忖度
遅くなって申し訳ありませんm(__)m
書類やら、会議やら、謁見やらが一段落した午後だった。
「ちょっと面貸すっす!」
リリーは出し抜けにそう言って、俺を強引に領事館から連れ去った。
ここの所いろんな事があって、精神的に参っていたので、正直そんな気分では無いが、リリーの手は俺を離す気配がないのでなすがままにすることにした。
リリーが辿り着いた先は王都で急成長している『そのまま肉焼き』という料理名が店名になっているお店である。
名前の通り、扱っている料理はステーキのみ。
ただ、一般的な庶民価格で通常の倍の量があるであろうそのボリューム感が受けて急成長しているのだ。
現在、王都各所で5店舗できている。
「な……なんでここに?」
俺は困惑する。
「肉の匂いがしたからっす」
あっけらかんと答えるリリー。
そしてそのまま、店に入る。
入った瞬間、店内はざわつきだした。
それはそうだ。
リリーのお尻からは尻尾が生えている。
魔族なんてあまり見たことがない王都民にとってその光景は異様だ。
一応、戴冠式に合わせて王都各所には王の勅令のお触れが出ていて、王都に魔族が入ること、敵意はなく不用意な敵視、挑発行為などは特に厳しい罰則を行うこと等が出されている。
しかし、急には認識が変わるわけがなく、街の至るとこで奇異な眼にさらされる状態ではある。
この店に来る途中でもそういう視線は多くあったが、リリーがそんな視線を気にするわけもなく、普通に入った。
「い……いらっしゃいませ~」
引きつった笑いで若い女性の店員が注文を聞きに来る。
「この店で一番、量の多い料理はナニっすか?」
「え?あっ…はい!?ゴール地方産アルフ牛のモモの肉焼き3パウンダーです」
「じゃあ、それをとりあえず5つで。シュワシュワ麦汁も一緒によろしくっす!」
「はっ!?はい~!少々お待ち下さい!」
小走りで消える店員。
「……いつもながら、よく食べるね。お昼は食べたのに」
俺は苦笑いを浮かべる。
「いつも思うっすけど、食事の量が少ないっす。増やして欲しいっす!」
軽くバンバンと机を叩きながら訴えるリリー。
「ごめんごめん、言っとくよ」
俺はまあまあと手でジェスチャーしながら言った。
回りの視線がものすごく痛い。
バンバンと軽く叩く音はそこまで大きな音ではないが、回りの人が気にしているのだ。
『……まあ、当然か』
俺は溜息をついた。
しばらくすると、料理が続々と運ばれてくる。
かなりの量の肉の塊。
しかし、特製のソースの匂いが鼻腔をくすぐる。
「おほぉ~!旨そう!いただくっす!」
凄い勢いで切っては口に運ぶ動作を繰り返すリリー。
「たしかにおいしそう……俺も一ついただこうかな?」
「遠慮すること無いっす。お金はどうせ、旦那様の懐から出るっすから」
にっこりと満面の笑みで答えるリリー。
「……はぁ?」
初耳だった。
「デートっすよ?当然っす。それにお金なんて一切持って無いっすから」
「おいおい……はぁ~」
俺はリリーの無計画さに頭が痛くなり、溜息をつく。
そして、料理を運んできた店員に小さめの同じステーキを注文する。
「あっ!……あと、同じ物5つ追加で!」
遠慮なしに追加注文するリリー。
『3パウンダーを10人前って……へたすりゃ子供と同じぐらいの重さだぞ?』
俺は底なしのリリーの胃袋に財布の危機を感じたので、急いで確認した。
目の前では肉の塊やシュワシュワ麦汁が凄い勢いでリリーの口の中に消えていっていた。
そして、ちょうど俺が食べ終わる頃に全てを平らげた。
「ごちそうさまっす」
満足そうに腹を叩きながら言うリリー。
「……はぁ~」
俺は安堵の溜息をついた。
