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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
五章【エゴイストのエンドレスカーニバル】
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105話『阿呆の生き様と石頭』

「――おー、やってらやってらあ。今日も張り切るねぇ、守護者様は」


 遠くから届いてくる終末的な破壊音を聞きながら、狼人間の男がグレーの毛を暴風で揺らしながら使い古しの単眼鏡を覗いていた。

 切り立った崖の上からレンズで見るはるか先では、ドデカイ竜と青い騎士鎧の戦いが繰り広げられていた。

 山より巨大な二体のバケモノが切った張ったする度に空が震えて、地形が吹き飛ぶ破滅的なサウンドが足元を揺らす。戦いの場所からは数kmほど離れているが、それでも危険を肌に感じるほど守護者の戦いは凄まじい。

 その様子を眺める彼、狼の獣人であるハヤテは、上半身に羽織ったタクティカルベストのポケットに単眼鏡を押し込みながら、手に持ったブロック状の携帯食をかじり、モゴモゴと噛み潰す。


「危ねーやつが現れるたびに毎回毎回出張って、よく飽きないもんだぜ。楽しいのか? 楽しいんだろうなぁ。じゃなきゃ数百年も続かねえだろあんなもん」

「アニキー、くっちゃべってないで逃げないんスかー? 巻き込まれたら惨事ッスよ」

「バーカ、至近距離ならともかくこんだけ離れてりゃあとは運次第だ、ジタバタしたって変わんねーよ」


 ハヤテが振り向いた先には、彼の仲間である鳥人のケヴィンが黒っぽいパワードスーツを首から下にまとったまま、地面にあぐらをかいでカンヅメとフォークを手にしている。

 その隣には同じく仲間であるゴリラのウポレがアロハシャツ姿で、口数少なくその辺から採れた木の実や山菜をそのまま食べていた。


「そういうテメーこそ、文句あんなら逃げちまえったらどうだ?」

「イヤっすよー、今昼メシ中っすよ? ご飯はゆっくり食べるタイプなんでスー」

「ウホ、食事という行為に不安や焦りはいらないウホ。ただ満たすものであれば()し」


 戦いの波動を聞きながらのんびりとケヴィンとウポレは昼食を味わう。

 その時、戦地では青騎士の放った赤い雷が守護者の翼に弾かれ、戦いの余波が辺り一帯へと散らばっていた。

 するとその雷のうちの一つがのどかな空を震わせながら、ボヘーとしてる彼らの近くへとあっという間に近づいてきて、落下と共に轟音をかき鳴らす。

 轟雷が弾ける音に目を丸くしたハヤテたちが隣を向くと、10メートルほど隣の崖が丸ごと吹き飛んで、削られた場所にポッカリと穴が出来上がっていた。

 眼の前の惨状にポカーンと呆気に取られたハヤテたちは、時期に間一髪の状況を把握し、大口開けてゲラゲラと笑い声を響かせた。


「ブワッハハハハハハ!!! スッゲーギリギリッスね!! 音デケー!!!」

「グワハハハハハハ!!! もうちょいズレてたら即死だぜ! これだから世の中おもしれーなぁー!」

「アー!? 何言ってんのか聞こえねーっすよ! キーッ! キーッ!」

「モグモグ」


 あるいは気が狂ったように笑い、あるいは面白がって鳴き声を上げ、あるいは何事もなかったようにご飯を食べる。彼らの愉快な佇まいはワンダフルワールドでもかなり奇特な集団だ。

 それは彼らの能力ではどう焦ったところで、守護者レベルの戦闘のとばっちりからは身を護る防衛策がないため、そうして運に身を任せるしかないからという思考から来るものだが、大抵の者ならそんなに平静でいられないだろう。

