報告
俺が持っている儀礼的な服を着て、アルシュタインと共に実家に赴く。
アルシュタインの実家は4番街のほど近い5番街にあり、典型的な騎士階級の邸宅だった。
「やっぱり王都の騎士宅だから風格があるね」
ツタの生えた外壁に、騎士特有の表札なんかは少し錆びていたが、逆にそれが代々続く騎士の家柄にふさわしい重厚感を醸し出していた。
「ありがとうございますぅ……でも、実際はお恥ずかしい限りの生活ですのであまりジロジロ見ないでください~」
アルシュタインは顔を赤くして語る。
「どんな感じなの?」
「ここの地代は凄く高いので、恩給だけではとても維持できないんですぅ。私の給金を入れてもギリギリでぇ……正直お兄様やお姉様の援助がなければ生活なんてとてもとても…」
王都は、基本的に土地所有は認められていない。
全て借地制で4番街のような人気な場所は、地代は非常に高く設定されており王都の重要な収入源になっている。
「じゃあ、引っ越せばいいんじゃない?」
「そうなんですけど……母も生粋の騎士家系生まれで、父以上に頑固なんですぅ」
見栄を重んじる騎士家系は多い。
しかし、騎士の給金は一部を除いてそう多くはない。
必然的に日頃は質素倹約に励み、家や武具などで見栄をはる。
5番街といえども4番街に近いこの場所は地代も相当なはずだ。
その上、父親は戦死している。
その話だけでもアルシュタイン家は相当苦労しているはずだ。
しかし、騎士家系としての見栄があるので引っ越す事ができないでいるのだ。
「それでぇ……カール様。少しご提案があるんですけど」
「なんだい?」
「ルフェちゃんの事は伏せませんか?」
「俺も少し考えてたけど、確かに印象は良くないだろうね……でも、隠したってそのうちわかることだよ?だったらハッキリ言った方がいいと俺は思うけど?」
「う~ん……そう考えるとそうなんですけど……ちょっと緊張しますぅ~」
アワアワしながらアルシュタインが言う。
「まあ、積極的には言わないけど、隠すつもりはないよ。だって失礼だしね。ルフェちゃんにも、お母さんにも。落ち着いたら式も挙げようと思うし、どうせだったら憂いなく来て欲しいし」
「……そう…ですね。わかりましたぁ!私も腹を決めますぅ!私達は夫婦ですから一蓮托生ですぅ!!」
アルシュタインは深呼吸して気合いを入れる。
そんな事を話していると、玄関に着いた。
「あの……いいですかぁ?」
「ああ……いいよ」
俺は腹を決めた。
アルシュタインはドアをノックした。
「は~い!」
明るい少年の声が聞こえ、足音が近づいてきた。
そして、ドアが開く。
ひょこっと顔を出したその子は、15歳ぐらいの栗毛の少年だった。
短めの髪に、子犬のような愛嬌のある顔立ち。
元気な声に、アルシュタインを見るその笑顔は輝きに満ちあふれ可愛かった。
「おはよう。レビ。お母様はいる?」
アルシュタインはにこやかな笑顔で優しく言った。
「おはようございます!!アル姉!!……フレミー様は…いますけど。その後ろの方は?」
レビは目を輝かせながらアルシュタインと話していたが、俺を見るなり、非常に警戒した顔つきになる。
「こちらの方はカール様。あなたも聞いた事あるでしょう?あの光の勇者カール本人よ」
「え!!本にもなってるあの伝説の!!ホントに実在したんだ!!」
レビは非常に驚いている。
俺は、本になっている事に少し驚いたが平静を保った。
「今日はご挨拶に来たの……結婚についてのね」
アルシュタインは少し照れながら言った。
「え!!!あの……その…そう、なんですか!?は…はい!今すぐお呼びしますので……リビングに…どうぞ!!」
レビは非常に驚き、動揺している。
顔色もグルグルと変わり、まるでショックを受けているようだった。
俺は不思議に思った。
