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事件解決はゲームの中で!?  作者: 和狸もか
第一章《ゲーム内編》:孤独な一人旅
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つかの間の平穏

 

 俺は元々本を読むのが好きだ。学校の行き帰りでも、よく電車内で読んでいた。集中しすぎて乗り過ごした事もあるくらいだ。 

 それなのに今はまったくと言って良いほどページが進まない。

 原因は分かっている。ちょっと前に届いた、あのメールのせいだ。警視庁からだという不審なメール。半信半疑のままゲーム内の現状を分かる範囲で書いて返信した。

 ついでに角刈りマッチョが消えた時の状況も書き込んで、彼の安否を確認して欲しいと頼んだのだ。

 なのに、あれから1時間以上経った今もなんの連絡もない。いくらこっちの1時間はリアルで10分くらいだといっても、一言くらい反応があっても良さそうなものなのに。

「やっぱりイタズラだったのかな」

 まったく頭に入ってこない文章との格闘を諦めた俺は、溜め息と共に本を閉じた。


 システム異常によるログアウト不能。

 消えた角刈りマッチョ。

 通信機能が使えない中で、唯一届いた不審なメール。


 そして、角刈りマッチョが口にしていた“血塗られた天使”という言葉。あの時はクエスト関連の話かと思ったけど、彼が運営会社の関係者だったなら、あの物騒な単語は何だったんだ。


 物凄くイヤな予感がする。これは本当にただのシステム異常なのか?でもあの緊急回線メールが本物とは限らない。

「あぁもう!分かんねぇっ」

 俺は苛立ち紛れに勢いよくベッドに寝転がった。考えれば考える程、頭がこんがらがってくる。

 これは、アレだ。俺が考えても仕方のないことなんだ、きっと。だって俺、ただの高校生だし。それ以前にゲーム内に閉じ込められてるし。

 今頃リアルで頑張っているであろう大人の皆さんに任せていれば良いんだ。

「はぁ…、野ウサギ狩り行こうっと」

 そろそろデスペナルティも切れることだし、ぼーっとしているよりは気が紛れるだろう。


 ***


 野ウサギを狩るため、草原に出て3時間。けっこうな数の野ウサギを狩った俺は、またしても死に戻っていた。

「ははっ、回復薬がないの忘れてた」

 あのメールのせいだ。畜生。やっぱりどうしても気になるのだ。ふとした拍子に思い出して考え込んでいたら、リス型の魔物プレーリー・スクイレル3体に囲まれて、サクッとられてしまった。

 なんとか杖術で1体だけは倒せたけど、やっぱり装備を整えるか、【回避】もしくは移動速度が上がる【俊敏】のスキルがないと接近戦は厳しいな。

 でもレベルは上がった。戦利品も野ウサギの肉が8個と、野ウサギの毛皮が3枚残っている。ちなみに戦利品が野ウサギオンリーなのは、羊やヤギを狩ろうとして逃げられたからだったりする。奴らは攻撃してこない代わりに逃げるのだ。

 問題は野ウサギの肉をどうするか、だ。ゲームの中とはいえ、流石に生肉は食えない。そして俺は【料理】スキルを持ってない。

「…ファイヤーボールをぶつけてみるとか?」

 丁度デスペナルティ中でしょぼい火球しか出ないし、いい感じで焼けるかもしれない。


 

 現在の時刻は17時前。場所は正門前の広場だ。焚き火を囲んで夕飯の準備をしているプレイヤー達の横を素通りした俺は、門の外に出た。

 正門から離れること30秒。俺は辺りを窺いながら、野ウサギ肉を手頃な石の上に置いた。

 俺のような低レベルプレイヤーが、デスペナルティ中に外に出るなんて自殺行為に等しい。システム上クエストでない限り街中での戦闘行為はできないから仕方ないとはいえ、さっさと肉を焼いて戻らなければ。

