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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
五章【エゴイストのエンドレスカーニバル】
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111話『火花をぶつけよう』

 そしてイリスが自分の胸の内側に耳を傾けている時、万葉靖治はと言うと、パチパチと音を立てて燃える焚き火の前で、地面にあぐらをかいで呆然と座っていた。


「夜だー?」

「新入りだー?」


 闇に閉ざされた広大な山の中で、火に照らされた狼男のハヤテと鳥人のケヴィンが愉快に声を弾ませている

 ゴリラのウポレは騒ぎを気にせず、黙々と仕留めたイノシシを焚き火で炙って丁寧に丸焼きにしていた。


「となれば酒盛りだー!!!」

「宴ッスよー! ヤッホホッホホーイ!!! キキィーッ!!!」


 辺鄙な山に図太い男のハシャギ声が鳴り響く。大口開けて、唾を散らすのも気にせず歓声を上げ、歓びのステップを踏む。

 まるでカーニバルでも始まるみたいに騒ぎ立てるバカ野郎二人を前にし、靖治は笑顔でぱちぱちと拍手を鳴らした。


「あはは、捕まえたのに新入り扱いでいいの?」

「こまけえこたあ良いんだよ! これからしばらく一緒にやってくんだ、仲良くしようぜぇセイジくんさんよぉ?」

「図々しいねえ、まあソッチのほうが楽しいからいいか!」

「おう! わかってんじゃねえかオイ!! ウポレ焼け焼け! 肉食って明日も元気に冒険じゃー!!」

「ウホホイ、山の幸に感謝して食べるんだウホよ」


 焼けたイノシシをナイフで切り分けたウポレが、皿に乗せて並べてくれる。

 なおウポレ本人は肉を焼けども食べないので、靖治が「ウポレさんは肉食べないの?」と尋ねてみると「菜食主義だウホ」と返された。

 何にせよ食事となれば楽しまない手は靖治にはない。焼けた肉に貸してもらった塩コショウで大胆に味付けし、味の濃い肉の旨味を口いっぱいに頬張って笑顔の華を咲かせた。


「う~ん、肉ウマァ~!」

「おおっ、良い食べっぷりじゃねえか。よっしゃ、酒も飲んじまえ!」

「あはは、ありがたいけどお酒は止めとくよ」

「なんでえ、ノリ悪いなぁ」

「ハヤテ、この酒は吉相を呼び込むためのものだウホ。無理強いはご法度だウホ」

「へへっ、わかってんよー」


 靖治はまだ未成年であるし、はぐれてみんなを心配させていながらのうのうと酒を飲んでいたとあれば、酒飲み嫌いのアリサは後で機嫌を悪くするだろう。

 ハヤテたち三人はいつのまにか酒瓶を用意してあって、スチール製のコップにその芳醇な匂いの酒を注いでかっくらい、アルコールで脳みそを和らげている。大人しそうなウポレも酒は嗜むようで、ちびちびと口に含んでいた。


「っていうかお酒なんていつもそんなに持ってるの?」

「ウポレッスよー、こいつどっからか酒取ってくるのが得意なんス。確か猿酒って言うんだっけ? ッス?」

「癖はあるが、まあどこでも酔えるってのは最高だな! ガハハ!」


 猿酒は猿が隠した木の実などが発酵してできる酒であるが、あくまで伝説的なものであって実在は怪しいし、あったとしてもコップに注げるほどできあがるものでもないだろう。

 謎多きウポレが気になりながらも、靖治はご相伴に預かった以上、楽しく時を過ごし、そこそこの身の上話なんかもしたりした。


「ゲッハハハハハハハハ! それでお前、アネキに助けられて1000年前から生き残ったってか! 悪運つえーなオイ!」

「あははは、強いのは悪運じゃなくて家族運さ」

「あっ、言いやがんなこいつぅ!」


 およそ1000年前にあった出来事、病気で先が長くなかった自分のために姉がコールドスリープ装置を発明してくれたこと、それに眠って1000年の時を超えてきたことを話すと、ハヤテは大層面白そうに笑い声を上げていた。

 とは言え靖治も一部の情報は隠していた、自らのコールドスリープだけが何故か東京の中の秘匿領域に隠されていたことなどは秘密だ。話してしまえば、余計にハヤテの興味心を煽るだろう。


