5 なぜ、わたしとの婚約を破棄するのでしょうか? 知りたいです。
「……殿下は、その男爵令嬢になにも思うところはないということでしょうか?」
「思うところかぁ。うーん……」
考え込んでますね。
考えないと、思いつかない程度なのですね……。
「実家での教育はどうなっていたんだろう、とか、アレを咎めない学園当局はいかがなものか、とか、妙に親密な男性教師がいるけど、たらしこんでるんだろうな、とか、男にばかりすりよって媚び媚びしてると、あれじゃ女友達はいないんだろうな、とか」
殿下、もっともな感想ですね。
ですが……。
「そういうのではなく、殿下の彼女に対する思いとかです」
「ええと……」
殿下は、しばらく考えて、
「さっきキミをブスって罵ってたけど、その時の顔はみにくかったなー。アレでよく人をブスとか言えるなー。そもそもメープル侯爵令嬢はブスじゃないのにさ」
「……」
わたしは辛うじて声を飲み込みました。
この方、わたしの容姿を蔑んでいたんじゃ……。
「そ、そういうのでもなく」
「ああっ!」
殿下は、ぽん、と手を打ち、
「もしかしてあいつらが感じているらしきアレへの好意とか?」
「そうそうそれですよ!」
いけません。
通じたので、ちょっと声がうわずってしまいました。
「うーん……まぁ、気の毒だなぁ、あんなでは社交界でオレとちがう意味で渡っていけないだろうなぁ、とかそんな感じ? あと、あんなに多くの男と寝て、赤ちゃんができたらどうするつもりなんだろう、とかかな」
会場がざわっとした。
「な、なにを言ってるんですか! わ、わたしはそんなことしてません! ひどいです! さっきからあんまりです!」
あ、ナントカ男爵令嬢が復活しました。
涙まで復活してます。
正体を知っているわたしでさえ、ちょっと同情しそうになるいい涙です。
ですが殿下は、まったく心を動かされる様子もなく、
「だってさ、キミは、オレの側近ということになっている彼らを、実に手際よく落としていったじゃないか。しかも、その前にも何組もの婚約を破壊してるわけで……その上、こんな桃色人間模様を展開しているのに、学園側がなんにもしないってことは、教師の何人かもたらしこんでいるはずで、これって体使わないとできないでしょ」
「ひどいです! わたしは――」
「そして最後にはオレにまでベタベタしてきたでしょ? 人間的な魅力が皆無で王太子っていう立場以外なにひとつ取り柄がないオレにまで誘いをかけてきたわけじゃん。あーなるほど、今までの男は全部、踏み台。そこまでしてオレにたどり着こうとしてたってことは、まぁ地位目当て以外にないよねー」
……殿下。
自己評価が低すぎです。
まぁ……わたしも人のことは言えませんが……ついさっきまで、単なる薄ら寒い愚か者の不細工と思ってましたから。
「あんなに赤ちゃん作る行為をバンバンしてて、下の病気とか大丈夫? 一度見てもらったほうがいいよ」
「な、な、病気なんてありません! ちゃんと医者に――あ」
あらあら自爆してしまいましたね。
うら若き乙女が、下の病がないか検査してもらう……つまり、そういうのを貰う行為をしていたと自分で認めたわけですから。
「ああああああっ。ち、ちがうんです今のはちがうんですちがうんです!」
元側近……いえまだ側近の方々が、彼女から、ざざっと身を引いていらっしゃいますね。
手遅れですけど。
会場にいる若い殿方の幾人かも顔を青ざめさせています。
ああ、こっち方面でも該当者が複数……。
「……つまり、殿下は、あわれみ以外は何も感じていらっしゃらないと?」
「まぁそうなるね。そうだ! ここでいかにオレがダメなヤツかを懺悔しておくよ! みんなもよく聞いておくように!」
「懺悔ですか……?」
わたしに腐ったハーブティを送り付けて来た件でしょうか?
もしかして……なにか已むに已まれぬ事情が……いえ、まさか、そんなはずが!
「今回のことでオレは断種されちゃうだろうからさ。実は、迫られた時、せっかくだから最初で最後の体験くらいしておこうかなーって、一瞬思っちゃったんだよね」
「は、はぁ……」
「病気が怖くてさ、やめたんだけど……どうせ切られちゃうならさぁ、やっといてもよかった!」
ナントカ男爵令嬢とちがって、正真正銘、うら若き乙女であるわたしに、そんなことを言われても……。
どう反応しろと!?
