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事件解決はゲームの中で!?  作者: 和狸もか
第一章《ゲーム内編》:孤独な一人旅
9/27

お金を稼ごう

 

 レベル上げを始めてから2日目の午後のことだった。戦闘終了とともにチャラララ~ンという軽快な音が鳴り響いた。ステータスを確認すると俺のレベルは9になっていた。

「目標レベルまであとちょっとか」

 もう少しレベル上げにいそしみたいけど、残り魔力はそこまで多くない。なによりもうすぐ日が暮れる。そろそろ夜行性の魔物が徘徊し始める時間だ。

 少し考えた末に俺はイリーノ村に戻ることにした。急いては事をし損じるって言うしな。今夜は宿でのんびりしよう。



 そして今、宿でのんびりまったりしている予定だった俺の目の前に、ちょび髭のおっさんがいる。カウンター越しに相対したおっさんの表情は険しい。俺は緊張と共におっさんが口を開くのを待っていた。

「…500マールだな」

「え、安くない!?」

 思わず声を上げた俺におっさんは表情を崩すことなく、首を横に振った。

「これでも10マールおまけしてやってるんだぞ。本来は野ウサギの皮7枚で70マール、プレイリー・スクイレルの尾21本で420マールなんだ。これ以上の金額では買い取れないよ」

「そんなぁ…」

 おっさんの言葉に肩を落として項垂れるしかない。


 宿に戻るはずだった俺は今、素材屋に来ていた。関わりたくないはずのNPCと取引するためだ。理由は簡単。お金が必要になったのだ。


 村に戻った俺を待っていたのは、道具屋再開に沸き立つプレイヤー達だった。プレイヤーが熱望していた各種回復薬を置いているのだから、盛り上がるのは当然だ。

 他にもテントやランタンなどダンジョン制覇に必要な物から、釣りの餌や作物の種なんていうものまで取り揃えられている。

 そんな中、俺が購入を決意したものがあった。片手鍋と乳鉢、携帯炉がセットになった簡易調合セットだ。これがあれば回復薬が作り放題になる。買わない手はない。そう思った。

 だがしかし、所持金を見た俺は愕然とした。残金が230マールしかなかったのだ。

 システム乗っ取り以降俺が使ったのは鍋のレンタル料のみ。他になにかを買ったわけではない。ただ宿代が日々自動引き落としされていただけだ。1泊100マールの超格安な、良心的すぎる料金設定。けれど元々の所持金680マールだった俺の懐事情を察して欲しい。

 食糧も確保したしレベル上げも一応順調だと安心していたのに、まさかこんな落とし穴があろうとは。

 そんなわけで、昨日と今日2日かけて狩りまくった魔物のドロップアイテムを売りに来たのだ。


「野ウサギとプレイリー・スクイレルなんて、ちょっと腕に覚えがあれば誰でも狩れるからな。そのぶん取れる素材の単価が安いんだよ。金を稼ぎたいならギルドのクエストを受けるか、もっと上のランクの魔物を狩りな。フォックステイルの尾なら1つ70マールで買い取ってやるぞ?」

「フォックステイルか。微妙だな。ギルドは開いてないし…、…採取物で高額買取してくれる物ってありますか?」

「森の奥で採れる薬草なら1枚120マールはするな。まぁ、兄ちゃんみたいな装備だと行くだけ無駄だろうけどな」

 うん、前に迷い込んで速攻で死に戻りしたから知ってる。森のクマさんの前では初期装備なんて紙だ、紙。

「とりあえず買い取りお願いします」

「はいよ」

 おっさんから500マールを受け取って店を出た俺は、軽く溜め息を吐いた。2日かけて狩りまくったのにたったこれだけって…。


 簡易調合セットのお値段は合わせて1000マール。現在の所持金は730マールに増えたけど、宿代も少しくらいは残しておきたい。全部で1500マールは欲しいところだ。

「あと770マールか。厳しいな」

 今までのように昼間に狩りに行くと最低でもあと3日はかかる。そうなると隣町に行くのが遅くなってしまう。

 支倉への定期報告はリアル時間で1日2回。ゲーム時間だとだいたい4日に1回というところだ。前回のメールが2日前だったから、この計算でいくと次の報告は2日後ということになる。

