魔法使いの悩み
…………あれ? 私、寝ちゃってた?
遊びまくってベンチで休憩したところまでは覚えてるんだけど、そこから先の記憶が曖昧……っていうかありません。
まだ頭もぼーっとしてるし、適度な振動も気持ちいいです。
え? ……もしかして私、お兄さんにおんぶされてる?
こ、これはちょっと恥ずかしいし申し訳ないかも。
起きて自分で歩かなきゃ! ……でもお兄さんの背中、気持ちいいなあ……もうちょっと。もうちょっとだけいいよね。
「今日は、よく遊んだな」
お兄さん……? 私が起きてるの、気づいたのかな。
「うむ、割と楽しめた」
と思いきや、宗次郎とお話でした。
そういえばお兄さんと宗次郎さんだけの会話って、なんかレアかも。宗次郎さんはずっと私といるし。
「あんたは半分ぐらい固まってたじゃないか」
楽しめた、と言う宗次郎さんにお兄さん、呆れ声で突っ込んでます。
「……海が楽しそうだったからな。少し無理をしてしまったのは認める」
「ははは、いいお父さんだな」
…………む。お兄さん、ちょっぴり地雷踏んだかな。
「私を、この子の父親だと?」
「ああ、あんたに人間の身体があれば、今疲れて眠ってる海ちゃんを背負うのはあんたの役目だろう?」
「ありがたいことを言ってくれるが、私と海の関係はそのようなものではない。魔法使いとその相棒、それだけだ」
やっぱり。宗次郎さん、ちょっと微妙な感じになっちゃった。
たぶんお兄さんは気づいてないだろうけど。
「そうなのか? でも、大事なんだろう?」
「当然だ。海は我が半身に等しいからな」
おおう即答ですか。はっきり聞かされると、それはそれで照れるなあ。
「そんだけ想ってりゃ充分だろ。海ちゃんもきっと同じだろうしな」
はい、その通りです。……それにしてもお兄さん、よく考えると恥ずかしいセリフがぽんぽん飛び出してきますね。
「……少しおしゃべりがすぎてしまったようだな」
おや、宗次郎さんも照れちゃったかな。
「その、妙なこと言って悪かったな」
「そんなことはないが、いささか疲れた。少し休ませてもらう」
そう言って宗次郎さんは私のポーチに潜り込んでいきました。
私も眠たいなあ。ごめんなさい、お兄さん、もう少しおんぶしてもらっててもいいかな。
……結局、次に目が覚めたのはお兄さんのアパートでした。
「お兄さーん、朝だよー」
遊園地で遊び倒した次の日です。今日も朝からいい天気でお洗濯日和。窓から差し込む日差しを浴びて元気に一日を――――って、あれ?
「えーっと、お兄さん?」
いつもなら起こされるどころか、私よりも早起きなお兄さんがなかなか起きてきません。声かけてるのにぴくりとも動かないのはちょっと心配かも。
「お兄さーん、今日はバイトの日じゃないの? 遅刻しちゃうよー」
三度目の呼びかけで、ようやくお兄さんは布団の中でもぞもぞと動き始めました。
「ん……朝か。おはよう、海ちゃん」
上半身だけ起こして挨拶するお兄さんですが、声に張りが全くありません。ていうか顔色が悪いです。
「おはよう、お兄さん。……汗びっしょりだけど具合悪いの?」
「ちょっと具合悪いけど…………よし!」
気合いを入れてぴょん、とバネ仕掛けのように跳ね起きるお兄さん。思ったより大丈夫なのかな?
「あの、お兄さん、身体は大丈夫? どこか悪いところ無い?」
それでもやっぱり心配です。いつものいきいきした声を聞かないと、私も元気が出ないというか何というか。
「平気平気。さあ、今日も張り切って働くとするか!」
「だったらいいんだけど……本当に無理はしないでね」
この二週間でだいたい分かったんですけど、お兄さんはどうも他人に甘えるのが苦手なようです。他人の世話を焼くのが好きだからなのかな?
