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1 侍女たちのおつかい

 「…連絡が途絶えた?」


 呼び出されたリンとガイが、揃って眉をひそめる。


 二人の正面で、扇子を口許に当てたエレオノーラが、はっきりと頷く。


 「ええ。絵画の買い付けに向かわせたソフィアとナディアの消息が不明です」


 「買い物中に迷子にでもなったか?」


 リンの目に、不穏な光が宿る。

 危険のない仕事のはずだった。貴族の令嬢が向かっても問題ない、その程度には。


 「ソフィアさんもナディアさんも、うっかりしてるとこあるもんね。俺たちに、お迎えに行けって任務?」


 ガイはにこやかに笑っていた。

 それなのにその目はガラス玉のように感情を映していない。


 「…ふふ。早く行ってあげないとね。もしかしたら、収穫が多すぎて荷物持ちを待ってるのかもしれないわ」


 ――エレオノーラの侍女二人が消息を絶った、その日。

 王都ではちょうど、大型商船が海賊に襲われたという報せが駆け巡っていた。


 エレオノーラはパチリと扇子を閉じると静かに告げた。


 「ゴールドシュタイン家に向かって頂戴。襲われたその商船に乗っている可能性があるわ」


 いつになく厳しい目で命じるエレオノーラに、リンとガイが肩をすくめた。


 「お姉さま、大事な建前を忘れちゃってるぜ?」


 「リリアーヌ様の安寧のためにしか、俺たちは動かさないんでしょ?お姉さま」


 珍しいことに、ほんの少しだけエレオノーラは目を丸くした。そして、閉じた扇子をゆっくり開いて目を細める。


 「あの二人の淹れるお茶を、リリアーヌが楽しみにしているの。早く連れ帰ってちょうだい」


 リンとガイは、顔を見合わせて笑う。


 「それは、リリアーヌ様の一大事だな」


 「うん。美味しいお茶はリリアーヌ様の平穏なひとときに欠かせないもんね」


 こうしてリンとガイは、二人の侍女が訪ねたという、アルテミス国内でも有数の商会を営むゴールドシュタイン家に向かった。


 ーーー


 昨日のことである――。


 エレオノーラの前で、ソフィアとナディアは、いつも通り穏やかに笑っていた。


 銀髪を丁寧に編み込んだソフィアは、凛とした佇まいの奥に、スズランのような清楚さを宿している。

 少し赤みのある金髪をシニヨンにまとめたナディアは、ゴールドマリーを思わせる、やわらかな可憐さの持ち主だ。


 決して派手ではない。だが、二人が並ぶと心が安らぐような華があった。


 王都の目抜き通りから一本入った静謐な貴族街の入り口にある『星屑の天球儀(アストラル・オーブ)』。


 アンティークが、美術館のように並べられた、上級貴族の娯楽のための店、といった風情だ。


 しかし、その実態はヴァランシエール侯爵家の長女エレオノーラが、妹のリリアーヌを守るため、私財を投じて設立した非公式精鋭組織――『天球の灯(スフィア・ランタン)』の拠点である。


 その執務室で三人が向かい合っていた。


 「ごめんなさいね。あなた達は滅多にギルド(ここ)には立ち入らないから、雑然としていて落ち着かないでしょう?」


 開いた扇子を口許に当てながら、エレオノーラはゆったりと言った。ソフィアとナディアは、微笑みながら首を振る。


 「いいえ、エレオノーラ様のお呼びですもの、場所はどこでも構いませんわ」


 「ええ、エレオノーラ様がいらっしゃれば、そこが一級のお部屋ですわ」


 「まぁ、嬉しいこと」


 まるで、ただの貴族の令嬢のお茶会のような自然なやり取りである。

 だが、その優雅なひとときは、エレオノーラが手元の真鍮製の鈴を手に取った途端に、悲しいほど滑稽に壊される。


 チリンと鳴り終える前に、扉がけたたましい音を立てて開かれた。


 「お呼びですね、エレオノーラ様!」


 徹夜明けの顔色の悪さをそのままに飛び込んできたのは、薄汚れた白衣をまとった魔導具開発研究者、カイルである。


 カイルは部屋の中の二人組を目にすると「おや?」と首をかしげた。


 「今日の二人組は、いつものと違うようですが?」


 「いつもいつも野良犬では、令嬢としての品位が疑われるではないの」


 「なるほど?確かにエレオノーラ様に相応しい花ですね?」


 野良犬二人組ならともかく、美しいお嬢さんたちに自分の道具は必要なのか――そんな疑問が、カイルの顔にありありと浮かんでいた。


 エレオノーラは、ものわかりの悪い子どもに手を焼く教師のような目でカイルを一瞥すると、ゆっくりと口を開いた。


 「あなたが開発中の『位置情報特定装置』は、最終的にリリアーヌの防犯に使われるのよ?」


 カイルは優秀な研究者である。多少マッドサイエンティストの気質はあるが、頭の出来を理由に蔑まれたことは一度もない。


 「繊細な女性が持ち歩けるかのテストを、野良犬にできるわけ無いでしょう?」


 「…なるほど。愚かな他者を蔑む目をこの身に受ける日が来ようとは、思いもしませんでしたが」


 四十を過ぎてなお、こんな初体験があるのかと少しだけ感嘆しながら、カイルはポケットから小さなカニ型の機械を取り出した。


 「まぁ、そういうことでしたら。こちらが『秘密を(クラブ・オブ・)共有する蟹たち(シークレットガーデン)』です」


 エレオノーラは黙って先を促す。


 「位置の特定にのみ特化した試作品です。精度は抜群ですが、追加機能はまだありません」


 「今回は、淑女が身に付けるので、それで構いません。ちなみに、言い忘れは無いわね?」


 エレオノーラの圧に、カイルがポンと手を打つ。


 「リン君とガイ君が煩かったので、蟹のハサミが少し丸くなりました。こちらの安全装置の解除で、いつもの鋭利なハサミに戻ります。安全ロックは外さないでくださいね」


 朗らかに笑うカイルに、貴族のご令嬢たちは優雅に微笑んだ。


 「あらあら、素敵なカニさんだわ」


 「怪我をしないようにしなくてはね」


 微笑みの圧は有効であったようで、ビクッと肩を震わせたカイルは、彼にしては珍しく、そそくさと研究室へ戻っていった。


 「野良犬に吠えられる方が、まだ落ち着くな…」


 小さな呟きはカイルと共に地下へと消えていった。


 「悪いけれど、『カニ(ソレ)』の検証にも付き合ってちょうだい」


 二人の令嬢は、華のように微笑んだ。


 「勿論ですわ」


 「では、ゴールドシュタイン商会へ買い付けに行ってまいりますわね?」


 エレオノーラは満足げに微笑む。

 商売の才覚のみでのし上がった、新興貴族のゴールドシュタインが取り扱う品々。

 そこにはきっとリリアーヌに相応しいものがあるに違いない、と。


 その穏やかな買い付けが、後に大騒動へ繋がることを――

 この時のソフィアとナディアは、まだ知らない。


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