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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
六章【朝へ向かう夜の狩人】
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124話『道の途中で仲間の話』

 ワンダフルワールドの地理というものは、異世界から転移してきた地区ごとにまったく違った様相を見せることが多い。

 それは単に地形が違うといったものだけでなく、土地そのものが含む概念が日本古来の気候を押しのけて独自の環境を維持することも多いのだ。一例としては大阪湾に転移してきて海を覆い尽くした砂漠は、流れ込む河川を弾いて乾いた砂の海を確固としたものにしている。


 ここ、靖治たち一行が通りかかった地域も他とは微妙に違う特色を持っていた。

 夏ということを差っ引いても湿度と温度が共に高く、また植生も特殊で大型の細い葉が突き出た裸子植物が乱立しており、大きな虫が飛び交うその地域はさながら太古のジュラ紀の様相を呈していた。

 そしてジュラ紀と言うならば、そうだアレがいるのだ。

 木々に並ぶほどの巨体で地を揺るがし、並んだ鋭い歯に掛かれば人間などひとたまりもない。

 ビッグで強くてたくましい、男のロマンたる。





 メ カ 恐 竜 が ! ! !





 ――グォォォォアアアアアアアアアアア!!!


「「うぎゃああああああああああああああああ!!!」」


 青空の下でなおも鬱蒼とした森の中を、少年少女の悲鳴が木霊する。

 血相を変えて走り回る靖治とアリサの背後を追いかけてくるのは、白銀のメタルプレートに射抜くような赤いカメラアイで獲物を捉える、大型ティラノサウルスを模したメカ恐竜だ。

 木々の間をすり抜けるように逃げ続ける二人の子供を、メカ恐竜はその巨体で木々を押し倒しながら執拗に追いかけて、バイオ燃料として捕食しようと動力パイプを脈動させて四肢を駆動させていた。開かれた顎からは電撃を帯びた凶暴な牙を見せつけ、喉奥に搭載されたスピーカーから重低音のヴォイスを鳴らして周囲を揺るがす。

 迫りくる驚異に、靖治はバックパックを背にヤケクソ染みた笑みを浮かべ、アリサは丸底バッグを紐で引っ張りながら引きつった顔でひらすら走り抜けている。


「アッハハハハハ!!ゾ○ド! ゾ○ド出た!! ゾ○ドだこれ!!!」

「だあああああ!! こんなことならアグニの遠隔操作なんて止めたらよかったわちっくしょおおおお!!!」


 実は敵はこの一体だけではない。ついさっき恐竜型に限らず狼型だとかムカデ型だとか色とりどりの殺戮マシーンが靖治たちを襲ってきて、イリスとナハトはそちらの対応に追われることとなった。

 その時にアリサがちょっと気を許してアグニを遠隔操縦で加勢させてしまったのだが、そのせいで死角から襲ってきたメカ恐竜に対してアグニを引き戻すのが間に合わず、二人は自分たちだけで逃げ出すしかなかったのだ。

 重い荷物を背負って懸命に走る靖治がよろけかけたりするたびに、身軽なアリサが転げそうな靖治を助け起こしフォローする形で二人は逃げ回る。


「カッコイイー!! 追いかけられるより乗りたいなあ、僕ああいうの操縦してみたかったんだよ!!」

「ンなもん知るかぁ! こんな状況で笑うとかホントあんた気が違ってるでしょ!?」

「ねえねえ見たかいアリサ、あの重厚なフォルム!! 僕、後ろ振り向く余裕ないんだけど牙から電撃出てなかった!?」

「いいからもっと早く足動かせえええええええええ!!!」


 ――――ガァオグァゴグガガガゴゴゴゴゴガガ!!!


「「うわあああああああああああああああああああ!!!」」


 金属を軋ませるような不気味な音を奏でながら追い詰めてくるマシーンに、二人は揃って生命危機に悲鳴を響かせた。

 あわや食われるかというその時、青い空に逆光を浴びる二つの影が差す。


「靖治さん! アリサさん!」


 麗しい声で地上を見つめていたのは、太もものスラスターで空中に飛び上がったイリスだ。メイド服をなびかせる隣には、同じくナハトが白銀の鎧をまとって刃こぼれした刀と呪符を手に空を飛んでいる。

 イリスは靖治の危機を睨みつけると、すぐさま右腕の長手袋を引き裂いてトライシリンダーを展開するとエネルギーを注入した。


「鮮やかなるは私の以下省略バンカー!!!」


 色々すっ飛ばした黄色い閃光がイリスの拳より放たれて、メカ恐竜の頭部を直上から強襲した。

 巨大な頭蓋が重たい衝撃で鐘が鳴るのような音と共に大きくヘコみ、メカ恐竜は牙の隙間からスパークを散らしながら腹ばいに倒れ込んだ。

 金属のボディが慣性のまま地面を滑り、乱立した木々に食い止められて停止する。息を切らした靖治とアリサが振り返る先で、メカ恐竜は体を震わせて負けじと脚に力を込めようとしていた。

