116話『ナハトの戦い方』
「イリス、参ります!!」
「オーガスラッシャー、イクぜオラァ!!!」
隊商が見ている前で、二つの陣営がぶつかりあう。
宣言とともに勇ましく前へ進み出たイリスに対し、ハヤテが取った行動は他の仲間から後ろに飛び下がりつつ発砲することだった。
断続的に連発されたアサルトライフルの弾丸が撃ち放たれ、言葉とは裏腹に冷静な戦術にイリスは一瞬面食らったものの、すぐさま両手に電磁バリアを展開し向かってくる銃弾を弾き飛ばす。
その防御後の隙を狙って、ウポレとケヴィンが飛びかかってきた。
「ウホイ!」
「チェイヤァ!!」
足を止めてしまったイリスに剛拳と高周波ブレードが二方向から襲いかかる。彼女一人ではこの同時攻撃を捌ききれない。
だがイリスには、心強い仲間がいるのだ。
「ぶん殴れアグニ!!」
「亡失剣ネームロス、我らが力を見せましょう!!」
イリスの両脇から現れたアリサとナハトがそれぞれの力を誇る。
アリサが作り出した魔人アグニの熱拳はウポレの拳より大きく強く、その黒く毛深い体を丸ごと押し返し、ナハトが右手に握る刃こぼれした魔刀は、見た目からは考えられない頑丈さでケヴィンのブレードを捌き切った。
「ヌホォ……!? なんと力強い!」
「アンタの相手はあたしがしてあげる!」
アリサはアグニの拳を打ち据えたまま走り出し、ウポレの体を持ち上げ、力づくで別の場所へと押しやっていく。
空中で斬りあったナハトとケヴィンは高速で数度切り結ぶと、地面の上に立って睨み合う。
「ヌゥ! 中々早いッスねネーチャン……!」
「ふふっ、早いのがお好きならばまだまだ上げていきますよ。付いてこられますか?」
「ウッヒョー! 美人のネーチャンのお誘いとあらば受けて立つッス!!」
ナハトは挑発と共に片翼を羽ばたかせて宙へ舞い上がるとケヴィンも呼応し飛び上がり、再び二人は斬り合いながら徐々に戦場を遠くへと移していった。
その場に残ったイリスへと、遠くからハヤテが声を大きくして呼びかけてくる。
「よーぅ、イリスとやら! タイマンがお望みか?」
距離を取って坂道の木に足をかけたハヤテは、イリスを見下ろしながら顎をクイッと動かして坂の上を示した。
「いいぜ、やってやろうじゃねぇか。ついてきな! 相手してやるぜ」
ハヤテはそう言うと灰色の尻尾を引いて坂の上へと駆けていった。
すぐさま追うべきか迷ったイリスだが、とにかく靖治のことが第一だ。不意打ちを警戒しながら靖治へと身を寄せて口を開く。
「大丈夫ですか靖治さん! 血が……!」
「僕は大丈夫。ホラ、イリスがくれたナノマシンがあるだろ? なんてことないさ。それより、アイツの相手を頼むよ」
靖治は右手は血を流しながらも笑みを作るが、その顔は痛みから苦渋に溢れいくつも冷や汗が垂れていた。
痛々しい姿にイリスは眉を曲げて胸を痛めたが、戦闘である以上その場に留まる訳にはいかない。
「わかりました、相手が何者か知りませんが、靖治さんの敵とあらば私が排除します」
「殺す必要はないよ、でもタップリお灸をすえてやって」
「ハイ! そこの隊商の方々、この人の手当をお願いします!!」
イリスは靖治のことを巻き込まれた隊商の人達に任せると、ハヤテを追ってその場から駆け出した。
取り残された靖治に、隊商のリーダーである中年の男が恐る恐る近寄ってくる。
「き、キミ、大丈夫か……? 早くその傷を手当てしないと」
「ぐっ、ありがとう、ございます……」
イリスが去り、無理をして表情を和らげていた靖治が再び痛みに顔を悶えさせた。
ハヤテに撃たれた右手は、手の平から銃弾が入ってきて貫通している。幸いにも体に仕込んだナノマシンの効力が働いて、すでに出血は収まりつつあるがなおも痛い。痛すぎる。
