7-17:挨拶
(´・ω・`)短め
「イデアをどうにかしなければ命が危うい――それはお前も知ってる通りだ。だからこそ、こうやって『どうにか』しようとここに来た」
「そのために、サフィーを犠牲にしたか?」
「『他人の命より自分の命』は極々普通のことだろ? 優先順位に従ったまでのことだ。目安は全体の半分なんだろうが、一先ず生存を優先するなら1割も確保できれば達成できる。お前さんの持ってる『領域』を奪っても届きはしないが、そこから更に一回分捕れば10%の大台に乗せることはできるだろう、って算段だ」
当然その分は帝国から集めさせてもらう、と付け足して俺は手をポンと叩く。その瞬間、分身の身動きが取れなくなった。何かされているのはわかるが、何をされているのかまではわからない。だから俺はもう少し手の内を晒してもらうべく情報を提供する。
「そうそう……過去に召喚された者達に会ったよ。口ぶりからすると多分先輩らと同時期に召喚された連中だ」
俺の言葉にディバルは動じることなく、締め付ける力を強めていく。
「名前は確か……ミハネ、とルーウィ」
そこから何か言う前に不可視の力で首が締まり体が宙へ浮く。分身だから別に破壊されても良いので挑発的な目で見下ろしてみたところ、それはもう元々の異様な顔つきと相まって視線だけで人が殺せそうな形相である。
「二人を、どうした?」
「殺した。いや、この場合は――」
最後まで言わせろよ、と言いたくなるほどに反射的な攻撃。壁に叩きつけられた分身の骨が折れ、口から血が零れるが痛みはなし。そういう風に作っているので構わず続きを話す。
「元々死んでるはずのものが、俺のスキルを経由して現れただけだ。元に戻して何が悪い? もっと言えば、そいつらがイデアの影響下にないと誰が言い切れる? 殺害、抹消は当たり前だろ?」
今度は反対側の壁に叩きつけられる。最早理屈ではないのだろうが、攻撃が実に手ぬるい。ここにいるのが分身だとわかっているから手の内を見せる訳にもいかず、かと言って「何もしない」という選択肢はあり得ない。
(その結果がこれだということは……いや、まさか戦闘に不向きな能力を作ってしまった? そうか、その可能性は大いにあり得る! こいつは元々罪悪感からサフィヨスを追って「厄災」となった。ならばそれに沿うこいつの願いが、戦闘に適した能力とは考えにくい!)
俺は笑う。だが油断はしない。戦闘に適していなくとも「領域」を操作することに特化した能力ならば厄介だが、単純な戦闘行為に対して有効な能力を持っていないならライムを軸に攻めれば容易いのは明らか。
「しかし手ぬるいな。これがただの人形だということくらいわかるだろ? 一気に破壊しないのはもう少し情報を吐かせたいからか? それとも、手の内を見せなければその程度もできないか?」
これが最後の言葉となり、俺と分身の接続が途絶えた。しかし最後の一撃は悪手である。何せ分身体を消滅させたのだ。つまりそれだけの力を行使してしまい、その原因を特定されてしまったのだ。
「ライム、能力がある程度だが予想できた」
本体に意識を戻した俺は後ろから抱きつくライムに声をかける。
「空間干渉に因る圧殺――しかも分身が奇麗に消えたことから、別の空間と呼ぶべき何処かに残骸を送っているな」
思ったよりも戦闘能力が高かったがそこは問題ない。少なくとも先ほど得た情報から派生し得る能力を鑑みても、ディバルに俺を殺す手段はない。最悪を「領域の削り合い」と定めていたことに変更はなく、それをすればイデアに利することを理解している以上、その選択を取る可能性は低いままである。但し、少しばかり煽りすぎたことを考えるとその懸念が僅かばかり増大したのは見過ごしてはならない。
「さて、攻めるぞ。ライム」
「はい、お父様」
分身体のおかげで座標は把握した。だからそこに向かってまずは一発ライムが打ち込む。一言で表すならば巨大な杭。全長80mはある魔力の杭が宙に浮かび、目標地点へと向かうべく角度と高度を調整している。そしてライムが開いた手を握ると放たれた杭が一瞬にして目標に着弾。帝都では大きな土煙が上がっていた。それを目視で確認しつつ、神器一号を収納する。
