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職業『魔王』  作者: 雛森 月斗
2/2

召喚

 王城の廊下はとても綺麗だ。

 壁にかけられている肖像画や、風景画。天井に吊るされたシャンデリアは豪華な光を放っている。そして一番は床にゴミが一つも落ちていないことだ。現に今俺の口の中には埃一つ入っていない。


 いや待て、分かる。「何やってんだお前」だろう?

 簡潔に言って今俺は連行されているのだ。縄で手足を縛られ、布で体をぐるぐる巻きにされるというなんとも安易な拘束。

 俺に繋がれた紐を銀の甲冑を着た男が引っ張る。俺は歩くことはできないため、床を舐めるように引きずられていく。

 中央に敷かれた絨毯の毛が鼻をくすぐる。不幸中の幸いか、体は布で覆われているため痛くはない。それでも不幸の最中なのは変わりないのだが。

 体が強く引っ張られる。曲がり角に腰を打ち付けられ嗚咽をもらす。人生初体験の衝撃に目に涙を浮かべる。


「おら、そこで大人しくしてろよ」

 兵士が乱雑に俺を牢の中に投げ入れた。体が壁にぶつかり、力なくどさりと倒れる。顔を持ち上げ兵士を睨むが兵士はこちらを見向きもせずに部屋を出て行った。

 牢に一人、誰かにぶつけたい怒りを乗せた拳を振り下ろすことも出来ずにただ茫然と虚空を見つめる。

 一介の高校生が異世界召喚に巻き込まれ、半日も経たないうちに捕まる。全世界を通してこんな理不尽な目にあったのは俺くらいではないだろうか。


「つか、職業が【魔王】ってなんだよ…」

 さようなら俺の薔薇色になるはずだった高校生活、青い春よ。

 そしてこんにちは、初めまして牢獄生活…。


 

 事件はいつも通りの日常を引き裂いて現れた。

 金曜の五時間目、それは学生にとっての戦いの時間。昼食後に生まれる睡魔が秋の生暖かい風に包まれその勢力を増す。そして金曜という曜日がそれに拍車をかける。

「今日が終われば休みだ」


 そう言って意識をなんとか保つ。瞼は重く、頭はボーっとしてくる。体は下の方からポカポカした体温が上がり…大丈夫、寝てない、寝てないぞ。

 頬杖をついて黒板を見つめる。数学教諭の槙原先生が公式の使い方を熱弁している。それに少し申し訳なさを感じながら時計を眺める。五時間目の終了までは残り5分を切っていた。


入坂(いりさか)、あとで今日のところ教えてくれ。頼む」

 その声は後ろから聞こえた。前髪を上にあげて、鋭い三白眼を眼鏡の後ろに隠したこいつは高校からの友人で、一年、二年と同じクラスになった伏倉しくらだった。

 前髪が額にくっつき、半目、そして顔に赤くワイシャツの袖の跡がついている。こいつ机に突っ伏して寝ていたな?それに袖の跡がくっきりしているため5分や10分ではないだろう。


「寝過ぎんのは良くないぞ伏倉」

「何を眠そうな顔をして言ってやがるんだ、説得力皆無だぞ」

 自分が今どんな顔しているのかは確かめることは出来ないが、多分そうなんだろう。

「とりあえず頼む。お前塾とかでここもう習ってるんだろ?」

 両手を合わせて頭を下げる。「この通り」というように深々と。俺はそれを見て一つため息を吐いた。

 確かに俺は塾で勉強して数学は高3の始めまで習っているが、それは将来のためであり、お前に教えるためではないのだがな。

「わかったよ。あとで教えてやるよ」

「おお!さすがは我が心の友よ」

「あとでビッ●マック奢れよ?」

「ええ、マジ?」

 なんてくだらない話をしていると終業のチャイムが鳴った。


「今日やった内容は来月のテストに出るのでよく復習すること」

 先生がそう締めくくり、クラス委員長が号令をかける。

 起立、ありがとうございました。

「あとは六時間目だけだぁー」

 言って伏倉は伸びをする。

「次は国語だろ?寝たら近藤に怒鳴られるから起きてろよ」

「はっ!誰が言うんだか」


 近藤は国語の教諭でガタイの良い先生だ。「この人は体育教師です」と紹介したら10人中10人が疑わないだろう。つか、なんであの体で体育教師じゃないんだろう?

