コーネリアとホルス
王都郊外。
スラム近郊の廃墟に向かってホスルは歩く。
「70年前は堂々とツタン城の中にあったのに……こーんなところにアジトなんか作っちゃって。現体制と距離を取るから心が離れちゃうんだよ?」
ホルスはニヤニヤと笑いながら独り言を呟く。
ホスルは長身で軍服のようなパリッとした服を着ている上に木偶人形を常に回りに付かせているので非常に目立つ。
しかし、道行く人はまるで誰もいないかのように興味がない。
そればかりか、まるでホルスを自然と避けるように動いている。
これは、もちろんホルスが魔法を使っているからに他ならない。
不可視化の魔法は非常に高度な魔法だが、ホルスの魔法はさらに上をいく。
人間の第六感に作用して、不可視化をしている自分たちを避けるように行動するのだ。
このような特殊な不可視化の魔法を使えるのはホルスのみである。
ホルスは堂々と廃墟に入る。
廃墟の屋根に大きな穴が空いており、窓という窓は全て壊されていて、長年放置されていたように、壁にはツタが生い茂り、庭の木々はうっそうと自由奔放に生えていた。
ホルスは真っ直ぐ地下へ繋がる階段に向かって下る。
そして、下った先にあった重厚な扉を開けた。
中はエントランスでかなりの広さがあり、整然と物が整理されていた。
エントランスは魔法の照明で煌々と明かりを灯されている。
数人の黒ずくめの男が忙しそうに働いていた。
ホルスは魔法の照明を見ながら怪訝な顔をする。
『ほう……対不可視化魔法がされてる照明魔導具だね。まあ、私の魔法には効かないけど』
ホルスは鼻で笑った。
広間の至る所に小部屋があり、多くの人間がその中で話し合いをしているようだった。
防音素材らしく普通は音を聞く事ができない。
しかし、ホルスは自ら作った魔導具を使い、中の音を聞く。
『はは……こっちの部屋は真面目に会議しているが、その隣の部屋で上司らしき奴がちちくりあってるぞ?こんな統率がないようじゃ先は長くないな』
ホルスは壁を触り、魔方陣を指で書く。
すると魔方陣が浮かんできた。
すると、付いてきた木偶人形がその魔方陣に向かった。
魔方陣に触ると、みるみるうちに木偶人形が壁の中に吸い込まれていった。
木偶人形が壁に吸い込まれると魔方陣は消え、元の壁になる。
『あと2~3体、情報収集用兼、爆破用の木偶人形を置いとくか……残りは奥だ』
ホルスは木偶使いである。
全ての木偶人形はホルスと精神的に繋がっており、どんなに遠くに離れていても見たり聞いたりできる。
しかも、壊されても痛覚は共有していないのでまったく問題ないのだ。
なので、ホルスは木偶人形の中心に広範囲爆裂魔法を発動できる護符を全てに埋め込んでいる。
これで、いつでも好きなときに情報を収集でき、いざとなったらその場所ごと爆破することができるのだ。
ホルスは3体ほど同じように壁に埋め込み、奥に続く廊下を進む。
そこには玉座の間のような部屋があった。
一段高い玉座を鎮座する場所には椅子が3つあって、それぞれ深い皺を蓄えた老人が座っていた。
身なりは全員非常に豪華で、王様といっても通用するぐらい金糸銀糸を多用した煌びやかな服装だった。
玉座の前には正装したコーネリアがかしずいていた。
『はっ!いつからマッケイヤー一族はこんな成金趣味になったんだい?まるで悪者だ。笑っちゃうね』
ホルスは少し鼻で笑い、見やすい位置の壁にもたれかかり、様子をうかがう。
「コーネリアよ……トーケルは予定通り動くか?」
真ん中の老人が語る。
しかし、その声は弱々しく、かなりの高齢のようで少し震えていた。
「はい……予定通り、帝国は滅亡するでしょう。その為の軍の移動はすでに完了しており、予定される犠牲者も、全て粛正リストに入っている貴族のみです」
「まっことその手腕は素晴らしい……辺境伯から引き立ててやった甲斐があるわい」
右側の玉座に座る老人が満足そうに語る。
「これで、向こう100年はアスラムル宗主国との2大体制ができあがる……本当に帝国は馬鹿な皇帝を選んだもんじゃ。その点、今の摂政は動かしやすい……」