 だが立ち上がった瞬間、白い旋風が飛び込んできたかと思うと一瞬の内にメカ恐竜の全身にあった動力パイプが寸断され、力を失った巨体が再び地面に沈む。


「とりあえず、急所としてはこんなところでしょうか?」


 亡失剣ネームロスを振るいそつなく仕事をこなしたナハトが、倒れるメカ恐竜を背中に片翼を広げてふわりと舞い降りる。

 更には木々の上空から赤い炎を燃え上がらせた魔人が遅れて駆けつけてきた。


「アグニ、来たか!」


 相棒の到着に威勢を取り戻したアリサがそばに魔人アグニを浮かべ、枷の嵌められた手を持ち上ると指をゴキンと鳴らす。その青い目には激熱の怒りが燃え上がっていた。


「よくも散々追いかけ回してくれたわね……ぶっ飛べえええええ!!!」


 恨みを込めてアリサがマントを翻しながら拳を振りかぶる。それに合わせて魔人も同じように動き出し、赤く滾った拳を何十発と打ち出してメカ恐竜にブチ込んだ。

 パンチの一発ごとにパーティ随一の馬鹿力が金属の体にめり込み、外殻をひしゃげさせていく。メカ恐竜はその堅牢なはずのボディを見る影もないほどボコボコに変形させられた挙げ句、十数メートルの距離を吹っ飛ばされ、煙を吹き上げながら情けない駆動音を残して機能停止した。

 立ち止まった靖治は、木に寄りかかりながら額の汗を拭って深く息を吐く。


「ふぅー、助かった」

「無事ですか靖治さん!?」

「うん、おかげさまでね。ありがとイリス」


 駆け寄ってきたイリスに礼を伝えていると、ナハトが手に持っていた亡失剣ネームロスに細長い呪符を巻き付け、得物をしまい込みながら歩み寄ってきた。背筋を伸ばして凛として片翼を伸ばしたその姿は、歩いているだけで絵になる。


「申し訳ありません、わたくし共が至らぬが故に」

「こういうこともあるさ。みんなも怪我はない?」

「ハン、あるわけないでしょ。って言っても流石に疲れたわ、休憩させてよ」

「そうだね、一旦休もっか」


 負けん気の強い言葉を吐いたアリサは、バッグをその辺に置くと腰のポーチからレースの付いたハンカチを取り出して草の上に敷いて座り込んだ。靖治も荷物を降ろして地面へ粗雑に腰を下ろす。

 残りの二人は立ったまま休憩するようだ。ナハトは魔力で編んだ鎧を消し、黒衣の衣装に戻りながらふと口を開く。


「しかし、セイジさんの下では安心して戦えますね。指揮官が泰然として寛容な人間なのは良いことです」

「あっ、それわかります! ずっと見ててくれるから何でもやれる気がしてきます!」


 ナハトの言葉にイリスも元気よく同意する。靖治から色々なものを学んでいるイリスにとっては、特に靖治の影響を受けている一人だろう。


「でも、度々危険な真似をするのは止めてほしいですけどぉ」

「アッハッハ、酷い人もいたもんだね」

「靖治さんのことですよー、もぉー!」


 イリスがジト目でちょっとした不満をぶつけながら、靖治のほっぺたをツンツン突っつく。

 微笑ましい姿を見てナハトがクスリと笑い、言葉を続けた。


「わたくしなどはセイジさんのような方と出会えたのは幸運ですわ。ホラ、わたくしは戦い以外能がない女ですし。いえ色々技能はあるつもりなんですけど、したいこともありませんし。というか今まで命令に従ってばかりしてきたので、一人では何をすればいいかわかりませんし。誰かと共にいられるのは心強くて……あぁもう、自分の道一つ自分で決められず、10歳近くも下の子供に頼ってるなんて情けない大人……」