そして、その思いは勘違いではなく、本物だった。
それ以降、レビの俺に対する態度が非常に冷たいのだ。
最初は怖がっているのかなぁと思ったが、それにしては睨まれるし、対応が雑だったので注意深く見ていると、俺だけに殺気を込めた眼差しを向けているのだ。
レビがお母さんを呼びに部屋を出る。
座ってる俺は、隣のアルシュタインに小声で話す事にする。
「なあ、アル」
「なんですかぁ?」
「あの、レビっていう子はなんなの?」
「あの子は元々いた執事のお孫さんですぅ。2年前亡くなられたんで、代わりにうちで働いているんですよぉ」
「昔からの知り合い?」
「はい。小っちゃいときから勉強とか遊び相手をしてるんで、弟みたいな存在なんですぅ」
ニコニコしながら言うアルシュタイン。
俺は何となく繋がった気がする。
『ははあ……彼は姉のような人が嫁に行くので、少しヤキモチを焼いているのだろう』
そう考えるのが自然だ。
俺は大人の対応をすることにした。
そんな事を考えていると、扉がノックされた。
俺は少し緊張し、背筋を伸ばした。
扉が開く。
女性用の質素なドレスを着て、アルシュタインの母親であるフレミーが入ってきた。
長い髪をお団子状にして少し怖い感じの女性だった。
少し頬は痩せていて生活の苦労が伺わせる。
しかし、仕草や作法から伝わるその風格はまさしく騎士の妻という感じの厳しい感じの人だった。
「初めまして…カールさん。私はフレミー・ミング・アタラシア・フォン・イルマルクと申します。アルシュタインの母です」
恭しくスカートを少し上げて優雅に挨拶する。
「初めまして。カール・リヒター・フォン・スベロンニアと申します」
俺は立ち上がって頭を下げる。
そして、緊張した面持ちで座る。
「さて……アルシュタインさん。話というのはなんです?」
フレミーが座るなり、きつい口調でアルシュタインに聞く。
その口調は例えるなら、尋問するような感じだった。
「はい……単刀直入に言いますと、結婚の許可を頂きたくて。相手は隣のカール様です」
「そう……あの、光の勇者カールの嫁になれるなんて光栄だわ」
「ただ、第3番目なんですぅ」
「……第1と第2の方は?」
「……ルシフルエント様と、ココ様ですぅ」
アルシュタインは少し俯きながら言う。
ルシフルエントの存在がバレはしないかと心配しているのだ。
「ルシ……フルエント…どこかで聞いた名前。ココは、相棒の『煉獄の魔導師』様よね」
フレミーは少し考えるように人差し指を顎に置く。
その仕草で、アルシュタインは肩を振るわせ緊張している。
思い出すのは時間の問題だ。
なんたって魔王の名前だからだ。
俺は決意した。
「元魔王です」
俺はハッキリと言った。
アルシュタインはビックリしてアワアワしている。
「ま……魔王?」
フレミーも意外な名前が出て少し驚いている。
そして、心なしか目が鋭くなった気がした。
「はい。私は魔王に見初められ、この度、魔界を統治する事になりました」
「はわわぁ~……」
アルシュタインは思わず声が漏れたが、無視して俺は話を続ける。
「……アルシュタインは綺麗なだけでなく、優秀な執政官です。人間的にも、仲間としても尊敬しています。なので、ぜひ私の3番目の妻に迎え入れたいと思っています」
「カールさんは……仇敵ともいえる魔王とご結婚されたことを恥とは思わないのですか?」
フレミーは鋭い目で真っ直ぐ俺を見つめている。
「思いません」
「もし、魔王と結婚しているために娘をやれないと言ったら?」
「許して頂けるまで何度でもお願いしに来ます。それが私にできる精一杯の誠意です」
「あなたは魔王になるの?」
「いいえ。魔族と人間の共存を進め、平和を願います。ルシフルエントも、ココも、アルシュタインも同じ気持ちです」
「共存……平和……ねぇ」
独り言のように呟くフレミー。