家事なんかも私がやってると申し訳なさそうにしてるし。それは別に悪いことじゃないんですが、なんというかもうちょっと頼りにしてくれてもいいのになあ、とは思います。
まあ、子供に甘えろなんて言われても、大人の男の人は無理ですよね、普通。
「ああ、辛くなったらちゃんと言うよ。それじゃあ、シャワー浴びてくる」
若干ふらふらしながら浴室に向かうお兄さんを見て、座布団の上で丸くなってる宗次郎さんが小さなため息をつきました。
「まったく、難儀な性格だな」
私もそう思います。でも、それもお兄さんの美徳のひとつなんじゃないかなーとも思うわけですよ。
そもそもこの家にお邪魔してるのはお兄さんのお節介……と言っては失礼ですね。お兄さんのご厚意に甘えているわけであって、本来なら真夜中のスーパーで弁当たかった挙げ句電波発言乱れ撃ちの私なんか、怪しいペットもろともとっくの昔に放り出されていても仕方がない状況です。
「ねえ、宗次郎さん」
そんなことを考えていたらどうにもいたたまれなくなって、浴室のドアが閉まるのを見ながら動き始めた宗次郎さんに声をかけていました。
宗次郎さんは返事こそしませんでしたが、目線で促してきます。
「お兄さんはどうして私たちをここにおいてくれてるのかな? 約束の一ヶ月はまだまだ先だけど、契約については一切触れてこないし……」
「…………はあ」
ちょっと、今ため息吐かれましたよ。どういうことですか。
ややイラっと来た私のことなどお構いなしに、宗次郎さんは続けます。
「それはお前も同じではないか。雄弘殿と契約する、という強い意志は、今のところあまり見受けられないが?」
「うっ、痛いところを」
「そのことが悪いとは言うまい。あまり急いてもどうにもならんことだしな。それと最初の質問だが、雄弘殿が我々に食住を提供してくれているのは、察しの通り単純な好意によるものだろう」
「それってやっぱり、私たちはおうちがない、って言ったからだよね」
「まあ、理由のひとつではあるだろうな」
うーん、仕事はやりやすくなったけど、思い返してみると失言だったかなあ。いろんな人に魔法かけて回ったけど、ターゲットのうちに居候する、なんてのは初めてですし。
これがゆとりのある生活してる人だったら特に悩むこともないんだけど。
「皆を幸せにするはずの魔法使いが逆に無償の好意を受け取るのは、いけないことだと思うか?」
…………くぅ、そんな質問しますか。相変わらず厳しいなあ。
「そこまでは思わないけど……実際今までだって周りの人に助けてもらったことは数え切れないしね」
「では、その困り顔の理由は何だ?」
「ええと、お兄さん、最初に言ってたよね『生活はそんなに楽じゃない』って。それなのに私たちをここに置いておくのは、結構苦しいことじゃないかと思うの。昨日も余計な出費させちゃったし」
遊園地デートの費用、私の分までお兄さんが出すだろうなーって、まあ考えてなかったわけじゃないです。ていうかお兄さんの性格を考えれば十中八九出すだろうと思っていました。
…………本当に申し訳ないです。
「昨日のアレは雄弘殿を外に連れ出すのが目的だったのだろう?」
「うん。お兄さん、仕事以外はびっくりするぐらい外に出ないから、何か気分転換にならないかなって……」
やっぱり、余計な負担かけちゃったかなあ。こんな時自分の不器用さがほんとに恨めしくなります。もっと、こう、上手いやり方とかあるはずなんですけど…………。
「案ずるな。雄弘殿はおそらくすべて承知の上だ」
「それって、お兄さんは私の狙いなんかお見通しだったってこと?」
「うむ。ただ、雄弘殿は他人の好意を無条件で受け取ることにあまり慣れていない気がするな」
「私がお兄さんに何かしてあげたいって思うのは、迷惑になるかもって?」
「そうではない。単純に他人と触れ合うのが多少苦手なだけだろう。常に一本線を引いて距離を置いている、というようにな」
あー、確かにそんな感じするなー。
その距離が遠慮とかそういうのにつながってるっていうのは、うん、納得です。
「なるほどね、なんかわかったかも」
「理解できたのなら、仕事から帰った雄弘殿のためにできることを考えておくとしようか」
「そうだね! 今日はフンパツ…………はできないけど、いつもよりがんばって夕ご飯作るよ!」
そうと決まれば、早速気合い入れて準備に取りかかるとしましょう。
まずはメニューを考えなきゃ。




