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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
五章【エゴイストのエンドレスカーニバル】
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104話『カラミティ・ウェーブ』

 鼻先から尾先までの全長2km、後ろ脚で立っている全高なら1kmほどだろうか。

 一対の大翼、大きくも引き締まった胴体、巨大な体を支える太い脚、あらゆる障害を粉砕する腕、長い首の先にある凶悪な面構え。おとぎ話に出てくるスタンダードなドラゴンをそのままスケールアップしたような姿に、全身を灰色の甲殻で護っている


 そんな巨大な竜、守護者がイリスたちの背後に立って青騎士を見下ろしていた。距離的には数百メートルは離れているがなにせ相手の大きさが過ぎる、竜から見れば手が届く至近距離だ。

 眼前にそびえ立って巌のようなアギトを開かせる守護者の姿に誰もが畏怖を覚え、腹の底から震えた。


「グオォォォァアアアアアアアア!!!!」

「「「ヒィィィィィィ!?」」」


 熱湯のような息吹を吐き出しながら、咆哮だけで地震にも似た震えを響かせる守護者に、思わずイリス、アリサ、ナハトの三人は悲鳴を上げた。

 さきほどまで世界を征服すると豪語し、イリスたちにも怯む様子を見せなかった青騎士もまた、老いた顔を青くさせて泡を食っていた。


「な、な、何だこのバケモノは!!!?」


 驚くのも無理もないだろう、ただ地面に立っているだけで雲にまで頭が届きそうなほど巨大なドラゴン。その存在こそ、過去数百年にわたってワンダフルワールドに転移してきた神々や修羅、魔人をたった一人で打ち倒してきた究極の敵なのだから。

 誰もが圧倒的に格の違う存在に怯えて棒立ちになる中、唯一無力なはずである少年が身を乗り出して、手に持った丸いものからピンを抜いた。


「みんな撤退だ! 逃げるよ!!」


 そう叫びながら靖治は、握っていた金属の玉を青騎士に向かって投げつけた。

 放物線を描いた玉は青い鎧に当たってゴンと音を響かせると、直後に破裂して白い煙を周囲に噴出させて、あっという間に青騎士の周囲を飲み込んだ。


「ムフォッ!? え、煙幕か!!」


 青騎士が困惑しているあいだに、靖治の指示を聞いたイリスとナハトが走り出して、後方に隠れていた靖治とアリサへ向かった。


「靖治さん、運びますよ!」

「頼んだよ!」

「アリサさんはわたくしが!」

「えっ? ちょっ!?」


 荷物の背負った靖治をイリスが素早く横抱きに抱え込み、ナハトも武器を手に持ったまま困惑していたアリサを左肩に担ぐ。


「へっへーん、どうだガンクロスさん特製の煙玉は!!」

「あの人そんなのも作ってたんですね!」

「ちょっとナハト苦しいってば、もっと丁寧に扱いなさいよ!!」

「こんな時に文句言わないでくださいまし!!」


 喚き立てながらも靖治たちは二組ずつになって、守護者の左方向へと全速力で撤退を開始した。

 白煙の中で立ち往生した青騎士は無我夢中で煙を叩く。


「ま、待て貴殿ら! まずコイツの説明を」

「グオオォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオ!!!」

「や、やる気かこのジャイアントモンスター!?」


 狼狽した青騎士に対して、守護者は咆哮を響かせながらその巨大な手でもって直接殴りつけた。

 大地を崩す鉄槌のような拳がすさまじい膂力で山の斜面にめり込みば、それはもう爆撃。大量の土砂が巻き上げられて轟音と振動が続く。

 今の攻撃で土砂崩れが起こる音を背中に聞きながら、木々を縫って駆け抜けるイリスと低空で飛行して隣に並ぶナハトは、とにかく脇目もふらずに守護者の戦いから距離を取った。

