歓迎レセプション
頭が痛いのは二日酔いのせいで、それもこれも毎晩続く各国主催のレセプションという名の晩餐会のせいだ。
これまではお酒に強い方だと自分では自負していたが、その自信も簡単にへし折れた。
現在7日連続のレセプションで、戴冠式まであと3日。
前日はリハーサルなのでこういう催しは入れてないとコーネリアは言っていたので、今回含めてあと2回はある可能性が高い。
ルシフルエントは身重なので毎回顔出しだけ。
ココは3日目で二日酔いをこじらせて寝込むようになった。
アルシュタインは宮廷生活が長いだけあって上手くかわしつつ今日まで頑張っているが、さすがに疲労の色が濃い。
俺は持ち前の回復力でなんとか正気は保っているが正直つらい。
元気に飲み食いしているのはリリーだけだった。
「魔族は本当に強いね」
隣に座るマウントシュバッテン王は元気そうに飲み食いしてるリリーを見つつ、列席者に微笑をたたえながら器用に俺に語る。
「そ……そうですね」
俺は苦笑いを浮かべてそう語るのが精一杯だった。
一応保護国扱いなので、毎回のレセプションはマウントシュバッテン王が必ず列席するが、マウントシュバッテン王はこの7日間、様子は一切変わっていない。
常に微笑をたたえ、ゆっくり果実酒を飲みながら各国首脳陣と対応する。
俺はついていくので精一杯だ。
王としてのレベルの違いが如実に出ている。
『俺もいつかはこんな風に対応できるようになるのだろうか?』
残念ながら、まったく想像がつかなかった。
そんな風に王様を横目で見ていると、不思議な顔をして質問された。
「どうしたの?疲れた?」
「いえ!?……王様は本当にタフだなぁと思っただけです」
「そう?でも、王様になるんだったらこれぐらいはできないと。剣と魔法だけじゃ政は動かないよ」
「はい……精進します」
俺は少しだけ俯いたが、気を取り直し、マウントシュバッテン王の真似をして背筋を整える。
「そうそう。その調子だよ。頑張って」
マウントシュバッテン王は少しだけこちらを向いてにっこり笑った。
金髪碧眼の美少年である王様の笑顔は年相応のあどけないものだった。
『この間の会食の様子とはえらい違いだ……これも何か裏があるのか?』
俺はそう思いつつも笑顔を浮かべて「ありがとうございます」と王様に言った。
ここ数日連続して王と雑談などを興じる機会も多く、俺は王の様子をそれとなく観察しているが、正直よくわからない。
王様は一見してフランクで気さくだし、そして誰に対しても受け答えはしっかりとしているし、その答えも正確だ。
外見も含めて完璧そのもの。
しかし、それが地なのかと言えば決してそうでもなく、数日前のレセプションでは、にこやかに外交使節と話していたと思いきや、終わっていなくなった瞬間「彼らはどうにも性に合わないなぁ」と溜息をついていた。
会話の内容も含めてまったくそんなそぶりが無かっただけに、俺はその一言が聞こえた瞬間、心の中で大いに驚いたものだ。
それ以来、注意深く表情を見ていると、何となくそれらしいそぶりが見え隠れしていることに気が付いたが、本当に些細な変化なので使えるかと言えば微妙なレベルだ。
しかし、この王様は全てにおいて本当に死角がない。
誰に対しても好青年のふりをしつつ、誰に対しても本音で話をしていない。
『こういう部分がルシフルエントやホルス様に“いけ好かない”と思われてる所なのかなぁ?』
俺はそんな事を考えていた。
「僕の顔に何かついてるのかな?」
ふいにマウントシュバッテン王が俺に対して問いかける。
「いえ!……そんなわけでは」
俺は驚き、しどろもどろになる。
「観察するのは結構だけど、そんなに情熱的にみられると少し照れるね」
少しだけ笑みを浮かべながらマウントシュバッテン王は語る。
「すみません……どうも、交渉術というのが慣れなくて。参考にしようかと思ってつい見てしまいました。バレバレですか?」
「ああ。バレバレだね。彼女のようにうまくやらなきゃ……もっとも、経験が違うからしょうがないか」
マウントシュバッテン王はルシフルエントを見ながら答える。
そして、言葉を続ける。
