最終話:この「世界」の片隅で
目の前の光景が信じられずしばし呆然とする。願いのオーブを奪われ、取り返す間もなくハイロは願いを叶え、俺の前から姿を消した。同時にライムへと襲い掛かっていたコピーハイロが消え去り、その後どれだけ感知能力を強化しても、能力によって生み出された兵器群を見つけることはできなかった。
「意味がわからん」
俺の呟きに答える者は誰もいない。意識のないライムを抱きかかえ、俺はその場を後にする。状況は決して良いとは言えない。ならば今は備えるのみだ。そんな結論を出し、神器一号に引きこもりつつ身構えること早三日。事態は何も変わることなく平和な日々が流れていく。拍子抜け――とは言い難い。今はどちらかと言えば「勝ち逃げされた」という気持ちが強い。
「『あの日、あの場所へ』か……」
あの時、願いのオーブを奪われた俺はすぐさま取り戻そうと動いた。しかし同時にハイロのコピー――つまり「勇者」であり、イデアの手先である人形はライムに襲い掛かった。その対処に動いた結果、俺はハイロの願いを止めることができなかった。
結果、ハイロはこの世界から消えた。同時にコピーが一斉に消滅したことからも、それは疑いようのない事実である。本来であるならば元の世界への帰還という願いは叶わない。それは世界を改変したイデアが妨害しているからに外ならない。しかし当のハイロはイデアに取り込まれていたはずであり、そこら辺の詳細に至っては今なお不明のままである。
少なくともコピーだけでなく、生産した兵器全て消滅したと言うことは、ハイロの願いが叶い、時空を超えて元の世界に戻った事でイデアとの繋がりが断たれたと見るべきである。でなければ、あの結果はあり得ない。一体全体どういう理屈でそうなったのか、憶測こそできるがそれが果たして正解かと言われると悩むところではある。
あの口ぶりからすると、こうなるように動いていた節さえあり、葵を切ったこともそれに関係しているのではないかと疑っている。ではそのターニングポイントは何処か?
最早答えを知る術はないが、心当たりは俺にはあった。今でこそわかっている話だが、ハイロはこの世界を監視していた。その中に俺が含まれていたのは言うまでもなく、恐らくあの時に願いのオーブを使用した瞬間を見られていたのだろう。
「だからこそ、別のルートを画策した。他人の力を当てにするより、俺から願いのオーブを奪う方向へとシフトした」
そして狙いすましたかのように、俺が確実に対処不能である状況で現れた。あの入れ替え能力もそのためのものだろう。となるとハイロはイデアと何らかの形で協力関係にあったと見るべきか?
もしくは一方的に利用していたとも思えるが、何のきっかけもなしに「世界」との接触を図れるかと問われれば――答えはノーだ。ここで「世界」についてよく知る人物が浮かび上がってくる。そう、ディバルだ。あの異世界人を見境なく同胞認定する奴ならば、目的達成のための別ルート……或いは保険としてハイロと何かしらのやり取りがあってもおかしくはない。
「結局のところ、謎は深まるばかり、か……」
真実を知ろうにも知っていそうな人物は全員いない。一応手段はあるのだが、残念ながらそれを使うと余計なものが付いてくる可能性が高い。故に、この件は決着が付いた後のお楽しみとするしかない。そんなことよりも――
「目覚めるのは何時になるやら……」
即座に「蘇生」のカードを用いて復活させたはずなのだが、未だにライムが目覚める気配がない。まず間違いなくイデアによる干渉だが、これを安全に解決する手段が今の俺にはない。ベッドの上で静かに眠るライムの隣に座り、その頬にそっと触れる。これが罠ではないという保証は何処にもない。下手にライムの持つ「領域」に干渉したとたん、こちらにまでイデアが手を伸ばさないと一体誰が言えるのか?
(何もできない。次の願いのオーブを急ぐ外ない)
幸いシステムは確立した。後は吸い上げるのみである。
「ようやくラスボスのみとなったんだ。早く戻って、俺に楽をさせてくれ」
返事をする者は誰もいない。だが、それが聞こえていると信じて俺は立ち上がった。この状況を打破するために、何をすべきかくらいはわかっている。さあ、この世界の富を集めるとしよう。
あれからどれだけの時間が経ったのだろう?
