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1000年後に、虹の瞳と旅をする。  作者: 電脳ドリル
4.5章【境界に観る夢】
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96話『虹の見る夢』

 編集ミスで、前回の95話を編集して今回の96話の内容(しかも推敲途中の未完成品)を上書きしてしまっていました! 正確な時間はわかりませんが、恐らく今日(4月9日)に誤編集をしてしまい、気づくのに数時間かかってると思われます。

 そのあいだ95話を読んだ人は一話飛ばしで読んでしまったことになり、大変混乱したと思います、ごめんなさい!

 お手数ですが一応前話をチェックしてから改めてこちらをお読み下さい、よろしくお願いします。

 これから気をつけますのでお許しをアバー!

 靖治たちが宿の部屋に入って時、すでにイリスは寝入っていた。

 掛け布団の上にうつ伏せで眠っていた彼女を、三人は改めて布団に包ませて自分たちも静かに眠りについた。




 ――夜は深く、寝息が立つ。


 他の面々と同じく、イリスもまたベッドの中で安らかに目を閉じている。

 機械が夢を見るだろうか? その答えは、夢を単なる脳の機能として捉えるかにより決まる。

 まどろみの中、イリスの脳裏にはある景色が見えてきた。


 電子頭脳は虚数の放物線に願いを投げる。

 命は螺旋を描く、それは機械でさえも例外ではない。

 意識は無意識の底を突き抜けて深淵を泳ぐ、魂は電子の海を超えて羽ばたいて光のあぶくを現し世に注ぐ。


 闇が見える。それはまぶたの裏側ではなく、世界の裏側。


 永久の隙間、世界が世界として生まれる前の一切の暗黒。境界の内側にある未明の泥の中。

 そこでイリスは浮遊していた。どこへ行くのでもなく、自分が誰かも忘れてふわふわと、ふわふわと。

 なんにもない暗黒は優しくて、冷たさも温かさもないがゆえの安らぎがあった。


 夜が明けるまでの数時間、イリスはそこで身を委ねようとし――



『――おっと、引っ掛かった引っ掛かった』



 何か、女の声らしきものが魂の髄に響いた。


 ゆらり、と闇の中でイリスの心が瞳を開ける。虹の瞳が暗闇の中でたゆたう。


「ダレ……?」

『ようやく寝たか、ずっと起きてるんだなお前は。ずっと網を張ってるのも疲れたぞ』


 不可思議だった。その声は遠くから聞こえるようでいて、間近で囁かれているようでもある。

 距離感が掴めない。どちらが上でどちらが下だ?

 イリスの心はぼんやりと、開けた瞳に暗闇の輪郭すら掴めないまま浮遊している。


『だが魂が形を成していないな、それじゃ虹色のスライムだ。ではいくつか問いかけようか、キミはダレだ?』

「ダレ……わたしが……?」

『名前だ、名前。名はいつだって重要さ、そうだろう?』


 逆に問いかけられ、少しずつ自意識が暗闇に萌芽していく。

 そうだ名前だ。自分には確か、素敵な少年から授けてもらった、大切な、名前が……。


「わたし……私はイリス……」

『君のルーツは?』

「……病院で……看護ロボとして勤務していました……でも、みんな、私の奉仕対象は管理AIの暴走で殺されてしまって、いなくなって……それで、それでずっと探し続けて、でも誰もいなくて……」

『落ち着いて。なら、今のキミは?』

「今は……」


 そうだ、自分は探し続けたんだ。

 同僚のロボットたちが次々故障で倒れていく中、探して、探して、探し続けて。

 そして見つけたんだ、コールドスリープの中に眠るあの人を、この胸に到来した電子の火花と共に。


「今は、靖治さんと一緒に生きる、メイドのロボットです」

『エクセレント! 素晴らしいね、感激だ! 君は最良の選択をしてくれた!!』


 心底嬉しそうな興奮した声が、虚ろな世界を大きくかき鳴らした。

 そうやって話していると、気がつけばイリスは暗闇の中で自分の姿をはっきりと感じられるようになっていた。

 銀の長髪を黄色のリボンでまとめたポニーテール。白銀のボディに着込んだお気に入りのメイド服。丸っこいローファーの靴に白い長手袋に、大切な人に綺麗だと言ってもらえた虹色の瞳。


 私は、イリス。


 靖治さんの隣の、虹の瞳。


『準備は整った。意識も鮮明になってきた頃合いだろう。さあ、こっちだ』


 手招きを感じる。頭の天辺からロープが伸びて、そちらへと引っ張られているかのようだ。

 イリスの精神が無限の暗闇に指向性を持って飛行していく。

 スピードは段々と早く、疾く。耳元で風のような因果が唸る。


『ドリームバックドア開放。零世界に夢幻領域生成、空想限界を突破、半実体化開始。空間を固定、アンカーには私のリソースの27%を使用しよう。シミュレーションプログラム"胡蝶の夢"作動――』


