「とほほ、いい勉強になったぜ」


 マッコウが「カモられた~!」と気の抜けた声を上げながら仲間内のテーブルに戻って行くのを見送り、ナハトは手に持った酒をグイッとあおって、一気に飲み干した。

 少し汗をかいた顔で口元を拭うナハトは男からすればさぞ魅力的だろう、すぐに次の獲物が近寄ってくる。


「ネエチャンやるじゃん。今度はオレとやってくれねえかい? 一晩付きでよ」

「えぇ、いいでしょう。わたくしも少しノッてきました、いくらでも相手をしましょうか」


 今度は頬に♂と♀のマークを入れ墨した、パンクな髪型の男だ。

 ナハトが空のグラスを中央に置くと、新たな挑戦者がそこに酒を注ぎ、再びグラスの上で右手が組み合わされる。

 筋肉の動きに淀みはない、手慣れている、恐らくは同業者。だがちゃんとした訓練は受けていないのだろう、体幹が乱れていてナハトから見れば大変はしたない。


「おーし、やれやれー! そんな細腕へし折ってやれー!」

「ネエチャンそんなヤツに負けんなー!」

「ナハトちゃん、頑張れよー!!」


 こうなれば店中がナハトのペースだ、寄ってたかって野次を呼ばして囃し立ててくる。ここまでくれば一戦目ほど苦戦しなくても次が来るだろう。そうと決まれば、戦いの前に手を揉んでくるこの下品な男は十秒程度で片付けてやるとしよう。

 ナハトが徐々にペースを上げていくのを見ながら、アリサが腕を組んでかったるそうにぼやきを零す。


「ちょっとどうすんの、これ店中相手しなきゃ終わらないわよ」

「あはは、まあいいんじゃない? ナハトならわかっててやってるだろうし」

「おぉー、すごいですナハトさん! 次々やっつけちゃってます!」


 興味津々なイリスの視線の先で、言葉通りの連戦連勝をナハトは見せていた。冒険者から地元の住民まで、店に来ている者たちが挑んできては酒だけ取られて帰っていく。

 途中からは本気で勝とうとする者が少なくなってきて、代わりに負けるとわかりながら面白半分に挑む者も増えてきた。酒一杯で美女と握手と考えれば、男からしてもそう悪くないだろう。

 勝つたびにナハトが酒を呑むものだから、店主のママが乙女ポーズで近寄ってきて心配そうな顔を見せに来る。


「お客さん、そんなに飲んで大丈夫なのぉ? そろそろ部屋で休んで方がいいんじゃなぁい~?」

「心配いりませんよ、これでもお酒には自信があるんです」


 嘘だ。実際には魔力でアルコールを分解して酔いをコントロールしている、貴族のパーティーに顔を出す時のための技術だ。最初に頬が赤くなる程度に酔ってからは、その状態を崩さないようそれ以上でも以下でもなく適度に酔い続ける。

 パフォーマンスは問題なし、この程度なら一晩中でもやれる。


「おぉ、すごい! またナハトネエチャンの大勝利だ!!」

「もうこの店で挑んでないやつは残ってないのかぁ!?」


 終盤にもなれば勝つ気で来るチャレンジャーはほとんどいなくなってしまった。みな影で「ありゃ最初からオレらをカモるつもりだったぜ」だの「ああやって男のこと嘲笑ってんだな」などさがない言葉も聞こえてくるが、まあ利用しているのは事実だから大目に見よう。

 さて、来るならそろそろだと思うのだが。


 ナハトがグラスをテーブルの中央に置いたまま、椅子に座って目を閉じて休んでいると、誰かの足音が近づいてくるのを聞いて、パチリと片目を開いて見上げた。

 そこに立っていたのは、最後に店へ入ってきた紫ローブの男だった。

 シルクハットで目元を暗くした男は、ローブの下からカラスのようなくちばし状のマスクを取り出すと、顔に取り付けながら沈んだ言葉を吐いた。


「……オレが……やろうか」

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