余計なこと。
店で美味い肴に箸を運びながら、長尾は何とも言えない居心地の悪さにさいなまれた。
思わず口から出た、言い訳じみた言葉。
そして、その言葉を聞いた時の彼女の表情。
一瞬、何を言われたか分からない。
聞き取ったけれど理解出来ない。
そんな戸惑いで、彼女のキラキラした瞳が揺らいだ。
その時、長尾の中のどこか心の隠れた部分がチクリと痛んだ。
その痛みはジワリと広がる。
よく考えれば当然のことだ。
たまに店に来る歳上の男が、家に連れ込んだ女を「友だち」と言う。
訳もわからなければ、ただ倫理観の破壊した汚れた男に見えたに違いない。
なんであんなことを言ったのか、今さら自分でもよく分からない。
そして、どうしてこんなに自分が動揺しているのか分からなくて、無駄に烏龍茶を口に運んでいた。
彼女に嫌われただろうか。
ふいに頭をよぎった言葉に、思わず笑い出したくなった。
いつもの自信が消え失せていた。
誰かの機嫌を気にしたことなんて、どのくらいぶりだろうか。
上下関係やプロになってからも、確かに人との関わりには気を使ってきた。
ただ、それとは明らかに種類が違うものであると、長尾は理解していた。
あぁ。
これは、遠い記憶に忘れてきた感覚と似てる。
長尾はその遠い日の憧れをぼんやりと思い出していた。
あの夏の日。
部活のマネージャーがタオルを洗っている後ろ姿。
すっかり埋もれていた記憶がぼんやりと蘇った。
「長尾さん」
小鉢を差し出したケントの声に我にかえった。
「貝は苦手でしたか?別のに変えましょう」
手がつけられていない皿を気にしたようだ。
「違うだよ。ちょっと考えごとをしちゃって」
すぐに平らげた長尾の様子を見つめながら、ケントはここ最近の様子が違うことに気づいていた。
理由は分かっている。
その視線が時折、バイトのゆうを追っていたからだ。
長尾は男から見ても憧れだ。
日本球界でも超一流のプロ野球選手だ。
甘いマスク、穏やかな雰囲気、そして追随を許さない実績。
その長尾に興味本位で関心を向けられたら、ゆうが可哀想だとケントは不安になった。