103話『encounter battle』
ワンダフルワールドの日本某所。次元光の発生から1000年が経っても、日本は山が多い場所である。
太陽が頂点を超えてさんさんと地上を照らし出し、峰に根を張った木々が青々しい爽やかな色合いを発している。
遠くから眺める分にはまったくのどかな風景なのだが、ここはワンダフルワールド、その枝葉の下にどんな魔物が住んでいるかわかったもんじゃない。
そして、その山の斜面から大気を揺らす轟音と衝撃がほとばしり、光を歪む振動波とともに土砂が柱のように巻き上がった。
「くっ――!」
土埃の中から風を切って飛び出してきたのは、靖治と共に旅をしているはずのイリスだ。爆風に乗って、銀髪をはためかしながら後ろ向きに地面を滑る。
平常時は常に明るくを心がけている彼女だが、今は険しい顔をして爆発の中心点から距離を取り、視界を阻む砂の奥を睨みつけていた。
砂のヴェールの向こう側に輪郭を見せるのは、ガシャガシャとこすり合う金属音を響かせる人型の存在だ。
「ふぅーむ、いかん、いかんぞぉ。まったくもって破廉恥な! うら若き乙女がこのような力を持たんといかん世の中とは……いや、ロボットだし見た目よりか実際の年齢は高めかぁ? うーむ、だとしても、この無垢な魂に力を持たせる愚行は見過ごせん」
年季の入った男の声が届いてきて、青い金属の足がこの世界の土を踏む。
視界が晴れてきた時にそこにいたのは、首から下に青色の鎧を着込んだ2メートルほどの大柄な老人だった。数百kgはありそうな鎧を着込みながら、右手には上下に突撃槍が付いた重厚なツインランスを握っており、先端で地面を突いてガンッと音を響かせる。
白い髪と白い髭を長く伸ばしたその男の存在を、イリスは人類種とみなしていなかった。重々しい装備を軽々とまとう見た目も異様だが、虹の瞳に搭載された観測機器で視たところ、熱量、質量、磁気、重力場、あらゆるセンサーが人間であればありえない数値を叩き出していた。
「眠りにつき幾星霜、目が覚めてみれば見知らぬ異世界。そこに住まう者がこのような野蛮な者たちとは嘆かわしいことよ」
老いながらも精悍な顔つきの青騎士は蓄えた髭を指で摘みながら喉を鳴らすと見つめ返してくる、その眼にあるのはイリスへの敵意と言うよりも憐れみだ。
彼の碧眼から自然と漏れ出す強者の圧力にイリスは身震いし、勇気を出して拳をギュッと握り直す。
光学カメラで見れば古めかしい男の姿がそこにあるのに、赤外線カメラだと頭骨しか映らないのはどういうことだ。
「これは我輩、神殺しの槍として造られた、調停の騎士たるロムル・エンタリティウスが今一度征服し秩序をもたらせねばなぁ!!」
厄介そうな存在を起こしてしまったと、イリスは少しばかり自分の行動を後悔する。
さっきまで靖治たち一行の旅路は、たまに襲ってくる獣やモンスターを蹴散らしながら順調に山道を進んでいた、しかしその途中でイリスが山道から外れたところに、中に白骨化した遺体が入った青い鎧の姿を発見したのだ。
気になってイリスがそれに触れてみたところ、突如として鎧は隙間から赤黒い光を発しながら動き出し、霧のようなものに頭部の頭骨が包まれたかと思うと老人の顔が形成され、いきなり襲いかかってきたのだ。
しかし言葉が通じるならばやりようはある、イリスは用心深く構えながら対話を試みた。
「あのー、ロムルさーん! この世界の住人はあなたのような支配者を求めてはいないと思います! みんな元気に生きてますから大丈夫ですよー!」
「いやいや、遠慮するな! このような混沌とした世界を脆弱な人間には任せておけぬ! 人をより良く管理するために作られた我輩こそが、この世界の人々に安寧を与えねば!!」
「ダメです、話聞いてくれませんこの人!」
「まずは手始めに、我輩に牙を剥く者をすべて平らげるとしよう!」
自らの驕傲を語り槍を持ち上げる青騎士に、イリスは気を引き締める。
しかしそこに空から白い影が奔り、青騎士へ向かって刃こぼれした白刃が煌めいた。
「ぬっ!?」
