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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
五章【エゴイストのエンドレスカーニバル】
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118話『化かし合い』

 突如として表れた二体の鬼。250cmほどの大きさで手に金棒を持った、怒りの形相の青鬼と、泣き顔を晒した赤鬼。

 イリスと対峙したハヤテの操る式神。本体を無理に倒そうとすれば、彼らは背後から手痛い一撃をイリスに与えてくるに違いない。


『オレが……暴れる……赤鬼のために……』

『行くな青鬼……行くな、行くなぁ……!』


 不思議な呟きを唱える二体の鬼。変化する戦場の状況に、イリスはグッと拳を握り直して虹の瞳を引き締めて、強い輝きを見せつける。


「ならこっちの鬼から倒すまでです!」


 幸いにも右腕のトライシリンダーはエネルギーを充填して赤い輝きを放っているまま、いつでも撃てる。

 イリスは木の幹を蹴って跳び上がると、二体の鬼へ接近し格闘戦にもつれ込み、必殺技を当てる隙を探した。

 牽制の攻撃を放つイリスに対して、二体の鬼がトゲ付きの金棒を振り回して迎撃してくる。重たい金棒が風を切って、イリスは耳元で唸る風を感じながら一歩も引かずに戦った。

 鬼たちと立ち回っているあいだに、術師のハヤテは俊敏な動きで木々の間を走り距離を離していく。口惜しいが今は目の前の敵が先決だ。

 イリスは格闘の末、大ぶりになった赤鬼にチャンスを見つける。この機を逃さんと一歩踏み込み、隣から来る青鬼の金棒も跳躍で避けて、右腕を大きく振りかぶった。


「フォース――」


 シリンダーから赤い光が勢いを強め、シリンダーのあいだにバチリと稲光が走る。想いを解き放たんとイリスの心が爆発する。

 しかしその足元で、いつのまにか白い御札が地面に仕掛けられていた。


「術式作動、結界捕縛!」


 イリスの位置を見て取ったハヤテが二本の指を差して霊力を送り込んできた。

 瞬間、御札から五芒星の光が浮かび上がると、星をかたどる線が糸のように弛んで伸びてきて、イリスの足に縛り付いてきた。

 急に足を取られ目を丸くするイリスに、泣いた赤鬼が勢いよく金棒を振り回す。


「足が、動け――ぐっ!?」


 野球の狙い玉のように金棒をクリーンヒットさせられたイリスは、周囲の枝をバキバキと圧し折りながら豪快に打ち飛ばされる。

 足元の捕縛結界も引きちぎって遠くに飛ばされそうになるイリスが、最後のあがきで右腕だけでも前へ向ける。


「くッ――バンカー!!!」


 撃ち出された赤い光の鉄槌が爆裂的な音とともに地面をえぐり、木を吹き飛ばし、山の一角を切り拓く。しかし肝心の鬼たちには光が命中せず、イリスは反動も相まって高く飛ばされて、フレームを軋ませながら空を舞った。

 飛んでいくメイド服のロボットと、煙を上げる開けた空間を見て、ハヤテが遠くから口笛を鳴らす。


「ヒューッ♪ 大した威力だ、まともに当たりゃあオレの式神くらいワケねぇな」


 ハヤテは手に持ったアサルトライフルの弾倉を交換し、再び銃を構えてスコープを覗く。

 軽口を叩きながらも、一連の動作のあいだに一瞬たりとも気を抜いていない。常に開いた霊力のラインから力を送って式神を維持し、イリスにたいする優位を保ちながら戦闘を進める。


「なら徹底的に出方を潰してやる、泥臭くやらせてもらうぜ」


 ふっ飛ばされたイリスは、木々の枝を圧し折りながら失速し、落ちた先の茂みに受け止められて倒れ込んだ。

 機体の損害状況を検知しながら、苦しそうに顔を起こす。


「ぐぬぬ、油断しました」


 右腕のトライシリンダーを格納して茂みのベッドから起き上がる。各種身体動作に若干の機能低下が見られるが、この程度なら動きながらナノマシンですぐに修復できる範囲だ。


「どれか一極化せず、復数の技能を持ち合わせている戦闘スタイルは珍しいですね。普通は術師が銃を使い出すと能力の質が低下したり、元から銃器を扱う人は魔法などの習得が難しいもの……らしい、ですが」


