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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
五章【エゴイストのエンドレスカーニバル】
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112話『ストレートパンチャー』

 靖治がハヤテに挑発を受けた後。


「とかなんとか言いつつ、普通に寝ちゃうんだ」


 靖治が伊達眼鏡を掛け直しながら目の前の光景を見つめる。

 散々靖治に対して威張って、殴って、威嚇しておいて、当のハヤテは満足そうな寝顔でグースカイビキを立て、草の上に大の字で眠りに就いていた。彼の仲間であるケヴィンも、同様にパワードスーツを着たまま酒瓶を抱いて寝てしまっている。

 パチパチと燃える焚き火に照らされながら眠る彼らを、ウポレが薄い布で包んで虫に噛まれないように気を使ってあげていた。


「仕方ないウホ。こいつらはそういう生き物だウホ」

「僕が逃げ出すとか考えないのかな?」

「この暗闇の中で、大した能力も持たない人間が歩き回ったところで死ぬだけウホ。そんな馬鹿ならハヤテは"つまらないやつ"と判断して縄を解いたりしないウホ」

「なーるほどねー。そしてウポレさんも、僕を親切に逃してくれたりはしないわけか」

「当然だ、ウホ。もしその腰の銃に手をかけることがあれば、その時もウポレは見逃さないウホ。今は諦めることウホ」


 ウポレの柔和な目元が一瞬鋭く締め付けられ、腰元を気にする靖治の手に視線を送ってくる。靖治の腰にあるのは、ハヤテたちから返してもらった二丁の拳銃だ。

 どうやら現時点ではどのような手段も取りようがないらしい。諦めて両手をぷらぷらと振って見せた靖治に、ウポレが腰を落ち着けて話しかけてくる。


「さっきはハヤテが悪いことしたウホね。普段はあそこまで強気に出ることはないウホが」

「まあ、それはなんとなくわかるよ。人をビビらせて喜ぶタイプじゃないんでしょ?」

「ウホ」


 さっきはやたらとあの狼男から凄まれて殴られたりもしたが、多分実際のハヤテはそれ自体を楽しむタイプではないのだろう。


「ハヤテはむしろ、土壇場での他人の生きざまにこそワクワクしてるウホ。あれだけ恫喝的に出てもそれにメゲないだけの根性があるとわかって、からかっているんだウホ。それだけ見込んでるんだウホね」

「アッハッハ、殴られた後じゃ褒められたって嬉しくないなー。野郎に殴られたって面白くともなんともない」

「美少女なら許したウホ?」

「モチのロン!」

「お前もけっこう単純ウホね」


 断言する靖治に対し、ウポレは呆れたりはせずただありのままに受け止めている様子だ。

 ゴリラな彼の思慮深い一面を見ながら、靖治は不思議に呟く。


「ハヤテとケヴィンが軽い性格なら、ウポレさんは深い性質だね。天秤のバランスは取れてるけど、どうしてウポレさんはこの二人と一緒にいるの?」

「正確にはハヤテとだウホ。仲間入りはウポレが先でケヴィンが後ウホ」

「へぇー」


 まさに賢人とも言うべき佇まいからは、どうしてハヤテやケヴィンのようなお気楽な相手と一緒にいるのかは検討がつかない。

 果たして答えてくれるかは半信半疑だったが、ウポレはこの質問には少しだけ答えてくれた。


「ハヤテはロクでなしだウホ。気まぐれで人を助け、殺してスッキリするならそうする。子供がそのままデカくなったような、自由気ままに悪意と善意が同居したクズウホ」

「まあ、それはわかる」


 気分次第で白にも黒にもなる、そういうタイプなのだ。他人の目を決して気にせず、自分に忠実に行動し周囲を巻き込んでいく。


「ただ今まで、自分を決定的に陥れる致命的な間違いはせずに済んでこれた、やつ風に言えば『運が良かった』というところだウホ」


 致命的な間違い、それは喧嘩を売ってはいけない相手と戦ったり、あるいは道を外れる決定的な悪行をしてしまったり。

 ハヤテは基本なんでもありなロクでなしだが、ギリギリ最後の一線を超えずに、ラインの上を鼻歌交じりにステップしながら生きているのだ。


「そんなハヤテなら、ウポレでは行けない場所に連れて行ってくれる、そう感じたから共にいるウホ」


 ウポレは波立てず静かに、心の底のほうにあった言葉を掬い取った。


「この風がウポレの期待通りの方向へ進むなら良し、ただのクズ以下の存在に成り下がり、風が枯れるならウポレの見当違いだっただけウホ。決着が付く日まで、ウポレはこの風に身を委ねるのみウホ」