「ファイヤーボール」

 やや早口で発動した初級の火魔法は、違うことなく野ウサギ肉に直撃した。ボッと火が付き、あっという間に炎上。………炭化した。

「うそ~ん、マジで?」

 真っ黒に焦げ、謎の物体と化した元野ウサギ肉を見詰めて項垂れる。良いアイディアだと思ったのに。火魔法は料理には使えないらしい。非常に残念だ。

「何やってんだ?お前」

 力なく肩を落とした俺は、後ろから声を掛けられて振り向いた。そこにいたのは、今朝知り合ったばかりの金髪剣士だった。


 ***


 パチパチと火がぜる音と野ウサギ肉を焼く香ばしい匂いが、俺の食欲を刺激する。正面に座るヨークと名乗った金髪剣士が焚き火の上で器用にフライパンを操っていた。

「いや~、まさか攻撃用の火魔法を料理に使おうとする奴がいるとは思わなかったわ」

「仕方ないだろ。露店はやってないし、料理スキルも持ってないんだから」

 俺の行動がツボにはまったらしく、さっきから思い出しては噴き出している。料理してくれているのは有難いけど笑いすぎだ。

 ちなみにヨークの方が年上っぽいけど、本人から口調は気にしないと言われたのでタメ口だ。気の良い奴ではあるんだよな。笑いすぎだけど。

「料理スキルがなくても、塩ふって焚き火で炙るくらい出来るだろ。まぁ、スキルなしだと大半が生焼けだったり焦げたりはするけどな」 

「焚き火に投入するのか?」

「いやいや、切って串に刺すくらいしろよ」

「俺、刃物持ってない」

「それは…、…災難だったな」

 肉を切ることも出来なければ、小枝を串に加工することも出来ないのだ。ヨークの視線が呆れから憐みに変わっていく。全然嬉しくないけどな。


「ヨークは何してたんだ?」

 ちょっぴり気まずい雰囲気が漂いかけたのを断ち切るように、話の流れを変えた。

「食材確保と夕飯の支度だな」

「1人でか?」

「お前な、日が暮れるってのにあの馬鹿が外に出られると思うか?」

 お化け怖いと叫んで脱兎のごとく逃げて行ったスキンヘッドのおっさんの後姿を思い出す。どう考えても無理だな。

「俺も一応、長男だからな。怖がってる弟を無理に連れ出せねぇし、この状況で妹一人出歩かせるのも心配だしさ」

「へぇ…、って弟!?」

「先に言っとくけど、リアルであの外見じゃねぇからな」

「あ、そうか。ゲームの中だっけ」

「あぁ。さっさとシステム復旧してくれねぇかな。俺、明日バイトあるのに」

 愚痴るようなヨークの呟きは、俺に例のメールを思い起こさせた。嘘か本当か分からない警視庁からだというメール…。


「どうかしたか?」

 言葉に詰まって黙り込んでしまった俺をヨークが心配そうに覗き込んでくる。一瞬、あのメールのことを話してみようかという考えがよぎった。

 1人で考えていても答えは出ない。なら他の人に相談してみれば、と思ったのだ。

「…いや、なんでもない。いつまで続くのかなと思ってさ」

 けれど結局、俺は話すことなく誤魔化してしまった。ヨークは今日はじめて会った相手だ。どこまで信用していいのか分からない。

「まぁ、これだけのシステム異常だからな。リアル時間で2、3日は覚悟しといた方がいいかもな。てことで、俺からのプレゼントだ」

 そう言ってヨークが差し出したのは、ついさっき野ウサギ肉を切るのに使っていたナイフだった。思わず受け取ってしまった俺は、ナイフとヨークの顔を交互に見た。

 たぶん物凄いアホ面だったのだろう。ヨークが他の調理道具を片付けながら苦笑している。

「さすがに刃物なしでそんな長期間乗り切れないだろ。俺は他にも持ってるから、やるよ」

「あ、ありがとう」

「おう。システムが復旧したらフレンド登録しようぜ。あと、次からはちゃんと料理しろよな」

 出来上がった山盛りの野ウサギ肉の炒め物を俺に手渡したヨークは、そのまま立ち上がるとひらひらと手を振って去って行った。俺は手元に残されたナイフと出来たてほやほやの料理を見つめながら、自己嫌悪に陥っていた。

 “信用できるのか”なんて疑って悪かった。



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