なるほど、これは病気の発作とは別種の苦しみだ。正直さっきから視界が朦朧として何度も黒く塗り潰されていたし、耳鳴りも酷くて意識しないと声を聞きづらい。
だがもう片方は無事だと左手を握り、苦痛にまみれた表情を再び引き締めた。
「巻き込んでしまってすみません、すぐに戻ってくるので荷物を預かっていてもらえませんか?」
「預かってって……キミ、まさか……!?」
靖治は背中に背負っていたバックパックを下ろすと、左手で腰のホルスターを確かめた。
「相手は狡賢い、真っ直ぐすぎるイリスじゃ少し危ない。僕も行かないと」
無茶を言うたび右手が反抗するようにズキズキと傷んだが、靖治を震えながらも無理矢理に頬を釣り上げてニッと笑って見せる。
「なぁに! 生きてるんだ、右手の一つ程度大したもんじゃないさ!! いつつ……」
彼もまた全力で、生きるための戦いに身を投じようとしていた。
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斬り結びながら山の中を動き回り続けるナハトとケヴィン。二人は戦いの場を移す内に竹やぶへと迷い込んでいた。空気まで青々しい空間で、なおも剣を交わし合う。
刃こぼれした日本刀を右手に振るうナハトに対し、ケヴィンの得物はパワードスーツの両腕に付いた翼状の高周波ブレード。ナハトはこのような武器を見るのは初めてだがその脅威は肌に感じていた、この鋭い切れ味を前には左手に巻いた呪符で受け止めることは難しいだろう。
戦いの最中、薄黒いメットを被ったケヴィンと暗闇を超えて睨み合う。
「中々やるッスねー、お姉さんお名前は!?」
「半天使にして聖騎士、ナハトと申します。以後お見知りおきを」
「オレっちはケヴィン・ファルコ! この名前、覚えて帰ってもらうッスよ!!」
一進一退の攻防が続く。ナハトはほんの数センチとなりを振動剣がかすめ、純白の鎧が削られて火花を上げるのを間近で見ながら、一切動じずに相手の実力を見定めようとしていた。
まだ様子見の段階ではあるが、お互いのスピードはほぼ互角。だがこの敵、戦っていて何か違和感がある。自分と同等のスピードを持つが、それだけではないようだ。
まともにやり合わないほうが吉か、そう考えたナハトは、戦いのさなかであえて剣筋をわずかにズラした。
守りにわずかな隙が生まれる、致命打にはならないが布石の一手程度にはなりそうな微妙な道だ。格下相手では見過ごされそうな隙だったが、ケヴィンは目ざとくそれを見つけ、高周波ブレードを鳴らして斬り込んできた。
ナハトは慌てず、後手の対処でかろうじて攻撃を刀で受け止める。だがブレードの切っ先が鎧の繊細な部分に傷をつけしまい、一瞬間を置いてからガチャリと音が鳴り、ナハトの胸から鎧が崩れ落ちた。
胸周りからのみ堅牢な守りが消え、黒い布で包まれた丸い乳房が顔を出す。普段なら黒衣を重ねているはずの胸は何故か今はレオタード一枚だけになっており、男を誘惑する丸みと大きさを持って現れた。
ナハトは驚いた顔で後ろに引き下がって、顔を赤らめつつ咄嗟に刀を持った腕で胸元を隠した。
「きゃあ!?」
ケヴィンは一瞬見えたパワフルおっぱいと、美しいレディの恥ずかし顔に、メットの下で「オホー!」とだらしない声を思わず漏らす。
そのあいだにもナハトは内股で身を捩って怯むと、純白の片翼をへにゃりと地面にしおらせると視線をわずかに反らした。
「み、見ないでください……!」
「キャッホーゥ!! いやいやナハトちゃん、服着てるんだし恥ずかしがることねえッスよぉー!!」
可憐な聖騎士の恥じらう姿に、男としては興奮せざるを得ない。
むしろどうせならもっとナハトの胸を拝見するべく、ケヴィンは声を弾ませやかましく囃し立てる。
