第一話 2
転生、爺さんによる体術の修行。そしてチートスキルの発動。この世界におよそ強敵に成り得るやつなどおらず、全ては順風満帆のように思われた。そう、思われたのだ……。
「それで、あれからいかがお過ごしだったでしょうか?」
何時ぞやの俺の転生に携わった天使が、何も知らぬような笑顔を浮かべながら、寂れた大地へと舞い降りてきた。
「いかがも何も! こんなの詐欺だ!」
俺がそう激高すると、天使はもともと大きな目をさらに大きく見開き、聞き返してくる。
「詐欺? すべてご要望通り、できる限りのサポートはしたつもりですが……」
「いいや、そんなことは無いね。だとしたら、何故俺に女が一人も見向きしないんだ」
そう。転生して以降、ここまで母親以外の女とは、否、母親とすらまともな会話をしていない! こんなのは転生ものとしてあるまじき状態ではないか!
俺のもっともな怒りに対して、天使は長い黒髪の毛先を弄り、苦笑いをしながら答えた。
「あー……なるほど。それはきっと、今だ三ノ宮さんに似合う女性と出会っていないだけでしょう……。うん、そうですよ。間違いなく! なので、まずは手始めにこの国を手中に収めましょう。そうすれば三ノ宮さんとつい合う女性も次々と現れるはずです、はい」
ふむ、そういうものなのか。……確かにチーレムものというのは圧倒的な力で世界を制圧してなんぼのような気がする。しかしそれまでの間、人肌の温かみを感じられないのは、少々辛いな。どこかに適当な女は……。は! なんだ、目の前にいるじゃないか。
「だけどそれまで完全に独り身というのは寂しいな……だから……」
「我慢しましょう! 三ノ宮さんにふさわしい出会いはすぐそこです!」
「いや、そういうことではなく……例えば誰か俺の事を良く知っていて、俺のために尽くしてくれる人は居ないかと……」
俺がそう言っても彼女は首を傾げてばかり。ふ、察しが悪いな。仕方がない、ならば直接……。
俺がそう考え、口を開こうとした瞬間に天使は顔を赤らめ、必死に俺の言葉を遮った。
「あ、いえ、私そろそろ行かなくては! すみませんどうも。また近々お会いしましょう!」
天使はそう慌てふためいて去っていった。なんだ、ハーレムを作るまでの間、いや、ハーレム要因に彼女を出迎えようと思ったのだが……。しかしあの反応……。
は、そうか! 赤らめた頬、慌てた様子。間違いない。あれは照れ隠しか! ……だとすれば仕方がない。彼女の心の準備ができるまで待つしかないだろう。
天使が去っていった荒野に一筋の風が吹いた。死に絶えているような、乾いた風。俺一人ポツリと取り残しているこの世界は、この先も俺に試練を与え続けるだろう。しかし、それも世界に平安をもたらすためであれば……。しばしの孤独も、受け入れよう。世界と孤独。その狭間に挟まれて、俺は今日も荒野を歩く。この荒廃した世界で。
○
「メルンさん、メルンさん」
「なーにー?」
はぁ、と一つ大きなため息をつきました。
この白い何もない世界。まさかここに逃げ帰りたくなるなどとは考えもしませんでした。
「……チートスキルを付与するときには、行間を読む必要があるのですね」
「あー。まあ難しいよねー」
ええ、そうですね。
何もない世界でのメルンさんとの緩い会話は、荒廃した世界に毒された私の心を優しく包み込み、遠赤外線的に少しずつ少しずつ癒していくのでした。