 女の人が忙しなく何かを言っている。

 これは、この声は、どこかで聞いたことがあるような……。


『私の膝もとに来たれ、機械の迷い子よ。君のその輝きは美しい』


 自分に差し出されたその手を、イリスは無意識に目で追いかけた。





 風が消えていく、辿り着いた心が足を止めて、ぼんやりとした眼が明確に焦点を合わせてきた。

 気がつくと、イリスは真っ白な空間の中にぽつんと立っていたのだった。


「ここは……!?」


 急激に明瞭になる思考に、困惑が反響してイリスは瞳の中の虹を揺らした。

 とにかく白い場所だ。地面も空も何もかも白くて、壁はなく果てまで白い。

 五感の各種センサーは正常、靴越しに硬い地面をハッキリと状態を感じられて意識もあるのに何故か現実感がなく、目の前のすべてが虚実だと訴えてくるような猛烈な違和感があった。

 眼の前の光景が嘘か真か、それすらわからず戸惑っているイリスへ、背後から硬い声が届いた。


「やあ、おはようイリス君……と言っても、夢の中でおはようなどと言ってもおかしいが。ううむ、何て言えば良いのかな、私も夢で誰かとコンタクトするのは初めてだからな。無難にこんにちは……いや、そういえば今は夜か」


 イリスが驚いて振り返ると、そこには一人の女声が研究者が着るような白衣を纏って立っていた。

 栗色の髪の毛をまとめたポニーテール、そばかすの散った顔に眼鏡を掛けたその女性から感じる既視感に、イリスは怯えたかのように立ちすくむ。


「まあ適当でいいか! ごきげんようイリス、こうして会えて嬉しいよ、いやホントに」

「だ、誰ですかあなたは!? どうして私の名前を……」

「さっき質問したじゃないか。もっとも先にお前の活動ログを読ませてもらってたから知ってたがな。なるほど興味深かったぞ。私の開発した義体を勝手に使われたのは少し癪だが、お蔭で弟が助かったのだから感謝してるよ」


 その姿も声も、初めてパラダイムアームズを使用した時に開放された映像メモリーに映っていたものと同じ。


「あなたが、作った……いや、弟って……!?」


 驚愕のあまり体をよろめかせるイリスの前で、その女性は眼鏡を中指でクイッと押し上げると、イタズラに成功した子供みたいな憎たらしい笑みを浮かべた。


「私の名は万葉満希那。靖治の姉にして、お前の義体を開発した、新東京都市の評議会メンバーであり最高位技術主任だ。仕込んだ映像データはもう見てるはずだな? 以後シクヨロ」


 口端を吊り上げてキメ顔を作る万葉満希那を名乗る人物を前にして、イリスは現状の把握が追いつかない。

 さっきまで自分は靖治たちと宿にいたはずなのに、どうしていきなりこんなわけがわからない場所で、こんな謎人物と顔を合わせている。


「な……え……!? ど、どういうことです!?」

「まぁ、私の意識は今も歪な形ながら現存いてな、こうして夢を介して干渉させてもらった」

「ゆ、夢? それに、1000年も前の人間が生きてるはず……」


 夢。知識として知っていたが、今までイリスは夢を見たことはなかったし、機械である自分と関わりのあることとは思わなかったし、そこに靖治の姉が現れるなんて不可思議にも程がある。

 情報を統合していったイリスは、やがてピコーンと考えに行き当たる。


「あっ、もしや悪霊というやつですか!?」

「違う、勝手に悪者扱いすな!」


 悪霊を見たのは初めてだと目を輝かせるイリスに、満希那は大口を開けて否定してきた。

 調子を狂わされた満希那だが、すぐに弟と似た含み笑いを浮かべて眼鏡を光らせる。


「ふっふっふ、私は悪霊なんぞよりずっとすごいぞ。なんせ1000年前、東京に落っこちてきた異世界の機械神、デウス・エクス・マキナと契約して、その知識を得た賢人なのだからな。その時点で私は半神人、更には肉体を機械に改良し、何百年も生きていたのだ」

「えぇっ!? なんですかそれ、私も東京生まれですけど全然知りませんよ!?」

「そりゃあな、私の件については最高機密だし。数千万の住人を抱える都市が、一人の人間に依存してるとかみんな不安がるだろ。変な輩に命を狙われでもしたら怖かったしな」


 新東京都市がデウス・エクス・マキナなる異世界の神に助けられた話もイリスは聞き及んでいたが、それと契約した個人が靖治の姉だなどと初耳だ。

 唖然とするイリスの前で、満希那が指を鳴らして澄んだ音を響かせると、何もない白い足場からニュッと茶色い木のデーブルと椅子が現れた。


「うわ!?」

「掛けるといい。お茶は飲むかい? ログによればまだ味に関する反応は未成熟なようだが」

「い、いえ。けっこうです……」

「そうか。まあここは夢だから、現実で知らなければ味わいも薄いだろうしな。私は甘いの飲ーもおっと」


 そう言うと先に満希那が椅子に座ってくつろいだ姿勢を取り出したので、イリスも椅子に浅く腰掛けて肩を狭めた。

 緊張しているイリスと違い、かなりリラックスした態度の満希那は、今度はテーブルの上にお湯の入ったポットとコーヒーカップ、そしてココアと書かれた新品のパッケージを作り出した。