俊足で跳びはねる兎のように、何者かが白い残像を描いて四方八方から無数の斬撃を見舞う。青騎士は咄嗟に槍で防御を試みたが、連続で襲いかかる刃の半分程度しか防げてはいなかった。
しかし幾度となく斬られても鎧の老人はびくともせずに仁王立ちしている。斬撃の一部は兜のない頭部に命中していたはずだが、いずれも見えない力場に弾かれて刃は肉に届いていない。
攻撃を中断した白い影は、純白の片翼を広げると、イリスの隣にふわりと舞い降りた。
「なるほど堅牢な、半端な鎧なら丸ごと斬り飛ばすつもりで振るいましたが、露出した頭部も珍妙な力で護られているご様子」
「ナハトさん!」
フルプレートアーマーの青騎士と違い、機動性を重視した潔白の鎧を身に着けたナハトが、亡失剣ネームロスを右手に携えて着地した。
左腕にゆるく巻き付けて盾のように形を整えた呪符カースドジェイルを敵対者へと向けながら、慎重に間合いを測る。
「イリスさん、引き続き援護致します、協力して彼奴を倒しましょう」
「ハイ! こんな怪しい存在は、靖治さんのためにも放置できません!」
「えぇ、その通りです。世のため人のためと大義を掲げながら、人を見下し力で支配しようとする姿勢、気に入りません」
ナハトは言葉の途中、眉をひそめた。
「あの手の輩は、昔を見ているようで胸の奥が疼く……」
「ナハトさん……?」
いつものネガティブとは違った感情的な言葉が漏らされ、イリスは不思議そうにナハトを見つめる。
「それによりにもよって騎士とは、わたくしと被っているではありませんか! これは即刻我等の手で下さなければ参りません!!」
「えぇ!? やる気出すところそこですかぁ!?」
聖騎士として握りこぶしを作って奮起するナハトにイリスが呆気にとられていると、青騎士は髭をいじりながら二人を見て唸り声を漏らした。
「ふぅーむ、徒党を組むか。二体一とは卑怯であるな、老体には堪えるじゃあないか」
背筋を正して苦労した様子など微塵も見せずに青騎士がそう言うと、青い鎧の隙間からいくつもの赤黒い光が、風船のように膨れ上がって外へとせり出し、見ていたイリスたちは目を見張った。
実体を得た球状の物体は、直径1メートルほどの大きさまで成長すると、本体から切り離されて地面に転がり落ち、四本の足を伸ばして立ち上がって、イリスたちへと不気味な眼光を向けてきた。
「ならばこちらも数で押すとしよう」
「えぇー!?」
「おや、雑兵がわらわらと」
突如増殖した四本脚の球状の物体は、ガシガシと硬い足音を立てて殺到してきた。
体当たりを仕掛けてくる兵士たちにイリスは慌てて反撃に移り、片っ端から殴って吹き飛ばす。ナハトもまた翼を広げて宙に舞うと、左腕のカースドジェイルを兵士に巻き付けて、他の敵に向かってハンマーのように投げつけた。
奇妙な現れ方をした兵士たちだが、殴った感触は金属らしい硬さと重量だ、イリスが力を込めて殴りつけると分解した手足の奥に機械らしい部品が見えた。
「フーハハハハハ!! ゆけぇーい、我がソルジャーたちよ! 我輩に楯突く弱き者たちを数で押しつぶすのだー!!」
「そっちが卑怯じゃないですかー!?」
批難しながらも雑魚敵の処理に奮戦するイリスの背後で、不意に赤い光が燃え上がるように沸き立つと、一筋の光線となって戦場を飛び越えて青騎士に襲いかかった。
笑っていた青騎士は一直線に向かってきた熱線をまともに受け、鎧から煙を上げながら体勢を崩す。
「ゲホッ、ゴホッ! まだ敵がいたかあ!?」
不覚を取りながらも青騎士の鎧に損傷は見受けられない、どうやら少し驚いた程度のようだ。
無傷で地面を踏ん張る様子を観察しながら、木の後ろに隠れていたアリサが悪態をついた。
「チィッ、直撃してもノーダメか。これ以上の火力となると山を燃やすから無理ね」
青騎士がイリスたちに気を取られているうちにアグニの熱線を浴びせてみたのだが、様子見程度の火力では通用しないらしい。
隣の木に隠れていた靖治が、アリサへと話しかける。
「アリサ、キミのアグニって遠隔操作も可能だろ? アグニだけ飛ばして直接殴るんじゃダメなのかい?」
「嫌よ! 何かあった時に本体のあたしが無防備じゃない、絶対アグニは飛ばさないからね!!」
