ともだちの位置
「この間、代わりに行ってくれて、ありがとうね」
親方が席を外したすきに、大量のネギを切って涙目になっていたケントが言った。
「この間?」
お通しのきゅうりとワカメとシラスの和物を小鉢に盛っていた手を止めた。
「そう。風邪で寝込んだ日さ。長尾さんところに、代わりに届けてくれたんでしょ?」
私はまた、くつろいだ長尾の姿と美しい奥様のことを思い出した。
忘れようとしていた切ないものが、ジワリと湧き上がる。
それを振り払うように、ケントに告げた。
「長尾さんの奥様が、今日はいつもの子が来ないと気にされてましたよ」
「奥様?」
「はい」
ケントはあぁ、と小さく呟いた。
「長尾さんは独身だよ」
「それじゃ、彼女ですね。モデルさんみたいで、あんまりきれいな人で、びっくりしました」
少し興奮気味に話した私に、ケントは同意することも無くしばし黙り込んだ。
それから、何か言いかけたケントだったが親方が納戸から戻ってきたから黙り込んでしまった。
長尾さんが店を訪れたのは、その週の日曜日だった。
いつもはもっと気楽な感じなのに、今日は何だか少し重たい空気をまとう。
カウンターに座った長尾さんにおしぼりを差し出す。
「ありがとう」
受け取った長尾の視線が何か言いたげで、私はその憂いを帯びた瞳に心がざわつく。
その様子をケントが厨房から気にかけていたことに、私は気づかなかった。
長尾はいつも通り、烏龍茶と親方に任せた料理を堪能していた。
空いた烏龍茶のグラスを下げようと席に近づくと、「この間はお弁当を届けてくれて、ありがとう」と声をかけてくれた。
私はそれが嬉しくて、思わず頬が緩む。
「彼女は友だちなんです」
長尾はそう告げると、再び黙り込んでグラスを口に運んだ。
奥の客からオーダーの声がかかり、私は慌てて席を離れて注文を受けに行った。
長尾が付け加えた言葉の意味がよく分からなかった。
わざわざ告げた理由も。
そもそも、男女が2人で部屋で過ごす関係が「友だち」である意味も分からなかった。