 しばらくして聴覚が戻ってきたところで、ケヴィンが言葉を発した。


「つーかターゲットはどうするんすか? つか道こっちでマジで合ってんすか? 追いかけてるはずなのに、村出たあたりから全然足取り掴めないんスけど」

「バカヤロォ、オメェオレの鼻がこっちだって言ってんだ」


 ハヤテたちの今の目標は、東京から来たと思われる人物、病院戦艦で目撃したある少年だった。

 その人物を追って道をたどってきた彼らだったのだが、そろそろ見つかってもいいはずなのに出会えない。

 そして彼らのターゲット、つまりは万葉靖治とその一行は、今は守護者の戦いに巻き込まれた場所にいるのだが。


「どうっすかねー、アニキったら煙草吸ってばっかで犬のくせにお鼻おバカちゃんになってるッスからねー」

「ウホ、あのような有害なものを摂取するハヤテの気がしれないウホ。破滅主義ウホね」


 実際のところ、靖治一行は大阪から旧京都府の北西部に位置する現在の京都を目指しているのだが、ハヤテたちがいるのは守護者の戦場から北側。つまりハヤテ組は違うルートから靖治たちを追い越してしまい、ずっと先まで来てしまっていたのだった。

 そうとも知らず、ハヤテは自分の主張を喚き立てる。


「いやこの道で間違いねーってマジで! 多分な!」

「多分じゃねーッスか!!」

「うるせー! だったらオメーが探してみろ!」

「ムグムグ」


 昼食を食べるウポレの前で、懸念が当たってるとも知らず醜い言い合いが続けられる。


「だいたい方向合ってたとして、あのガキ無事なんスか? 守護者の尻尾なり青鎧の雷なりに潰されておっ死んでてもおかしくないっすよ」

「ハッ、くだんねぇ心配だなぁ。そん時ゃそん時だ」


 ケヴィンのもっともな意見に対し、ハヤテはまるで問題ないという。


「世の中何が一番大事かっつーと運だ運!! どんだけつえーヤツだろうと運が悪けりゃすぐくだばるし、弱っちくとも生きてりゃ大統領だってなれる。運が悪いやつはどうしようもねぇ」

「大統領いねえッスよこの世界、国がないし」

「どっかにいるかもだろ。まあそれはそれとしてだ、この程度のことで死ぬような奴なら所詮その程度、期待はずれってやつだ。どうせオレらの役には立てねえよ。そんならヤツのことなんざ忘れて、また新しいもん探して追いかけに行くさ」


 自身の哲学を打ち立てて、気ままな物言いを快活に謳い上げる。

 今日の脅威も明日への不安もどこ吹く風、どこまでも純粋にただ自分が楽しむことだけを考えて生きている、それがリーダーのハヤテの生き様だった。

 広大な空に吹く風のようなハヤテに対し、ケヴィンは呆れた顔で口を挟んだ。


「じゃなくてさー、死体が吹き飛んで見つかんなかったら、死んだのもわからず延々と探し続けねえといけねえって話ッスよ」

「あっ、いけね! そのパターン忘れてた!!」

「もぐもぐっ。世の星がどう巡るか、誰にもわからんことだウホ」


 微妙におっちょこちょいなハヤテが頭を抱えて唸る前で、ケヴィンが白い目で青空を睨む。正直彼は、目標の見えない追いかけっこに飽きてきていた。


「あーあ、なんだかシケてきたーぁ。バイトしながら夜の街でゴロツキぶん殴って真面目に金稼いで、いざ借金から自由の身になったってのに、いもしねえ目標探してえっちらほっちら徒労とかゴメンッスよ。ンな無駄なことするなら店行って女の子とイチャイチャチュッチュしたいッス」