「二人とも授業が最後だからとあまり気を抜くもんじゃないぞ」

荒城あらきさんよう、そんな硬い事いうなよー」

 荒城と呼ばれた男、荒城 しのぶを簡潔に紹介すると完璧超人だった。眉目秀麗、文武両道。剣道部の大将で三年生すら手も足も出ないほどの実力者。それでいてリーダーシップが取れる。誰に対しても接し、学級の委員長としてクラスをまとめ上げている。

 ただ恋愛には奥手と人間味のあるやつだ。


「勉強しなくても俺困んないし、親父の仕事継ぐだけだからさ」

 伏倉は反省する素振りなく、頭の後ろに手を組んでそっぽを向く。荒城はやれやれと頭に手を当てて首を振る。俺に助けを求めるように視線を向けてくるが、生憎俺にも対処の仕方がないため両手をあげる。

「打つ手なしか…」

 荒城の大きなため息に俺は大きく同意する。アレは人生を、世の中を軽くみている気がする。でもお前たちは似ているんだぞ。


「どうしたの?三人して深刻な顔をして」

「「真美弓さん!?」」

 二人が声を揃えて呼んだその人は真美弓まみゆみ 真由美まゆみ。名前がすごいことは置いておいて、いい人だ。男子からの人気は学年で5本の指に入るほど。身長は160あるかないかくらいで、性格は「来るもの拒まず、去るもの咎めず」と、とても寛容な人だ。そして荒城と伏倉の思い人でもある。

「いやね、真美弓よ。俺達男が何を言おうとも伏倉はどうしても勉強をしたくないらしくてな」

 俺は悪い顔をしていただろう。わざとらしい強調をしてあえて真美弓に語りかけた。

「しかも荒城は勉強会を開こうって言ってるのにね。基礎から徹底的教えてあげようって話なのにさ」

「そんな話はしてなかっただろ!?」

 抗議の言葉は無視して俺はさらなる一手を繰り出す。真美弓を動かす最大の一手を。

「勉強会を開くならうちのケーキを差し入れに持って行くという…

「ほんとにっ!? 入坂君ちのケーキ!? いつやるの?私もいっていい!?」

 発言が終わる前に真美弓さんが口を開く。この食いつきようはもはや狂気だ。 

 だが、真美弓さんがここまで取り乱すのは無理もない。自分で言うのもなんだがうちのケーキはとても評判がいい。わざわざ県外から来る人もいるくらいだ。人気があるが、自営業のため人を多く雇うことが出来ず、数に限りがある。それゆえにそれなりにお高い。


「い、いいんじゃないかな?お前らもそれでいいだろ?」

 俺が二人に視線を向けると、ほとんど放心状態だった彼らだが、そろって首を縦に振った。

「じゃあ今週の日曜日ね。えっと場所は…」

「うちの店でいいよ」

「決まりね!おいしいケーキ用意しといてね! 荒城君も伏倉君も頑張って勉強しましょ」

 物で釣るとはまさにこのことか。とてもいい笑顔を残して真美弓は自分の席に戻って行った。

 強引に物事を決めたことを怒っているのだろうかこちらを見ようとはせず、ぷるぷると体を震わせている。

「そういうことだから、よろしくな」


 下を向いたまま顔をあげない。しばらく沈黙が流れた。俺は何も言えず、ただ眺めるのみだった。

「いつだ…」

 ぼそりと伏倉が呟いた。

「いつそんなにも真美弓さんと仲良くなった!!?」

 伏倉が俺の襟首をつかんで体を揺らしてくる。ちょっと待て、質問してくるなら揺らすな、喋れねぇよ!