「お、お願いです! 後生ですから……鎧をつけ直すまで待ってください……!」
「そぉースかぁ? いやまあオレっちはイケメンソウルですからね! ナハトちゃんにそう言われちゃあ仕方ないッスねぇ~」
あまり貪欲にはしゃぎ過ぎると、女子からはがっつき過ぎだと嫌われるものだ。
ケヴィンは大人しく背中を向けて、こっそりと記録したナハトのピッチリレオタードに包まれたおっぱいと恥ずかしがる姿をメットの裏側に転写して、その素晴らしさを確認し直す。
「ニシシ、今のはしっかりスーツのメディアに記録済み……色っぽいのに意外とウブな姉チャンの照れた姿のなんたる至福……!」
気味の悪く笑っているケヴィンの背後で、ナハトが鎧をそのままにして密かに左手の指に灯した黒い火を魔刀に当てると、漆黒の魔力で全体を覆って音もなく振りかぶった。
「我が身を呪えネームロス。イクリプスデュナメス!!」
「アギャァーッス!!? 斬った!! 斬られた!!? 背中からぁ!!?」
すっかり油断したケヴィンのパワードスーツに、背中から魔力を付与した必殺技がガンと音を立てて炸裂した。
残念ながらそれほど切れ味のいい技でないため、硬いスーツには鉄の棒で殴ったようなものだが、それでも結構な衝撃であったらしくケヴィンは無様に地面を転がりまわる。
「フッ、男など他愛ないですね」
この技は相手の内部に送り込んだ魔力が、周囲の力を更に吸収し爆薬となる仕組みだ。あとはとどめの点火にナハトが黒き火を魔刀の先端に灯すが、慌てたケヴィンがもんどり打ちながらも距離を取る。
「オゴゴッ……み、未知の超常反応をスーツ内に確認……は、は、排出ゥー!!!」
ケヴィンがそう叫ぶとスーツの排熱用ダクトから蒸気を発され、送り込んだイクリプスデュナメスの魔力も煙となって外部へと捨てられてしまった。
奇襲が失敗に終わったことを悟り、ナハトは端麗な顔を無表情にしたまま小さく舌打ちを鳴らと、ネームロスの魔力付与を解除してボロボロの刀身を再び見せた。
「チッ、仕留め損ないましたか」
「ハニトラとか信じらんねー! アンタそれでも天使ッスか聖騎士ッスか!!?」
「生憎、天使としては純粋でありませんし、聖騎士などと謳っても所詮は戦争屋。戦いの基本はいかに効率よく敵を鏖殺できるかです。そのためなら不意打ちからの初手必殺技も辞しませんとも」
「ヒェェ……このネーチャンコワイッス……」
普段は弱気な一面を見せることも多いナハトだが、戦いとなれば一転して冷徹な側面と集中力を発揮し、あらゆる手段を厭わない戦闘スタイルを見せていた。
寒気がするような青い髪を揺らし、紅の瞳に冷淡な色を浮かべる彼女に、ケヴィンが慄いて後ずさる。
その心のブレを見て取り、ナハトが今度は軽く頭を下げた。
「しかし無礼はお詫びしましょう、卑怯な真似などして申し訳ありません。できれば今からでも見逃してくださいませんか? わたくしとて争いごとは遠慮したいですし、それに女性に優しい殿方は好ましいです。なんなら頼りになる男性と、夢の一夜を共に過ごすのもやぶさかではございませんよ?」
艶めかしい唇から甘い言葉が溢れ漏れる。
大きな胸を腕で持ち上げて女体の柔らかさを見せてくるナハトの蠱惑的な姿に、ケヴィンは思わずくちばしの中によだれを溢れさせて迷いを覚えた。
「ジュルリ……い、いや! やっぱり恐ろしィー!! 数多くの地雷を踏んできたオレの感が囁いてる!! コイツぁ気を許したら容赦なくアソコを噛みちぎってくるタイプッス!!!」
「おや、見抜かれてしまいましたか。せめてもの詫びに女の手練手管を披露してから切り落とそうかと考えていましたが」
「ヒッ! 惜しいことしたような助かったような……」
