2009年12月22日
昨夜、池斗がまた姿を消してしまってから、瑞穂は池斗のことばかり考えていた。そして、何者なのかわからないまま、池斗に惹かれる自分に焦りも感じていた。
「西条さん?」
そんな声を掛けられ、瑞穂は体をビクつかせた。そして、今は勤務時間中で会社にいたことを思い出した。
「しっかりしろ」
「ごめんなさい」
「何か悩んでるなら、食事でもしながら話聞こうか?」
「いえ、大丈夫です」
瑞穂は頭を切り替えると、今日も自主学習に取り組んだ。しかし、なかなか集中出来ないまま、昼になってしまった。
そして、瑞穂は少しだけ考えた後、外へ出ることにした。既にコンビニで弁当を買ってあるが、気分転換になればと思ってのことである。
「瑞穂?」
そして、もしかしたら池斗に会えるかもしれないという期待もあった。その期待通り、池斗はそこにいた。
「ずっと近くにいてくれたの?」
瑞穂の質問に、池斗は頷いた。
「昨日、瑞穂と話してから、ずっと考えていました。それで、僕は自分がどういう存在なのか、知る必要があると思いました」
池斗は真剣な表情で話を続けた。
「それで、僕は瑞穂のことをずっと待っていた気がするんです」
「え?」
また、池斗から意外なことを言われ、瑞穂は驚いてしまった。
「僕は長い時間、眠っていた気がするんです。その間、ずっと瑞穂のことを思っていました」
そこで、池斗は笑顔を見せた。
「僕は瑞穂と一緒にいると楽しいんです。ずっと、瑞穂と一緒にいたいです」
「ちょっと、いきなりそんなこと言わないでよ!」
心の準備が出来ていなかったため、瑞穂は慌ててしまった。顔も熱くて、もしかしたら真っ赤な顔を池斗に見られているんじゃないかと、両手を顔に当てた。
「そもそも私をずっと待っていたって、どういう意味? この前、出会ったばかりじゃない」
「僕もよく覚えていないけど、そう思ったんです」
その時、また池斗の体が一瞬だけ透けた。既に何度か経験しているため、瑞穂は池斗がまた姿を消してしまうと、すぐにわかった。
「待って! 私も池斗に言いたいことがあるの!」
「ごめんなさい、今度また聞きます」
瑞穂は自分の思いを池斗に伝えようとした。しかし、その前に池斗は姿を消してしまった。
「バカ……」
池斗に聞こえるよう、瑞穂は大きめの声で言った。
瑞穂はデスクに戻ると、コンビニ弁当を食べ、午後になるとまた自主学習を始めた。しかし、池斗とのことがあり、さらに集中出来なくなってしまっていた。そのため、明日は祝日で休みだが、このまま早退してしまおうかとも考えた。
「西条さん、知ってるか?」
「え?」
先輩から声を掛けられ、瑞穂はそちらに顔を向けた。
「今、虎島さんが来てるんだよ」
「そうなんですか?」
もしかしたら、会社に戻ることになったのかもしれない。そんなことを一瞬考えたが、虎島が自分の会社を興したと言っていたため、すぐに違うと感じた。
「虎島さん、自分で会社を興して、うちの会社の客を奪おうとしてるらしい」
「そうなんですか?」
「それで、上の人が呼んで止めようとしてるんだよ」
先輩の話の真偽はわからないが、十分にありえる話だと感じた。少なくとも、虎島がこの会社の客を奪うことになるかもしれないと話していたのは事実だ。
ただ、先日虎島に会って色々と話している瑞穂としては、思うところがあった。
「すいません、少しの間、席を外します」
そして、瑞穂は急いで部屋を出て行った。自分に何が出来るかはわからないが、居ても立ってもいられなかったのだ。
先日虎島に会っていなかったら、こんな行動を取ることはなかっただろう。でも、虎島に会って、改めて虎島の考えが正しいと気付いて、瑞穂は自分に何かできることがあるなら、虎島の力になりたいと強く思った。
この会社には会議室がいくつかあるが、使用中は一つだけだった。聞き耳を立てると、中から声も聞こえてきた。
「この会社に対する復讐のつもりか?」
「君は辞めた後まで、この会社に迷惑を掛けるのか?」
複数の声が聞こえ、虎島が責められているようだと瑞穂は感じた。そして、瑞穂は大きく深呼吸をすると、ドアをノックした。
「失礼します」
それだけ言って、瑞穂は中に入った。そこには五人に責められている虎島がいた。