 小耳に挟んだ程度であるが、魔法や陰陽術などの空想的超常技能と、現実での殺傷力を追及した銃は掛け離れた性質で、同時に扱うには相性が悪いものらしい。

 多くの場合はもう片方に手を出そうとしても、自分が持つ才能とは違う性質のものに対し、無意識下の精神で反発してしまい上手く両立しない。ファンタジーとリアリティは反目し合うということだ。

 しかしハヤテの場合は、世のあるがままに『何でもあり』と受け止めるその精神性により、本来いがみ合う二つの要素を衆合して使いこなしている。


「このまま戦闘を続行するか、それとも……パラダイムアームズを使うかですか」


 自身のパラメータをチェックしたところ感情値は好調、胸のコアも高い動作効率を示していて、これならエネルギーの要るパラダイムアームズシステムも作動できるだろう。

 しかしイリスはわずかに迷っていた。


「この敵は今までの手合いとは違います。あんな出たとこ勝負なシステムが通用する相手でしょうか……? むしろ、発現した兵装に振り回されて、その隙を突かれる可能性も……」


 懐疑的な思考に眉が釣り上がる。イリスは未だ、不確定な機能であるパラダイムアームズをあまり信用していなかった。

 なぜだか「どんどん使え、どんどん」という女の声がするような気がしたが、いま対峙しているハヤテは、これまで今まで正面切って戦ってきた敵たちとは違う。相手の油断を誘い虚を突き、搦手に特化した手合いだ。

 果たして自分でも使い方がわからないモノを出したとして通用するのか、それならば使い慣れた身一つで堅実に戦ったほうが良いのでは。


「……いえ! 不安要素はありますが、手札は増やすに越したことありません。パラダイムアームズ発動!!」


 迷ったものの決断し、イリスは握って両手を引いて気合を入れると、肩部後方の空気吸入ファンを服の下から作り出し、空気中の異能の残滓からフォースマテリアルを急生成し始めた。




 パラダイムアームズ:起動


 心紋投影開始/成功


 定着したシンボルを炎と仮定/着色開始


 本機能を定義/マキナライブラリからホログラム投影装置を抽出完了


 フレーム設計完了/内部構造設計完了


 マテリアルのブレンド完了/生成開始




 イリスの背後でボゥッと音を鳴らして炎が燃え上がり、火の玉が生まれた。

 最初に右側に現れたのは赤い炎、次に橙色の炎、次に黄色の炎。アーチ状に次々と色合いを変えて発現する七つの火の玉が、イリスの背中に虹模様を描く。

 スコープからその様子を覗いていたハヤテが不思議そうに呟いた。


「なんだありゃ、狐火……?」


 疑問を唱えるハヤテに対し、これを作り出したイリス自身も不思議そうに首を傾げる。


「この炎は一体……?」

『名称を登録してください』

「あっ、またそれですか?」


 色とりどり火の玉は熱を発していない。表示された機能は立体映像ということだが全容の把握に時間が掛かっていた。

 立ち止まって新しい機能をチェックするイリスを眺めながら、ハヤテもその機能を推察しようとする。


「機械のくせに顔に戸惑いが見えるな。まさか自分の兵装を理解できてねえってのか? ブラフの可能性もあるが……チッ、機械じゃニオイはわかんねぇな」


 鼻をスンスンと動かして、風に乗ってくるニオイを嗅ごうとしたハヤテが口元を歪める。

 感情というものはニオイにも出る。科学的に見れば感情によってホルモンが分泌され血中成分が変化したりするからだそうで、家庭で飼われてる犬だとそこから飼い主の感情を読み取ったりする。

 怒った時に出る臭い、喜んだ時に出る臭いというのがあるし、敵意や殺気の臭いを感じ取れば攻撃がどこから来るかを読める。狼の嗅覚を持つハヤテは、その能力を戦闘にも活用し相手の出方や死角からの攻撃を察知したりする。