 カップの中に粉末とお湯を注ぎ、スプーンでかき混ぜながらゆっくりと話し出す。


「1000年前……次元光という未曾有の災厄の以後、生き残った人々を救うためには異世界の技術が必要だった。機械神はその名の通り打って付けの存在だったんだ。元々はどっかの超文明が作ったは良いがあんまりにも便利すぎるから、怖くなって宇宙にポイ捨てされたもんだったんだが」

「その件については伝え聞いています」

「あぁそうだったか。まぁ私はそいつと契約して、私の指導のもと東京は急速に復興したわけだ。機械神は私の名前と因子が引き合って落っこちてきたらしくてな、いやー、あの時ほど親にもらった名前を感謝したことはないな。はっはっは」


 重要機密を暢気に語る満希那は、ココアを口に含んで甘さににんまりと笑みを浮かべる。靖治の姉だけあって、非情に和やかな人物だ。

 しかしイリスは固唾を飲み込み、体中の関節に締め付けて石のような表情を作っていた。


「そ、それであの……っ!」

「うん?」


 首をかしげる満希那へと、イリスが胸をかきむしりながら身を乗り出して、喉の奥から絞り出すような声を発する。


「こ、今回、私が呼び出しを受けたのは、お姉さんが靖治さんを取り戻すため、なんでしょうか!?」


 イリスの顔は今にも泣き出してしまいそうで、虹の瞳がノイズでも掛かったみたいに色がぶつ切りに変化していく。

 潤んだ瞳に見つめられて、満希那はわずかに呆気にとられたあと、そんなイリスのいじらしさに笑いをこぼした。


「ふふ、違う違う。お前から靖治を取り上げるようなことはしないさ」

「ほ、本当ですか!?」

「あぁ、もちろんだとも」


 それを聞いたイリスの体から力が抜けていく、瞳の色彩も変化が静まりゆったりとしていく。

 やがて彼女は椅子にグッタリと背を預けて深い息を吐き出した。


「よ、良かったぁ~……」


 心底安堵した様子で頬を緩ませるイリスの姿は、心の柔らかさをさらけ感じられるような温かみがあって見ているだけで愛らしかった。

 満希那もその熱に当てられたのであろう、ニッコリと微笑んでいる。


「靖治のことを大切に思ってくれているようだな」

「はっ、はい! もちろんですっ!!」

「ありがとう、弟のことを好きになってくれて、私も嬉しいよ」


 慌てて背筋を真っ直ぐ伸ばすイリスに、満希那は再びココアに口をつけながら眼鏡の下の目を細めた。


「なあ、靖治を見つけた時はどうだった?」

「ハイ。あの人はコールドスリープ装置の中で、問題なく眠り続けていて」

「いや、違う違う。聞きたいのは君のことさ」


 状況を説明しようとするイリスを遮って、満希那が改めて質問をぶつけてくる。


「君は靖治を見つけてどう思った?」

「私ですか?」


 イリスは聞き返しながら、靖治さんにも同じことを話したことがあったな、と思い出した。

 あの時は衝動的に、熱っぽく語ったっけと自己を振り返り、心の中で少し気恥ずかしい気持ちになる。

 さてして、とかく質問に答えよう。とは思うものの、イリスはその時の情動を冷静に語るには、まだ少し心の知識が足りない気がした。


 イリスが靖治を見つけた瞬間、それはまだイリスの名も与えられていなかった量産型のロボットに、明確な『自我』が発生した瞬間でもある。

 誰もいなくなった都市で、奉仕する人間を探し続けて、ようやく見つけ出したあの時のことを思い出す。

 その感動をどう表現すればいいか、考え込んだが結局は上手い答えが思いつかず、しかたなくありのままを口に出した。


「電子回路が、熱くなるのを感じました。彼の命を助けたいと思ったんです」


 迷った割りには声はハッキリと出た。満希那はカップを手に持ちながら真剣に耳を傾けてきている。


「あの時は初めての感情に突き動かされて、とにかくそうせずにはいられませんでした。私はその出会いを、奇跡だって思うことができたから」


 感じた思いが脳裏で鮮烈に蘇り、口を衝いて出た言葉は、イリスは自分で紡ぎながら驚くほど真理が詰まっているように感じられた。

 そうだ、自分はその時に電子の内側に発生した無秩序な感情を、奇跡と信じてここまで来たのだ。

 芯のある声が白い世界に響き、しばらく満希那はココアをすすって黙っていた。

 イリスが少しドギマギしながら待っていると、満希那がカップを口から離し、ただ短く言った。


「あぁ、そうか……」


 その小さな呟きは、イリスの300年にも渡る奮闘と同等か、それ以上の万感の思いが詰まった、重たい意味のこもった声だった。

 わずかな言葉を発した満希那の安らかな顔に、イリスはまだ戸惑いを覚えながらも、徐々に肩の力を抜き始めていた。

姉、到来。

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