「西条さん?」
具体的に何を言われたのかはわからないが、虎島は弱気な表情になっている。それだけ確認して、瑞穂は決心した。
「虎島さんは復讐なんかではなく、お客様のことを考えて行動しているだけです!」
こんなことを言えば、ただでは済まないと思ったが、瑞穂は話を続けた。
「お客様は、より良いものを求めています。この会社ではなく、虎島さんの会社を選ぶとしたら、それはこの会社が悪いということだと思います」
「西条さん、もういいから……」
虎島が止めようとしている様子だったが、瑞穂は止まらなかった。
「虎島さんがしていることは正しいです! あなた達が今していることは間違っています!」
そこまで言い切り、瑞穂は大きく息を吐いた。同時に自分が何をしてしまったのか、冷静に考えられるようになった。
「あ、私……」
「君、自分が何を言ったか、ちゃんと理解してるんだろうね?」
「彼女は今年入った遅刻常習犯で、学生気分が抜けてないから、こんなことが言えるんですよ」
そんなことを言われ、瑞穂は顔を下に向けた。勢いでこんなことをしてしまったけど、それで何かが変わる訳がない。そんなことを思いながら、瑞穂は自分の行動を後悔していた。
「いえ、彼女は1年目なのに、素晴らしい志を持った社会人だと思います」
そう言ってくれたのは、虎島だった。
「彼女の言う通り、私があなた方に文句を言われる筋合いはありません。これで失礼します」
そのまま瑞穂は虎島に手を引かれ、会議室を出た。
外に出たところで、虎島は瑞穂に笑顔を見せた。
「ありがとう。君のおかげで助かったよ」
「いえ、私は何も……」
「いや、嫌味なことをたくさん言われて、挫けそうだったんだよ。本当にありがとう」
虎島から礼を言われ、瑞穂は照れくさそうに笑った。しかし、今すぐ考えなければいけないことがあることを思い出した。
「私、明日からどうしましょうかね?」
あれだけのことを言ってしまい、どう考えても、この会社にいられる気はしなかった。
「さっきの気迫はどうした?」
「いえ、さっきは無我夢中だったので……」
瑞穂の言葉に、虎島は笑った。
「だったら、俺の会社に来ないか?」
「え?」
いつの間にか、虎島は真剣な表情になっていた。
「ただ、今すぐ君の希望する仕事に就ける訳じゃない。少しの間、俺と一緒に営業をやって欲しい」
「営業ですか?」
「君のしたい仕事とは異なるが、客と直接やり取りをすることも勉強になるはずだよ」
突然の申し出に瑞穂はどうするべきか悩んでしまった。
「俺も営業は慣れていないが、学べることがたくさんあると感じてる」
「でも、私なんかが入ってしまったら、上手くいかないと思います……」
「それは大丈夫だよ」
そこで、虎島は少しだけ考えた様子を見せた後、口を開いた。
「君は若い頃の俺にそっくりなんだよ」
「え?」
「俺もゲームが好きで、昔はパソコンのゲームを夜更かししてやってたんだ」
虎島からそんな話を聞くのは初めてのことで、瑞穂は意外だと感じた。
「それで、自分もこんなものを作ってみたいと思って、この業界に入ったんだ」
「そうなんですか?」
虎島との意外な共通点を知り、瑞穂は嬉しくなった。
「おかげで客の目線に立つことが出来ると俺は感じてる。だから、君も大丈夫だよ」
そこまで言われ、瑞穂の考えは固まった。
「私、また虎島さんの下で働きたいです」
その言葉に、虎島はまた笑顔を見せた。それから連絡先を交換した後、虎島はその場を後にした。
虎島を見送った後、瑞穂は退職することを伝えようと思いつつ、どんな顔をして会社に戻るべきかわからず、少しの間、虎島との話を思い返していた。その中で、瑞穂は自分がゲームに興味を持った理由を思い出した。
そして、それは同時に様々なことも思い出させた。
「返事はしなくて良いから。池斗、そばにいるんだよね?」
池斗が聞いてくれるかどうか不安だったが、瑞穂は大きな声で言った。
「明日、ついて来てくれないかな?」
「わかりました」
そんな声が聞こえ、瑞穂は辺りを見回した。しかし、声がしただけで池斗の姿はなかった。
「じゃあ、約束ね」
瑞穂はそれだけ言うと、深呼吸をしてから会社に戻った。