「いいなぁー、オレもそんだけ尽くしてくれる姉さん欲しかったッスねー」

「オメー、あんだけの話聞いてその結論はねーだろー」

「じゃあアニキはどう思ったんスか?」

「そりゃあお前……やっぱ姉持つなら美人に限るなってな!」

「それオレっちと変わんねーじゃねえですかー! キーッヒヒヒヒヒ!」


 ケヴィンが肩を揺らして、身にまとったパワードスーツからガシャガシャと音を鳴らす。

 まったくもって楽しそうにしている悪党どもだったが、不意にハヤテが酒臭い口を靖治に向けた。


「おうセイジ、そういやお前、名前はなんて字書くんだ?」

「えっ、漢字わかるの?」

「バカヤロォ、お前オレは読み書きできるぞ。一流冒険家舐めんなよ」


 言われたので靖治はその辺から拾った木の棒で、焚き火に照らされた地面に自分の名前を書く。

 覗き込んでいたハヤテは、その名を見て感心したように頷いた。


「ほおー、万葉集の万葉に、安泰とか治すって意味で靖治か。考えられた名前じゃねーか」

「へー、けっこう知識があるもんだね。万葉集なんて次元光が来るよりずっと前だよ?」

「まあ、オレはこの世界で育ったからな、親が物知りだったし色々教えてもらったよ」

「ここで生まれたの?」

「いや、赤ん坊のまま捨てられたらしいからわかんね。こっちで捨てられたのか、それとも別の世界から自分だけ転移してきたのか。どっちにしろオレぁ運がいい、こんな面白おかしい世界で生きられるってんだからよ!」


 ハヤテは自らの出生を一声で片付けると、星が煌めく夜空に両腕を広げて、まるで世界のすべてを支配する大王のごとく喚き立つ。


「ワンダフルワールドは最高に面白い世界だ!色んな奴らがいて、ウジウジしてるのもいればキレキレのやつもいる、けどどいつもこいつも結局は自分の好きなように生きてんだ! オレはそいつら全部食いもんにして面白おかしく生きてやらあ!!」


 興味と悪性を隠しもせずに人生を謳い上げるハヤテの姿は、他にない大きさを持って靖治の網膜に映り込む。

 シンプルで、だからこそ強い人種だ。彼のように生きられたら素敵だろうなぁと、靖治も思わず感じ入ってしまうほどだ。


「ハハ、なるほどねぇ。他のみんなは?」

「オレっちは転移組だよぉー、キーッ! こっち来て伝説の人間を見ておでれぇだおでれぇた」

「伝説?」


 靖治が尋ねると、鳥人のケヴィンは機械仕掛けの青いパワードスーツをまといながら奇妙なことを言い出した。

 そこにハヤテが親指を立てて件の鳥男を指しながら解説を差し込む。


「こいつの世界は人間が滅んじまってるらしいぜ。その代り生物兵器に改造された動物どもが支配してるんだと」

「そゆこと。つっても、住んでるのが獣人ってだけで人間と変わらないッスけどねー、戦争だってしてらあ。オレっちはハイスクール出てすぐに傭兵会社に行ったんスよ。けどクライアントがムカつく嫌なオヤジだったんで、背骨蹴り折って逃げ出したら、ちょうど次元光に当てられてこっち来たんス」

「刹那的に生きてるねー」

「人生死ぬまで青春ッスよボーイ! 行き当たりばったりでなくっちゃあ、キーッヒヒヒヒヒヒ!!」


 こちらもまたエキセントリックな電撃バードだ。悪事を武勇伝のように語るケヴィンは、そのまま調子づいて靖治のそばによて耳打ちしてくる。


「ちなみにこのスーツは元の世界でオレっちが作った自作ッスよ~。戦闘からハッキングまでなんでもござれ! 中はエアコン完備で快適なんスよ。ここだけの話し、短期間なら時間加速までできたりして」

「へぇー、なるほど……」


 病院戦艦にいたころ、戦艦のシステムに潜入してきたのもこの男なのだろう。この世界でそういった機械技術を保持した者は希少だ。


「オレとケヴィンはまあわかりやすいわな! どっちも直感で生きてらあ。ウチでわかりにくいのっていやあウポレくらいだな! オレらとは出来が違うって感じだぜ」

「仲間外れは心外だウホ。ウポレとてハヤテたちと生まれた世界は違えど、肉から生まれた命、さりとて変わりなどしないウホ」

「おーおー、ワリーな!」


 ウポレは酒の合間に焼けた山菜をボリボリと噛み砕きながら、静かに重い言葉を残していく。


「ウポレさんは異世界から来た系?」

「ウポレに質問は無駄ッスよー。過去のことはなんも話さねーッスからねー」

「過去は語るものでなく、糧とするものウホ。ウポレのことを知りたくば、よく目を凝らし、耳を傾けることウホ。さすれば自然と、ウポレの中から過去をつまみ上げることもできようウホ」

「クッカッカ、これだ、渋いぜマッタク!」


 他とは違う佇まいでいながらも、一員として溶け込んでいるウポレの不思議な空気に靖治はつい頷いてしまった。

 個性的な面子に靖治が圧巻されていると、ハヤテがコップを地面に置いてやおらに立ち上がる。


「よーし、各々自己紹介も済んだことでアレをやるか!」

「ウッホッホ、ドラミングも高鳴るウホ」

「おぉーッス!」

「ん? なになに?」


 目をしばたかせる靖治の前で、ウポレとケヴィンが歩み出てハヤテの両脇に立ち並ぶ。


「行くぜ号令!! 犬!」

「猿ウホ!」

「雉ッス!」


 ハヤテの声に合わせ、ウポレは両腕と胸板のムキムキ筋肉を誇示するようマッスルポーズを決め、ケヴィンは両腕から羽状のスラスターユニットを伸ばすと翼を見せつけようと両腕を天高く掲げる。