「やはり魔力ゼロの空間はその周囲にも影響を与えている、か……」
初手はあまり効果的ではなかったのは想定の範囲だが、道ができていれば何も問題はない。今は土煙が酷いので視界を飛ばしても見えないが、少なくとも厄災の気配から地下室をぶち抜くことはできなかったことは確実である。
「試しにもう何発か打ち込んでみますか?」
そのライムの提案に「戦闘に影響のない程度で」と注文を付けたところ、何十発と先ほどと同様の杭が打ち込まれた。流石は魔王、スケールが違うぜ。
「やはり外壁を貫くことはできないようです」
しばらく待ってみたところそんな結論をライムが口にする。
「まあ、厄災が時間をかけて作ったものっぽいからなぁ……魔力での攻撃では分が悪いのだろうな」
取り合えずそれっぽい慰めの言葉を口にしつつ、ライムの腰に手を回すと汎用カードで「転移」を発動。帝都上空にサクッと到着。そのまま降下し、慌ただしく逃げまどう群衆を無視してその正反対の方向を悠々と歩く。
「もう一度転移……は必要ないな。あの辺まで飛んでくれ」
俺はライムにそう言って城の一角を指差す。コクリと頷いたライムが俺を引き寄せ石畳を蹴る。少々長いと感じた滞空時間の後、地に足が付いた時には俺が指差した場所――つまり、ライムが打ち込んでできた穴が良く見えそうなところにいた。
「おっともうちょっと外側だったか……ライム、次はあの辺だ」
砂埃も収まりつつあるので穴の近くを指差し再び飛ぶ。人が通るには十分すぎるほどの大穴を前に、覗き込んで見たが少々傾斜がきつすぎる。もう少し角度を調整していればと思わなくもないが、そうなると色々巻き込んでしまうのでここらが限界とも言える。
「取り合えず試したいことがあるからここを降りるぞ」
俺の言葉にライムは頷き、すっと隣に来たので腰に手を回す。後はライムに任せて宙に浮かび穴の先へと進む。それからしばらくして金属製の壁が見えてきた。ここがディバルのいる地下室である。やはりというかここでライムの攻撃は止まっているようだ。しかも無傷であることから魔法での攻撃は意味がないと見て良い。
では早速俺が試してみたいことを実行。手を伸ばしその外壁に触れる――が、期待していたことは起こらない。
(予想通りとは言え変換不可……つまり、この外壁はディバルの能力によって作られたものだと確定だな)
つまり正規ルート以外での侵入は極めて難しい。同時にディバルの能力が空間系以外にもあることが判明。単純に「領域」を用いて作成されたものではないことは触れた時点でわかっているので、何かしら創造する能力を持っていると考えられる。
「厄介だが、ディバルの持つ『領域』を考慮すればそれが脅威となるかと言えば……」
答えは否、である。ライムは兎も角、数倍の領域を確保している俺に対しては残念ながら有効打すら難しいはずである。だが警戒は必要だ。取り合えずエレベーターの前まで行ってみることにして、まずは穴から脱出する。そして地上に出たところで声をかけられた。
「これは貴様の仕業か?」
「そこは『貴様ら』と言うべきじゃないのか?」
先ほど俺の前に立ち塞がったロイヤルガードが手勢を引き連れ大穴を囲んでいた。取り合えず数に入っていなかったライムを見せつけるように引き寄せる。
「まあいい……その返答、肯定と見做すぞ?」
剣を構えるロイヤルガードに対して、俺は大きな溜息を吐き「ライム」とだけ言って合図する。同時に周囲に浮かんだ無数の赤い玉。警告を発した時には既に遅く、周囲にいた兵士全員が息絶えた。その中には名前も忘れたロイヤルガードの姿もあり、俺はやれやれと首を振る。
「インフレ進んだんだから今更お前ら程度が出てきてもねぇ……」
僅かばかり同情の言葉を口にするが、それも少し歩けば忘れていた。見覚えのある場所を見つけてからは真っ直ぐに地下への通路を歩いて行く。さて、ドアのノックはどうしたものか?