「……なるほどね」


 ウポレはウポレで、ハヤテに信頼を寄せているのだ。

 納得し、靖治は深くうなずいた。


「これは手強いチームだ」

「プフッ」


 何気なしにつぶやいた言葉に、ウポレが小さく平べったい口が笑い吹き出す。


「どうしたんですか?」

「いや、"手強い"とは、なるほどと思ったウホね」


 ウポレは靖治の言葉を反芻するようにそのまま返す。


「この期に及んで、何の力もないのにウポレたちと敵対することを視野に入れている、ハヤテのやつが気に入るウホね」

「ハハ、そんなんじゃないさ。今はまだね」


 薄ら笑いを浮かべ、靖治は眼鏡の位置を正しながら短く唱えた。

 お互いに油断なく相手のことを探っていると、不意にウポレが顔を背けて、夜の暗闇の中を見つめた。


「……ムッ?」

「今度は何か?」


 靖治も釣られて同じ方向を見るが、木々の間の暗がりからは何の姿も見つけることは出来ない。

 しかしウポレは目元を険しくすると、突如大きな手を合わせて音を鳴らし、ぶつぶつと口元を動かし始めた。


「大地に住まいし精霊たちよ、お力をお貸しくださいウホ」


 言霊と共にウポレの周囲にやんわりとした光が虫のように飛び始め、驚く靖治の前でウポレは両手で地面を叩いた。

 すると周囲の地面がメキメキと音を立てひび割れると、土でできた壁が地中からせり上がり始める。

 壁は寝ているハヤテたちを含んで全員を囲むよう円形に現れると、そのまま天井が閉じてドーム状の壁となって閉じ込めてしまった。

 閉鎖された空間で、靖治は火に照らされたウポレを見つめる。


「どうしたの?」

「変な気配を感じたウホ、朝になるまで精霊たちが守ってくれるウホ。酸欠にならないよう火を消すからもう寝るウホ、明日もハヤテたちに連れ回されるウホよ」


 靖治が試しに耳を凝らしてみたが、ドームの外で何が起こっているのかは感じ取れない。

 まあ安全というならそれで良いだろう、大人しく明日に向けて良い夢でも見よう。靖治は自分のバックパックから薄い寝袋を取り出して地面に敷くと、そのまま上に寝た。


「んじゃおやすみねウポレさん」

「ウホ。おやすみウホ」


 ウポレが日を消し、靖治は伊達眼鏡を胸の内ポケットにしまうと速やかに目を閉じた。

 少しすると安らかな寝息を立て始め、まだ起きていたウポレが暗闇の中でそれを聞いて薄く笑う。


「こんな状況で簡単に寝れる辺り、ハヤテと似たようなやつウホね」


 それからしばらくして、ウポレも静かに眠りに就いた。




――――――――――――――――――――――――――――――――




 同時刻、川辺で休んでいたイリスたちも、そろそろ寝る準備に入ったころだった。

 焚き火の前で伸びをしたアリサが、他の二人へと顔を向けた。


「そろそろ寝るわよ。ナハト、あんたは回復優先でさっさと寝る。イリス、あたしとローテで見張りするわよ。今のアンタ一人にやらせるのは不安だわ」

「アリサさん、リーダーはわたくしだった筈では?」

「それはそれこれはこれ、とっとと休みたいのよあたしは」


 人指をあちらこちらへ指し向けて几帳面にテキパキと指示を出したアリサに、ナハトが少し不満げに視線を向けたが「これ敷いてさっさと寝とけ」とマントを放り投げられて終わらせられた。