 それぞれ靖治とアリサを担いでいるが、それでも時速50km近い速度を出していた。普段なら奇襲された時を考えこんな移動はしないが、こんな状況で襲ってくる輩はいないだろう。誰だってアレから逃げる。


「ま、まさか守護者まで出てくる相手だったとは!」

「いやー、そんなに強かったんだねあのおじいさん」

「あんなの相手してらんないわよ! ナハト急げ!」

「偉そうにして! わかってますわよ!!」


 拳で地面を粉砕したはずの守護者だが、未だに鼻から荒い息を吹き出しながら戦意を失わず、一度引き下がって距離を取りながら、全身にマグマのような血液と力をみなぎらせて力こぶを隆起させていた。

 甲殻の隙間から熱気を漏れ出させる竜が睨む前で、クレーター状に抉れた地面の下から、埋もれてしまっていた青騎士が天へと手を突き伸ばした。


「やりおる……なんと雄々しき拳であるか……ここまで強烈な一撃を受けたのは初めてだ……」


 呆然と呟きながらも、直後には青騎士は土くれを零しながら起き上がる。

 地面の奥から共に埋まった対の突撃槍を取り出して強く握ると、下の穂先を地面に突き刺した。

 思いもよらぬ強敵との戦いとなり、青騎士は彫りの深い顔を更に深くして、憤怒と豪勇をみなぎらせた地獄の形相を作り上げる。


「しかし我輩とて負けてはおられぬ! 人の安寧、それこそ我が使命なり!!」


 握られた槍に赤黒いエネルギーが凝縮されていく。それが突如として弾け、大気を裂きながら山に連なって夏の空に咲き誇る。

 地から天へと堕ちる雷槌の中心で目を潰すような光が爆発した直後、文字通り瞬くほどの刹那にて青騎士の姿は巨大化し、守護者と同等に渡り合える体躯となり、山を踏み潰しながら叫んだ。


「神を穿ちて世界平和を成す我輩の大槍、とくと受けよ異世界の竜よ!!」


 青騎士の発した一声はビリビリと地上を震わし、彼の覇気を前に雲が逃げ散っていく。声でビル程度なら吹き飛ばされるほどの衝撃波を前にして、守護者は表皮の振動を感じながら一歩も引かずに鋭く睨んでいる。

 少し手を伸ばせば雲にも届くほど超巨体の竜と騎士が対峙するのを、後ろ向きに担がれていたアリサが見上げて慌てた悲鳴を上げた。


「うわあああ、あっちもでっかくなったわよ!? アイツさっきまで手ぇ抜いてやがったか!?」

「ほ、ホントこの世界って無茶苦茶……」

「おっほー、怪獣大戦争。壮観だねー」

「のんき言ってる場合ですかぁ!?」


 とにかく少しでも離れようとするイリスたちだがとにかくスケールが違いすぎる、いくら木々の間を疾走しても一向に守護者と青騎士の姿は小さくならない。

 そうこうしているあいだに、とうとう青騎士の方から勝負を仕掛けた。


「ぬおおおりゃあああぁぁぁああああああああああ!!!!!」


 地面を踏ん張る足で山を削り、対の突撃槍に赤黒い雷を込めて、ただひたすらに力でもってして突く。巨大過ぎるゆえに遠くから見た動きは緩慢にも思えるが、実際の穂先は音を超えて衝撃波を散らすほどの剛速で差し迫る。

 対する守護者は背中の翼を正面に向けて素早く閉じて、真っ向から槍の突撃を受け止めた。

 灰色の翼膜の内側で熱血が音を立てて巡り、血潮とともに送り込まれたエネルギーが翼全体を力場と変える。青白い盾となった翼は、突き出してきた槍の先端を逆に砕き、槍から発射された赤い雷は爆音を立てながら四散していく。

