115話『叫べ、その名を』
「テメェら、手を上げて一列に並びな。お前ェらの命はオレのもんだ」
隊商を襲っていた敵を撃滅したハヤテは、今度は隊商へと銃を向けた。
アサルトライフルの銃口を向けられ、隊商のリーダー格だった中年の男は顔を青白くして喚き立った。
「な、何を言ってるんだキミは! ワタシたちを助けてくれたんじゃ……」
「さっき言ったろ、助けに来たわけじゃないってな」
冷酷に言い放ち銃を突きつけるハヤテに、隊商の男は押し黙る。
隊商の人間は護身用の銃を頼りなく握りながら絶望的な顔で立ちすくむ者、馬車の中から様子を伺う者など様々だが、誰もからも歯向かう意志が見受けられない。彼らは元から戦いは護衛に任せた身なのだ、子供だっている、仮に立ち向かったところで結果は暴力で圧殺されるだけだろう。
一方護衛は男女の剣士が二名、男の銃士が三名、杖を持った回復魔法を扱う女の道士が一名いたが、戦闘員はみな先の青い兵士たちの襲撃で手足に槍や電撃を受けて手傷を負っており、道士による回復魔法の手当を受けているところだった。誰もが地面にうずくまって、疲弊した顔で額に汗をかいているが、仲間内で目配せして密かに頷き合う。
「オイ靖治、そっちどきな。余計なことするならお前から撃つぜ」
「……おいおい、本気かい?」
靖治はわずかに反抗的な言葉を口にしたが、ハヤテは愉しそうに笑ってライフルの先を向けてきた。
仕方なく両手を上げてハヤテから見て左側へと移動し始めた瞬間、護衛の中から傷の浅い者が二名、それぞれの女の剣士と男の銃士が自らの得物を引き抜こうとした。
だが彼女らが立ち上がるより早く、ハヤテのアサルトライフルがそちらへ向けられ、銃口が火を吹いた。
「きゃっ!?」
「ぐぁ……!!」
悲鳴を上げ、護衛は腕から血を流して地面に膝をつく。
銃弾に焼かれる熱い痛みに苦渋の表情を浮かべる姿を、ハヤテは冷めた瞳で見つめていた。
「動くなよ、寿命が縮むぜ? 残り少ないんだから大事にしねぇとなぁ」
冷酷にそう投げかけられて、撃たれた男の銃士が歯を食いしばりながら、ハヤテの顔を睨み上げる。
「お、お前ら知ってるぜ、名うての冒険団だろ? こんなところで悪名積んだところで……」
「オレらのこと知ってんなら悪評だって聞いてんだろ? 自分らのためなら何だってするクズ野郎だってな。平気で殺しもすれば嘘も吐く。今更十人二十人殺したところで大したことねえのさ」
ドス黒い言葉を吐くハヤテを、彼の仲間であるケヴィンとウポレは遠巻きに眺めていた。
「今日のアニキはいつもよりおっかねえッスね~、ウポレっちはどうするッス?」
「……さて、風はどちらに吹くか、ウホ」
いつもどおり軽薄そうなケヴィンと、神妙な顔をしたウポレは推移を見守っている。
「わ、ワタシはこのキャラバンのリーダーだ! 交渉をさせてくれ……何が望みなんだ!? 金か!? 物資か!?」
「あっあー、そうじゃあねえんだ。この眼鏡野郎のことを、コイツのお仲間に知られたら困るのよ」
「な、なら言わなければいい! ワタシたちは黙っておく、絶対に彼の情報について漏らさ……」
「人の口には戸は立てられねえ。こんなトコでお前らと約束したところで、それが守られる保証がどこにある? 監視でもしてろってか? 死人に口なしのほうが遥かに楽だね」
ハヤテは護衛たちにアサルトライフルを向けたまま慎重に間合いを測ると、左手であのリボルバーハンドガンを引き抜いて、影から様子を見ていた隊商の子供に銃を向けてみせる。
「ヒィッ!」
「た、頼む! 子供だけでも見逃してくれ!!」
咄嗟にリーダーの男が腕を広げて、子供をかばうように身を盾にした。
