魔法使いの買い物
黒服さん――――真之介さんの訪問から数日が経ちました。
お兄さんはようやく元気になり、今日からまたバイトに出かけています。
私の方はと言えば、快気祝いに何か良さそうなご飯を準備するため、宗次郎さんとスーパーに来ているところです。
「おっかいものー、おっかいものー。あ、今日はお魚が安いかな」
お兄さんの好みなら、鰤の煮付けか鰹のタタキ。どっちにしましょうか。いっそのこと、両方っていう手も――――
「お嬢さん、不躾で申し訳ありませんが、少々よろしいでしょうか?」
うひゃあ!
鮮魚コーナーの前をうろうろしていると突然声をかけられ、思わず悲鳴を上げそうになってしまいました。
まあ心の中では思いっきり叫んでたわけですけど。
「あ……こんにちは。由良、真之介さん」
「はい。覚えていてもらえて光栄です」
真之介さん、こないだと同じように黒服ですが、今日はサングラスをかけています。
おかげで怪しさ五割増し、ましてや夕方のスーパーでは目立つことこの上ありません。
「ところで、私に用事って?」
「はい、少しお時間頂けたらと思いまして。ここではなんですから、よければ向かいのお店でお茶でも飲みながら」
「うーん、あんまり長い時間は無理だけど、ちょっとならいいよ」
「それは助かります。では、こちらへ」
……真之介さん、エスコートも様になってるなあ。ちょっと強面だけど、物腰はすごく柔らかいし、なんだか紳士、って感じ。
「それで、私に用事っていうのは?」
場所は変わって、スーパーの斜め向かいにあるおしゃれなカフェ。
いつも買い物の度に気になっていたお店ですが、まさかこんな形で入ることになるなんて、考えてもみませんでした。
真之介さんのコーヒー、私のチョコレートパフェと、注文した品がテーブルに並べられるのを待ってから、私の方から用件を尋ねます。
「もちろん、雄弘様のことです。将を射んとせば、と言いますので」
「私はお兄さんの馬じゃないんだけどなあ…………ここのチョコパフェおいしいね」
こちらがパフェにスプーンを付けるのを見て、真之介さんもコーヒーを一口啜りました。
それから、こっちが驚くほどストレートに『お願い』を口にします。
「単刀直入に言いましょう。貴女から、雄弘様が実家に戻るよう口添え願いたいのです」
…………この人すごいなあ。
私みたいな子供相手にも思い切り丁寧な対応してるし、なにより私のことを対等に扱ってる、ってのが驚き。
一方的にああしろこうしろって言ってくるわけじゃなく、きちんと筋を通してからお話ししてるのを見ても、なるほど、お兄さんが言ってたように、人間的にはかなり尊敬できる方のようです。
もしかして、お兄さんにはこの生真面目さが息苦しいのかな? 私からしたらお兄さんも十分真面目な人だと思うんですけど。
まあ、だからといって、要求に応えられるかどうかは別の話です。
「えー、それはどうかなあ。心にもないこと言うのは嫌だし、もし私から言ったとしても、お兄さん聞かないと思うよ?」
「ふむ、貴女は雄弘様の恋人ではないので?」
えーっと。
もしかしてこの人、壮大な勘違いをしてる?
「ちょっとちょっと、なんでそういう話になるの! 私の外見で、そう思える?」
「雄弘様は昔から小柄な女性が好みでしたので、もしやと」
そうなんだ。ごめんなさい、お兄さん。
なんだか分からないけど申し訳ないです。
「まあいいけど。私はただの居候で、お兄さんに何か言える立場じゃないよ」
「居候……? まあ、ここで貴女の身柄に関して追求するのはやめておきましょう」
「そうしてもらえると助かるかな。私はただ、お兄さんに幸せになってもらいたいだけだから」
「おや、それはこちらの目的と一致しますね」
む、そうきたか。
真之介さん、私をどうにか懐柔するつもりなのかな。
でも、初めて会ったときからずっと、この人が嘘を吐いているような感じは全然しないんですよね。
「無理矢理にでも連れ帰るのがお兄さんの幸せだと?」
「そんな気はありませんよ。そのつもりなら、とっくにやっています」
「あくまでも、お兄さんの意志で帰ってもらいたいってこと?」
「その通りです」
うーん、やっぱりこの人、純粋にお兄さんのことを考えてるなあ。
教育係、って聞いたけど、なんだかお兄さんに対する愛情みたいなものが半端無く見えてますよ。
「じゃあさ、なんで連れ帰った方がお兄さんの幸せになると思うの?」
「親元で、不自由のない暮らしをするんですよ。それだけで十分じゃないですか」
「う、それは正論だ。お兄さんも院長さんのことは嫌いじゃないって言ってたし」
「院長も、雄弘様のことは愛しております。それは間違いありません」
んー、真之介さんの言いたいことは、だいたい分かったかな。
まあ、分かってところで、私にはどうしようもないんだけど。
「協力して頂けますか?」
私のちょっとした沈黙をついて、たたみ掛けてくきます。
「うん、話は理解できたけど、ごめんなさい。さっきも言ったように、心にもないことは言いたくないし」
きっぱり断ったのに、真之介さんは特に落胆する様子もなく、伝票を取って立ち上がった。
「そうですか、それは残念です」
……あんまり残念そうな顔してないんだよなあ。
まあ、はじめからダメ元で私に声かけたんでしょうけど。
「お時間取らせてしまって、どうもすみません」
「いえいえ。私もそろそろ行くね。夕飯の準備しなきゃいけないし。どうもごちそうさまでした」
「はい、ではまた」
それから一緒にお店を出て、私は再びスーパーへと足を向けました。
お夕飯、煮付けとタタキどっちにしようかなあ。




