第10話「温泉回と神様」その3
「…マスター、平気?」
一瞬、呆然としてたが、胸下から声がしたので目線を下げて見ると、
俺の腰にマーシャが抱き付いていた。 光の中で手を引き、転びそうになったのを支えてくれたのは彼女だった。
後ろを見ると、プリス、パトル、デヴィルラも無事に森を抜けられていた。
「おー、もりをぬけったっす!」
「なかなかに趣深い体験であったな。これもまた初めてのコトじゃ。」
「空気が…変わった気がします。」
「空気が?」
「…そう。この地は神々に近いから。」
やはりプリスは神聖魔法の使い手だからだろうか。厳かな空気を誰よりも敏感に感じた様だ。
言われてみればそんな気もする。ほら、年の暮れから明けて元日の、あの何とも言えないピシーッとした空気感。
ただいつもと同じに夜が明けただけなのに、他の日とは違うと肌で分かるあのカンジだ。
「地図だと『神々の住まう場所』は、ここから東に3日というトコロでしょうか。」
「…2日で行ける。モンスターいないから。」
「モンスターがいない?」
「きっと、神々の御加護なのでしょう。」
「神のオーラの範囲内というコトじゃな。」
「その言い方は、身も蓋もありません…。」
そこから東に向けて進む。
半日も経たない内に、誰ともなく全員が、ある『不思議なコト』に気が付いた。
歩き通しのはずなのに、喉も渇かないし空腹にもならないのだ。
歩いた疲れさえ、少しの休憩でどんどん回復していく。
「これも神様のオーラの影響かな?」
「神聖魔法の回復呪文とは根本的に異なるモノですね。空腹や喉の渇きまで満たされるなんて…。」
「ふむ。神の世界は、一切の苦しみや煩悩から解放されると言うしのう。」
あぁ、ギリシア神話でも、蓮の実『ロータス』を食べるとそういう境地に辿り着けるって、本で読んだな。
仏教でも解釈や経緯は異なれど、やっぱり神仏のステージまで上がると同様の境地になるらしい。
「んー、でもー、おいしいごはんがたべられないのは、つまんないっすねー。」
「…マスターとキャッキャウフフ出来ないのは、嫌…。」
うん、まぁ、何だ。煩悩には快楽という面もあるから、人間ってモノはなかなか悟り切れないんだろうなぁ…。
アレがしたい、コレがしたい。俺だって、誰だって煩悩のカタマリだもんな。
さらに歩きながら話していると、また1つの疑問が浮かぶ。
「―ん?待てよ?疲れもしないなら、24時間歩き続けるってコトも可能か?」
「確かに、睡眠欲も出ないのであれば、そういう結論にはなりますね。」
「余は主の判断に委ねよう。」
「オイラも、ボスにまかせるっす!」
「…マーシャも。マスターがここで脱げと言うなら、すぐに脱ぐ。」
「いや、言って無いし!言わないし!」
周りの景色を見ると、もう半日以上経ってそろそろ夕暮れのはずなのに、全く明るさが変わらない。
日差しは強くも無く、弱くも無く。気温も暑くも無く、寒くも無く。
いや、実は『半日』というのにも、全く自信も無ければ、確証も無いんだ。
何せ、周りはずっと明るさが変わらないし、腹も減らないから腹時計も役に立たない。
疲れもしないから、体感的に『このくらい歩いただろう』ってモノサシも使えないんだからな。
時間を計れる目安がどこにも無いんだよ、この神様空間。
うーん、釈然としない。疲れない、腹減らない。それは便利だけど、何か悶々とする。
そこで、俺はある決断をする。
「よし!みんな俺に任せるって言ったよな?」
「え?…はい。」
「なら、ここでキャンプする!」
「えっ!?」
「うほー!ごはんっすかー!?」
「なるほど、主よ、そう来たか。」
「…おー。」
全員でテキパキとテントを張り、そこらの石で竈を作る。
川から水を汲み、鍋料理をこしらえる。
空腹感は無いけれど、鍋から立ち上る湯気と香りでちゃんと食欲は出て来る。
竈を囲んで、食事をしながら語り合う。
「でも、良いのでしょうか?ここでこんなコトしていても…。」
「駄目ならば神の力で、とうに追い出されておろう?案ずるでない。」
「やっぱり、ごはんはひつようっすよねー。」
「…うん。みんなとこうしているの、好き。」
「―はい。そうですね。食事はみんなと一緒が美味しいです。」
楽しそうな4人(内1人、無表情)を見ていると、キャンプは正解だったな。
俺達は神様じゃ無いんだし、俺達の日常の楽しみまで神様に合わせて失う必要は無いと、そう思うのだ。
別に悟りを開きたくてココに来たワケじゃ無いんだもんな。
『欲望の無くなったのが一番幸せなら、石や屍が一番幸せだ』とは、誰の言葉だったか。
そしてテントに入って就寝。
疲れていなくても、人間は眠れるモノである。眠る悦びってのもあるからな。
おやすみー。
―どのくらい寝たんだろう。
時間の感覚が無いし、外の日差しや空腹で目が覚めるというワケでも無いから、さっぱり見当が付かない。
ん? あれ?何で外が見えてるんだ? テントの中で寝たはずだろ?
…!?
異変に目が覚めて、慌てて起き上がる。
何処だ?ここは…。
延々と続く白い空間に、淡い虹色の波というか、モヤというか、霧というか、…ワカラン。
周りを見ると、プリス達は全員無事だ。…まだ寝てる。
俺は4人を起こす。 みんながみんな、この異様な空間に声を失っていた。
『よく来ました。』
不意に、何処からとも無く声が聞こえた。
周り全てから聞こえているような、それでいて目の前にいるような。
声も男とも女ともつかない、中性的というのも適切で無い、説明が難しい声だ。
『神々の住まう場所に来た者は久し振りです。』
!! ここが『神々の住まう場所』!?
