小さなこと
あの子の後ろ姿がドアの向こうに消えた。
菜々子が保冷ボックスを差し出す。
「勝手に開けるなよ」
長尾は保冷ボックスを受け取りながら、いつもなら出てこない少しキツイ言いように我ながら驚いた。
菜々子は思わず顔を上げた。
眉間に小さなシワがより、すぐに消える。
「ごめん。長尾さん眠ってたから。それに、前に宅配に来た男の子かなと思ったのよ。かわいい子だったから」
少しヤキモチを焼かせようと付け加えた最後の言葉は、何のダメージも与えられなかったことはすぐに分かる。
長尾はこちらに反応することもなく、ただ黙って台所に行き、棚からグラスをとりだした。
缶ビールと行きたい所だが、体調管理をしているからキンと冷えた麦茶を取り出す。
余計なことを言わなければよかったと、菜々子は後悔した。
これ以上、何か言うことは止めておくことにした。
長尾が黙りこんだ時は、早く帰る方がいい。
考えごとをしている時に近づくのを嫌がることは、空気でわかる。
「そろそろ、帰るね」
菜々子の言葉に長尾は気のない返事が返された。
リビングの大きなソファーに座り込んだまま、見送るそぶりもない。
再び寄った菜々子の眉間のシワなど、長尾が気づくはずはなかった。
もてる男は、女の機微に疎いと長尾を見て感じる。
自分のことを愛する女がいくらでもいると言うことなのだろうか。
それとも、単に自分が飽きられただけだろうか。
こちらを振り返りもしない長尾の後ろ姿を見つめながら、菜々子は部屋を出た。
長尾はただじっと、保冷バックを見つめていた。
どこから湧いてくるのか、よく分からない重たいものが胸に押し寄せる。
その理由ははっきりしている。
部屋を出て行った菜々子ではなく、これを届けてくれたくれた少女の後ろ姿だ。
なぜこんなに動揺しているのだろう。
菜々子が部屋から出てきて、あの子はどう思っただろうか。
なぜそんなことを考えているのか、長尾自身もよくわからなかった。