だがそんな涙ぐましい健気な良き人のあり方にも、ハヤテは何も響かなかったように虚ろな笑みを浮かべて撃鉄を親指で引き上げる。
「なあに気にすんな、この世界じゃよくあることさ」
そうしてハヤテがトリガーに指をかけた時、横から伸びてきた手がリボルバーを押さえ、シリンダーの後部に親指を挟んで撃鉄が落ちないよう塞いだ。
妙に静まり返った空気の中、ハヤテは目を細め、その手の主、靖治のことを横目で見据えた。
「なんだぁ? その手は……」
「うん、色々考えたんだけどね」
大勢が息を呑んでいる前で、靖治はリボルバーを押さえ込みながらいつもどおり平静な調子で言葉を紡いだ。
「やっぱり見逃せないな。相手が武器と戦闘の意思を持った人達なら、死ぬ覚悟をした人達だからまだまあわかる。けどこの人達は違う。そういう人らを殺すのも、それを見過ごすのもやっちゃいけないことだと思う」
淡々と道理を述べる。それは事態を変える期待も訴えかけも何もない、ただただ自分の意志を率直に表明しただけの言葉だった。
それに対し、ハヤテはあくまで攻撃的な悪意を込めた口を返す。
「大事な鍵だから撃たれねえとでも思うのか? オレは障害になりうるやつをそのまま放っとくほど甘かねえぞ。お前が手に余るやつってわかったならすぐさまここで撃つ。それが嫌なら大人しくしてな、無能な臆病者らしくな」
「アッハッハ、無能な臆病者か、僕らしいね」
こんな切迫した状況下で、靖治はカラリと笑って微笑みとそしりを受け止めた。
「確かにそうさ。だけどこれでも冒険者で登録したんでね。ここでカッコつけなきゃ、あの子たちの隣りにいる資格がなくなるから」
「へぇ、そうかよ」
靖治は柔らかな眼差しで狂犬を睨む。ハヤテも周囲を警戒したまま、段々と靖治へと気配が傾いた。
修羅場において二人の世界が閉じていく。目の前の相手へ意識を注ぎ込み、敵意がまたたく間に膨張して熱を帯びる。
そして二人に緊張感が高まっていき、吹いてきた風でわずかに張り詰めた糸が緩んだ瞬間、靖治が左手でリボルバーを押さえたまま右手で腰のガバメントを引き抜こうとし、それより早くアサルトライフルを捨て新たにハンドガンを握ったハヤテが、靖治の右手を銃弾で射抜いた。
動作が素人の靖治に対し、ハヤテの射撃は素晴らしい早業だった。靖治は気付いた時には手の平に風穴が空いていた。
「ぐぅっ!!」
「遅い、遅いぜ靖治よう。よくそんなんでオレと戦おうだなんて思ったな?」
それまで傷というものを知らなかった靖治の細い手から、真っ赤な鮮血が吹き出て地面を濡らす。それでもリボルバーから左手を離さない靖治を、ハヤテがブーツの裏で力強く蹴りつけてふっ飛ばした。
状況が動き隊商の男が声を上げる。
「キミ!!」
「動くなッ!!」
ハヤテが鋭く右のハンドガンを隊商へと差し向けて黙らせた。同時に護衛のものたちも最後の抵抗に出ようとしたのだが、それを察知したウポレとケヴィンが先に動いていて押さえ付ける。
「くそっ……!」
「ハイハーイ、黙って見ててッスねー」
結局趨勢は何も変わらないままだ。ハヤテは地面に尻もちをついて右手を押さえる靖治に、リボルバーハンドガンM500を向けて見下ろしていた。
「残念だったぜ靖治よう。オレぁお前のこと気に入りかけてたんだが、どうやらここで撃っといたほうが良さそうだ」
冷酷な言葉を、靖治は銃弾の痛みで意識が朦朧としながら必死に聞いていた。
「くっ……ハァーハァ……!! 痛ぅー……っ!!!」
ここまでの手傷を受けるのは生まれて初めてだ。病気の発作とはまた違う、鋭くてとてつもなく熱い苦痛に、靖治は目尻に涙を浮かべ、今にも死にそうな顔で苦しんだ。