「お前…『真美弓』って。お前!! 俺の気持ちを知っておきながらッ!」

 そこかよ!?いや、そこか…そこだよな。

「そうだぞ入坂!何時どこで真美弓さんと仲良くなったんだよ!」

 俺は揺らす荒城の手を弾き、くらくらする視界に耐えながらどうにか二人の方を見る。

「そ、そうだな…その話は、日曜日にする。頼む今はそっとしてくれ…」

「す、すまん。つい感情的になりすぎた」

 脳を揺らされたかのような頭痛に耐えながらなんとか言葉を紡ぎだす。酔ったように回る視界が吐き気を巻き起こす。

 謝りながら席に戻る二人。悪いことをしたな、なんて罪悪感が生まれるも揺らしたのあっちじゃん?と打ち消された。

 始業のチャイムが鳴る。だが近藤は教室に入ってきていない。いつもなら3分前には教室で待機しているはずなのだが。何かあったのだろうか。

 額を机につけて脳に伝わる気持ち悪さから目を逸らすように思考を加速させる。

 近藤が時間に間に合わないというのはとてもレアなケースだった。現に今までの国語の時間、近藤は完璧と言えるほどに準備万端で、意表を突こうとして速攻で課題を提出した者にそれようのプリントを用意しておくほどだ。


「気持ちわりぃ」

 うげーっと声が出る。意識が体を巡り、脳にまたも気持ち悪さを伝える。腹の中身がシェイクされたような気持ち悪さ。

 さて何分経っただろう。クラスの中がだんだんと騒めきだし、隣の人とのお喋りのボリュームが上がっていく。そろそろ隣のクラスで教鞭を執っているだろう先生が注意しに来てもいい頃合いだ。