その顔は少しだけ柔らかで、何かを思い出すようだった。
沈黙が続く。
そして、意を決したようフレミーは俺を真っ直ぐ見つめ言った。
「……わかったわ。結婚を認めましょう。ふつつかな娘ですが、どうぞよろしくお願いします」
フレミーはテーブルに深々と頭を下げた。
「お母様……」
「ありがとうございます……これは、ささやかではありますが、支度金の足しに使えるよう用意しました」
俺は、100金貨が入った袋を渡す。
「ありがとうございます。大事に使わせて頂きます」
フレミーは恭しく両手で受け取る。
そして、レビに渡した。
その後は終始雑談を興じる。
そして、帰る時間となった。
玄関先までフレミーは送る。
「お母様……また、しばらくは帰ってこれないけど、お元気で」
「崇高なお仕事を一生懸命頑張りなさい。そして、イルマルク家の名声を高めるのです」
「はい!お母様ぁ」
アルシュタインは母親に抱きつく。
そして、短い別れの抱擁が終わる。
「うっく!ひっく!」
よく見ればレビが豪快に泣いていた。
「レビ!?大丈夫?」
「アル姉!ホントに……ひっく!……お元気で!」
袖口で乱暴に涙を拭くレビ。
アルシュタインはそっとハンカチを取り出し、涙を拭う。
「もう、男の子なんだから……しっかりしなさい」
アルシュタインは優しく注意する。
「うん!頑張る!!」
レビはキラキラした眼でアルシュタインを見つめながら言った。
そして、俺を見る。
その目線は鋭く、憤怒が混じっていた。
『ホントに子供って単純だなぁ』
俺は苦笑いを浮かべた。
「ではお母様!レビ!行ってきます!!」
アルシュタインは明るく言った。
俺たちは手を振ってアルシュタインの実家を後にした。
二人で昼食を済ませ、宿に戻ると、2日前に頼んでおいた物が届いていた。
俺は早速渡そうとしたが、ギルムアハラントに戻るためにはすぐに出発しないといけなかったため帰って渡すことにした。
食事休憩を入れて、半日かけてギルムアハラントに戻る。
その夜。
寝る準備を済ませ、居室に行くとやはり3人は俺のベッドを占拠していた。
俺はにこやかに準備をして話しかける。
「どうしたのじゃ、おまえ様?」
「そうよ……なんだか、ニヤニヤしちゃって」
「はわわ~!また、激しいやつですか……」
「そうじゃないって!みんなに渡したい物があるんだ」
俺はココとアルシュタインに小さな包みを渡す。
包みの中から、アダマンタイトの指輪が出てきた。
「おーーー!すごーーい!!」
「ホントですぅ~!綺麗……」
キラキラした眼で喜ぶ二人。
喜んで貰えたようで何よりだ。
「ルフェちゃんには渡したけど、ココとアルには渡してなかったからね……一応婚約指輪のつもりなんだ。受け取ってくれる?」
「もちろん(ですぅ)」
二人の声がハモった。
「そして、ルフェちゃんにはこの植物をあげようと思って」
俺は腰ぐらいまである少し大きな鉢植えの木を見せる。
「おお!それはなんじゃ?なんの植物じゃ?」
キラキラした目でルシフルエントも聞いてくる。
「これはね、春になると真っ赤な花が咲く木なんだ。幸運の花って呼ばれてるらしいよ。自慢の中庭に植えてもらおうと思って」
「おまえ様……もちろんじゃ!丹精込めて育てようぞ!!嬉しいのう!」
ルシフルエントは木を頬ずりしながら言った。
『……大枚はたいただけはあったな』
俺はかなり寒くなった財布を思い出した。
その日の夜も激しかったが……みんな献身的に俺に尽くしてくれたので身も心も癒された夜になった。
満足した安らかな寝息を立てる3人をベッドの隅で眺める。
『さて……明日からは最後の平定先の黒龍だ……厳しい戦いになるけど頑張らなきゃ!』
3人の左手薬指に光る指輪を見ながら、俺は旦那として頑張る決意を更に固めた。
9月25日一部改稿。