「ところで旦那様。最近しょぼくれすぎじゃないっすか?」
突然の質問に俺は驚く。
「ど……どうしたの?急に」
思わず動揺してしまう。
「この間の話し合いでちょっとうまくいかなかったのは何となくわかるっすけど……長としてそれを態度に出したらダメっす」
リリーは真顔でハッキリ言った。
「……そんなに態度に出てた?」
「ハッキリ言って、出てないって思ってるのは旦那様だけっす。みんな心配してるっすよ?」
「やっぱりなぁ~。はぁ~」
俺は溜息をついた。
「というか、旦那様は交渉事の全部を姉御に任すべきっす。無理に頑張ろうとするから失敗するっす」
「……身重のルシフルエントにそれはできないよ」
「しょぼくれた旦那様をみせるよりよっぽどマシっす!知ってるっすか?姉御が毎晩何かを書いては消してを繰り返してるのを?絶対何かの策を練ってるっす。旦那様の為の」
「……そんな事してたんだ」
俺は驚きショックを受ける。
「だ~か~ら~!そんな顔をしないで欲しいっす!長は長らしく、ビシッとしとくっす!」
「……わかった。確かに終わったことをクヨクヨしたって仕方ないよな。ありがとう」
俺は頬を緩めて笑った。
「頑張りすぎるのも体に毒っす!長なんだから、任せるところは任せて堂々としてる方が安心するっす。どうも旦那様はひとりで抱え込んで自滅するタイプっぽいから注意するっす!」
リリーの物言いはかなり上から目線だったが、今の俺には非常にありがたかった。
回りに過剰な忖度をさせるほど俺は参っていたのだ。
同時に、それほど他の人に心配をかけていたことに申し訳なく思う。
自由奔放のようでいて、実は面倒見のいいリリーだからこそできる気遣いに俺は感謝した。
そして、少しだけ踏ん切りをつけた。
「ありがとうございました~!」
お会計を済ませると、店員がいい笑顔で言ってくれた。
そんな笑顔とは対照的に俺の顔は引きつっている。
「ゴチっす!」
あっけらかんと俺の肩を叩くリリー。
金貨にして2枚半。
どうやったらそれだけの物が胃袋に入るのだろうか?というような金額だった。
『……気を付けよう』
俺は心に決めた。
帰りの道中、俺はリリーに婚約の品を渡してないことを思い出し、聞いてみることにする。
「む~……正直、いらないっす。私が変身したら壊れそうっすから。服だけでも面倒なのに、そんなのつけてたら超面倒っす。たまにこうしてメシでも食わしてくれればいいっす」
そういう返答を受けた。
しかし、人通りが無くなった道で、いきなり両肩を掴まれた。
そして、真正面から真っ直ぐ見られて、笑顔で言われる。
その瞳は力強く、澄んでいて綺麗な赤色だった。
「龍族は力が全て……旦那様が私に勝った時点で心はもうメロメロっす。婚約のモノがどうとかどうでもいいくらいに私は旦那様を愛してるっす!」
よく見るとリリーの頬は朱に染まり恥ずかしそうだった。
俺もいきなりの告白にビックリして言葉が出なかった。
しかし、何ともリリーらしくて俺は嬉しかった。
リリーはそっと手を離し、腰に手を当て、難しそうな顔をする。
「まあ、じーちゃんの言い方が悪いっすよね?まるで私が龍族の協力のために結婚したような感じだったっすから。……旦那様に勘違いされるのも無理ないっす」
「?」
俺はなぜ黒龍の事が出てきたのかよくわからなかった。
「そう感じてたから洞窟の時みたいに襲って来なかったんっすよね?姉御に相談したらそう言われたっす!私も夜のスーモーウに参加したいっす!」
どうやら、リリーは俺が忖度をしていると勘違いをしているらしい。
「……」
俺は苦笑いを浮かべる以外できなかった。
なんにせよ、俺は前に進むことを決意した。