感覚としては百年は確実。実際はその数倍の時間が流れていてもおかしくはない。その理由の一つとして、この世界の資源が枯渇した。俺がこの世界の住人から搾り取り、それを片っ端からポイントに変えたことで物資そのものが減少。今や世界中で飢餓と貧困が渦巻いている。だがそんなことを気にする俺ではない。
何せ、この世界の住人はただのデータであり、言ってしまえばシミュレーションゲームの数字でしかない。どれだけ数が減ったところで何かを感じろと言う方が無理である。ところがここに大きな問題がある。当初の予定よりもイデアの掌握に時間がかかっている。全体の5割を超えた時点で主導権がこちら側に傾くのだが、未だ42%と目標値には届いてない。
しかもこの世界からポイントに変換できる物資がなくなりつつあり、今や農業生産品をかき集めてどうにか積み上げているというのが現状である。つまり生産能力が落ちてしまったこの世界では、残りの8%ほどを手に入れるために時間がかかりすぎるのである。
そしてこれに拍車をかけるのが「魔王」と「勇者」である。「魔王」の座が空席となったことで、俺を排除するべく生まれ続けるのは良いのだが、それに合わせて「勇者」も生まれるのは仕方がない。しかし揃いも揃って俺を狙ってくるというのだから「システム仕事しろよ」と愚痴も言いたくなる。これに関しては理由があり――
「お前の悪事もここまでだ、魔王!」
どういうわけか、俺は魔王になっていた。システムとしてのものではなく、俺が君臨するこの世界においてそう呼ばれているだけなので、特に意味があるものではない。よくあるRPGのラスボス的な存在というだけのことである。名称が「魔王」なわけなもんだからこうして勇者がやってくる。
「やあやあ、よく来たな召喚されし勇者よ!」
俺は両手を広げ、彼らを笑顔で歓迎する。現地の「勇者」に用はないが、召喚されたこの世界に来た者なら話は別だ。こうやって十数年に一度やってくる「勇者」と召喚者を相手にして暇を潰している。「魔王」に比べたらマジで弱いからまともに相手をする気も起きない。ちなみにこの世界は魔王と呼ばれる俺が支配しており、それを打倒するために勇者が生まれたり別世界から召喚されている、という設定となっている。この数百年で随分様変わりしたものである。
「しかし……もうちょっと良い装備はなかったのか?」
玉座の間に入ってきた四人の闖入者を見渡し一言。
「貴様が、何もかも奪いつくしたからだろうが!」
勇者の取り巻きの戦士っぽい男が叫ぶ。だからと言って勇者の武器がただの鉄製の剣はない。そんな感想を抱いたところで思い出した。ガチャ産の装備品やアイテムは大半が廃棄されることでポイントに還元される。しかしそのレートは低く、一部は放出していたのだが、結果として魔剣等の武具は全て変換された。存在しているのは俺が所有する僅かなものだけである。
「あー、そう言えばそうだったかな?」
俺は考える素振りを見せつつ「そんなことよりも」とポンと手を打つ。
「元の世界に帰る手段については何か聞いているか?」
「お前を倒せば、帰ることができる」
「またそれかー、いい加減設定変えろよ……」
そう言えば俺の時もこんな理由だったような気がする。苦笑しつつ「変わらんなぁ」と溢してしまう。
「取り敢えず、帰還方法について話そうか?」
俺の言葉に意表を突かれた黒目黒髪の少年が困惑した表情を浮かべ、周囲の取り巻きが一歩前に出る。
「勇者様! 魔王の甘言に惑わされてはなりませ――」
そのセリフを言い終える前に神官のような服装をした男が消えた。
「勇者様! 魔王は人を誑かす手管に優れております! お気を付けください!」
次に前に出てきた魔法使い風の女が俺と少年の視線の間に立つ。
「え?」
当然この状況を把握できない少年は消えた神官について何も言わない仲間達を驚愕の表情で見る。
「面白いだろ。特定の手段で消えた場合、こいつらはそれを認識できないんだ」
「お前……何をした?」
俺は少年の疑問に笑顔で応じる。同時に魔法使いの女が消え、残った戦士が彼の前に出る。
「さ、行くぜ。ここまで来たんだ。俺達二人が世界を救う!」
「ランド、何を言って……エレンとスコットが消えたんだぞ!?」
「言っただろ。認識できないんだよ。データが削除されたから、そいつらは最初からいないことになったんだ。だからそいつの中ではずっと二人だったということになってしまう」
「耳を貸すな! こいつさえ倒せば、全部終わるんだ!」
ランドと呼ばれた人形が、手にした粗末な槍を構え、飛び出そうとしたところで少年の手がその腕を掴む。
「何言ってんだ! エレンとスコットが消えたんだぞ!?」
再び同じセリフを言う少年に怪訝な表情を向ける人形。
「お前……まさかもう魔王に?」
「言っただろ。最初からいないことになるんだ。折角だから、この世界の真実を教えておこう」
俺はそう言って残った人形を消すと、最早足しにもならないポイントに溜息を吐く。
「ランド……」
最後の消えた仲間が消えたことで膝をつく少年。そんな彼にこう言って安心させる。
「ああ、今のはこの世界の住人にしか使えない。だから君が消えることはないぞ?」
俺を見上げる少年の目には恐怖が宿っていた。まあ、一瞬にして何をされたかもわからない方法で仲間全員を消されたのだ。彼の能力次第では戦力に絶望的な差があることを嫌でもわからされてしまえばそうもなるだろう。