 元々の俺の予定では明日か明後日にイリーノ村を出発して、次の報告までに隣町まで進むつもりだったのに。


「かといって簡易調合セットを諦めるのはなぁ」

 隣町がどんな状況かは行ってみないと分からないのだ。もし道具屋が開いていなければ、調合器具どころか回復薬の調達すらできなくなってしまう。

 今後のことを考えると今買っておきたいけれど、ギルドは機能停止中だし、森の奥の採取も今の俺では絶対に無理だ。となると、効率よく稼ぐにはちょっと無理をしてでもフォックステイルを狩りに行くしかない。

 レベルは9で、ソロプレイ。おまけに装備は紙同然。……なんか、死に戻りしそうな予感はするんだけどね。


 ***


 それから1時間後、俺は月明かりに照らされた夜の草原を全力疾走していた。

「無理ーーっ!無理無理無理!!」

 予想通りフォックステイルに追いかけられ、涙目になりながら逃げている最中だ。1匹ならなんとかなった。たぶん2匹でも大丈夫だったと思う。

 でも今俺を追いかけている狐さんは全部で3匹。なんとか振り切りたいけど、先制攻撃した俺を敵意剥き出しで追いかけてきている。

 しかも月明かりだけを頼りに闇雲に走ったせいで、今自分がどこにいるのか分からなくなってしまった。迷子と言っても過言ではないだろう。

 残された道は最早死に戻りしかない。腹をくくった俺は走る足を止めぬまま無理矢理方向転換した。



 開き直りという自暴自棄の名のもとに襲いくるフォックステイルの群れに突っ込んだ俺は、死に戻りすることなく草原の夜風に吹かれていた。

 突如目覚めたチートスキルが発動したのだ!

 なんていう事実はない。たんに偶然通りかかったヨークが助けてくれただけだ。そのヨークはさっきから俺に呆れを含んだ眼差しを向けている。

 ちなみに俺がいた場所は街道から100メートルも離れていなかった。夜の闇と、なだらかな斜面が俺の視界から街道を隠していただけだったのだ。


「あの状況で特攻する意味がわからん」

「どうせ死に戻りするなら1匹くらい仕留めてやろうかな、と思って。運が良ければ1つくらいは素材が手に入るかもしれないし」

「その意気込みは買ってやらなくもないけど、こんな非常事態中に無茶なことするなよ」

「ちょっと資金不足に陥って仕方なく」

「なんでそんなことになってんだよ。宿代と回復薬を買う金さえ確保できればいいんだから、初心者でもなんとかなるだろ」

「ちょっと別の町に移動したくってさ。いろいろ準備したいんだ」

「移動って…、なんで今?」

 ヨークが怪訝そうな表情をしたのを見た瞬間、俺は自身の失言を悟った。イリーノ村にいれば宿の心配はない。道具屋も再開した。それなのにわざわざ村を離れるなんて普通はしない。