「その顔は……僕の真意が聞きたいって顔だね?どう?当たりだろう?」
悪戯っぽく笑いながら言う。
俺は一瞬ドキッとしたが、嘘を言ってもしょうがないと思い本音をいう事にした。
「……参りました。王様は本当にすごい人だ。しかし、なんでわかるんですか?」
少しだけ溜息をついて俺は答える。
「はは!カール君は本当に素直でいいやつだ。僕は武道なんかからっきしだからよく知らないけど、君たちは“構え”や“動き”、“気配”で攻撃を読むんだろう?それと同じだよ」
「そうですかね?」
「まあ、だんだんわかってくるって。……さて、これが終わったらちょっと付き合ってよ?」
王様は非常に軽い調子で言っていた。
だんだんわかってきたことだが、こういう時は非常に重要な事を話すことが多い。
「……はい。他の者もですか?」
俺は言葉を選びつつ答える。
「夫人達にも協力してほしから、話したいけど、病気の人もいるし今度でいいや。今は君と二人で話したい」
にっこりと満面の笑みで言った。
「……わかりました」
俺は覚悟を決めてそう言った。
レセプションが終わり、ルシフルエントだけに、王と二人で話をする旨を伝えた。
「大丈夫かえ?妾も付いていこうか?」と本気で心配されたが、何より、二人きりだから聞ける話もあるし、俺自身乗り越えなきゃいけない壁でもある王様を相手にあがいてみたかったので、他の人には内緒にしてほしいと一言付け足して断った。
ルシフルエントは悲しそうな顔を一瞬したが、すぐに真顔になり、「何かあったら、魔剣を使う事を躊躇するなよ」と言って他の夫人達を引き連れて領事館に戻った。
俺は王と共に、馬車に乗り郊外に出かける。
途中、郊外の屋敷の中にある転移魔方陣をいくつか通り、周りに何もない辺鄙な屋敷に着いた。
そこは、牧草地らしく、川も流れており、昼間に来たらさぞ風光明媚な場所だろうと思われる所だった。
護衛は守衛がいる出入り口で別れ、屋敷には俺と王様だけで向かう。
「ここは一体?」
俺はキョロキョロしながら聞く。
「それは言えない。ただ、一年中温暖で余生を過ごすには非常に素晴らしい場所だと、だけ言っておこう」
「周りに誰もいませんが?」
「ここは僕の直轄領だからね。みんな立ち退かさせたよ。言うなれば僕のプライベートな場所さ。君はこういう話し合いを望んでいるのだろう?」
「……はい」
「中にはメイドが数人いるが全て素性の分かる安心できる人だ。あと、もう一人いるが気にしないで欲しい」
「もう一人?」
「……僕の妹だ」
「……わかりました」
俺は少しだけ疑問に思った。
外交上血縁関係を結ぶメリットは非常に大きいので、女性親族は若いうちから嫁ぎ先は決まっているものだ。
いくら若い王とはいえ、成人した王の妹ならば嫁いでいても不思議ではない。
そんな人が、人知れない辺鄙な場所でメイドと暮らすなんて普通はある事ではない。
『……よっぽど訳ありなのか?』
性格や年齢などで売れ残る貴族の娘はいるが、3大国の一国の王様の妹である。
よほどの重度の疾患などがない限り引く手あまたのはずだ。
俺は少し緊張する。
「大丈夫、大丈夫。大したことないから。僕がシスコンなだけだよ」
王様は俺の考えを見抜いたようで努めて明るく言い放った。
「えっ!……それは」
俺は余計混乱してしまった。
『冗談……なのか?……まさか、別の理由が?』
俺は苦笑いを浮かべるしかできなかった。
「……まあ、見ればわかるさ」
俺の困惑を尻目に王様はそう言うと扉に手をかける。
そして、ドアを開いた。
中は明るく、メイド二人が恭しく頭を下げて到着を待ちわびていた。
「お帰りなさいませ……トーケル様」
俺は聞きなれない名前に少し困惑した。
「トーケル様?」
「あれ?言ってなかったけ?僕の名前だよ。トーケル・ラインハルト・フォン・マウントシュバッテンだから、トーケル」
「失礼しました。初耳です」
「そう?じゃあ、どうぞ。……おい、いつものお茶をよろしく」
「はい。かしこまりました」
メイドは恭しく挨拶して、お茶の用意のため炊事場に行った。
俺と王様はエントランスを抜けて、豪華なリビングに向かった。




