第13話 リングの調査
先日の初任務。
ジョア様の報告によると、無事、対象の……猫型魔族の魔王軍入りが確定したらしい。
これによって、任務大成功。
特殊個体から進化した魔族を捕獲し、魔王軍の戦力を増強。
初任務でこれだけの成果を上げ、その指示役であった俺、リング・ラギャの評価もかなり上がった。
――しかし、喜ぶ気にはなれない。
今回の任務、本来だったらここまでの成果を上げることはできなかったからだ。
この成果を齎すことができたのは……
「はいどーぞなのだ!これが誰でも見られる魔王軍員の情報なのだ!」
「ありがとうございます」
俺は魔王軍総務課に来ていた。
ここでは、魔王軍の様々な情報を管理している。
誰でも閲覧可能な情報から、秘蔵されている情報まで。
総務課の者から受け取った紙を捲る。
そこにはある魔族の写真と情報が記載されていた。
クロハ・ラングレイ。
任務中、俺たち新人のお目付け役だった不気味な男。
紫髪にバンダナを巻いており、写真であっても軽薄そうな笑みは健在だ。
悪魔特有の翼と尻尾、それに頭の右側だけ一本角が生えている。
用紙に書いてある情報は何も変哲がない、ただの雑魚悪魔の情報だけであった。
氏名 クロハ・ラングレイ
種別 悪魔
レベル 68
属性 水
記載されている魔力値もかなり低く、目を引くことは魔王軍初期メンバーであることぐらいだ。
(レベル……俺より低い……)
魔族化して約一年、俺のレベルは72になっていた。
レベルとは”強くなった結果としてこの世界から与えられる指標”である。
レベルが上がるから強くなるのではない、強くなったからレベルが上がるのである。
個人個人の成長値をこの世界が判断して、レベルを付与しているのだ。
その性質上、ただ長く生きただけでレベルは上がらない、上がらないのだが……
(いくら何でも低すぎる)
彼は魔王軍初期メンバー。
即ち、魔王軍ができる前、人族に見つかれば一瞬で殺される凄惨な時代から生きているということだ。
幸運というだけでは足りない。
(魔力やレベルを常に偽っている?……いや、それだと常時≪タンパー≫を使っていることになる)
測定時に魔技スキル≪タンパー≫を使用すれば、測定器をごまかすことは可能だが、実際彼の魔力をこの目で見ている。
彼の魔力は任務中ずっと低かった。
何を調べても不気味過ぎる……
そんなことを考えていると、丁度目下調査中の奴のものと思われるでかい声が耳に入ってきた。
「ぎゃあああああああ!この前買った俺の魔王様缶バッジ、ちょっと擦っただけで色落ちしやがったああああ!」
「また粗悪品掴まされてんのかよ。何回目だ、ちゃんと見て買えよ」
「だってめちゃくちゃビジュ良かったんだぜ、見ろよこの魔王様のご尊顔!こんなん買っちまうだろ!?」
……なんだあれ?
声がする方に目をやると、クロハ・ラングレイとネイビー色の髪をした狼系統の魔族がぎゃあぎゃあと騒いでいた。
いや、騒いでいるのはあの悪魔だけか。
……なんで俺はあんなのを調べようとしているのだろうか?
近くにいる軍員たちを見ても、特に気にした様子はなく、時折呆れた目線を向けるものしかいなかった。
俺の勘が間違っていなければあれは、”またいつものか……”という目線だ。
痛む頭を押さえながら、勘が外れるのを期待して周りの軍員に話を聞いてみる。
「すみません」
「ん?見ない顔だな、新人か?」
「はい、先日入軍したばかりのリングと申します。……それであの騒ぎは何ですか?」
「ああ、あれは魔王様ファンクラブのいつもの騒ぎだ。気持ち悪いが気にするな」
「はあ…………」
どうやら俺の勘が告げた通り、あいつはいつもあんな騒ぎを起こしているらしい。
真剣に考えているこっちがバカみたいだ。
バカみたいだが……
(気になるのも事実。もう少し調べるか……)
そうして後を付けた調査結果が以下の通りだ。
レンガというあの狼系魔族との推し(魔王様)語り。
魔王様ぬいなるものの争奪戦。
道に迷う。
魔王様ウォッチング(犯罪だろ)。
魔王様ファンミーティングにプロマイド交換会。
そしてまた道に迷う。
(本当に何をやっているのだろうか、俺は)
結局一日通して尾行をしたが、尾行を悟って尻尾を掴ませないだけなのか、ただのバカをやっているだけなのか全くわからない。
本人を尾行しても、得られる情報が魔王様のことばかり。
あの悪魔を尾行すると本人の情報は得られないのに、魔王様について詳しくなるというのはどういうことなのだろうか。
魔王様の翼の長さが二メートル三十三センチなんて知識どこで使うんだ……そもそも、誰が測ったんだよ……
(かくなるうえは……)
丁度、初任務後の休暇をもらっている。
遠出しても問題ないだろう。
(もう一度行くか、旧境界線へ)
※※※
先日同様、焦げた土の匂いが鼻を刺激する。
再度、こんなすぐさま、この地を訪れることになるとは思いもしなかった。
今俺が立っているのは、イビルアントと乱戦を繰り広げた場所である。