 青騎士はナマクラになった槍を見て驚愕した。


「まさか……防ぐか、万の祈りが込められたこれを!?」


 弾かれた雷はいくつにも枝分かれし、大気を砕き割りながら飛び散っていく。そのまま流星雨のように守護者の両側面の地上に降り注ぎ、山と森を破壊して、無数のクレーターを作り上げた。

 天から赤い落雷が降り注ぐ地獄絵図の中、飛来した雷の一欠片が低空を飛ぶナハトの片翼に命中し、彼女の体を貫いた。


「ぐぅっ!?」

「ナハト!? 大丈夫!?」

「っ……この程度……!」


 心配するアリサに強がりを言うナハトだが、その顔には苦痛の色が見える。事実、飛行スピードが落ちるのがアリサにはわかった。

 一方、遠くでは攻撃を弾かれてしまった青騎士が衝撃で押し返され、その隙にめがけて守護者が吠えながら右の拳を叩きつけようとしていた。


「グルォォォオオオオオオオオァアアアアアアアアアア!!!」


 踏み込みが地割れを作り、重心移動に伴って長大な尻尾が土煙を引きながら振り上げられ、そして地上へと落下してくる。

 そしてその先端には、撤退を続けるイリスとナハトがいた。


「うわぁー!? 来ます来ます、来ちゃいます!!?」

「横に逃げ、いや、それでも間に合わ――」


 倒れ込んでくる尾を前にして狼狽したイリスとナハトが迷って止まりそうになる中、アリサがナハトの背中に手をついて上を向きながら声を張り上げた。


「止まんなそのまま直で進め! あたしがなんとかする!!」


 必死の形相で天を遮る尻尾を睨みつけたアリサは、あらん限りの生命を振り絞って叫びを浴びせる。


「アグニ、フルパワァー!!! 全力でぶん殴れえええー!!!」


 彼女の背中から沸き立った魔人アグニは大きさこそ2メートルもないほどであったが、これまでにない神々しいまでに煌めく炎をまとって金色がかったような朱色(あけいろ)の体躯を作り上げ、拳を握り、迫り来る尾へと向けて放った。

 熱風を散らしながら打ち上げられたアグニの巨大な熱拳が、更に超巨大な尻尾とぶつかることで、巨岩が砕けるような音が地上にいるイリスたちの肌に突き刺さる。

 その轟音を心底肝が冷える思いでイリスたちは聞いた。まっすぐ頭上を睨むアリサのその先で、魔人の拳は守護者の尾を跳ね上げ、その進路をわずかに右側へ反らした。


「――や、やった!!?」


 アリサが自分で成しながらも信じられないと驚いた声を上げたのだが、安心する暇もなくそばの地面に叩きつけられた尻尾によって、強烈な振動と共に潰れた木々が混ざった土砂が周囲に広がった。

 低空を飛んでいたナハトは振動は気にしなくてよかったし、降りかかる破片もアリサの魔人アグニがかばってくれたので問題とならなかった。

 しかし地上を走っていたイリスは、足元からの振動に大きく突き上げられ、直後に土砂に襲われた。


「マズい!!!」


 咄嗟に靖治をかばって背中で土砂を受けたイリスだったが、眼が眩むほどの衝撃を受け、靖治を抱える腕の力が緩む。

 自らの失態に気付いた時にはイリスから靖治の体が離れ、彼は上空へと飛び上がって行ってしまった。


「靖治さん!!!」

「イリス!」


 お互いに名を呼びあった手を伸ばした二人だったが、指先がかするだけで離れ離れになってしまう。

 その時、守護者にもまた新たな動きがあった。先程の殴打により、青騎士は山脈へとその巨体を倒れさせつつある。

 標的が山に倒れ込むのを見ながら、守護者が左腕を振り上げると、筋肉を隆起させて腕全体にパワーを送り込んだ。

 左腕の甲殻がガギゴギガと壮絶な軋みを上げながら形状を変え、内側から硬い両刃の剣が突き出てきた。整形されたブレードが天を裂くかのごとく伸び、陽光の下で一点の曇りもなき輝きを放つ。