 何かがおかしい。

 うちのクラスは確かに騒がしいが、先生たちから見限られるほどではないはずだ。だというのにいつまでたっても誰も入ってこない。

 クラス中の盛り上がりが一周し、静けさに満ちる。それに「いきなり静かになった」「それな」だなとまたも笑いが起こる。

 「俺、ちょっと先生呼んでくるわ」とは体調的にもクラスの雰囲気的にも言い出せず、どうにかしようと考える。


「入坂大丈夫か? ちょっと保健室に連れて行くわ」

 やや演技の入った言葉を吐いたのは伏倉だった。

 入坂大丈夫か?なんてよく言えたもんだな。俺は腹の底が少し熱くなったのを感じるが、今はナイスと謝辞を送ろう。これなら誰にも文句を言われずに先生を呼ぶことができる。

「あ、あれ?開かねえ」

 扉に手をかけた伏倉が言う。

 おもしろくねぇぞー等とヤジが飛んでくる中、伏倉は必死に扉を開けようと苦闘する。冷や汗をかいて困惑した顔になるとクラスの奴らも少し静まった。


「下らねぇこと言ってんじゃねぇぞ」

 席を立ちあがった松原まつはらはややイラだった様子で扉に手をかけると思い切り力を込めた。が、扉は元々動かないようにできているかのようにビクともしなかった。

「マジで開かねぇ」

 誰も何も言わなかった。笑っていたやつも松原の表情に事の重大さに気づいたらしく、驚いた表情で絶句する。


「窓も開かないぞ!」

「こっちのドアもダメだ!」

「ロッカー開いたぞ!」

「誰かどうにかしてよ!」

 クラスの中はパニックに陥っていた。統率の取れていない蟻の行列のような、指揮官のいない素人軍人のような。

「みんな落ち着け!とりあえず深呼吸だ」

 荒城が声をあげる。クラスメイトはその言葉に耳を傾けず、自分勝手に騒ぎ立てる。

「とりあえず荒城んとこ行こう」

 伏倉は冷静だった。いつも異常に騒いでいるこいつが、いつも以上に冷静なのは周りが正気を失っているからだろう。


 俺もそうらしく、何が起こっているか理解が出来ないが、脳はいつも以上に冷静な分析を開始していた。もう気持ち悪さは感じない。

「荒城、何が起こったか分かるか?」

「いや、俺にはさっぱり。お前は体調は大丈夫なのか?」

「まぁな」

 三人寄れば文殊の知恵、なんて言うがこの状況下では情報が少なすぎる。一を聞いて十を知る、ということわざもあるが、十を知るための一がない。

「窓もドアもあかない。全員が閉じ込められたとなると…気になるのは酸素の濃度だな」

 伏倉がいつになく真剣な顔で言う。気付いた時には既に手が出ていていた。

「いった! なんだよ! 重要だろ!? ここまで騒いで誰も来ないってことは小さな穴すらない可能性があるだろ」

 必死に話す伏倉なりの真面目な話を無視し、俺は周りに目を向ける。

 松原とその友人たちはドアを壊そうとあの手この手を尽くしている。女子は一塊になってどこかわざとらしくガタガタと震えている。この騒ぎのなか机で熟睡している強者もいる。

「なんか小説みたいだ」

 荒城が呟いた。

「今からクラスメイトでバトルロワイヤルってか、笑えねぇな」

 ガタン、と唐突に音がした。人々の狂騒曲に描き消えそうなその音は教室の中央からだった。

 俺がその方向に視線を動かすより先に俺の腕に衝撃が走る。何かがぶつかったらしい。


「ね、ねぇあそこなんか光ってない?」

 ぶつかって来たのは真美弓だった。とても怯えた表情で腕にしがみついてくる。

 二人が恨めしいのか羨ましいのかわからない顔で俺を睨む。代わってやれるなら代わってやりたいよ。

「教室の中央、黄色い光が…」

 真美弓は声を震わせて何かを伝える。教室の中央の方を指さしながら目じりに涙を溜めてこちらを見上げてくる。

 俺は真美弓を安心させるために、自由な方の腕で真美弓の頭を撫でる。近所の猫にするのと同じ要領でだ。少し恥ずかしそうにする真美弓を確認して、俺は視線を教室の中央に向けた。

 真美弓が崩した机たちの間から見えたのは、確かに黄色い光だった。

 心なしか何かの形を模しているように思える。

「ドラゴン…か?」

「何がだ?」

 伏倉には見えていないらしい。

「あそこだよ、教室の…」


 言いかけた時だった。光はより一層輝きを増し、波紋のように教室中に広がり始める。

 クラスメイトがそれに気づくことはなかった。いや、気がついても既に遅い。2秒ともしないうちに教室の隅に到達したそれは純白に発光する。





 教室内の光が消えると開かなかったドアが開いた。

「お前ら、ボイコットとは覚悟はできてるんだろうな…」

 声を張って教室内に入るも生徒の影は一つたりともない。ドアを抑えていたと思っていたが、ドア周辺にも人がおらず、隠れられそうなロッカーは完全に開き切っている。

 まるで何かに襲われたかのように散らかる机と椅子。生徒に舐められていると沸き上がった怒りは、目の前の光景にだんだんと恐怖に変わっていく。

「お、おいお前ら…どこに隠れているんだ?」

 背筋にゾワリとした寒気が走る。静寂の中には呼吸音一つすらない。男の鼓動の音が耳を打つ。呼吸は荒れはじめ、手に持っていた参考書類はどさりと床に落下する。


「う、うああああ」

 教室内にいるはずの19人は姿かたちすら消え去り、男の頭は恐れで一杯になる。

 だからと言って悲鳴を上げるほどではないのだろう。だが、悲鳴を上げるような事態が起こったのだ。

「ココハ…ドコダ…?」

 教室中央に出現した黒い魔法陣のような光から一人の生命体が出現したのだ。

 頭から生えた日本の頭角は人間でないことを一瞬で悟らせた。肌は黒く、目の白くあるべきところが黒く、また黒い部分が白い。胸の膨らみや、体のラインから性別は女だろう。そして男が悲鳴を上げた一番の理由は、その生物が何も服を着ていないからであった。


「何ヲジロジロト見テイルンダ?珍シイ事デモアルマイ」

「ヒエッ」

 これが彼と彼女の初めての出会いだった。そして物語の始まりであり、平凡の終わりである。

 一介の高校教師、近藤こんどう 雅美まさみと異世界から来た謎の少女ルーリエルの波乱万丈な日常は、また別のお話。


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