「最初の想定通り、お前の体は切り取って活用してやるよ。目ん玉と指を残して消えちまいな」
だがそれでも、靖治は上を見た。
震える体でハヤテのことを睨みつけながら、子鹿のようなへっぴり腰で大地に立ち上がる。
銃口を向けられ、殺意を手の平に開いた穴から如実に感じながらも、靖治は何かを押さえ込むようにギュッとまぶたを閉じて、また眼を開いた時には、額に掻いた冷や汗と溢れる涙以外は穏やかな表情へと戻っていた。
顎の先から雫を零しながら、春風のように笑ってみせた靖治は、無事な左手で人差し指を立て、天を突き刺す勢いで空へと掲げる。
痛みに悶ながら異常な振る舞いをする靖治に、思わずオーガスラッシャーのメンバーも、関係ないはずの隊商の人間たちも見入っていた。
ハヤテが靖治へ問いかける。
「何の真似だ?」
「ハァー……ハァー……神頼み」
激しい痛苦に動悸と息切れを隠しきれないまでも、声にはどこにも動揺がなく、静かに胸の内を語っていた。
「僕の力じゃ、ここからは万に一つも勝ち目はない。けど、僕はいつだってそうだった。だから今までと同じようにするだけさ」
あぁ、いつだってそうだった。吐気がするくらいいつもどおり。
靖治の人生は、この程度のピンチの連続だった。いや、こんなのまだまだ甘いと思う、赤ん坊の頃から幾度とだって死の吐息を耳元で聞いて生きてきた。
それに対し靖治ができることは、何もなかった。正真正銘何もなかったのだ。出来る人は常に周りにいた医者や家族、彼ら彼女らに助けられて、ようやく靖治は生存を許されてきた。
だから、これもまたいつもどおり。靖治はただあるがまま、陽炎のように揺らぐ命運を背負いながらも世界に己が身を任せ、それでも最後のあがきをしてみせる。
「ハンッ、都合よく誰かが助けてくれるとでも? そんなんで生き残れると思わねえことだな、甘いこと言ってんじゃねえぜ」
「いいや言うね。それしか道がないなら、声が枯れるまで言ってみせるさ。僕にできることは本当に少なかった、だからこそできることだけはすべてやってきた。臆面なんてしてられるか、情けなくたって不甲斐なくたって、僕は全力で生きれる道を走る」
本当なら一人で切り抜けられたらカッコいいのだけれど、それが無理ならできることは一つだけ。
「だから言うのさ! 想いを込めて、可愛いあの娘たちの名前を!」
靖治は思いっきり息を吸い、力の限り呼びかけた。
「来てくれ! イリス!!! アリサ!!! ナハト!!!」
「――――ハイ! 靖治さん!! イリスはここにいます!!!」
透き通った声がして、頭上から弾丸のように一人の少女が飛んできて拳を振り落とした。
咄嗟に引き下がったハヤテの前で、靖治とのあいだに割り込んできた彼女が大地を叩き割る。
崩れる音と共に土煙が上がり、端々が黒く焼け焦げたメイド服が風に揺れる。拳を握りしめた頼もしい背中を見て、靖治は呆然と目を丸くした。
「イリス……本当に来てくれた!?」
「もちろんです! 靖治さんが名付けてくれたこの名前を呼んでくれるなら、イリスはどこへだって駆けつけます!!」
勇ましくそう叫んだ彼女――イリスは素早く踏み込んで再び靖治の敵へと拳を振りかざす。
ハヤテは咄嗟に腕で受け組み合うものの、イリス相手には抗し得ず左手に持っていたリボルバーを弾かれてしまい、さっき手放したアサルトライフルをなんとか回収しながら必死に引き下がった。
「チッ! こなクソ――」
「名前を呼ばれたのはあんただけじゃないでしょ」
「一人だけ目立たれては困りますわね」
そして再び頭上から影がさす。
