↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/8

8.自由への抜け道

「この方の身分証をお願いしたい」

 教団員が必要な書類を差し出すと、職員はそれを受け取り、内容に目を通した。

「聖方会の保護下にある方ということでよろしいですか?」

「はい。聖方会が身元を保証しております」

「分かりました」

 職員は書類を確認し、それから海里へ視線を向けた。


「先ほどは、ありがとうございました」

「……え?」

「先ほどの女性の件です。とても助かりました」

「ああ……」

 あのご令嬢のことか。

「いえ……思ったことを言っただけなので」

 職員は苦笑して、再び書類へ目を落とした。


「では、身分証作成にあたって、いくつかカイリさんに確認させていただきます」

 職員は書類を指で追いながら、海里に尋ねた。

「お名前と年齢は、カイリ、二十五歳で間違いありませんね?」

 こちらでは家名があるのは貴族以上で、庶民は名前だけしかないとのことだ。海里もカイリと名前だけで登録を行う。

「はい」

「出身地については、かなり遠方の地域とのことですが、具体的にはどちらから?」

「かなり遠くの東の方です」

 予めそのように言うように言われていた通りに答える。

「分かりました。記録上は確認不能として扱います」

 え、それでいいの?

「そして現在は、聖方会の庇護下にある、ということで間違いありませんね?」

 いいらしい。アバウトなのか、教団の権力がすごいのか。

「はい。大丈夫です」

「ありがとうございます。では、こちらに署名をお願いします。一旦、仮の身分証を発行します。期限は一年です。更新の際は、改めて手続きをしてください」

「はい」

 書類を見ても文字が読めないため、合っているかどうか分からない。念のため教団員に目をやると頷かれたので、大丈夫なのだろう。

 初めて握る羽ペンに四苦八苦しながら署名を終えると、職員に書類を返した。

「……それでは、少々お待ちください」


 待つこと十数分。

「こちらが仮の身分証となります。常に携帯しておくようにお願いします」

 そう言って、一枚の札を渡された。

 手のひらより小さい、紙を厚くしたような素材だ。思っていたよりも簡素なものだった。

「ありがとうございます」

 身分証を受け取り、教団員とともに身分管理所を出る。


「これから、どうされますか?」

 外へ出たところで、教団員が尋ねてきた。

「そうですね……」

 教団を出て二時間経ったかどうかというところだろうか。

「せっかく初めて外に出たので、もう少し街を見て回りたいんですが」

「分かりました。どこから行きましょうか?」

 一日付いてきてくれるらしい。今日に限っては助かるが、明日以降どうするか。


「ええと……まずは、有名なところとか回ってみたいですね」

 観光よろしく提案してみる。実際、本物の王様の住む城とか見てみたいし。

「それでしたら、いくつかこの街の代表的なところをご案内します」

 教団員がふと空を見上げた。

「……その前に、昼食にしませんか?」

「あ、外で食べるんですか」

「はい。少し早いですが、遅くなると混雑しだしますし、ちょうどこの近くに食事のできる店がありますので」

「それは行ってみたいですね」

 教団で出してもらった食事も、普通に美味しかった。けれど、せっかく街に出てきたのだ。外の食事がどんなものなのか、ちょっと気になる。

「では、まずはそちらへ」

 教団員に促され、海里もその後に続いた。




 翌朝。

 昨晩のうちに、今日は病院を受診してから出勤する予定だと職場に連絡を入れておいた。なので、出勤時間はそこまで意識しなくていい。とにかく今日の目的は、職場に顔を出すこと。幸い金曜日だから、今日行けば明日明後日は公休だ。今日の結果を元に、また方法を考えればいい。言わば、予行。やってみるのみ。


 今日も街に出たいということは、昨日のうちに伝えておいた。当然、一人で自由に行ってらっしゃい、とはならないだろう。どうにかして一人にならなければならない。

 朝食を終えて出発の準備をしていると、昨日とは別の緑襟の教団員がやってきた。

「本日は私がご一緒します」

「よろしくお願いします」


 施設を出ようとしたところで、丸眼鏡をかけた紫襟の教団員に呼び止められた。外出するついでとして頼みたい用事があるらしい。緑襟の教団員はちらりとこちらを見たものの、断り切れなかったようだ。

 上下関係って大変だよね。

 話を終えて戻ってきた教団員に、昨日行った商業地区の先の方へ行ってみたいと告げる。とりとめもないことを話しながら歩いていると、とある角で足を止められた。

「申し訳ありません。少々、所用がありますので、少しだけ、こちらでお待ちいただいてもよろしいでしょうか」

「はい。大丈夫ですよ」

 先ほどの紫襟の教団員から任された件だろう。

 ――紫襟さん、グッジョブ。

 まさかこんなところで、一人になる機会を作ってくれるとは。ナイスタイミングだ。


「じゃあ、あそこの店先でも見てますね」

「ありがとうございます。すぐに戻りますので」

 教団員がその場を離れる。ごゆっくりーと、その姿を見送るふりをしながら、辺りを確認する。教団員の姿はもう見えない。自分に向けられている視線もない。


 今ならいける。


 海里はさりげなくその場を離れ、教団員が向かったのとは反対方向へ走った。なるべく不自然にならないように、と気をつけていたつもりだが、気持ちばかりが先へ急ぐ。人通りの少ない路地へ入ると、昨日、街を歩いたときに目を付けておいた場所まで一気に行く。

 路地の奥まで来たところで足を止め、振り返る。誰もいない。念のためもう一度周囲を見回すが、追ってくる気配もない。

「……よし」

 思わず口元が緩む。

 思った以上に順調にいった。紫襟さん、本当にありがとう。


 とりあえず、行きは成功。

 ちょっとした達成感を覚えながら、海里は壁に手を触れ、集中する。慣れた感触とともに、そこに扉が現れた。

 海里はもう一度だけ周囲を振り返ると、その向こう側へ足を踏み入れた。


お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや★の評価で応援してもらえると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。