「あっ!? んだよ、オメーだって気になんだろ、東京の内側は!」

「そりゃそうッスけどね、例のガキが東京の鍵ってのも推論に推論ぶっ重ねたツギハギだらけの希望論だし、不確実なもんに頼るのは理系的に拒否反応ッスよー」

「バッカオメェ、男は浪漫を求めてナンボだろ!! ウポレもそう思うよなぁ!?」

「男はみんな馬鹿だウホ」

「ホラ見ろ、ウポレさんもこう言ってんじゃねえか!」

「ウポレの意味深なボヤキを拾うのは卑怯ッスよー!」


 内輪もめの様相が醸し出し、ハヤテとケヴィンのあいだで醜い言葉が飛び交い始める。

 ウポレが傍観する前で二人が顔を近づけて睨み合い、ハヤテが自分の胸を叩きながら頑として主張を強めた。


「いーぜ、ンじゃ賭けてやろうじゃねえか! あのガキは女共と一緒にこの辺りのどっかで生き延びてる! 間違ってたら未踏査の遺跡で裸でタップダンス踊りながら探索してやろうじゃねーか!!」

「言うッスねー、なんかやたらこだわるッスけど確証があるんすか?」


 ケヴィンの疑り深い眼光を前にして、ハヤテは一切物怖じすることなく、驕りまみれに言いのけた。


「ンなもんソッチのほうが面白いからだ! 世界ってのはなぁ、明日って日が面白い方向に転がるようにできてんだよ!!」


 まったく理屈が通らないのにわずかも自分を疑わず、ハヤテは自信たっぷりに言い放つ。

 あまりにも幼稚だが、自らの世界を信じる火が灯ったその姿に、ケヴィンとウポレはさっきまでの不満を放って愉快に目を細めた。


「ククッ、うちのアニキはこれだから、キーッ!」

「より強き意思が生き残れば明日は拓ける、そう考えると間違いでもないウホね」


 まるで人の話を聞かない阿呆だが、これだから二人はハヤテに付いてきているのだ。

 鳴き声を上げるケヴィンに向かって、ハヤテが勢いよく指を突きつけてまくし立てた。


「笑ってねえでオレは賭けたからな雉! 東京から来たガキを見つけたらその時は……」

「――――ぁぁああああああああああ!!!」

「あ?」


 不意にどこからか第三者の声が届いてきてハヤテが空を向くと、青空を背景として人の姿が浮かび上がってきた。

 慣性飛行の真っ逆さまで飛んできた人影は、ちょうどたむろっていた三人の真上へ差し掛かってきて、あわや猛スピードで激突というところで人影を包んだ風の結界がふわっと速度を緩め、かと思えば重力に引かれてやっぱりハヤテと頭から激突した。


「ぎゃん!?」

「ンゴォ!?」


 脳天から頭突し合いガーンと景気のいい音が鳴る。

 空を飛んできた眼鏡の少年は重い荷物を背負ったまま地面に体を投げ捨て、ハヤテは目の奥で散った星にクラリクラリと揺れてその場に倒れ込んだ。


「きゅー、ぱらぴらへりゃ~」

「ウワー!? アニキがバグっておっ死んだー!!?」


 ろれつの回らない呟きを漏らたハヤテが、細長い口から舌をダランと垂らして這いつくばり、ケヴィンが悲鳴を上げて駆け寄る。

 その脇ではウポレが冷静な面持ちで、飛んできた少年を検分した。


「アニキー! しっかりしてくれアニキー!!」

「あっ、この少年、追っかけてたターゲットだウホ」

「えっ、マジで!? ヤベー、賭け負けちゃったよどうしよう……」

「成立前に決着だから無効でいいんじゃないかウホ」

「それだ!!」

「お、おめぇら……もちっと人の心配しろ……ガクッ」


 ハヤテが毒づきながら力なく気を失うその隣で、飛来した眼鏡の少年もまた目を回している。

 まだあどけなさが残る童顔を間抜けに緩めて気絶した少年、万葉靖治は、こうして女たちの元からはぐれてハヤテたちオーガスラッシャーの手に舞い込んだ。

 遠くでは青い騎士鎧を倒した馬鹿でかい竜が、勝利の咆哮を轟かしていた。

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