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体のうずき


「料理を食べろ、だと」

「ああ、うちは見ての通り、料理屋でな。近いうちに開店するんだが、これからの客足のために食ってもらいたいんだ」

 オークは大きく頷いた。


「うちで出すつもりの料理は、この辺の人間にはほとんど馴染みがないものでな。おまけに街道から離れたこの立地だろ? しかも開店前から、山に怪しい奴がいる、なんて俺の悪い噂まで流れる始末だ」


「つまり、王族と騎士が(しょく)したとあれば、そんな噂は払拭されて客は安心して店に来てくれる、と?」

「おう、その通りだ。だから是非とも食っていってもらいたいね」


 アンナロッテはオークを数秒見つめてから、

「悪いが、その願いを聞き入れるわけにはいかんな」

 と冷徹に言い放った。


「駄目なのか?」

「私は姫様の身の安全を預かる身だ。魔物が作った、得体の知れない料理など口にさせられるはずがなかろう」


「俺は国から免許を与えられた料理人だぞ。百歩譲って怪しまれたとしても、有害な食材なんか1つも使っちゃいねえ」

「そういう問題ではない。王族が口にするのは、信頼ある、限られたものが作る高尚な料理だけなのだ」

 アンナロッテの意見は護衛役として正論である一方、彼女の魔物への偏見が含まれていた。


「こら、アンナ。そのような物言いはこのかたに失礼ではありませんか」

「ですがこれは、国王陛下から任された姫様の御身を思ってのこと」


「このかたはその私を助けてくれた恩人なのですよ? 恩人の頼みを(ないがし)ろにするようなことは、この姫が許しません」

 自らの細いウェストに両手の拳を添えながら、姫が言った。

 こう言われたら、アンナロッテは黙って聞き入れるしかない。


「食べることでお店の助けになるというなら、恩返しになるでしょう?」

「ええ、そのようですが」

「なら断る理由はありません。それに変わった料理を出していただけるなら楽しみではないですか」

 興味津々である。

 好奇心旺盛な姫としては、魔物が作る料理を見てみたいのだろう。


「姫様がそのようにお考えでしたら止めはしません。しかしどうか、私が毒見を終えてから召し上がってくださいますよう」

「ええ、おまかせします」

「ということだ店主。まずは私の分を用意してもらおう」


「毒見ね。まあ食ってもらえるなら構わねえが」

 じゃあこっちに座ってくれ、とカウンター席へ案内する。

 アンナロッテが椅子を引いて姫を座らせてから、1つ空けて席についた。


「それじゃ早速準備するか」

 オークがコンロのスイッチを調整すると、一気に火力が上がった。魔法の石を用いた調理場は現代のガス調理具と大差ない性能を持っている。


「それで、この店ではどんな料理は提供するのだ?」

「ラーメンだ」

「ラーメン……?」


「東の国の食い物だ、知ってるか?」

「それくらい食したことはある。馬鹿にしないでもらおう」

「ああ、そいつは悪かったな。この辺じゃ珍しいと思って」


「お城にきた極東からの使者が振る舞ってくれました。小麦粉を練った麺を野菜で作ったスープに入れた料理でしょう」


「それだ。うちのは少しばかり違うやつだが」

 オークは含みを持たせて答えると、

「お、そうだ、食前の茶を出しておかないとな」

 鉄瓶からティーカップに茶色の液体を注ぎ、2人に出した。


 アンナロッテが注意深く匂いや

味を確認していると、

「俺がブレンドした健康茶だよ。姫様には休んでるときに同じものを出してる」


 姫様に勝手に飲み食いをさせていたのか、とアンナロッテは憤りを感じたものの、口に出さなかった。

 保護したものに気を利かせてお茶くらいは出すものだろう。

 渋味の少ないありふれたお茶だと判断し、半分ほど飲んだ。


 オークが寸胴鍋の蓋を開けて、中の様子を確認しはじめた。

「ずっと煮ているそれはなんだ? 何かの骨のようだが」

「豚の骨さ」

「豚の骨だと?」

 アンナロッテがおうむ返しで聞いた。


「ああ、こいつはいいダシが出るからな」

「そうか。ソーセージを作る際に少々加えることがあると聞くが」

