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領事館

戴冠式の一か月前。


これから一か月、俺達は王都に常駐する事になる。

各種諸行事や友好的な周辺諸国との話し合いやなどやり取りが続くためだ。


そして、そのまま戴冠式となる。


長期間の滞在に各組合長との商談、各国使節の訪問等、国になるので王都に拠点を持つべきだろうという話になったので、この一か月の間に、アルシュタインと相談して4番街に領事館を作った。


作ったと言っても、元男爵の屋敷だったものをそのまま利用させてもらっている急造の領事館だ。


ちなみに前の持ち主はコトレン男爵と言って、隣のミルダー子爵とよく小競り合いをしていた奴だ。

そして、王の逆鱗に触れて二人とも爵位の剥奪と領地及び財産没収の憂き目にあったらしい。


しかし、この屋敷は男爵の屋敷にしてはかなり広く、部屋数も10を超える。

各部屋も豪華な内装で使い勝手は良い。


アルシュタインは組合長との話し合いでそのことを聞きつけ、すぐに仮押さえして、マウントシュバッテン王に書状で陳情した結果、すぐに許可が下りて現在に至る。


アルシュタインは「いい買い物でしたぁ~」と満足気だ。


ついでにウィザードを常駐させ、転移魔法陣を設置する。

これで王都まで時間を気にせず移動できるようになった。


領事館では今も7号やゼロがせわしなく掃除や配置転換など行っていた。

職人系魔族を呼んで、細かな内装の改装も行っているので毎日部屋の様子が変わっていた。



俺やココやアルシュタインやリリーは転移魔法陣で王都に来たが、ルシフルエントは胎児の事を気にして、馬車での移動を選んだので午後に到着する予定だ。


俺達がいない間のギルムアハラントはキルに全権を一任した。

この一か月で、部族の移動もほぼ完了し、ホウデガーとミレの部族にお願いして周辺に参集してもらっている。

黒龍の部族からもゴール山脈に20体ほど龍を派遣してもらっている。


クップメントはリヒテフント帝国の領土と接しているためそのまま防備を固めてもらっている。




領事館に客が来た。


筆頭執事のコーネリアが今後の段取りの説明に来たのだ。


応接室に通し、俺とアルシュタインが対応する。


「これが式典の詳細スケジュールです。……かなり、時間的にタイトなので携行食料を持ってくることをお勧めします」

座るなり、紙を広げたコーネリアがにっこりと微笑みながら言った。


俺はそのスケジュールを眺めて頭が痛くなる。


『……ホントにびっしり書かれてる』

思わず苦笑いを浮かべた。


「まあ、これはこれであとで確認しておいてください。そして、これがこれからの各種行事の日程です。それから…………おい!アレを持ってこい」

近くの護衛に命令を下すコーネリア。


すぐに護衛が外から紙の束を持ってきた。


バサバサと机に置かれる、かなりの量の書類。


「外交関連と条約の調印書です。今からすべてに署名を」

にっこりとペンを持って笑うコーネリア。


「今から!!」


「はい。明日には明日でまた別の書類に署名が待ってますので頑張ってください。式典の前2週間は各使節の謁見が山の様に入ってますのでそちらに集中してもらわないといけません」


