書籍発売記念SS「○回目の告白」
ロイド家に仕えるセバスが見守る中、主であるロイド家の一人息子・エヴァンはいつもの倍以上の量の朝食を完食した。
エヴァン・ロイドという少年は食が細い。
そもそも食べ物に対する興味が薄いので、食事は空腹を解消すれば充分であり、ある程度腹が満たされれば食べるのを止めてしまう。特に朝は食欲がなく果物で済ませることが多かった。
それが急に「ティナと同じ物を食べたい」ときたものだから、セバスは少年の変化に驚いたものだ。
朝からパンにソーセージと卵料理、更には嫌いだった牛乳まで。
果物が体に悪いとは思わないが、栄養の偏りを心配していたセバスは、隣家に住む少女にひっそりと感謝した。
やはり同世代の子供の影響力は大きい。
「よくお食べになりましたね。口直しに林檎のジュースをお持ちしましょうか?」
牛乳を飲んで涙目になったエヴァンにセバスは声をかけた。
昨日までのエヴァンの朝食と言えばカットした林檎か、林檎を丸ごと1個絞ったジュースだった。
お腹が膨れているのでカットフルーツは入らないだろうが、飲み物ならいけるだろう。
「……いらない。だってティナは、りんごジュースのまないから」
「おや、クリスティナ様は林檎がお嫌いなのですか?」
そんな筈はない。彼女はロイド家に遊びに来た際、出された林檎ジュースを美味しそうに飲んでいた。
「ちがうよ。家に無いからのまないんだ。だからぼくものまない」
「それは……」
良い影響もあれば、悪い影響もあるようだ。
「ではこうしましょう。お隣に林檎をお裾分けいたします。これでクリスティナ様も林檎を召し上がれますよ」
「おすそわけ……」
「はい、今すぐお届けします。それでジュースはどうなさいますか?」
内心では飲みたいと思っていたようで、エヴァンはこくりと頷いた。
*
「エヴァン。りんご、ありがとうね!」
「うん。……ティナも朝りんご食べた?」
「食べてないよ」
「え?」
「アップルパイにするの。今日のおやつだよ」
無邪気な少女の返答にエヴァンは真っ青になった。
対するクリスティナも、予想外の反応に動揺した。
「え? ダメだった?」
「おそろいじゃない……」
「おそろい?」
疑問符を浮かべるクリスティナにエヴァンは、先日同時にお腹が鳴ったのが嬉しかったので、また同じ現象を体験したくて同じ物を食べたいのだと説明した。
「同じ時間帯に起きて、ご飯食べる時間だって同じなら、同じくらいのタイミングでお腹がすく、ってマックスが言ってたから。同じ物を食べたらもっといいと思ったんだ」
珍しく饒舌なエヴァンにクリスティナは目を丸くした。普段の彼は訥々と喋るので、こんなにも滑らかに一息で喋ることができるとは思わなかったのだ。
しかしエヴァンの感動はクリスティナには理解できないものだったので反応に困った。
「うーんと、じゃあ今日のお昼はうちにおいでよ。おやつもご飯もいっしょに食べたら、エヴァンの言うおそろいだよね。うちのアップルパイはね、お店で売ってるのよりもおいしいんだよ!」
「……いいの?」
「もちろん! ご飯もエヴァンといっしょとかうれしいなぁ」
いつもは各々家で食事を済ませているので、一度解散しなくていいのならクリスティナにとっても喜ばしいことだ。
「ぼ、ぼくもうれしい……」
「あ。ちゃんとお家の人に言ってから来てね。エヴァンのご飯を用意してるかもしれないから」
「うん……」
その日エヴァンが食べたアップルパイは今までで一番美味しかった。
*
エヴァンがラザラス家謹製のアップルパイを食べた十数年後、すくすくと成長した二人は町にあるカフェにきていた。
「あっ、エヴァン。アップルパイがあるよ」
ワゴンに乗った四種類のケーキ。そのうちのひとつをクリスティナが指さした。
「ティナがそれにするなら、僕も――」
「ううん。わたしはレモンタルトにするわ」
クリスティナはアップルパイの隣にあるレモンタルトを見つめた。
固いタルト生地に敷きつめられたカスタードクリーム。その上に輝くレモンの果肉は瑞々しく、蜂蜜漬けにされていても噛む度に強い酸味が口の中に広がるに違いない。
甘さ以上に酸っぱいであろう味は、想像するだけで唾液腺が刺激される。
「……なら僕もレモンタルトにするよ」
「アップルパイにしておきなよ。エヴァンは酸っぱいの苦手でしょ」
さり気ない指摘に、エヴァンは動きを止めた。
「え。なんで」
「どうして知ってるのかって? 長い付き合いなんだから気付くわよ。酸っぱいもの食べる時、一瞬気合いを入れた顔するじゃない。嫌いとまではいかないけど、苦手なのよね」
「……」
「柑橘類はアウト、ベリーはものによる。果物の中で一番好きなのが林檎でしょ」
言い当てられてエヴァンは息を呑んだ。
「エヴァンには負けるけどね。わたしもエヴァンのことなら、それなりにわかってるのよ」
少し誇らしげに告げると、クリスティナは照れ笑いした。
「――ティナ。好きだよ」
「やっぱりね。アップルパイにしておきなよ。同じ物が食べたいなら、半分こにしよう」
「そうじゃないんだけど」
「え? もしかして同じメニューを頼むチャレンジ止めたの?」
「いや、それは死ぬまで続行予定だけど」
クリスティナと同じ食生活をして、病める時も健やかなる時も共にする。
数年前に宣言してから、ずっとエヴァンが口にするものはクリスティナありきだ。
「二人で別のものを頼めば、今回みたいに分け合えるね」
行儀が悪いから夫人には内緒ね、と悪戯っぽい笑みで囁いたクリスティナにエヴァンは降参した。
思わず気持ちが口からこぼれ出てしまったが、雰囲気もなにもない状況での告白だ。気付かなくても仕方がない。
これが今月三十回目になる告白であったとしても、言葉というのは相手に伝わらなければ意味が無いのだ。




