姫の行方
アンナロッテ。
王侯貴族出身、18にしてさる王国の騎士団に所属している騎士である。
艶やかに流れる輝く金髪。綺麗に鼻梁の通った、整った顔立ちに意思の強そうな碧眼。
引き締まった凛とした表情がよく似合っている。
鍛えられた肢体はとてもしなやかで、その身体には爆乳と呼んで差し支えのない豊満な胸、細くくびれたウエスト、まろやかな肉付きをした美尻が備わっていた。
美しい容姿からは想像できないほど剣の腕が立ち、弓馬の技術も優れている。
そして国への厚い忠誠心を持っていた。
強く、気高く、美しい。
アンナロッテはそんな言葉が相応しい、誰からも敬意と憧憬の視線を送られる、誇り高き美貌の女騎士であった。
ある日の夕暮れ、彼女は薄暗くなった森の中を馬で進んでいた。
軽鎧を身に付け、腰には騎士の長剣。深いスリットの入ったスカートからは白い太ももと膝上のブーツが見えていた。
「姫は一体どこに」
護衛と侍女たちを連れて山に散策へと出かけた姫が、行方をくらませた。
目を離した、ほんの僅かな間にだ。
清楚であるが、時にお転婆なところを見せる姫が1人でどこかへ行ってしまうのは今回が初めてではない。
しかし、王国の街中でならまだしも、日の落ちかけた森が現場とあっては話が変わってくる。
万が一何かあれば、護衛役を任されるアンナロッテは重く処罰されるだろう。
いや、彼女にとっては単なる責任問題ではない。
14のエリーゼ姫とは姉妹のように過ごしてきた絆があるのだ。
ほんの少しでも気を抜いた自分をアンナロッテは責めた。
夜がくれば獣のモンスターが活発に活動するようになる。それに加えて、昨今山中で怪しい人影を見たという話もある。
姫の身に何かあってからでは遅いのだ。
「ん、あれは?」
森の中のひらけた所に、ポツンと建つ木造の一軒家を見つけた。
簡素な小屋ではなく、しっかりした造りで、古い家屋を改築したばかりのように見える。住人がいるようで、煙突から一筋の煙が立ち上っていた。
「ここは空き家だったと思ったが、誰か住み始めたのか」
住人がいれば何か姫の手掛かりがあるかもしれない。アンナロッテは馬を降り、玄関前に立った。
「もし、誰かいるか? 騎士団のものだ」
ドアをノックするが、返答がない。
失礼する、と言って彼女は家に入った。
中は古びた猟師の家、などではなく、掃除が行き届いて小綺麗にされていた。
ただ普通の民家とは違い、テーブルが並べられていて、カウンターがあった。
その向かいには火にかかった寸胴鍋がグツグツと音を立てている。そこは熱を発したり、タンクに貯めた飲料水をスイッチ1つで任意に出すことが可能な、魔法の石を用いた調理場だった。
「料理屋、のようだが」
なぜ、こんな街道を外れた山の中に?
