3/22 午後
短針と長針がてっぺんで合わさったそのすぐ後。一人の青年が大通りで暴れ出す。その一部始終を見ていた一人の魔法使いがそれに対抗する。
「アイストラップ!」
その声とともにその青年の足元が凍る。氷魔法の基本技能の一つであるそれは人、一人をしばしの間拘束することが可能な便利な魔法であったがしかし、その青年はすでに人ではなくなっていた。
その場に居たあるものは言った、まるで悪魔のようだと。
ーー今から五百と余年前、この世界では第三次悪魔殲滅作戦が繰り広げられた。その際人類側は大きな犠牲を払いながらもこの世界に存在するすべての悪魔を刈り尽くした、はずだった。
しかし、つい最近再び悪魔が現れたのだ。三百人の魔法使いからなる、この国の三百人会はそのこといち早く察知し、対抗するための会合を開いた。をそもそも魔法使いとはもともとはエクソシストと呼ばれる人種の中の一つで、悪魔に対抗する特殊な術をもつ限られた人種のことをさした。
つまり悪魔に対処することができるのは彼らたちだけなのだ。ただしその下位に位置する魔物や魔獣は一般人でも対処できる。因みに上から悪魔、魔物、魔獣だ。
逃げまどう人々を尻目に氷の魔法使いは次々とその悪魔となった男の動きを封じるようとひたすらに先の魔法を発動する、がしかし。
「ナメルナ」
その小さな囁きとともにその拘束を解いた悪魔は氷の魔法使いに向かいその羽を羽ばたかせる。黒々としたその体を辺りが色鮮やかであったことからかろうじで見切ることができた氷の魔法使いは次の攻撃に備え、上半身に羽織っていた上着を脱ぎすて、軽装となる
「かかってこいよ!」
「ツブス」
その声とともに再び突進してくる悪魔、氷の魔法使いは氷の壁を作り出し相手の動きを防ごうとする。
「ザコガ」
皮肉にもその氷を突き抜け氷の魔法使いまでその爪が伸びる、あと5cm、氷の魔法使いは死を覚悟する。
「ああ…俺は死ぬのか…」
走馬灯とともにくちずさんだその言葉、その瞬間その氷の魔法使いの意識は途切れる。
ーーー五分前の朱雀とアレキサンダー
ドコーン!
「ねぇ、アレキサンダー、今すごい音が聞こえなかった?」
「ああ、もちろんだ。思うところがあるし。念のために行ってみるか?」
「ああ!」
音の発生源であろう場所まで全力で走り続ける二人。途中幾つかの新しい音が聞こえたがそれは彼らにとっての目印となった。
「あそこだ!スザク!魔法使いの方を守れ!俺はそっちの黒いのを叩く!」
「わかった!」
そう言うと二人は徐々に距離を離しながら近づいていく。より一層加速しながら。
(やべぇ!)
朱雀は魔法使いの五メートルほど手前で一旦立ち止まり崩れそうな氷の壁と魔法使いの間に大きな壁を作り上げる。
(間に合え!)
その後魔法使いを保護するため、残りの魔力を分身製作に回す、今回は見た目は無視、出来るだけの数を作ろうとする、その数三体、手にはそれぞれ短剣を握っている。
二体の分身で魔法使いを保護。のちにもう一体とアレキサンダーに加勢しようとするがしかし。
「スザク君、そちらの方は無事かい?」
すでにその戦いは終わっていた。アレキサンダーの服が所々ボロボロではあるが短時間で人一人を制圧したなら十分だろう。
「あっはい。無事です。」
「悪いが私はこいつを連行しなければならない。だから家には一人で帰ってもらえるか?あと、このことをカレンたちにも伝えといてくれ。」
「了解しました。」
朱雀は一人で家路につく。
ーーーーー「ただいま帰りましたー」
「おかえり!スザク!さぁ!やるわよ!」
「あっ、ああ。それよりカレンさんは?」
「厨房よ?お母様も珍しく一緒にやるらしいわ。」
「ならまとめて話そう。」
朱雀は玄関で待っていたエレーナと共に食堂を通り厨房へと行く。
「ああ、えーと、ただいま帰りました、それとお話が。」
「なぁに?あ!まさか!?結婚の許しを得るならアレックスが居るときにお願いしますわ!」
「もう、カレンさんたら。真面目なやつですよ。」
そう言うと朱雀はことの顛末を話した。すぐに二人は納得してくれそのまま料理へと移る。
今日はパスタとスープを作るらしい。朱雀とエレーナはパスタをカレンはスープを手伝うようだ。
「えーと、とりあえず何すればいいの?」
「麺を茹でるのよ!」
「ああ、ごめん、僕さ料理とかあんまりしたことがなくてさ。」
「しょうが無いわね。今日は包丁なんかも使わないから安心しなさい。」
「ああ、うん。」
鍋に水をはり火をつける。なんでと塩は入れても入れなくても大したことではない、といつか本で読んだが、形式美として一応入れておく。
「今日は何のパスタなの?」
「それは、私たちが決めるのよ?今日は料理長たちも何も手伝わないように頼んだから。」
「そうか。そうなると…君に任せるよ、エル」
「それもそうね、普段やらないあなたに任せるのも悪いしね。じゃあ、ソースは私が作るからあなたは麺を。」
「ああ。」
しばし朱雀がエレーナの手つきを見ていると水の中から気泡が出てくる音が聞こえる、沸騰するまでもう少しだろう。
…沸いた、朱雀は十数人分のパスタをまとめて大鍋に入れる。
(十数分かな?)
厨房に響き渡るその麺を茹でる音さえも先ほどの戦いのあとである朱雀には平穏の象徴のように聞こえた。
「……く………わよ」
そのままその音をぼーっと聞いていると横から声が聞こえる。
「すーざーくーこぼれるわよ!」
朱雀ふと目の前を見る、そこには大鍋から泡がこぼれる直前だった。朱雀は慌てて火を緩める、あと少し遅ければ少しばかり片付けの時間が伸びる程度だったろうが、まあ早いに超したことははないだろう。
そんなこんなでペペロンチーノができあがった。鍋を触ったのは数週間前にインスタント麺をつくった以来だった朱雀だが、まあ、茹で具合は及第点だった。
その日はその後何事もなく日は沈み
直にアレキサンダーは帰ってきた。
そして、朱雀は読書に更けた
ーーーーー「悪魔憑きなんて何百年ぶりだ?」
「たしか200か300か?」
「ばかやろう、もっと昔だろ」
「んなことより、どこで見つけたんだ?」
「ああ、ウチの近くの大通りでな。」
「そうか。それじゃあ確かに。身元は二、三日で割れるだろう」
「それじゃあ、またその時にでも。」
(ったくよぉ、俺はもう引退した身なんだが。)