 だが今の相手はマシーンである、人間と違い感情の変化でホルモンが分泌されたりしないしニオイは常に一定だ。


「……まぁ、藪を突付くかぁ!」


 悩んでいても仕方ないと早々に決断を下したハヤテは、火の玉の一つに狙いをつけ弾丸を一発撃ち放った。

 回転する弾体が音速を超えて距離を飛び越え、息を挟む暇もなくイリスの作り出した火の玉のうち、紫色の炎の中心点に着弾した。

 弾丸は確かに何かにブチ当たった。イリスは目を丸くして驚いていると紫色の炎が消え、中から球状の機械が現れてその機能を悟る。火の玉の実態は、テニスボール程度の小型のドローンだ。


「炎の下からドローンが……!? そうか、小型ドローンと立体映像の組み合わせ!」


 自由自在に空中を動く小型ドローンに、ホログラム投影機能とスピーカーを搭載したものなのだ。

 イリスはようやく発現したアイテムの扱い方に気付いたが、同時にハヤテにも全容を知られてしまった。


「へっ、そういうことかよ!」


 ハヤテが次々と弾丸を飛ばしながら、式神の赤鬼青鬼に術式を入力して自動行動で敵に襲いかからせる。

 イリスは飛来する弾丸が火の玉内部のドローンに当たらないよう避けながら、突撃してくる二体の鬼に身構えた。


『名称を登録してください 名称を登録するまで本機能は発揮できません』

「靖治さんは傍にいませんし……ええい! ウィル・オ・ウィスプで登録! そのままですけど!」

『名称登録完了 システムアンロック』


 ヤケクソ気味にパッと思い浮かんだ名前を叫ぶと、どうやら気に入ってくれたらしいドローンとの接続がより鮮明にイリスの電脳に流れ込んでくる。

 機能が拡張され、演算速度が加速していくのを感じながら新たな力を心の手に握り込んだ。


「ウィル・オ・ウィスプ立体映像投影開始、デコイとして展開します!」


 命令に合わせ周囲に分散したウィル・オ・ウィスプが炎の外に新たな衣を纏っていく。

 出来上がったのは六人のイリスの幻影。姿形はもちろんのこと動作のクセ、戦闘で破けたメイド服やわずかな表情の移ろいまでまったく本体と遜色ない。


「まずはこの鬼を倒して自力を削ります!」


 本体含め七人のイリスが林の中を入り乱れるように跳びはねながら二体の鬼へと接近する。

 分身の展開され、ハヤテがスコープ越しに悪態を付く。


「チィ、どれが本物か見分けがつかねえな」


 イリスの幻影は匂いさえかなり精密に再現していた。近づいて嗅げば本体がわかるかもしれないが、距離を取っていてはハヤテに判別はつかない。

 どちらにせよ高速で動くドローンをこの距離から狙い撃つのは不可能だ。ハヤテは走り回って位置を変えつつ、牽制に弾をバラ撒いて式神の援護に徹する。

 少しでも足を止めさせようという心づもりだったが、その程度でイリスを怯ませることはできなかった。


「トライシリンダーセット! エネルギーチャージ!」


 七人のイリスが一斉に右腕を振り上げ、現れた三つのシリンダーに赤き心の血潮を輝きとして灯す。

 戦場を入り乱れるイリスの群れに、二体の鬼は見るからに混乱して金棒を振り回していたがほとんどが空振りし、わずかに掠ったとしてもそれは投影された幻影、イリスの頭や手足すり抜けるだけで終わる。


「本日二発目に付き台詞は省略! フォースバンカー!!!」


 七人のイリスが拳を構えて、泣き顔の赤鬼に突貫し必殺の一撃を取り囲むように発射する。四方八方から赤い光の奔流が赤鬼へ向かって飛び込んでいく、ほとんどが幻影だが一つは本物だ。