 そして頭たるハヤテがドンと地面を踏み鳴らすと、歌舞伎役者のように両手を広げて細長い口を振り回す。


「冒険探して東へ西へ、遺跡があれば暴れて壊し、争い見つけりゃ両方殴る!! 悪党いりゃあまとめてとっちめ、善人がいりゃあ詐欺でガッポリ! あっちでこっちでやりたい放題! オレたちゃ冒険団オーガスラッシャー、世界の全部はオレたちのためにあるってえな!!」


 大見得を切ってあくどい戯言を打ち上げる一団に、靖治はとりあえず拍手を鳴らした。


「わぁー、でもなして桃太郎?」

「そりゃあもちろん、桃太郎が最高に人生楽しんでるからさ!! 気に入らねえやつはぶっ潰して、後はお気楽豪遊三昧!! いいねぇ憧れるねぇ

、やっぱ男はそうでなくっちゃあなぁ!!」


 だいぶ見方が穿ち過ぎにも思えるが、ハヤテから見た世界というものがそうなのだ。彼にとっての桃太郎はそれで、彼の理想がそうなのだ。

 声を張り上げて満足したらしい彼らの中で、ハヤテが地面にドサリと腰を下ろすと靖治に刺すような視線を向けてきた。


「これがオレらぁオーガスラッシャーだ。この世界で好き勝手に生きている、これまでだってそうだしこれからだってそうだ。1000年前から来たガキよ、お前はどう生きたいんだ?」

「アッハハ、僕はあなたたちほど強くないよ。その時その時を出来る限り生きれればそれで上等さ」

「ハッ、食えねえ野郎だな。そういう奴こそ油断ならねえ」


 のんびり答える靖治に対し、ハヤテは一瞬の油断もない眼で鋭く睨みつけてきた。

 狼の顔が凶悪に歪み、薄く開かれた口から得物を食いちぎる牙が白い暴威を見せてくる。


「ならオレらがそれを試すチャンスを手ずから作ってやらあ。テメエはここを出ていきてえようだが、オレらは構わず東京に連れて行く、必ずな」

「なるほどなるほど、大したエゴイストだね。それなら僕も真っ向から言わせてもらおう、問答無用で捕まってそろそろ溜まってきた頃だ」


 靖治はハヤテに向かい合うと、威圧感に怯えることなくわずかも視線を揺るげずに言い返した。


「僕は君たちに着いていく気はないよ。僕には僕の、アナタらにはアナタらの行く道がある。時として交わることがあっても、それは別の道だ」

「ハハハハハッ! テメェの道はあのポンコツメイドやアリサと一緒の道ってことか?」

「そうとも。彼女たちは僕の最高の仲間だからね」

「ほう、ロボットのメイドはともかく、よくあのじゃじゃ馬アリサを手なづけたもんだ」


 褒められて悪い気はしないので、自慢げになる靖治は続けて口にした。


「アナタたちのことは嫌いじゃない、面白いと思う。だがその暴力性、力づくで押し通すところは僕と相容れないね」

「ほう?」


 興味深そうにつぶやいたハヤテは、顔を俯けて立ち上がると、前降りなく靖治に踏みよって幼さが残る顔を握りしめた手で殴り抜けた。

 ゴンッと鈍い衝撃が靖治の頭を突き抜けて、イリスが作ってくれた伊達眼鏡が地面の上に落ちてしまう。

 痛みで目の奥が火花が散る中、靖治はクラクラする頭を押さえて倒れないよう必死にこらえた。


「殴られたことでし返すこともやつが何言ってやがる? 貧弱な無能力者が、オレらに対抗できるとでも?」

「うへぇ、アニキやりすぎじゃないッスか?」

「いーんだよ、コイツは」

「その通りさ、この程度なんてことない」


 見かねたケヴィンが口を挟んでくるのを、靖治は鼻から血を垂らしながら無用と跳ね除けた。

 頬を腫らしてズキズキとした痛みを覚えながらも、靖治はその眼に一切の迷いも恐怖も映すことなく、ハヤテを見上げてニヤッと笑ってみせた。


「僕を殴ったところで、心を何一つ変えることは出来ないよ。根本が違う以上、遅かれ早かれ道が分かれる時は来るさ」

「ハハハハハハッ!! ならテメェの首に首輪でも巻いて引っ張って行くともさ!!」


 靖治の言葉に笑って対抗するハヤテは、しかして油断せずに何も出来ないはずの靖治を睨みつけてきている。


「逃げたきゃ逃げな、だがそうはさせねぇ。おめぇ一人程度、力尽くで従えて引っ張ってってやる。連れてかれる先で何が起こるのか、精々抗うと良いぜ、靖治よぉ」


 話を聞きながら、あぁまったく面白いなこの人は、と靖治は思ってにっこり笑った。

・おしらせ

 四日ほど休みます、次の投稿は22日水曜日です。

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