「戦闘終わるとすぐネガりだすわよねアンタ」


 勝手に話し、勝手に落ち込み、近くの木に頭をぶつけてうなだれるナハトに、アリサが白い目を向ける。

 アリサはため息をつくと、靖治ののほほんとした顔に指を指しながら、呆れた表情でナハトへ話しかける。


「ンなもん気しなくていいのよ、なんせウチのパーティで一番情けないのこの野郎だし」

「アッハッハ、確かに!!」

「肯定すんなバカ」


 図太いと言うか図々しいと言うか、欠片も気落ちした素振りを見せない靖治に、ナハトはどこか安心感を覚え、うなだれるのを止めて深く息を吐いた。


「……まぁ、そういうところも含めてのセイジさんでいらっしゃいますね」

「靖治さんは靖治さんです!」

「うふふ、その通りですね。イリスさんはわたくしなどより聡明でいらっしゃる」


 肩の力を抜いたナハトは「そういえば」と何かを思い出すと、イリスへと話しかけた。


「そうだイリスさん、さっきのような機械についてどのような構造なのか興味があります。どこを破壊すれば効率的か調べたいので、仕組みについてご教授いただけませんか?」

「ハイ! わかりました」


 魔人アグニに叩きのめされたメカ恐竜の死骸を目指し、背中の十字を見せてあるき出すナハトの後を、イリスが銀髪のポニーテールを揺らして付いていった。

 その様子を見てアリサが頬杖をしながら呟く。


「どこを破壊すれば、か。殺し合いのことで頭一杯って感じよねアイツ」

「まだ彼女のこと信用してない?」

「ったりまえでしょー、カルマ『ヘビィ』よ、どんなやつだかわかったもんじゃないわ。つーかあたしは誰のことも信用しねーけどね」


 靖治は荷物を降ろして座りながら話を聞いていたが、つっけんどんな態度を前にして思わず苦笑いを零す。アリサのこういうところを靖治はけっこう気に入ったいた。

 とは言えこのまま放置していても良いものではないだろう。アリサは冒険者としてプロ意識があるので、パーティの仲間と不要な諍いはしないようにしているが、この先も共にやっていくならそれなりの信頼は必要だろう。

 最終的にはそれぞれ次第だが、きっかけくらいは靖治から探して見るのも良い。


「色々と含むところはあるけど彼女は善人と思うけどね」

「そうだけど、善人が良いことするとは限らないでしょ。真面目クンでも生きるか死ぬかになれば人刺すわ」

「まあ、それは確かに」


 善人だって追い詰められた状況になれば他人を傷つけたりもする、命懸けの戦闘を共にする関係上、善人かどうかはアリサの判断基準には含まれないようだ。危険を背負って前線に立つ身であれば、その意見も尤もだろう。


「だいたいさぁ、アイツその時次第で態度違いすぎ、そういう狡いやつは気に食わないのよ。いつもは弱気なふうにしてる癖に、戦闘の時はクールで、時々歳上ぶったりして。貧困街で子供を利用する大人共もみんなそういうのだった」

「態度を使い分けてるっていうのは誰だってそうさ、アリサだって契約の時、相手を懐柔するためなら態度が優しくなるでしょ」

「そうだけど、アイツの場合どれが本心かわからないから、余計に信用できるもんじゃないってのよ」

「なるほどねー、ナハトはそういうところで損してるわけか」


 人は誰でも心の仮面を使い分ける。友達といる時の顔、恋人に見せる顔、苦手な上司に使う顔、どれも違っていて当然だ。ただ大抵はその奥に本人の素顔が伺い知れるものであり、それが霞のように捉えられないと不気味に感じたりもする。


「でもそもそも本心って言うのはなにかな? 僕たちが普段口にしてる言葉の中で、どこからが本心でどこからが偽物?」

「そんなの……」

「人間の心は複雑だ、正直なつもりでも無意識に格好つけて嘘をついてしまうこともあるし、他人を怖がって好きなものを嫌いだと言ってしまったりする」

「…………」

「イリスなんかは素直だからわかりやすいけどね、でもそんな人は珍しい。心に明確な線引きなんてない、難しい話だよ。特にナハトみたいな賢い人ほどわかりにくい、そういう性分と言っていいのかも」


 人間は自分でだって気持ちのどこまでが本物かわからなくなったりするし、他人から見れば尚更だ。それにその者の人生が複雑であればあるほど、態度から本心を汲み取るのは難しくなる。

 ナハトが何者なのか、まだ本人が打ち明けてくれないが相当に込み入ったものと見える。端正な顔に浮かぶ淑やかな笑みから、彼女の核心を引き当てるのは至難の業だ。きっと本人が意図的にも無意識的にも隠してしまっているだろうから。


「まあ、焦らずともそのうち何かの拍子でナハトのことを知れたりもするさ。僕はその時を待つよ」

「あんたはさー、ホントに視点がフラットよね。じゃあさ、あんたがナハトを信用する部分はどこよ?」

「そうだねー」


 言われてから靖治は、出会ってから今までのナハトのことを思い出した。

 戦いの時の冷徹な眼で剣を振るう騎士としてのナハト。時折イリスを気にかける大人としてのナハト。ふとした時にネガティブ炸裂させてアリサから遠回しな慰めを受けてるナハト。

 だが靖治の頭の中でもっとも強く想起されたのは、初めて出会った時、心も体もズタボロでベッドの中で力なく涙を流したりもしながらも、危機となりては雨の中で奮い立って翼を開く、ナハトの神々しい姿だった。


「生き死にの部分でしぶといところ、かな」

「……確かに、それはなんとなくわかるわ」


 ナハトは死にかけていた、しかし今は生きている。靖治はそこに彼女の持つ生命としての力を感じていた。


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