しかも城のキッチンにも劣らない高度な調理器具が揃っている。あの独特な匂いをさせている鍋は何を煮込んでいるのだろうか。
アンナロッテが観察していると、
「誰か来たか?」
調理場の奥から、こちらに気付く声がした。エプロン姿の店主が出てくるかと思っていると、
「なっ!?」
現れたのは、緑色の顔をした巨体。
手には血のついた鉈を持っていた。
オーク、豚に似た顔の獰猛な種族でこの国も過去に襲撃されたことがある。
「魔物めっ!」
アンナロッテは剣を抜いた。
相手は人間を一撃で屠る怪力の持ち主、油断はならない。
「待ってくれ」
オークは大きな掌をこちらに向けた。どうやら襲うつもりはないらしい。
「俺の店で物騒なものを出さないでくれ」
「俺の店?」
「ああ。まだオープン前だがな」
オークは胸を張って言った。
改めて見ると腹の出た2メートルを超える体には、粗末な腰巻きではなく、シャツとカーゴパンツとエプロンが身に付けられている。
ラフではあるが人間の料理人とさほど変わらぬ服装で、オークは一般的に不潔なものとされているが、衛生観念はしっかりしているようだ。
「魔物が料理屋だと?」
「ああそうだ、俺は共存派だからな」
モンスターは人間と敵対しているが、中には共存の道を選ぶものたちもいた。歩み寄りの姿勢を持つ人間がいる一方、害を与えられてきた過去があるだけに偏見も強かった。
騎士団は保守的な層が多く、魔物は魔物だと考えるものが多数である。
アンナロッテもそうだった。
特に彼女は、過去の襲撃の際に騎士であった親戚を亡くしているため、どうしても共存派への偏見が拭いきれない。
オークは鉈に注目されていることに気付き、
「これは材料の仕込みをしてたんだ。人に向けるもんじゃねえ」
ゴトンとカウンターに置いた。
「見たところ、あんた騎士のようだがちゃんと営業の許可は取ってるぜ」
抜き打ちのチェックに来たとでも思ったのか、オークは壁を指さした。
そこには壁に貼られた営業許可証と額に入れられた調理免許があった。免許は世界中で通じる特級調理師のものだ。どういった経緯があるかは不明だが、どこかで料理の修行を積んだ経験があるのは間違いない。
アンナロッテはいぶかしんだが、一応信じて剣を納めた。
「私は営業の許可などのために来たのではない。人を探しているのだ」
「人? つーと、あれか。お姫様を」
「な、貴様、姫の行方を知っているのか!? まさか貴様が」
「おいおい早まるなよ。俺はそのお姫様を助けたんだぜ?」
「助けただと?」
オークがその問いに答える前に、奥の部屋のドアが開いた。
「アンナ、私は無事ですよ」
「姫!」
長い金髪に控え目なティアラをのせた、白いドレスのエリーゼ姫が2人のもとに歩み寄ってくる。
アンナロッテはすくさま駆け寄り、片ひざを折ってひざまずいた。
「ご無事で何よりです」
「こちらのかたが森で迷っていた私をここまで連れてきて、介抱してくれたのです」
「妖花の花粉にやられてたのさ」
オークが鉈を調理場の洗い場に置きながら言った。
「珍しい花をかいだら意識が朦朧として、気付いたらこの辺りに立ってたんだってよ。こりゃあ
妖花の花粉を吸ったと思ってな。うちで休ませてたんだ」
妖花はモンスターに分類される植物で、その花粉には意識を混濁させる毒がある。
後遺症などはなく、すぐに毒素は消えるが、朦朧として無意識に徘徊してしまうことがある。そう考えれば、急に姿を消して、護衛や侍女の呼び声にも応答しなかったのも納得がいく。
「アンナ、私の不注意から心配をかけました」
「いえ、姫を危険に晒してしまったのは私の至らなさゆえにございます」
しかし何事もなく本当に良かった。
アンナロッテは胸を撫で下ろした。
「では戻りましょう。みなが待っております」
姫は、分かりました、と答えると、
「このたびは助けていただきまして、大変ありがとうございました」
「いや、別に大したことはしてねえや。で、その、なんだ、助けた代わり、と言っちゃあ何なんだが」
へへへ、とねだるような顔を見せる。
こいつめ、さっそく礼金の催促か。
黙っていても礼はするつもりだが、わざわざ自分からそれを口にするとは、なんと下劣な。
魔物はやはり魔物か、とアンナロッテは内心で蔑んだ。
「姫の保護は感謝する。名乗り出れば城にて相応の褒美が出よう」
事務的に伝えると、アンナロッテは姫の肩に手をやり、ここから出るように促した。
「おっと騎士様、早合点で俺が大金でもねだってると勘違いしないでくれよ」
「なんだと?」
「別に褒美はいい。ただ、俺の料理を食っていってもらいたいんだ」