 ヨークは良い奴だけど、さすがに外部と連絡を取っているなんて不用意に話せることじゃない。なにか誤魔化す手はないか、と考えた俺の頭に浮かんだのは雪乃の顔だった。

「あー、その…、友達を探しに行きたいんだ」

「そいつもソロなのか?」

「んー、どうなんだろ?『レディースクラン・百花繚乱』ってクランに入ってるとは聞いてるから、独りじゃないとは思うんだけど」

 雪乃のことが心配だというのも嘘ではない。っていうか、あいつ大丈夫なのかな。 

「レディースクラン…。ふぅん、なるほどね。そりゃあ心配だろうなぁ。女の子が1人心細い思いをしてるかもしれないんだもんな。で、彼女か?」

「はぁ!?そんなんじゃねぇよっ!」

「そんな照れるなって。そういう事情なら、お兄さんが一肌脱いでやるからさ」

 にやにやと笑って頷いていたヨークから急にパーティ申請が来た。

「え、なに?」

「手伝ってやるよ。夜はみんな宿に籠ってるからな。狩り放題だぜ」

 腰に佩いた剣を軽く叩いたヨークは、どことなく好戦的な笑みを浮かべていた。 



 金の髪を揺らしながら剣を薙ぎ払った直後、ヨークは華麗なバックステップでフォックステイルと距離を取る。その瞬間を待っていた俺は、すかさずファイヤーボールを打ち込んだ。

 断末魔の咆哮ほうこうを上げて、魔物が倒れるのを見届けたヨークが剣を鞘に納めながら俺を振り返った。その顔には爽やかな笑みが浮かんでいる。

「ナイスアシストだな」

 あまりの好青年っぷりに、俺は思わずその爽やか笑顔を拝みそうになってしまった。ヨークとパーティを組んでから数時間。すでに相当数の魔物を狩っていた。下手をすると俺が2日かけて狩った魔物の数より多いんじゃなかろうか。

 ヨークが剣術でフォックステイルの体力を削り、俺が火魔法で止めを刺す。はっきり言って美味しいとこ取りさせてもらっていた。

「どうする?まだ狩るか?」

「いや、もう充分」

 すでに目標金額を軽く超えているはずだ。しかもレベル10に達したばかりか、伸び悩んでいた火魔法のレベルすら上がっている。ヨークには感謝の言葉しかない。




 村の正門を入ると、そこは闇と静寂に支配されていた。

「うわ、暗いな」

 システム乗っ取り前は民家からもれる灯りで、夜でも普通に出歩けるくらいには明るかった。プレイヤーも夜の村を闊歩かっぽしていたのに、今では人っ子一人いない。

 いるのは動かぬNPCのみだ。

「夜に村の中を出歩くのは初めてか?」

「うん、システム乗っ…異常以降はいつも夕方には宿に戻ってた」

「だろうな。昼間ならともかく、夜はさすがに不気味だもんな。他のプレイヤーも夜はほとんど出歩かないみたいだぜ」

 夜の闇の中にひっそりとたたずむ動かぬ人々を横目に、俺たちは宿に向かって歩き始めた。


 暗がりの中、ヨークが持つカンテラの灯りを頼りに歩を進める。薄気味悪い雰囲気に飲まれたのか、俺もヨークも無言のままだ。

 辺りには俺たちが歩く音だけが響いていた。ヨークが急に立ち止まったのは、もう少しで宿に着くという頃だった。

「ん?おい、あれ何だ?」

「え、なに?」

「あそこ、なんかふわっと白いものが…」

 ヨークが指差した方を見てみるが何もない。目を凝らしてみても、特におかしなものは発見できなかった。

「何もないじゃん」

 振り返った俺が見たのは、夜の闇に浮かぶ真っ白い顔だった。

「ひぃっ!?」

 思わず叫んで後ずさった俺に向かって、にやりと笑う真っ白い顔。その髪は金髪だった。って、金髪…?


 よくよく見てみると闇に浮かび上がっているのは、顔の下からカンテラの光を当てているヨークの顔だった。

「なにやってんだよっ、ヨーク!」

「悪い悪い。ちょっとした冗談だって。昔、弟にもよくやったのを思い出してさ」

 睨みつけてもヨークは悪びれもせず笑うばかりだ。こいつ、絶対Sサドだ。爽やか好青年だと思ったら、まさかのいじめっ子だった。いや、いたずらっ子か?

 っていうか、弟くんが怖がりになったのって実はヨークのせいなんじゃ…。機嫌よく前を歩いていくヨークの後姿を見た俺は、宿にいるであろう弟くんに向かって合掌しそうになった。




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