ハヤテが見上げた先にいたのは、逆光を浴びてマントを翻す紅蓮の少女と、片翼をはためかせた純白の騎士の姿。
「ぶん殴れアグニ!!」
「切り裂けネームロス!!」
造り出された赤熱の魔人と、血を帯びた亡失の魔剣がハヤテに襲いかかる。
「ウホ!」
「アニキ!」
咄嗟にウポレとケヴィンが前に出て援護に回った。ウポレが丸太のような腕で魔人の熱拳を受け止め、ケヴィンが翼の高周波ブレードを発振させて斬撃を受け流し、わずかな隙を見てハヤテを回収し更に距離を取る。
ひとまず靖治への脅威をしりぞけて、降り立った二人の女は得意げに胸を張って挑発的な笑みを浮かべる。
「オーサカで金もらっちゃったからね、代金分はキッチリやらせてもらうわよ!」
「わたくしたちのことを忘れられては寂しいですものね…………ちゃんと名前呼ばれてよかった……」
アリサが重たい手枷の付いた拳を叩き合わせて音を鳴らし、ナハトはと言うと最後に小声で何事かをつぶやいて背を丸めていた。
勢揃いする仲間たちに、靖治は心底安堵したように表情から緊張を抜いて彼女たちを見つめた。
「よかった、みんな来てくれた……!」
彼を護る三人の女たち。それと相対し、ハヤテがタバコを一つ口に加えながら喉を鳴らした。
「クックック、予想より一名多いが、それがお前のパーティか」
「あぁそうさ、みんな頼りになる、最高の仲間達だよ」
靖治は自信たっぷりに言ってハヤテに自慢のパーティを見せつける。
依然として気の抜けない状況のまま、イリスが背後の靖治へと問いかけた。
「ところで靖治さん。靖治さんを傷つけた悪漢は彼らで間違いないですね?」
「あぁそうさ。ここで彼らと白黒つけとかないと後に引きそうだ。だから頼んだよイリス」
「わかりました! 靖治さんのあらゆる障害は私が粉砕します!」
例えここで逃げたとしても、オーガスラッシャーは靖治を追いかけてくるだろう。
それを阻止するために必要なのは何か? 『追っても無駄だ』と心底思わせることだ。
「つまりあれか、こいつらブチのめして格の違いを叩き込んでやれば良いってワケ」
「よろしいでしょう。恐怖を刻み込めば、立ち向かう気も失せようもの」
戦いとくれば話が早い。アリサもナハトも覇気をみなぎらせて敵をにらみつける。
突き刺すような視線を受け、ハヤテたちも気迫を込める。
「どうやら風の往く先は決まったウホね」
「ヒューッ、見事に良さげな女ばっかり。セイジくんってば羨ま~」
オーガスラッシャー達もここで一戦交える気になったようだ。軽口を叩きながらもドッシリ大地に身構える。
「良いぜ、面白くなってきた! 太っとい喧嘩も冒険の醍醐味! 生きるか死ぬかの大博打!」
「よーし、どうせならオレらの強いところレディにアピールっすよー!」
「こうなってしまった以上は仕方ないウホ、お互い納得行くまでとことんやるウホよ」
戦意をみなぎらせる敵陣営を見ながら、靖治は小さな声で指示を出した。
「向こうは連携が上手い、一対一の状況に持ち込むんだ」
「了解です!」
「へっ、あたしもソロのがやりやすい」
「まぁ、わたくしどもは出会って日が浅いですしね」
それぞれの眼が抜き身の刀のように鋭くなる。眼光がぶつかり合って火花を散らし、地面を踏みしめる音が乾いて響く。
圧迫的な気配が急速に渦を巻いていき、己の闘志が限界まで高まった直後、先頭に立ったイリスとハヤテから飛び出した。
「イリス、参ります!!」
「オーガスラッシャー、イクぜオラァ!!!」
元はバラバラの出自でありながら仲間たちと寄り添い合った二つの陣営。
今ここに、戦いの火蓋が切って落とされた




