終わり。そして始まり
リリーを喰う寸前に、俺はギリムの口の中に飛び込んだ。
そして、無理やり口を押し広げ、下あごを引きちぎった。
「ガハッ!」
ギリムは驚き、思わず飛んで後退する。
「旦那……」
「リリー…大丈夫?」
「大丈夫っす!あっ……でも、あれだけデカい口叩いておきながら…面目ないっす」
シュンとうな垂れるリリー。
「いいさ……俺たちは夫婦だし、それに、やつは魔族の裏切り者だ」
「ごめんなさいっす。ちょっと、しばらく動けそうにないっすから……あとは頼むっす」
「ああ。ご苦労様。あとは任せて」
俺はそういって、地面に伏せるリリーの頭を撫でた。
そして、リリーを巻き込まないように距離をとった。
上空に逃げたギリムは素早く下顎を再生させ、地面にいる俺を睨む。
そして、怒りをまき散らすように叫んだ。
「貴様ーー!!よくもッ!よくもやったな!!」
「俺のかわいい嫁さんを喰おうとしたからね。当然のことをしたまでだよ?」
「人間が!俺様に舐めた真似を!!」
「どうとでも言うがいいさ。君は魔族の裏切り者。それ相応の報いを受けてもらうからね?」
「クッ!死ねーーー!」
ギリムは地面に向かってブレスを吐く。
その炎は俺に向かって一直線に来た。
すぐに俺の周りには灼熱の炎がまとわりつく。
土さえも溶ける熱量の炎は、地面を抉る。
煙が辺りを多い、視界が悪くなった。
「ハッハッハ!人間風情が……何が報いだ?」
ギリムは勝利を確信し、ゆっくりと降りてきた。
ギリムが地面に降りた瞬間、俺はヤツの尻尾を掴んだ。
「なっ!」
「俺がそんなブレスで死ぬと思ったか?」
俺はギリムの尻尾を振り回す。
そして、地面に叩きつけた。
「ガハッ!!」
ギリムの口から血液のような紫色の液体が飛び出す。
仰向けに倒れているギリムの胸に飛び乗った俺。
ギリムは腕を伸ばし、爪で引っかこうとする。
俺は腕をつかんで思いっきり引っ張って投げた。
ギリムの腕は引きちぎれ、宙を舞った。
「ギャアァアァァ!」
ボタボタと紫色の血液をまき散らしながら悶えるギリム。
しかし、戦意は衰えてないようで、もう片方の手で俺を掴もうとする。
残念ながら、俺はもう片方の手も引きちぎった。
「ガァアアァァァ!!」
喚きちらし悶えるギリム。
「痛いだろう?喰われた同族も同じ思いをしたんだよ?体が引きちぎれ血をまきちらすほどの苦痛を」
「くそがぁぁ!!貴様ッ!貴様は…何者なんだぁ!?」
「元勇者で今は魔族の長。カール・リヒター・スベロンニアだけど?」
「なぜだぁ!人間風情が!?俺様を!!俺様をこんな事……できるのだぁ」
「大元帥ホホロンとの戦いや、黒龍さんとの修行、もろもろの人生経験の差かなぁ?」
「なっ……人間が…そんなことを!?妄言では!?」
ギリムは驚き俺を見つめる。
「嘘じゃないよ?ちゃんと勝ったから、魔族の長としてここにいる」
「なっ!なっ!……」
「残念ながら……君の行動はどうあっても許される事じゃない。魔族の長として君の命で償ってもらう」
「グッ!!くそーーー!!」
ギリムはそう叫ぶと、首を伸ばし俺を喰おうとした。
俺は下顎を蹴り飛ばした。
首を起点に円を描き顔が地面にめり込んだ。
そして、吹っ飛んだ顔の近くに飛んだ。
「ガハッ!!」
「……なるべく一瞬で逝くようにするからね?」
俺は最大級の力を込めて、ギリムの頭を殴り、捻った。
こうしてギリムは、王としての最後の人生を閉じた。
◆ ◆ ◆
龍や俺の壮絶な戦いを見守っていた、帝国軍、連合軍の前線は静まり返っていた。
物語のような龍同士の激しい戦いに加えて、俺が圧倒的な力でギリムをねじ伏せてしまったのだからその雰囲気は言わずもがなだった。
前線の両軍兵士はガチガチと震え、今にも逃げ出しそうな感じだ。
俺は『……やりすぎたかな?』と心の中で頭を抱えた。
日はとっくに高い位置まで上り、決着もついているためいつ両軍の戦闘が起こってもおかしくない時刻ではある。
しかし、両軍は静まり返っていた。
リリーも何とか人間体系に変身できるほど回復し、俺のそばに胡坐をかいて座っている。
そんなリリーが俺に語りかけた。
「どうしちゃったんっすか?なんで、誰も動かないっすか?」
「たぶん……俺たちが怖いんじゃないかな?」
「そうっすか。人間たちには刺激が強すぎたって感じっすかねぇ?まあ、私は糞野郎が死んで満足っす!」
「そ……そう」
俺は苦笑いを浮かべて答える。
そんな時、連合軍に動きがあった。
軍中央の人波が左右に割れて、白旗を持った集団が歩いて俺たちに近づいてきたのだ。
