第10話「温泉回と神様」その2
―宿の部屋に戻って寝て、起きたら昼だった。
そりゃ、夜通し風呂で話し込んでたからなぁ。
さて、遅い朝食…いや、ハッキリ言って昼食を済ませたら、やらなきゃならないコトがある。
仲間になったマーシャの服だ。
着ていたボロコートは、服とは呼べないほど粗末なモノだ。もっと良い服を着せてやりたい。
折角、強い格闘家なんだから、そういうカンジのコーデをしてやろう。
とは言うモノの、女子の服だと俺は門外漢だ。
ここはプリス、パトル、デヴィルラに任せて、村の店で良い服を見繕ってもらうコトにした。
温泉の観光名所らしいから、思っているよりは良いモノが揃ってるはずだ。
俺はマーシャとお留守番。
ただ待っているのも何なので、ちょっと工作をしようと思う。
宿の裏にあった竹と木の板をもらって来た。
竹を二つに割って、節を取って、木の板からそれらしい形のパーツを切り出して、と。
マーシャは服代わりに毛布を巻いて、俺の作業を興味深そうにみている。…無表情のままだけど。
そして各パーツをはめ込んで釘とニカワで固定。角をヤスリで丸く滑らかに。
この世界に来て、武器や防具はちょくちょく自分で直して来たからな。器用になったモンだよ、我ながら。
最後に、薄い黒い革で全体を包むように貼り込んで行く。
仕上げに銀の絵の具を軽く叩くように塗って行けば…完成だ。
「よーし!こんなモンだろ!」
「…ケイン、すごい…。」
俺が作ったモノ。それは、ガントレット…の、モックアップ(模型)だ。
ぱっと見は黒鉄色に光るホンモノっぽく見える。これは特撮なんかで使う小道具の製作法と同じだ。
マーシャは武器や防具が装備出来ない。
装備すればその分の攻撃力、防御力が低下するという厄介な呪いに掛かっている。
そこで、せめて格好だけでも一端の格闘家っぽくしてやりたいと思った俺は、
『偽物』のガントレットを作ったのだ。
木と竹で出来ている模型だから攻撃力や防御力も無い。これなら呪いで差っ引かれて、弱くなるコトも無い。
俺は完成したモックアップのガントレットを、マーシャの右腕に付けてあげた。
マーシャはそれを色んな角度から眺め、微笑んで言った。
「…ありがとう、マスター。」
「どういたしま、ま、マスター?」
「…格闘家に唯一無二の武器を与える師匠。だからマスター。」
「そういうモノなのか。」
「…イヤ?…違う呼び名が良い?」
「ちなみに、他にどんなのがあるんだ?」
「…マタスー、スタマー、タマスー、スマター…、」
「マスターと呼びなさい。」
「…うん、マスター。」
遺跡で拾った剣も、ロッドも、ブーメランも、やはりと言うか、マーシャが神殿から持ってきたモノだった。
『最強装備シリーズ』の武器ならば呪いにも負けないのではないか?と考えた末の行動だったそうだ。
しかし呪いは殊の外強く、剣も駄目、ロッドも、ブーメランも、やはり役に立たなかった。
そしてあの右腕の小手も同じく、装備したら攻撃力と防御力は落ちてしまった。
トラタイガーを『もっと早く倒せたはず』と言った理由はそこにある。
しかし、あの長い工程で食料が尽きる難攻不落の砂漠の神殿に、マーシャは4度も行ってたのか!