左側の玉座に座る老人が唸るように語った。
「まさか、我らの意向に反して、衝突を起こさなんだ……まとめてあの世に送っておいて正解だったわい」
真ん中の老人が頷きながら語る。
「あの衝突がなかったおかげでどれだけ商いで損が出たか……先物相場も含めると皇帝ひとりの命じゃ償えんぞ?」
左側の老人が呟く。
「まあ、終わった事じゃ。これも我ら3主柱の統率力が弱まった証……そろそろ、世代交代かのう?」
右側の老人が悲しそうに語る。
「我らも齢90を超えた……コーネリアよ。次代のマッケイヤー一族を頼むぞ」
真ん中の老人が語る。
「そのような弱気な発言……寂しゅうございます」
コーネリアは悲しそうに語る。
『なんて茶番だ。……つまらん。死んでも譲るきもないくせにわざとらしく語ってさー。たかだか90ぐらいで馬鹿じゃないのか?』
ホルスはあくびをしながら思った。
『しかし、このコーネリアって奴は面白いね。すぐにでも殺しにかかる準備をしときながら、あんな茶番に付き合ってるんだからさ。早く殺して天下をとりゃいいのに』
ホルスはコーネリアの言動に少し興味を持つ。
「コーネリアよ……帝国滅亡の暁にはおぬしの希望を叶えてしんぜよう」
真ん中の老人が語る。
「ありがたき幸せ……これで、我がベルグンベルド家は帝国に一矢報いることができます」
コーネリアの瞳の端に小さな涙らしきモノが見えた。
『ベルグンベルド?……帝国の貴族か?帰って調べてみるか』
ホルスはすぐには思い出せなかった。
「コーネリア……今後もよろしく頼むぞ」
3人の老人はヨロヨロとした動きで立ち上がり、護衛に肩を抱かれながら奥に退場した。
ホルスは3人を追うように木偶人形を走らせた。
『あの3バカ老人は、昔ツタン城で見たあの3人かな?ギラギラした面白そうな若者だったのに……人間ってのは歳をとると、なんでああもつまらなくなるのかねぇ?……仰々しい名前までつけちゃってさあ……初代のマッケイヤーはそんな奴じゃ無かったのに。この一族ももう終わりだな』
ホルスは少し昔を思い出して溜息をつく。
コーネリアは立ち上がる。
何かを達観したように空になった玉座を睨み付ける。
小さく溜息をつき、ニヤリと笑った。
そして、踵を返す。
その瞬間ホルスと眼があった。
しかし、すぐに目線をそらし玉座の間を出て行った。
ホルスはコーネリアを追うように木偶人形を走らせた。
『気のせいか?気付いてたようなそぶりだったが……まあ、それだったらそれで面白い。あのギラギラした感じ……いいねぇ』
ホルスは思わず舌で唇を舐めた。
コーネリアが去った後、ホルスは玉座の間にも木偶人形を仕掛ける。
『これでよし……しかし、コーネリアは気になるねぇ。少し追いかけてみるか』
ホルスはコーネリアの後を追った。
◆ ◆ ◆
外に出ると、辺りは暗くなっており、雨がぽつりぽつりと降ってくる。
ホルスは王都6番街外れの住宅地にいた。
夜の住宅地の人通りは極端に少ない。
雨が降り出したので人は皆無と言っていい。
ホルスは不可視化の魔法を解き、木偶人形が向かったひっそりと立つ小さな家に向かう。
その家に明かりは灯っていた。
ホルスは入り口のドアに近づく。
すると、まるでホルスの来訪を予想していたかのように入り口はゆっくりと開いた。
「……」
ホルスは無表情で待つ。
「……こんばんは。大魔導師ホルス様」
にっこりと微笑むコーネリアがいた。
「こんばんは。コーネリア。気付いていたのかい?」
ニヤリと笑うホルス。
「はい……ちょっとした特技がありましてねぇ。よろしかったら中でお茶でもしませんか?折り入ってお願いがございまして」
冷たい笑顔でコーネリアは喋る。
「ああ!それは良かった!ちょうど雨も降ってきたから、暖かい紅茶でも飲みたいところだったんだ……ぜひ、いただこう……クックック!」
いやらしく笑い、わざとらしく演技をするホルス。
「ふふ……流石はホルス様だ……お上手です。どうぞ」
コーネリアはドアを大きく開けてホルスを招き入れた。
ホルスは躊躇無く木偶人形と共に家に入っていった。