じゃあ、その声は…神様?
『何の用があって貴方がここまで来たのか、分かっています。』
流石、神様はお見通しか…。
「えっと…貴方が、神様…ですか?」
『貴方達の世界で神と呼ぶものを想定するのであれば、私がそうです。』
うむ?それって『貴方達が勝手に私という存在を神だと思ってる』ってコトか?
ネットなんかの『神絵師』とか『神キタ━━ヽ(゜∀゜ )ノ━━!!!!』的な崇める人、みたいな?
いや、例えがショボかった。
少なくとも人や魔族、獣人族やエルフとも違う、超常的な存在だろうコトは雰囲気でビシバシ来る。
「俺達はキャンプして…テントに入って寝ていたはず、ですよね?」
『それを見て、貴方に会っても良いと判断しました。邪な野心が無い証拠です。
貴方に利己的な野心があれば先を急がせ、仲間をあのまま一睡もさせずに歩かせ続けていたでしょう。』
うわ、あの疲れない、飢えない、眠くない、の神様空間はテストだったのか!!
俺はただ、いつもの日常が欲しかっただけなんだけど…それが良かったのかも知れないな。
「その…俺のここに来た理由ですけど…、」
『それを語るには、まず貴方が、仲間に話さなくてはいけない亊があります。』
…遂に来たか。 そうだよなぁ、その通りだ。
思えば彼女達は、俺のコトを詮索もせずにここまで一緒に来てくれたんだ。
いつかは話さなくちゃいけないとは覚悟していた。 それが今か。
4人は黙って俺を見ている。
俺は意を決して、大きく深呼吸し…
「みんな、聞いてもらいたいコトがある。…俺の素性についてだ。」
それを聞いた瞬間、プリスは前で合わせた手をギュッと握り、パトルは小首を傾げ、
デヴィルラは静かに腕を組み、マーシャは無表情のまま、俺の言葉を待つ。
「―俺は、この世界の住人じゃ無い。」
4人は無言のままだ。 俺は続ける。
「どうやら、違う世界からこの世界に飛ばされたらしいんだ。もちろん、俺の意思じゃ無い。
それで、なぜそんなコトになったのか、元の世界に帰れるのか、そのために何をしたら良いのか、
自分で考えても分からない、誰に聞いても分からない、それでもどうしても知りたい。」
「そんな時だった。プリスが話してくれたんだ。『神様に聞くのはどうか』って。
俺のいた世界じゃ、神様は本当にいるのかどうか怪しい存在でさ、最初は信じられなかったんだけど…。
この世界には、俺のいた世界に無い『魔法』があった。『モンスター』がいた。色んな種族がいた。
だったら信じてみようって思って…神様に聞こうと思って…ここまで旅をして来たんだ。」
まだ4人は無言だ。
俺は最後に一番言わなくちゃいけない言葉を、最敬礼をしながら言う。
「みんな、今まで黙っていて本当にゴメン!…そして、ここまで命懸けで付き合ってくれて…ありがとう。」
最敬礼したまま沈黙が続く。
と、それを破る素っ頓狂な声。
「ほぇ~~~~~!!やーっぱ、ボスってすっっっごいひとだっだんすねー!!」
「え?」
「どうりで、余の想像も付かぬコトばかり体験させてくれるワケよのう。」
「…マスター、特別っぽくてカッコイイ。」
え、ちょっと、何?アッサリ過ぎない? 一世一代のカミングアウトだったんだよ!?
俺、異世界人だよ!?もっとそれらしい反応あるだろ?無いの?
まだ何も言わないプリスを見ると、彼女はすごく優しい笑みを浮かべて言った。
「……知っていました。」
えぇ!?
「知っていた?…俺のコトを?異世界から飛ばされて来たって?」
「いえ、そこまで詳細には。…でも、違う世界の人なのだろうとは思っていました。」
そう言ってプリスはポケットに手を入れ、何かを取り出す。
「これを見た、『あの日』に。」
その手には、1枚の100円玉。 …ん?これが何か? あの日?…どの日よ?
俺がワケが分らんという表情をしていると、プリスはクスっと笑い、
「これは私がケインさんと初めて会った日、ギルドの二階の喫茶店でケインさんに渡されたモノです。」
……あぁ!!そうそう!プリスと一緒にギルドの二階にあった喫茶店で、
俺はコーヒー、プリスは…メロンソーダを注文したんだっけ。
で、この世界に来たばかりで右も左も分からない俺に、色々と教えてくれたんだ。
それでもって、お礼代わりに俺が奢ったんだっけ。その時の代金の100円玉か。
「でも、それが何で俺のコトを気付くキッカケに?」
「はい。この100円玉には『昭和53年』とありました。」
昭和53年?…あぁ、その硬貨が製造された年か。
「へ?『しょーわ』ってなんすか?」
「『へいせい』では無いのか?」
「…?」
途端にパトルとデヴィルラが食い付いて来た。
マーシャは『イミフ』といった顔だ。まぁ、ずっと町や村に寄らずに生きてきたから、お金のコトに疎いのか。
―でも、それが、昭和が何なんだ?
「ケインさん。この世界では、今、流通している全ての硬貨と紙幣は、魔導大戦以降に発行されました。
そしてそれらは全て『平成』の元号なんです。―昭和という元号は数百年前のモノ。
ですからこの100円玉は…この世界には存在しません。」
「!!」