 光が炸裂し鬼が打倒される直前、怒りの形相をした青鬼が赤鬼の体を横から突き飛ばした。

 赤鬼の代わりとなった青鬼は直進する光にの中で上半身を消し飛ばされて、残る下半身も肉体を構成する霊力が四散、姿を消した。


「青鬼がやられたか。だがこっからの赤鬼は強いぜ」


 ハヤテが言う通り、青鬼の霊力はただ空気中に溶けていくのでなく、光の粒となって周囲を漂い、残る赤鬼へと渡っていく。


「青いほうのエネルギーが、赤いのに吸い込まれて……!」


 散りゆく青鬼の力を吸収した赤鬼は拳を震わせたかと思うと、泣きっ面を更に歪めさせ大粒の涙を零しながら慟哭の叫びを上げ、大きな泣き声を山に響かせた。


『ヴォォォォオオオオオオオ!!! どうしてだ青鬼! なぜ行った!? 何故去ったぁ!!?』


 ビリビリと顔の人工皮膚を震わす慟哭に七人のイリスたちが重圧を受けてわずかに立ち止まると、赤鬼は乱暴な動作で金棒を打ち付けてきた。

 幻影を作っていたウィル・オ・ウィスプの一機が、凄まじい膂力を前にしてバラバラに砕け散り、幻を掻き消される。更に赤鬼は狂瀾怒涛と言った有様で、涙を流しながら無茶苦茶に金棒を振り回す。


『オォォォォォォォオォォォォォオ!!!』

「パワーアップしましたか、今度当たれば大破は免れない……!」


 動きは大ぶりだが、そのパワーとスピードは先程までと比べ物にならない。無軌道に風を切る金棒のどれかに当たれば、イリスは致命的な損傷を受けることになる。


「しかしこの程度なら! ウィル・オ・ウィスプとのコンビネーションです!」


 イリスは体勢を立て直し、ウィル・オ・ウィスプたちに指令を下す。

 無数のイリスたちは赤鬼の周囲を飛び交い、その金棒のことごとくを避けて再び右腕に火を灯す。

 バチバチと空気を割って輝き誇る右腕を、本体のイリスが赤鬼の左斜め後ろから振りかざした。


「フォース……」


 光が溢れる、しかしその瞬間を見計らい、遠方でハヤテが数珠を地面に叩きつけ、地中の地脈を通じて霊力を送り込んだ。


「式神召喚! 花咲か爺のお隣さん!!」


 泣いた赤鬼の背後に、背中合わせで嫌味な顔つきの老夫婦が灰の積もったザルを手に持って現れた。

 童話『花咲か爺』の最後は、嫉妬心の強い隣の老夫婦が見よう見まねで灰を撒いたところ、大名の目に灰が入って罰を受けるというものだ。

 現れた老夫婦も、それと同じように声を上げてザルの灰を手に取る。


『枯れ木に花を咲かせたろう!』

『枯れ木に花を咲かせまっせ!』


 しわがれた声を響かせながら灰が振りまかれる。

 空中に浮き上がって灰は霧のようにただようと、周囲にいたイリスたちの目へと引っ張られるように飛び込んできた。


「うわっ!? センサーにゴミが――くっ、バンカー!!」


 眼球を塞がれ、怯みつつもイリスはフォースバンカーを撃ち放った。

 攻撃は命中、泣いた赤鬼は胴体部分を赤い光に引き飛ばされ、二つに千切られながら霊力を失って消滅した。

 しかし視界を失ったイリスは足元がおぼつかず体をふらつかせ、周囲のドローンたちもホログラムにノイズを走らせて停止してしまう。このチャンスはハヤテは逃さなかった。


「いただきだ!」


 遠方からアサルトライフルの銃撃がウィル・オ・ウィスプたちに襲いかかる。タン、タン、タンと小刻みに狙い撃たれた弾丸が幻影のイリスの中心点に飛び込んで、内部にある小型ドローンを捉えて破壊していった。

 イリスは目をこすって灰を取り除くと、灰を持った老夫婦の式神を鋭い蹴りで消し飛ばし、慌てて木の陰へドローンとともに隠れた。


「くっ、ウィル・オ・ウィスプ残り一機……ですが、位置は掴めました!」


 複数のドローンを破壊されたおかげで、射撃位置の正確な座標が割り出せた。

 敵は連続した術の行使した後で疲弊している可能性が高い、他に邪魔はいないし攻めるなら今しかない。


「次の召喚が来る前に決着を付けます!!」


 イリスは残る一機のウィル・オ・ウィスプを連れて、敵がいる場所へ向かって走り出した。

 太もものスラスターを噴射させ加速すると、幻影と共に林の中を駆け抜ける。敵はイリスの迎撃に出たようで、一箇所に足を止めてアサルトライフルによる狙撃を繰り返してきた。