ナハトの冷淡な眼差しに、ケヴィンがキュッとした鋭い悪寒を感じて内股で股間を手で護る。
できるだけ穏便に済ませたかったナハトだがどうやら真っ当に戦うしかないようだ。仕方ないとため息をつくと淡く青色に光る魔力を体に回して、外れた鎧を作り直す。誘惑のために一時解除していた黒衣も同時に修復しておいた。
アッサリと元の戦闘状態に戻ったナハトを見て、ケヴィンは何から何まで計算づくだったことに思い知らされ悔しげに地団駄を踏む。
「くぅー、男の純情を弄ぶなんて許せん! 戦いに勝ってそのグレイトフルおっぱい揉みしだいちゃるから、覚悟してもらうッスよナハトサーン! ハンサムシステム全開! 加速開始ィ!!」
ケヴィンが腰に片手を当てたフィーバーポーズを取って怪しげな装置を発動すると、青いパワードスーツの内側から緑色の光が発光し始めた。
顔を険しくして刀を構えるナハトの前で、ケヴィンは短距離ランナー選手のように地面にしゃがみ込むと、瞬間的に加速して猛烈な勢いでナハトの周囲を走り始めた。
恐ろしいのはその初速だ。走り出した瞬間からほぼトップスピード、しかも速度が乗ってからも周囲の障害物に引っかかることなく、竹の乱立した空間を走り回っている。
「さっきより早い……いえ、これは……!」
残像を描いたケヴィンが死角となる右背の片翼から襲いかかるが、ナハトは長年の戦闘勘から攻撃を察知してネームロスで防いでみせる。
しかし防いだ直後からケヴィンはすぐに次の攻撃に移り、流れるような動きで高周波ブレードがいくつもの方向から斬り込んできた。
ギリギリのところで防ぎ切るナハトだが、ただ早いだけでは説明がつかない異常な攻撃だ。ブレードを弾いてからまた次の攻撃に移ってくるまでのタイムラグが少なすぎるし、ナハトが見せるわずかな防御の緩みを的確に突いてくる。全体の瞬発力まで劇的に向上しているのだ。
ナハトは反撃の手立てを講じようと左手に巻いた呪符カースドジェイルを地面に這わせて敵の脚を捕まえようとしたが、巻き付いた直後には呪符を斬られてそのまま逃げられてしまった。
「オオゥ、危っねぇー、あの攻撃の中で仕掛けてくるとは。いやはや普通ならとっくの昔にズンバラリンッスよ、いや女子相手だから手加減はするッスけどね?」
距離を取って停止したケヴィンが余裕綽々といった様子で声をかけてくる。
ナハトは彼を口の軽い男だと考え、一つカマをかけてみた。
「ただ早いだけではありませんね、剣筋の変化が激しすぎる……これは時空間を制御する術ですか」
「ヌヌッ、早速看破とはやるなぁナハトサン! バレないために、動作のブレを少なくしてただの超スピードに見えるようインプットしてる筈なんスけどね」
案の定、ケヴィンはアッサリ情報をこぼした。だがそれは、知られたところですぐに攻略できるものでもないという自信の現れでもある。
「その通りッス、パワードスーツ内の時間を早くして戦えば常に優位! どんな獲物も逃さない、このケヴィン・ファルコの秘密兵器ッスよ!」
時間そのものを加速して戦えば、あらゆる面で相手よりもはるか先へ行ける。ケヴィンの眼から見たナハトは遅く見え、わずかな時間の隙間に一手先を思考できる余裕がある。
シンプルでそれ故に強力な技術だ。そのことはナハトにも伝わり、ケヴィンとの戦いに難色を示す。
「トップスピードでは互角。しかし時間そのものを加速した分、相手のほうが剣捌きは上……なるほど、これは決め手がないですね」
しかしナハトは弱気を口にしながら、すでに脳裏には対策が浮かんでいた。
確かに勝つのは難しい、だがそれ以外ならばやりようはある。
「さてどうしましょうか、弱りましたね……フフッ」
ナハトは刀の波紋に軽く唇を這わせ、妖美に微笑んで見せるだけだった。