「ほう、騎士様知っていなさるね。だがこの料理では味付けじゃあないんだ。これがスープになる。直接、麺を入れて食うんだ」


「なに!? そんな脂ぎった煮汁に麺を入れるというのか!」

「まあ見た目は少しあれだが、1度食えばクセになるぜ」

 オークはニタリと笑った。


 アンナロッテは心底呆れた。

 何が特級の調理師免許だ。脂の塊のような汁に麺を入れるなど、とても人間の食べ物とは呼べない。そんなものが美味いはずがない。


 姫様は興味を持たれていたが、やはり魔物が作った料理なんぞ、魔物のひどい味覚に合わせたゲテモノに過ぎないのだ。


 健康的で盛り付けも美しい料理でお育ちになった姫様には、とても口にさせるわけにはいかない。

 毒見として少し口をつけたら、あとは適当な理由であしらってここを出るとしよう。

 それであの男への礼と義理は果たしたことになるはずだ。

 アンナロッテはそう判断を下した。


「──うっ!?」

 そこまで考えたところで、アンナロッテは突如として体に起こった異変に気付いた。


 体が急に熱くなっている。鍋の熱気などではなく、顔が上気して、火照ってきた。そして何より、お腹の奥が(うず)いてくる。


 アンナロッテは思わず、下腹部を手で押さえた。

 一体どうしたというのだ。まさか、さっきの飲み物に何か盛られたのか。


「くぅ、貴様、さっきの茶に何を入れた!?」

「ん、なんだ、もう効いてきたのか」

 オークは悪びれもせず言った。


「一体何を飲ませた!」

「なんだ大声出して。だから俺がブレンドした健康茶だよ。毒どころか、体にいいものしか入ってないからな。血行促進、体が温まって、胃腸の働きが普段よりも活発になってくる。メシテロって植物の根を煎じて

作った粉末の成分がよく効いて、腹を空かせてくれるんだ」


「そんな怪しげな植物の茶など聞いたことがない。こんなに急激に効果が表れるなどっ」

「よその国じゃ毎日飲むような茶なんだがな。きっとあんたは特別効きやすい体質なんだろう。ほら、姫様はさっきも飲んだが騒ぐほどじゃないみたいだぜ」


 アンナロッテは腹を押さえながら姫を見た。

「アンナ、どうかして?」

「い、いえ。姫様、お体には何も」

「んーそういえば、少しお腹が空いてきたような」


 お腹をさすっているが大げさに騒ぐほどではないようだ。やはり、効き方は体質の差らしい。


「おのれぇ」

 アンナロッテはお腹を押さえて(うつむ)くと、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。


 体の火照りはまだ良いとして、あまりにもお腹の中が疼く。

 いや、厳密にいえば疼いているのではなく、猛烈な空腹感に襲われているのだ。

 しかもただの空腹とは違い、夜中に無性に何か食べたくなってしまったときの腹の減り方だ。

 これもあのお茶の効能なのか。


 実を言うと、お茶の効能以前にアンナロッテはお腹が空いていた。

 野外での護衛の際、食事は簡素な携行食でまかなうため、どうしても物足りなさがある。


 姫を捜して緊張していたために一時空腹を忘れていたが、見つけた安堵(あんど)で感覚が戻ったらしい。

 それに加えて、騎士としての品格が損なわれると考えているため彼女は隠しているのだが、アンナロッテは実は大食いなのだ。


 普段は何でもないそれらに、お茶が空腹に拍車をかけたと言っても過言ではないだろう。


「くぅ」

 下腹部をグッと押さえる。密かに、さっきからお腹が鳴り続けていた。

 こんな腹の虫を姫様に聞かれでもしたら、料理を前にして食い意地が張っていると誤解されかねない。

 それは仕えるものとして耐え難い恥に他ならない。


 すぐに毒見を終えてしまおう。

 たとえどんな料理を出されようと所詮は魔物の作ったゲテモノだろう。

 いくら極限の空腹状態にあろうと、そんなものに心揺らぐはずがない。

 そもそも(ほま)れある騎士である私が食欲になど負けるはずがないのだ。


 さあ、どのような料理でも出してくるがいい。

 私は絶対に負けたりしない。

 アンナロッテは強く気を引き締めた。

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