アグニを遠隔操作しての直接攻撃なら鎧の防御を貫ける可能性もあるが、元々アリサは一匹狼でやってきた傭兵だ。他のメンバーのことを必要以上に信頼していないし、自分の身を危険に晒す気はない。
「偉そうなこと言ってないで、あんたもやることないわけ!?」
「アッハッハ、あんな鎧を着込んだヤツにハンドガン程度じゃ歯が立たないよ。下手に邪魔するよりか応援したほうがマシってもんさ」
靖治が持っている武器は護身用の拳銃しかない。アリサも当てつけで言ってみたものの、最初から靖治を戦力として換算してはいないし、それはイリスとナハトだって同じだ。
現状では靖治がやれる一番現実的な行動が、メンバーの迷惑にならないよう身を隠すことくらいだった。
「まっ、一応援護の用意はしてるよ。チャンスを待つさ、全力でね」
「あんたみたいな貧弱ヤローが待ってたって百年かかるわよ」
「じゃあ百年待つね」
「ハァ……サイアクだわこのクライアント」
靖治が様子を見守る先で、イリスが兵士たちを弾き飛ばしながら青騎士へと肉薄する。
青騎士はゆうゆうと武器を構えると、猛烈な速度で突進するイリスを槍の側面で受け止めた。
衝撃で周囲の兵士たちが吹き飛ばされる中心で、渾身の力で押し合うイリスと青騎士が眼光をぶつけ合う。
「貴殿も力を破棄して我が加護の下に加わればどうだぁ!? 吾輩は機械の魂だろうと差別はせぬ! 絶対の安寧を授けようぞ!!」
「断ります! 私が奉仕するのは靖治さんだけです!」
「ふむ、ならばその靖治という者から我輩の手中に収めるとするか!! 致し方あるまいなぁ!」
その言葉を聞いた瞬間、イリスの虹の瞳が驚くほど鋭く引き締められた。
「そんなこと、させません!!」
イリスの激情に伴って胸の奥にあるコアが高鳴りを上げ、パワーを増したイリスは力づくで槍の防御をはね返した。
たたらを踏んで引き下がる青騎士をカバーしようと周囲の兵士たちがイリスへと襲いかかったが、それらは高速で飛び回るナハトが即座に斬り捨てて瓦礫と化す。
残骸が飛び交う中、片翼の半天使に護られたイリスは右腕の長手袋を内側から破かせて、腕の内側から三つのシリンダーを展開した。
「トライシリンダーセット! エネルギーチャージ100-40-40!!」
Brave-Friendship-Love、それぞれの言葉が刻まれたトライシリンダーが姿を現し、内側にエネルギーを充填し始める。
右腕全体に炎のような赤い輝きが放たれ始め、イリスはその熱い光を右手に掴んだ。
「鮮やかなるは私の拳! 虹を越えて、独善暴虐を打倒します!!」
「むぅ……なんと熱き輝きよ……!」
イリスの拳に集まる光にさしもの青騎士も警戒したようで、身を引いて間合いを取ると、槍を引き絞るように構えて迎撃の準備を整える。
「我が槍は約定の証! 戦禍の暗雲を穿ち、碧き平穏の空を作り出す!」
青騎士がしわがれた声で唱えると、対の突撃槍に赤黒い光が集まりだし、漏れ出した力が稲光となって周囲の土を砕き始める。
どうやら必殺のカウンターを決めるつもりらしい。ならばこちらが先に叩き込んでみせるとイリスは意気込んで、太もものスラスターを噴射させて周りの兵士を吹き飛ばしながら突撃する。
かっ飛ぶイリスと迎え撃つ青騎士。その体格差はまるで鼠と猫だが、窮鼠とて猫を噛める。
お互いの武器が突き出されるその直前、気配を消して風のように滑り込んできたナハトが、青騎士の背後に取り付いて脇下の隙間から刀を突き刺した。
「――イクリプスデュナメス」
「ぬっ!?」
いつのまにか鎧の背中に足を付けて吐息を感じさせてきたナハトに、青騎士が驚いて槍先が乱れる。
ナハトが突き刺した刀から返ってきたのは、はおよそ人体とは思えない粘ついた感触。これでは刺した程度でダメージがあるかはわからないが、布石は打てた。
すでに刀身にはナハトの魔力により黒いオーラが纏わられており、周囲の霊的エネルギーを吸収し爆薬となる魔力を鎧の内部に送り込む。
わずか一刺し分では大した威力にはならないが、それでも外側からの衝撃と合わせれば致命打にもなりうるはずだ。