 幻影と立ち位置を頻繁に入れ替えさせ弾丸を避けながら、ハヤテの姿を肉眼で確認。その姿を一瞬も逃すことなく捉えながら一気に近づいた。

 ある程度接近したところでイリスは二手に分かれる。ウィル・オ・ウィスプの幻影を正面から向かわせ、本人は背後へと回り込んだ。

 一陣の風のように木々の隙間を駆けたイリスは、幻影と共にハヤテを挟み撃ちにする。敵はウィル・オ・ウィスプのイリスに気を取られている、勝機はここだ。


「そこぉ!」


 アサルトライフルの弾丸が最後のウィル・オ・ウィスプを撃ち抜くと同時に、イリスは背後から強襲し頭部に右腕の手刀を振り落とした。

 毛むくじゃらの狼の頭へ打ち据えた手からは確かな感覚が返ってくる。直撃にイリスが勝利を確信するも、その眼の前でハヤテの体がドロンと煙を上げて別の姿へと変貌した。


『かちかちと音が鳴る……兎さん、この音なあに……?』

「なっ……偽物!?」


 現れたのは背中に薪を背負った狸だった。手に持ったアサルトライフルは本物だが、ハヤテ本人はこの場にはいない。

 地面にうずくまる狸を見て驚くイリスの姿を、遠方から単眼鏡で覗いていたハヤテが見ていて不敵に笑う。


「式神、かちかち山の悪戯たぬき、お前の罰を分けてやんな」


 どこからかカチカチという音が鳴り響いてかと思うと、狸の背負った薪が音を立てて大きく燃え上がり、炎がイリスの右腕を包み込んだ。

 イリスは慌てて引き下がり右腕を振り回すが火はすぐに消えてはくれない。物理的な炎でなく霊力で構成されたエネルギーによる擬似的炎だ、アリサの異能力と同じでそこに問答無用で燃え上がる。

 白銀のフレームで構成された腕がたっぷり燃やされて黒く焦げてから、式神の狸は煙とともに消失した。

 イリスは黒ずんだ右腕を震わせ、左手で支えながら苦しそうな顔をする。


「くぅ……右腕が……フォースバンカー動作不能……!」


 機体の損傷を教えるアラートがイリスの脳内に鳴り響いて、右腕の状況が視界にARとして表示される。

 今のはかなりの深手だ、フォースバンカーが再使用にできるまで全力で修復しても1時間24分52秒後、この戦闘で使うには絶望的だ。

 おまけに敵の位置がわからない。近くの木に背中を付けながら、イリスは周囲を見渡すが敵は捉えられなかった。


「ヘヘッ、化かし合いでオレとやり合うにはちいっと早かったな」


 ハヤテはイリスが分身を作りだした段階で狸の式神を召喚し、ハヤテに変化させた上で手動操縦により操っていたのだ。

 これが霊力に敏感な能力者なら操縦に使っていた霊力ラインを察知して本体の位置にも気付けただろうが、どうやらイリス相手にその心配はいらないようだ。

 とは言えハヤテもまったく消耗がないとは言えない。今の陽動でアサルトライフルは手放してしまったし、最後の頼みのリボルバーハンドガンは会敵した時に落としてそのまま。残る武器はオートマチックのハンドガンだけど非常に頼りなく、度重なる式神の行使で霊力の大部分を消費した。

 だがお互いに追い込まれてからが本番だ。ラストダンスを楽しもうと、ますます高調した笑いを浮かべてイリスの観察を続ける。


「さて、次の手は……」


 着込んだタクティカルベストのポケットに手を這わせ自分の持ち札を確認している時、ハヤテの背後からチャッと金属がこすれる小さな音が聞こえてきた。

 その音に心臓を鷲掴みにされる思いで目を見開く。まさかと思うが確かに音はあった、だが鼻の裏側にこびりつくようなイヤな殺気の臭いはしなかったのだ。だから意識の殆どはイリスに向けていたというのに。


「ヤンチャはそこまでだ、そろそろ止まってもらうよ」


 平坦な声に、ハヤテの背筋を冷たいものが伝う。

 改めて鼻に意識を向ければ臭うのは人の臭い、銃の臭い、動物の糞の臭い。だが血は臭いは薄いし、殺気や敵意にいたっては未だに皆無と言っていい、だから警戒だってしてなかったというのに!

 なぜ、こいつが銃を持ってここにいる。

 カラカラの喉で息をあえぐハヤテの背後で、淡々として語る靖治が、左手に拳銃を持って佇んでいた。

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