「どう? こういう『いかにもダメで考えなしのエピソード』があったほうが『こいつ王太子の資格ないな! 廃嫡だー!』の説得力が増すよね!」
「……思いとどまった時点でまともだと思いますし……説得力が増す、と宣言してしまうと、さらに台無しなのでは」
ああ、やはり殿下は、愚かです。
少なくとも、阿呆です。
「そうか……まぁ、いいか。キミに婚約破棄した時点で、王太子廃嫡確定だからね!」
「彼女に、何の情ももっていないことは納得しました」
「納得してもらえてよかった。これで心置きなく婚約破棄だね!」
わたしが思うに。
『あの男爵令嬢との真実の愛だ』とでも叫んだ方が、殿下は破滅へ一直線だったと思うのですが。
それは言わないことにしておきます。
「いえ、納得しておりません」
「え?」
「彼女に何の情ももっていらっしゃらないなら、なぜわたしとの婚約破棄を?」
結局。話はそこに戻ってきます。
わたしに嫌がらせをしていたことからして、わたしを嫌ってだとは思うのですが……。
ですが、今までの話からして、わたしを嫌悪したりしている様子は全く……。
知りたいです。
目の前の、知っているつもりで、ほとんど知らなかった殿下が、なぜわたしと婚約破棄をするのかを。
「だからさぁ、最初にも言ったけど、キミが優秀だからだよ」
「それは覚えております」
殿下はおっしゃいました。
キミが出来過ぎでオレにはもったいない、じゃだめかな? と。
それが真実だとすれば。
「……つまり、よくありがちな、劣等感を感じて、息苦しいとかでしょうか?」
なぜでしょう。胸が痛いです。
確かにわたしは、殿下をないがしろにしておりました。
殿下はわたしに歩み寄ろうとはなさらなかったけど、それはわたしも同じでした。
心のどこかで、ずっと殿下を見下げていました。
それを感じていらっしゃったのでしょうか?
だから、あんな稚拙な嫌がらせをしかけてきたのでしょうか?
「それはないなぁ。オレができがわるいのは、オレ自身のどうしようもなさだから、キミに嫉妬とか息がつまるとか、そういうのはないなぁ」
殿下はあっさりと否定しました。
「ああいうのは、『自分はバカじゃない! 賢い! イケてる!』と思ってる人じゃないとね! オレは『オレはバカだ! 愚かだ! ダメ人間だ! クズだカスだ!』だからさ!」
劣悪な成績に安住してないで、ちょっとは嫉妬とかしてください!
「このままオレが王になったりしちゃうと、仕事の9割いや11割くらいキミがやることになると思うんだよね。現に今でもそんな感じじゃないの? つまり、オレが王になる意味ないんじゃね? というか単なる重し? うーん……もっとぴったりした言葉が……」
殿下は、しばらく首をひねっていたが、ポンと手を叩くと
「あった! 足手まといだ! つまり、オレはいるだけ無駄!」
「は、はぁ……」
この方、努力して改善するとかそういう気がまったくない!
それに11割は、わたしでも流石に無理です!
「つまり、キミがいれば、王なんていらない……あ。確か、キミのおばあさまは、王家の姫だったっけ? ならキミかキミのパパが王様になればいいんだよ!」
「!」
会場に緊張が走りました。
なんということでしょう。
殿下は、我が一族の企みを見抜いて……いや、まさか。
動揺したわたしは思わず。
「だ、だからといって、我が家に継承権はありません! 放棄しております!」
と、言わなくてもいいことを言ってしまいました。
「えー、血筋が入ってるんだからいいじゃんさー。オレが王太子なんていうありえない地位なのも、たまたま生まれたのが早かったからってだけで、血が入ってればいいんなら、キミが女王になるっていう線もありだね! オレが思いついたにしては名案じゃん!」
黒い瞳をキラキラさせて、そんなこと言われても困ります。
いくら、企んでいるとはいえ、ここで『ハイ。卓見ですね』などと言えるわけがありません。
「わたしの一族はあくまで家臣。王になれる資格などありません」
「うーん。名案だと思ったんだけど……やっぱりオレの脳みそから出てくる程度じゃ、だめかー」
駄目じゃないです。
でも、言えません。
「となると、オレより仕事ができるやつが王になったほうがキミの負担が減っていいと思ったんだよね。ほら、オレ、有能には程遠いというか、無能の極みだからさ。愚鈍のほうが正しいかな? それとも薄のろ? この仕事量でも、正直、きついしね。ほとんどしてないのに」
「きついんですか……」
アレで。
あの程度の量で。あの程度の簡単さで。
やっぱりこの人、愚かです。
実務能力に関しては、ですが。
「頭がわるいって結構つらいよ? わかってくれとは言わないけどさ。人の名前とか全然覚えられないし。弟のほうがいいと思うんだよねー。あいつほら、要領いいし。キミに気がありそうだし」
殿下の弟。第二王子。
わたしを見るねばっこい視線。
体の特定の場所を、ちらちらと見るいやらしさ。
「お言葉を返すようですが、アレはダメです!」
「なぜ」
「この男爵令嬢は、アレの手先ですから」
思わず言ってしまいました!
たくさんある作品の中から、拾って読んでくださってありがとうございました。
誤字脱字、稚拙な文章ではございますがお読み頂けたこと幸いでございます。
完結までよろしくお願い致します