他ならぬ、マウントシュバッテン王達だった。
俺は目を凝らして周りを見る。
そこにはパリッとした立派な軍服をまとった変な中年を縛って連れて歩くゼロの姿があり、その横には得意げに歩くココの姿もあった。
マウントシュバッテン王の後ろにはお腹の大きくなったルシフルエントも居る。
「おっ!間に合ったんすね?」
「ああ!俺たち……やったんだ!」
俺は感激に胸が熱くなった。
帝国の兵士たちはその中年の姿を見て動揺が走る。
他ならぬ帝都にいるはずのハウント宰相だったからだ。
その動揺をよそに、マウントシュバッテン王は俺に近づいて、褒めるように肩を叩いてくれた。
「流石はカール君だ。示威行動で帝国軍を止めてしまうなんて……元・光の勇者は伊達じゃないって感じかなぁ?」
「今は魔族の長です。イスポワール王国の王様でもありますけど」
「正直、衝突が始まってたら犠牲者はうなぎ登りだった。でも、もうこれで終わりだ。これでまた伝説を作っちゃったね?」
「お役に立てたようで良かったです」
「本当に……君はすごいよ。じゃあ、予定通り行こうか?」
「はい!」
俺たちは少しだけ笑みを浮かべる。
そしてすぐに真顔になり白旗を掲げたまま、帝国軍の前線についた。
マウントシュバッテン王は強い口調でハッキリ言った。
「我はグレートアルメラント王のマウントシュバッテンⅢ世である!貴国の皇帝であるルビン・ヒッテ・カイザー・リヒテフントと話がしたい!なお!人質として貴国宰相のハウント・マルクルブ・リヒテホーヘンをこちらは預かっている!」
帝国軍はザワザワと動揺する。
そんな帝国軍もすぐに動きがあった。
連合軍と同じように帝国軍の人波が割れて、奥から軍服をまとった女の子が取り巻きを引き連れて近づいてきたのだ。
他ならぬ、ルビンだった。
ルビンは、緊張した面持ちで俺たちに近づく。
そして、恭しく頭を下げて挨拶をした。
「私は……リヒテフント帝国第55代皇帝……ルビン・ヒッテ・カイザー・リヒテフントです。王自らのご足労痛み入ります」
「こんにちは、ルビン閣下。こっちにいる人たちは初対面だよね?紹介するよ。イスポワール王のカール・リヒター・スベロンニア。そして、その王妃たち。お腹が大きいのが元・魔王のルシフルエントで、杖を持ってるのが煉獄の魔術師ココ。さっきまで龍だったのがリリーだよ。もう一人のアルシュタインっていう人がいるけど、今は居城で留守番してる」
ルビンはこちらを向いて恭しく頭を下げる。
「初めまして……ご高名はかねがね伺っております」
俺をはじめ、皆が「はじめまして」と、頭を下げた。
「ルビン!!貴様!図ったな!!」
突然ハウントが叫んだ。
その言葉を聞いたマウントシュバッテン王はすぐにハウントを睨み強い口調で言う。
「図った?どの口であなたはその言葉を言うのでしょうねぇ?ハウント宰相……龍をたぶらかし、ルビンを傀儡として利用し、エゴに突き動かされるように領土拡張のための戦争を引き起こしたあなたが?」
「ぐっ!それは……」
「そうよ!こいつ城から逃げる時、仲間を見捨てて一人で逃げたんだから!『ワシの野望がっ!』とか言いながら!!」
「……」
ハウントは苦虫をかみしめたような顔になり押し黙る。
皆がハウントを睨み沈黙する。
沈黙を破るようにルシフルエントが語りだした。
「ルビンとやら、魔族はギリム討伐という目的を果たした。我々はこれ以上戦う気はない。そして、双方人間たちも同様であろう?これ以上戦うことは愚かなことじゃ。お腹の子にも悪いし、これから生まれる次世代の人間にも遺恨が残るからこれで終いにせんか?」
ルビンは少しだけ笑って「はい」と答えた。そして、真顔になり周りに聞こえるよう強い口調で言った。
「……ハウント宰相は現時刻を持って罷免します。そして、リヒテフント皇帝の名においてグレートアルメラント王国、イスポワール王国との停戦と両軍の即時撤退を提案します。……ハウントは3か国にアスラムル宗主国を加えた国際法廷の場で処罰をしたいと考えております。提案を受け入れてもらえますか?」
「ああ……もちろんだ。よくやったね。ルビン」
ルビンとマウントシュバッテンは握手を交わした。
帝国の軍人たちはあっけにとられていたが、言葉の意味を理解し、ハウント宰相以外、その場にいる誰もが、晴れやかな笑顔を見せた。
――その時、帝国軍の数隻の気球船が「ドーーーン!」という激しい音をまき散らして墜落した。
「大団円ですかぁ?いやはや……良い光景ですねぇ?」
空の上には、俺たちを見下ろすようにコーネリアが佇んでいた。