「さて、まず初めに言っておこう。この世界の住人というのは言わば『NPC』だ」
「NPC……」
「あ、ゲームとかやったりする?」
突然の質問に「少しは」と歯切れの悪い返答をするが、切り出しは確かにちょっと不親切だったかもしれない。
「最初にこれ聞いとくべきだったか……君、日本人?」
「え?」という間の抜けた言葉の後、小さく頷く少年。黒目黒髪だからと言って日本人扱いして違っていたことがあったので確認は大事。
「んじゃ、俺と同じ召喚陣からってことだな。あ、君が召喚された魔法陣だけどさ、あれ中身がちょっと弄られたせいで日本人ばっか呼び出すようになってんだよ。その分送還する際のコストが安くなってる。帰還のハードル下がるよ、やったね」
打って変わってフレンドリーな対応にまたも困惑する少年。そこに止めとばかりに「コーラ飲む?」と畳みかける。
「えと……頂き、ます?」
少年の肯定に俺は頷く。
「ライムー、冷蔵庫から……あー、いないんだったな」
俺はポリポリと頭を掻き、少年に「ついといで」と手招きすると玉座の間の奥にある私室へと歩いて行く。
「でさー、この世界の真実ってやつだけどさー」
「は、はあ……」
歩きながら話す俺に警戒はしているものの、少年は戦う気は既に失せているらしく適当な相槌を打ちながら付いてくる。
「この世界は言ってしまえば人工物なんだよ。人間もその中に含まれていてな、この世界の住人は全員作り物なんだ。んで、そんな中に放り込まれた俺達異世界人は、彼らの完成度を上げるための絶好の素材となる。だから送還の能力を持った召喚陣でも、この世界を管理しているモノが許可を出さないため帰ることができない。ここまでの説明で何か質問は?」
「……人間が作り物、何ですか?」
「そうだよ。ちゃんと話に付いていけているようだね。たまーに意味がわからず喧嘩売ってくる子もいるからねー。助かるよ。んでこの世界を作ってるプログラム的な部分から削除を行うとさ、さっき見た風に認識できないからあんな感じになるわけ」
そう言って私室の扉を開けた俺の背に少年からの質問が投げかけられる。
「それってつまり……あなたはこの世界を好きにできる、ってことですか?」
立ち止まった俺はしばし「んー」と目を瞑って上を見上げる。
「半分正解」
まだ半分には届いていないが、いつかは全てを手に入れる。口には出さないが、返事としては十分だろう。部屋に入って真っ直ぐ冷蔵庫に向かっていたおかげで電話に着信があったことに気が付くのが遅れる。取り敢えずコーラの瓶を少年に手渡し、テーブルの上に置いてあるチカチカと点灯する携帯電話を指差す。
「……この生活を維持するための搾取、ですか?」
「え、違うけど?」
この程度なら自前でどうとでもなる。まあ、中世っぽい世界からいきなり現代風の部屋に入ったらそう勘繰るのも仕方がない。俺は少年の方を向いたまま手にした携帯電話を操作する。
「気づくのが遅れた、すまない。……ああ、やっぱり無理か。……うん、うん。やはりもう目ぼしいものはなし、か……」
これはいよいよ以て時間が問題となってきた。700年であれだった。既に数百年が経過した身ですら、その変化を実感している。人間の精神は、何百年と生き続けられるようにはできていない。故に、その時が訪れる前に決着を付けなくてはならない。
俺は携帯電話をそっとテーブルに戻し、コーラの瓶の蓋を素手でこじ開けて中を飲む少年の前に出ると徐に壁ドンをかます。
「ところで少年。何か金目の物は持っていないかな?」
唐突に始まったカツアゲに少年が目を白黒させる。
「ああ、言い方が悪かった。もっとわかりやすく言おう。君が召喚された時に持ち込まれた所持品次第では、元の世界に帰すことも吝かではない」
用があるのは異世界人ではなく、その所持品。物によっては結構なポイントとなるので、俺としては見逃す気はない。もっと言えば、このために召喚陣を放置しているとすら言える。特に俺を基準に未来から来ている者の持ち物――特に高性能な電子機器等はそれこそ数年分のポイントになる場合もあるのだ。故に、ポイントをたんまり稼がせてくれた相手に限ってはきちんと送還していたりする。ちなみに今のところ三名ほど元の世界に帰している。
「ほら『地獄の沙汰も金次第』って言うだろ?」
しかしここは地獄ではない。だから――
――異世界の沙汰も金次第――ってことだ。
これにて本編終了となります。長い間お付き合い頂きありがとうございました。
本編終了後のお話は機会があれば書くかもしれませんが、あまり期待しないようお願いします。
完走した感想
・プロットがちょっと変わっており、葵は最初から死ぬ予定だったがハイロは生存に変更されている。当初は異世界人組は主人公を除き全滅していた。
・本編中目的を果たしたのはハイロのみ。
・タイトル回収する作品が好きなもので……
・大陸は帝国が支配。別大陸もあるが、そちらは文明国家が存在せず。反体制勢力は意図的に放置されている。理由は本編参照。
・ライムは主人公の危惧した通り罠だったが、反則技で「魔王」ではなくなったが無事復活してる。
・実は3話分くらい短くなっている。
・リアル都合で長らく書けない時期があってほんとすまぬ。
(´・ω・`)別作品もよろしくお願いします。年内に新作予定してたけど、予定的にちょっと厳しくなってきた。