まず、この場所で調べたいことが一つあった。
(確か、この辺り……あった)
確認したかったのはイビルアントの巣である。
ヤツがふざけた形の≪カノン≫を放ったあの巣。
本来、イビルアントが巣を荒らされて、三十体しか襲って来ないなんてことはほぼない。
あの魔物の数はそんなものではない。
あの場では、運が良かっただけだと思ったのだが、今思えば……
意を決して巣穴に潜り込む。
見る人が見れば自殺に思える行為だが、仮にイビルアントが何体襲ってこようがどうにでもできる。
今回は俺一人なのだ。
「――≪メイル≫」
自分を石の鎧で包み込む。
不意打ちだけが怖いが、これで攻撃を受けても問題ない。
イビルアントの攻撃など一切受け付けない硬度の鎧だ。
巣穴は随分深かった。
幾層にも枝分かれしており、この調子で行くと、今日中に最奥には辿り着かないのではないかと思わせる程複雑な構造だ。
生ぬるい気温と、時折湿っている箇所、昆虫特有の不快なにおいに自然と眉間に皴が寄る。
それでも、初めて潜るイビルアントの巣の広大さに感心しながら、前に進み――そして気づく。
……やはりおかしい。
探索を開始して数十分は経っただろう。
それなのにイビルアントと一匹も遭遇していないのだ。
(全滅している?莫大な数を誇るイビルアントだぞ?巣に潜っても一匹たりとも遭遇しないなんてありえない)
全滅したのであれば、どのタイミングで?
自分たちを襲ってきたタイミングでは三十体しかいなかったが……もとから数が少ない群れだった?
そんな疑問も上がるが、
(いや、これほど広大な巣だ。かなり大規模な群れだったに違いない)
だとしたら、なんらかの手段で、三十体を残してそれ以外を全滅させた?
しかし、ヤツがいなくなったのはイビルアント討伐後だ。
イビルアント戦闘時彼は本当になにもしていなかったのは自分で確認している。
(まさか、あの≪カノン≫一発で?……いや、どんな威力に魔力操作と探知能力だ。そんなこと……できるはずが……ない……)
おそらく、これ以上潜っても遭遇することはないだろう。
自らが持つ土属性の力を用いて、ショートカットしつつ巣を抜ける。
(……次、次だ!)
次に調査したのは、逃がした対象……セイラ・ジューンを再度捕まえた場所だ。
木々が倒れ、俺が≪ランパード≫を使用した後に、他の新人が彼女を捕らえるために動き回った跡がまだ残っている。
ヴァルムハンターの対応に集中し過ぎてしまったために、彼女をまんまと逃がしてしまった思い出が蘇り、苦虫を嚙み潰した気分になる。
あの時は、彼女がミノタウロスに追われ、偶然自分たちのもとへ逃げてきた……ということになっているが、そんな偶然本当に起こり得るのだろうか?
彼女のスピードがあれば、ミノタウロスからなどどの方向にも逃げていけるはずだ。
あの後すぐに彼女を魔王軍に送らねばならなかったため、ここの調査も気にはなっていたが、することができなかった。
話ができれば何かわかったのかもしれないが、気絶したまま引き渡してしまったので、会話もできていないし、あれから会ってもいない。
一度会って話ができればよいのだが……
そんなことを思いながら辺りを見渡す。
まず、目につくことは彼女が逃げてきた方向が他の場所よりも、荒らされていることだ。
セイラ・ジューン、彼女は速度こそあったものの、力に関してはからっきしな印象である。
この荒らされ具合からいって彼女の仕業ではないはず。
となれば、魔物の仕業だとも考えられるが……
(木々の倒れ方や、岩の配置がやや規則的か?)
若干、ほんの僅かだが、道が整備されている……ように見える気がする。
魔物が道を整備するなど考えられないし、そういったことを本能で行う魔物の存在は聞いたことがない。
規則的なのも完全でないため、ヤツが自分のやったことを隠すためのカモフラージュなのだか、偶然魔物が荒らした結果こうなったのだか真偽不明だ。
(道を整備したのは対象を誘導するため?……彼女のあの速さにどうやって対応を……?)
木々の折れ具合からすると、恐らく水属性の≪カノン≫で折られている。
ヤツの≪カノン≫もおかしい形をしていたが、水属性の系統だろう。
しかし、≪カノン≫は基礎魔法スキル、水属性もありふれた属性だ、たいていの魔物が使える。
任務後、単なる縄張り争いにより荒らされている可能性も否めない。
これも決定的証拠にはならないだろう。
魔力の痕跡を辿るが、それも見つからない。
いや、そもそもヤツの魔力は薄すぎて、そんなもの残らないか。
僅かな不自然な点はいくつもあるのだが、そのどれも、調査をしたら結局どこかで行き詰まってしまう。
最早、何を見ても不自然に感じることに腹が立つ。
歯がゆく感じる、これだけ調べてもわからないという結果がでるのは初めての経験だった。
雲を掴むような感覚だが”何かある”これだけは確かだろう。
クロハ・ラングレイ。
ここまできたら、絶対にヤツの尻尾を掴んでやる!