「仕込みは重畳なれば、イリスさんその輝きを!!」
ナハトはすぐに鎧の背から飛び立って退避する。青騎士の迎撃は、今の奇襲によりすでに大きく遅れを見せていた。
赤い稲光を蓄えたままあらぬ方へ向けられた槍を前にして、イリスは恐れることなく踏み込んで右の拳に想いを乗せて突き出した。
「フォースバンカー!!」
シリンダーに込められた赤い光のエネルギーが鉄杭のように拳から打ち込まれ、青騎士の大柄の体を大きく揺るがしながら打ち上げる。
胴体部に打ち込まれた光は鎧を貫通してダメージを与え、更には内部の魔力にまで連鎖爆発を起こし、青騎士は精悍な顔の目と口から白き爆発の閃光を噴出させ、大きく後ろに吹き飛んだ。
空を砕くかのごとく轟音を響かせながら、山の岩肌に青騎士がめり込んで、鎧姿が巻き上がった土煙に包まれる。
手応えはあった、完璧に衝撃は内部まで伝わったはずだ。だが。
「この、小さいのが止まりません――!」
青騎士が繰り出した兵士たちは行動を止めず、四本の足を動かしてイリスに襲いかかってくる。
すかさずナハトが援護に入り雑魚どもを斬り捨てる。イリスもスラスター付きの足で周囲の敵を蹴散らすが、そうしてる間に煙の奥から金属がガチャリとこすれ合う音が聞こえてきた。
「中々やりおるな。我輩、ちょっぴりびっくりしたぞ 」
悠長な声を上げながら、青騎士の影がゆらりと立ち上がり、足音を響かせてくる。険しい顔をするイリスの視線の先で、青騎士が土煙の下から再度現れた。
全力の一撃を見舞ったにもかかわらず、青騎士の鎧にはまったく損傷がなく、老人の顔には何の痛痒も見受けられない。
影から戦況を見ていた靖治とアリサが、眉を寄せて話し合う。
「ちょっと、これ逃げたほうが良くない?」
「けど、イリスはやる気だよ」
彼我の戦力差を顧みて、アリサは撤退を視野に入れていた。ナハトもまた剣を握りながらも、先程までより慎重に相手の出方を伺っている。
だがイリスは強い表情で拳を握り、一歩もたじろぐことなく青騎士を睨みつけていた。
「我輩とて人を護り、人の平穏を約束した身! 人が願った秩序を成すシステムとして、そう安々と倒れるわけにはいかんなぁ!!!」
「なら、もっと上げていきます!」
青騎士の声が雷のようにして轟くに合わせて、イリスもまた声を上げて拳を握りしめる。
身構える彼女の胸の奥で勇気に呼応したコアが鼓動を加速させ、瞳の虹色が揺らいだかと思うと色彩の濃淡を強めてより鮮やかな煌めきを漂わせる。
「私のコアが心によって力を引き出すことができるなら……!」
イリスはすでに知っていた、自分の体が心に応える器だということを。
眼の前の敵に恐れを覚えながらも、前進の意を束ねるイリスを前にして、青騎士もわずかに表情を変えた。
「なるほど、無垢なれど引けぬ覚悟と志しがあると見た。ならば我輩も、此度は武人として応えようぞ!」
青騎士は、目の前にいる機械の少女をただの庇護対象としてではなく、一人の勇士として見据え槍を振り上げる。
それを見てイリスは、背後にいる靖治と彼からの優しさを思い描き、それに応えれるよう願いを掴む。
「もっと強く! もっと先へ! この空の果てを超えられるくらいに、輝け私のメタルビート!!」
覚悟を持って喉を震わす。
透き通った声が夏の空に高く届いた時、木々が大きく揺れて木の葉を散らすほどの地響きが辺りを襲い、全員が目を丸くして体を揺さぶられた。
山が影に覆われて、イリスたちは背中に冷たいものを感じながら背後を仰ぎ見る。青騎士もまた、大きく見開いた目ではるか頭上を見上げていた。
面々を見下ろしてきていたのは、山と並ぶほどの巨大な体格に灰色の甲殻をまとい、地に足を付けて長い首を下げているにもかかわらず頭部ははるか頭上。視界一面の青空を遮ってそびえ立つ超巨大なドラゴンの姿だった。
「あっ……守護者案件でしたか……」
真にこの世界の護り手と呼ぶべき存在の視線が、青騎士へ向かって注がれる。
凶悪な竜の面構えに究極の危険を思い知り、青ざめたイリスは即座に戦意を放棄して、虹の瞳もシュンと消沈した。