聞けばエルフは、あまり食べなくても大丈夫なんだそうだ。健啖家のパトルとは正反対だな。
そうしてると、プリス達が帰って来た。
女子のお買い物のお約束で、てっきり持ちきれないほどの買い物袋を下げて来るかと思ったんだけど、
予想に反して紙袋2つだけだ。いや、買い物ってのはこれで良いんだよ、コレで。
「じゃーん!これなんかどうでしょうか?」
プリスが紙袋から服を取り出して、俺とマーシャに見せる。
丈の短い半袖のジャンパーだな。フードも付いてる。
「迷ったのだが、フードがあった方が良いと思うてな。
まだ、マーシャがエルフだというコトは口外するには早かろう。」
それはあるよなぁ。こっちには住んでいない、ってコトになってるんだもんな。
知れたらあっという間にウワサが広がって、どうなるか分かったモンじゃ無い。
「下は、ゆったり目の半ズボンにしました。」
「うん、これは動きやすそうだな。」
早速マーシャに着させてみる。マーシャは腕や脚を動かしてみて言う。
「…上は良いけど、下が動きにくい。もっと短いと良い。」
「分かりました。ちょっと詰めましょう。」
うーん、普段着として着るのと、戦闘服として着るのとでは色々勝手が違うんだなぁ。
結局、何度かの試着を重ね、ズボンはどんどん短くなり極端なローライズになった。
「…うん。これ、良い。」
最終的に出来上がった格好は、丈の短いシャツに、同じく丈の短い半袖のジャンパー。
超ローライズのズボンに、膝から下は布を巻き、靴は革の靴底が薄く平らなモノ。
これでフードを被ると、ちょっと厨二病的なストリートファイトのスタイルだな…。
兎に角、稽古着や武道着だと装備品と見なされ呪いが発動し、返って防御力が下がるおそれがある。
布の普段着だけの組み合わせで、それらしく見せるのは大変だった。
「…みんな、ありがとう。こんなに色々もらったの、初めて…。」
「マーシャよ、このようなコトは序の口じゃぞ。主とおれば、もっと驚く体験が毎日のように待っておる。」
「…本当?…期待する。」
「わくわくっすよー!」
さあ、用意を整えたら、いよいよ迷いの森を抜けて『神々の住まう場所』へ向けて出発だ。
幸いというか偶然というか、迷いの森は温泉村からすぐ北に行ったトコロにある。
途中、上級モンスターが何体か出て来たが、マーシャとパトルのダブル物理攻撃の前に敢え無く倒れた。
普通の冒険者なら、攻撃魔法と回復・支援魔法を織り交ぜないと危ないらしい。
いつの間にこんなハイスペックなパーティーになったんだ…。
そして温泉村を出て次の日には、俺達は迷いの森の入り口に着いてしまった。
―早い。 いや、急げば昨日の夜に着けたのだが、夜の森は危険だから夜明けを待ったのだ。
「見る限りは、何の変哲もない森だよな。そんなに大きくも無いし。」
いや本当、日本の町の中にあるちょっと木々の多い森林公園とか、あんなカンジなんだよ。
何も知らなければ、安心してホイホイ入って行っちゃいそうだ。
「幻惑魔法で、本人達はあちこち必死に森の中を歩いているように感じていたのでしょうね。」
「大方、傍から見ればその場で足踏みしたり、グルグル回ったりと、さぞや滑稽な様子であろうな。」
俺達はマーシャを先頭にしてロープで結び合い、隊列を組む。
「…周りは見ないで。マーシャの背中だけを見て歩いて。」
「分かった。よろしくな。」
「…うん。」
森の中を歩いて行く。マーシャの背中を追ってはいるが、視界の隅に周りの景色が入って来る。
それはまるでCGのモーフィング画像みたいに、いくつもの景色がダブっては変わり、
ダブっては変わりを繰り返しているようだ。 こりゃ迷うわ。つーか、酔いそう。
やがて前方に白い光が見え、どんどんそれが大きくなって行き、マーシャの背中が消えそうになる。
強いヘッドライトの前だと歩行者が消えて見える、グレア現象ってヤツだ。
マーシャの背中を見失いそうになった時、誰かが俺の手をグイッ!と引っ張った。
引っ張られた勢いで、前につんのめりそうになったが、誰かが支えてくれた。
そして白い光は消えて行き、そこには…草原が広がっていた。