 守護者が左腕のブレードを振り上げ、青騎士が吠えた。


「こんの、まだ死ねるかぁああああ!!!」


 山に倒れたまま青騎士が咄嗟に槍を握りしめて、守護者へと死に物狂いの一刺しを放つ。

 空気を渦巻かせて差し迫る突撃槍を前にして、守護者はただの一度も怯えず揺らがず、機械のように冷静な運動で重心を右にずらし、この一撃を紙一重で避けた。

 槍は守護者の長い首の横側をわずかに削るだけで空振り、青騎士が目を見開く前で、守護者は冷徹な瞳で敵を見据え、かざした剣を力任せに叩きつけた。

 剣が鎧を力尽くで切り裂き、刃が内側にまでめり込んでいく。

 その一連の動作に釣られ、今度は尻尾が靖治たちに横側から襲いかかりつつあった。


「靖治さ――」


 上空へ飛んでしまった靖治をイリスが追いかけようとするが、このままでは捕まえたところで尾に横から叩きつけられて二人とも死んでしまう。

 状況を把握したアリサが再び炎を燃え上がらせようとするが、突如走った頭痛に額を歪めて鼻血を垂らした。すでに先程の一撃で全力を超えてしまった、二発目は間に合わない。

 窮地に於いて、しかし今度はナハトが一秒先の未来を強く見据えた。


「風よ! 彼に祝福と加護を!!」


 刀を握ったナハトの手から、風が吹き上げて靖治へと集まっていく。

 放たれた風の魔法は荷物を背負った靖治の体を丸ごと包み込み、風の結界となって保護するとともに、あえてより上空へと彼を持ち上げた。

 守護結界に包まれた靖治は、イリスへと叫んだ。


「イリス! 下に降りるんだ!!」


 そう言われてようやくイリスは接近して来る尻尾に気づき、苦渋の表情を浮かべた後、靖治の指示に従った。イリスは脚のスラスターを上方へと向けることで急激に落下し、直後にはイリスの直上を守護者の尻尾が通過する。

 対して風の結界に包まれた靖治は尾のわずか上に浮かんでおり、尻尾が巻き起こした暴風の煽りを食らってゴムボールのように宙へと飛び上がってしまう。


「うわぁーお!!!?」


 眼を丸くしながら、靖治ははるか彼方へと飛んでいく。

 疲弊したイリスたちでは、もう彼を追うことは叶わなかった。いくら手を伸ばしても届かず、靖治の姿が夏の青空へと急激に離れて消えるのをただ見るしかない。


「靖治さん……靖治さーん!!!」


 イリスが呆然と名を叫ぶ向こう側で、守護者は剣を振り下ろしたまま動きを止めていた。残るは、あっけのない決着だけ。

 青騎士は身に刃が食い込み、苦痛にまみれた顔で、精一杯声を振り絞った。


「貴殿……その力……一体どこから……」


 畏怖を口にする青騎士に、守護者は無慈悲に無感動に、突き刺さったままの剣に青白い稲妻を奔らせた。

 驚くほど静かに、そして瞬時に伝播した電撃が、一瞬のうちに鎧の内側をズタズタに引き裂く。

 パシュンと切ない音を残して力が去った後には、青騎士は白目を剥き、穴という穴から煙を吹き出しながら力を失っていた。

 意義を失った肉体が、やがてサアッと煙に紛れて夢幻のように消え去っていく。

 もはや動かなくなった鎧を前にして、守護者が天へと口を開き、勝者の咆哮を轟かせる。


「グオオオオオオオオオオオオ!!!」


 あとに残ったのは、がらんどうの青い鎧だけだった。

 令和一発目~。

 だがちょっと頑張りすぎた……! 一日多く休みます。

 次の投稿は三日後の5月4日予定です。

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