コーネリアの笑顔が悪魔に見える。


「ちなみにどれくらい申し込みが入ってるの?」


「すでに15か国は超えていますよ?あの伝説の魔界が独立するのですからね……お近づきになりたい国は多くあります」


「ハハ……はぁ~」


「ちなみに、王国内の多くの商人からも謁見の申し出がありましたが、数人に絞っておきましたからご心配なく」


「あ……ありがとう」


「では、署名を……これぐらいだったら半刻もあれば大丈夫でしょう?」


「……はい」



それから半刻は書類と睨めっこしながら署名をした。



署名を終えると、コーネリアはサッと確認して護衛に紙の束を渡した。


そして、目くばせすると残りの護衛が部屋から退出する。

タダならぬ雰囲気を感じたので、俺達も少し姿勢を正す。


「……さすがは元勇者ですね。話が分かる」

コーネリアは俺達の動きに満足そうに笑いながら言った。


「……リヒテフント帝国の事ですか?」


「そうです。現在緊張状態が高まっていることは方々からの噂でご存知の通りだと思いますがどうですか?」


「はい……半年以内で戦端が開く可能性があるという話も聞いています」


「結構。そこで、内密にご協力をお願いしたい。王からの密命です」

少しだけ声のトーンを落としたコーネリア。


「密命?」


「はい。リヒテフント帝国の現皇帝をご存知ですか?」


「よくは存じてませんがぁ……たしか、精神が少し不安定だと噂で聞いていますぅ」

アルシュタインが頬に指を当てて思い出しながら言う。


「ああ……それは前皇帝ですね。その方は昨年亡くなられました。現皇帝……ルビン・ヒッテ・カイザー・リヒテフントという方ですが、実は王国に亡命を希望しています」


「え!!亡命!!」

俺達は驚いて大きな声が出てしまった。


コーネリアは、すかさず静かにするようにジェスチャーをする。


「……内情を簡単に言うと、彼女は傀儡の皇帝なのです。未成年でもありますし、女性ですからね。実権は摂政であり宰相であり伯父のハウント・マルクルブ・リヒテホーヘンという方が持っています」


「……女帝だったんだ」

俺はイメージで皇帝だから中年のいかつい人を想像していたので少しだけ驚く。


「帝国の皇位は男女より血筋を重んじます。彼女は前皇帝の家族の唯一の生き残りなんです」


「その人がなんで亡命なんか希望してるの?」


「彼女は元々この王国に留学し、この国で研究者になる道を模索していました。実はマウントシュバッテン王の大学時代のご後輩でもあります。飛び級で入学された大変な秀才で王も一目置いていたほどだと伺っております」


「飛び級で大学入学ってすごいね」


一般的に読み書きや簡単な算術ができれば生活できるから、普通の人は初等教育で終わる。

俺なんかも勉強はそこまでで、15歳からすぐに冒険者として生活しだした。


アルシュタインは騎士である親父さんの方針で、15歳以降は高等教育である専門教育機関に進学し、18歳から執政官の道に入った。


大学はその先の教育機関であり、秀才の中の秀才が集まる高等教育の最高学府なのだ。

当然数も少なく、王国には2か所しかない。


「その秀才が傀儡の皇帝などに収まっているのが王も我慢ならなかったんでしょう。手を尽くしてご連絡を行い、亡命の意思を確認し、了解を得ました」


「でも、こんなに緊張している状態なのにできるの?」


「かなり難しいですが、うまく運べば戦争が早期に終結する可能性もありますからやりがいはありますよ」

コーネリアはにっこりと微笑む。


「たしかに……亡命政府を作って大義名分を奪えば早期に終結するかもぉ」

アルシュタインは難しい顔で呟いた。


「綿密に計画している最中ですが、移動にはどうしても空を使わざるえない。しかし空には龍がいる。王国の飛行が得意な魔導師でも生還することは難しいでしょう。なので、魔族の力を借りたいというわけです」


「わかりました。……戦争の早期終結の為なら協力しましょう」


「カール様ぁ……ルフェちゃんに相談しなくていいのですかぁ?」

少し慌てた様子でアルシュタインは聞いてくる。


「大丈夫。早期終結の為だったらルフェちゃんも納得もしてくれるよ」


「流石は勇者……話が早くてありがたい。王もさぞ喜んでいるでしょう」


「で?どう協力すればいいの?」


「その点は現在計画中ですのでお待ちください。時期が来たらご相談します。なお、ルシフルエント様にはおっしゃっても構いませんが、他の方には口外無用でお願いします」


「もちろんです」


「結構。握手を」

コーネリアが立ち上がり握手を求める。


俺は握手をした。


「ありがとうございます。では、私はこの辺で。また明日もよろしくお願いいたします」

深々と頭を下げるコーネリア。


そして、颯爽と部屋から出た。


「早速厄介ごとが舞い込んできましたぁ~!大丈夫ですかぁ?」

心配そうに見つめるアルシュタイン。


「犠牲を減らせるのなら努力する価値はあるよ」

俺は気持ちを切り替えた。



その後、午後も防具や貴金属の組合長との話し合いが入り、かなりヘトヘトになった所でルシフルエントの馬車が到着した。


「あ~……本当に気分が悪いのう。これがつわりと言うものか?」

フラフラと立ち上がったので俺は肩を貸した。


「大丈夫?」


褐色の肌なので少しわかりずらいが、じゃっかん肌が青白い。


「ああ……少し休めば問題ない。それより、仕立て屋がくるのじゃろう?……まったく、忙しいのう」


「午前中にコーネリアが来てスケジュール表を貰ったよ。細かな字でびっしり書いてあったから俺もウンザリした」

俺は苦笑いを浮かべる。


「本当に人間世界のことわりは面倒でかなわん……まあ、おまえ様のためじゃ。我慢するかのう?」

不敵に笑うルシフルエント。


「ありがとう」

俺も笑顔を返した。


戴冠式までの怒涛の一か月が幕を開けた。

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