 臨時リーダーを任せらながら頼られないことにため息を付いたナハトだったが、言うことはもっともなので大人げない対応は止めてマントを握って寝る準備を始める。


「仕方ないですね、ではお先――いえ」


 横になろうとしたナハトだが片翼をバサリと広げると、キツく見開いた真紅の瞳で闇の中を見る。


「どうやら、ゆっくりと寝てはいられないようです」

「なに?」


 アリサが訝しみながら同じ暗闇を見ると、暗がりの中から現れたものがあった。

 のしり、のしりと足音を立てながら歩み出てきたのは、後ろ足で立った大きな熊型のモンスターだった。

 見覚えのある姿に、イリスが呟きをこぼす。


「あれは、さっき私を殴って飛ばした……」


 だがその直後、モンスターは背中から血を吹き零しながら川辺の手前に倒れ込んだ。そして背後から、更に現れる何かがいて、ガシャリと金属的な足音が響かせた。

 新たに出てきたのは、先日守護者に倒された青騎士が繰り出してきて球状の兵士達。


「あの青ヨロイの手下!?」

「主が死んで、死体から湧き出てきましたか……」


 それは球体から足が生えたような形状だったが、一行の前に再び現れたそれはビクリと振動すると、形を変え始めた。

 金属質なボディが流体のように変化をし始め、上下に細長く伸びたかと思うと人型を取り始める。青い体は流れるような輪郭を描き、それは顔を髪で隠した女神のような、女性型の姿になった。

 女性型の兵士は、右手に青騎士が持っていたのと同じような対の突撃槍を備えており、口のない顔から機械的な音声を放出する。


『ガガガガビピッ-人類ホ保全システムムム統括ッ機関ノノ欠損を確ニニニニニん-緊急処置をヲヲヲヲ開カイ始します-新たなアラタナ適合者の検索を開ビビッ始-』


 そう言うと兵士の一体が、倒れた熊型モンスターの頭部へと持っていた槍を突き刺した。

 槍は先端を枝分かれさせて頭骨に侵入し始め、脳に様々な方向からアクセスを掛ける。脳みそを弄くられたモンスターが、白目のままビクビクと体を痙攣させるのを見てアリサが思わずうめきを漏らした。


「うげっ」

『-不適合-ガガッ――次の検――索ヲヲ始め――ガガッ――ます-』


 槍を引き抜いた兵士は、次の獲物を求めて歩き始めた。奥の暗がりからも、続々と他の兵士たちがにじり寄ってくる。

 アリサは眉をひそめて「やるかぁ?」と戦意を露わにし、まだ傷が癒えていないナハトも呪符の巻かれた塊を手繰り寄せる。

 しかし二人の前に、それまで静かだったイリスが立ち塞がって、アリサたちを手で制した。


「二人は休んでいてください」

「イリスさん?」


 問いかけるナハトだが、銀髪を揺らすイリスの背中は、先程までの弱々しさが嘘のようにたくましかった。

 隣りにいる人を見失って、どうやって頑張ればいいかわからないと嘆いていたはずのロボットが、今は静かな覇気を湛えて巨岩のように立っている。


「私はもう大丈夫。思い出しました、自分の走り方を」


 そう唱えたイリスの瞳は、昨日までのように強い虹の光に溢れ、暗がりから湧き出てくる無数の兵士を睨みつけていた。

 イリスはゆっくりと呼吸し空気中のエネルギーを取り込む。胸の奥でコアが鼓動し、ドクドクと波打つ力が指先まで活力をみなぎらせる。見失ってしまった情動が、再び心を突き動かした。

 アリサとナハトが息を呑むような力強さで、拳を握り、明日を叫ぶ。


「私はやれる、戦えます! 私が定めた私自身の使命のままに、アクセル全開で! ここでアリサさんとナハトさんをお護りし、そのまま靖治さん救出まで一直線です!!」




 生きることが戦いならば。

 一人で奮い立てる彼女は、今を生きる立派な生命だ。


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