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魔法使いとの遭遇

「それで、話ってなんだい?」

 場所は変わって近くの公園。昼間はそれなりに賑わう場所だが、夜はさすがに人気はない。

 適当なベンチに腰掛けて、俺は少女の話を促した。

「へー、この辺りってこんな公園あったんだね。なんかいい雰囲気」

 聞いちゃいねー。ってかこんな時間に見知らぬ小学生の女の子と一緒にいるのって、なんかやばくね? 最近はすれ違っただけでも通報されかねないとか何とか。自分がそんな不審者に見られないよう祈るしかないな。

 そんなことを考える俺にお構いなく、少女は公園の中できょろきょろしている。

「おーい、話ないなら俺帰るぞー」

 ほっとくといつまでもうろうろしてそうな彼女に声をかけた。

「あっ、ごめんなさいお兄さん。えっと、話っていうのはね」

 ぐう、と再び腹の音。どんだけ減ってるんだ。

「……いいよ、食べてからで。ほら、弁当とお茶」

 弁当と一緒にペットボトルのお茶を差し出すと、彼女は飛び上がらんばかりに目を輝かせて手を差し出してきた。

「飲み物まで買ってくれるなんて! うぅー、ありがとうございます! このご恩は絶対に忘れません!」

 いや、お茶一本でそこまで感謝されても。

「すまないな、私からも礼を言う」

 へ……? 何だ? 今の声。

「ああもう、隠れてなきゃダメじゃない!」

 隠れて? あわてて辺りを見回すが、誰もいない。

「今の声は?」

「えっと、その……ね?」

 いや、ね? と言われても正直困る。

「今回の標的は彼に決めたのだろう? なぜ隠す必要がある?」

「うお! やっぱり空耳じゃない! ななななんだ今の!」

 不意をつくような二度目の声に思わず大声を出してしまった。なに? なんかいるのかここ?

「驚かせてしまったようだな、申し訳ない」

 警戒態勢に入った俺に謝りながら、少女のショルダーバッグの中から何かが出てきた。

 ……なんだ? ねずみ? 今の声ってもしかして……。

「こんばんは、青年」

 ねずみは少女の肩に駆け上がると恭しく一礼なんぞしながらそんなことを――。

「うわあああああ! ねずみが喋ったあああ!」

「ちょ、落ち着いてよ、お兄さん」

「だって君、ねずみが……って」

 そういえばさっきこの子自分のことを魔法使いだとか何とか言ってたような。

 ――――自称魔法使いの女の子。

 ――――日本語を話すねずみ。

 ――――雰囲気ある真夜中の公園。

「……何? もしかして俺って選ばれし者?」

「意外と余裕だね、お兄さん」

「まあ『選ばれし者』というのはあながち間違いではないかもしれんな」

 ……やっぱりねずみが喋ってる。全く持って不可思議極まりない。

「学会とかに発表したらどうなるんだ……」

「む、なんだか不穏なこと言ってるね」

 しまった、考えがつい口に出ちまった。

「別にどうもならんよ。『歌うしゃれこうべ』という話を知っているか?」

 むう、ねずみのくせにそんな昔話を引き合いに出すとは。知能はかなり高いと見た。

「そういうことだよ。どうかな? 私が魔法使いだって信じてくれた?」

 どうだこれが証拠だと言わんばかりに、少女はえへんと胸を張る。

 ……いきなりそんなこと言われても。

「正直、半信半疑だけど……喋ってるしなあ」

「魔法少女の必須オプション晒してるのに、まだ信用を勝ち取れませんか。手強いね」

 いや、そういう問題じゃないだろ、馬鹿正直に信じる奴の方がどうかしてるぞ。――ところで今、魔法少女って言ったか?

「まあいいや。それはそれとして」

「いいの? 私が言うのも何だけど、お兄さん結構テキトーだね」

「それはそれとして、魔法使いが俺に何の用事?」

「おおっとそうだった、忘れてたよ」

「店の中であんだけ俺のこと引っかき回しておいてそれかよ」

「私の用事ってのはね……こほん、お兄さんを幸せにすることでーっす!」

 …………。

 今さらっとひどいこと言われた気がするぞ。新手の嫌がらせかオイ。

「その言い方だと今現在俺が幸せじゃない、と言ってるように聞こえるんだが」

 幾分トゲを乗せてそう言ってやると、少女はあわててぶんぶんと手を振る。

「あ、いえいえ、そういう意味ではなくて」

「貴方の環境をよりよい状態にしていく手助けをさせてくれないか、ということだ」

 そしてねずみのフォロー。自称魔法使いよりもこっちの方が知力高そうだな。ステータス極振りするために見た目捨ててんのか?

「そうそう、それ、そんな感じ!」

 君はもういいよ、しゃべんな。

「俺の環境、ねえ」

「お兄さん、今の生活に何か不満とかはない? 今のままでいいと本当に思ってる?」

 うわあひでえ言い草。

「何でもいいんだよ? もっとお金がたくさんあったらなーとか、かわいい彼女がほしいとか」

 しかも魔法使いとかファンタジーな割には、現実味のあるやなこと言いやがるし。そのうえ彼女いないって決めつけかよ。いないけどさ。

「そんなお兄さんの願望を私がサポート! びしびしいっちゃうよー!」

「サポートねえ」

「さあ、覚悟完了したらこの契約書にサインを!」

 ハイテンションで紙切れ突きだしてくる少女。

 はあ……ちょっときつい言い方しちゃうけど、いっか。

「悪いな、確かに今の生活はそんなに良くないけど、一応自分で選んできた道なんだ。他人に口出しされるいわれはないし、言われたからってハイそうですかと聞くのもおもしろくない。と言うわけで他当たってくれ。俺より困ってる奴なんて、いくらでもいるだろ」

 ごめんな、と胸中で謝って、俺は少女に背を向けた。

「じゃあ、気をつけて帰れよ」

 なんとなく、老婆心から言っただけだった。

 振り返らずに帰るつもりだったのに。

「お家? 私ないよ」

『家がない』という言葉に、思わず足が止まる。

「なんだって?」

 そして振り返ってしまった。こんな小さな子が、家がない?

 そりゃ魔法使いとか素っ頓狂なこと言ってるし、よくわからない生き物も連れてるけど、それにしたって帰るところがないっていうのはちょっと問題があるんじゃないか?

「あれ? もしかしてお兄さん心配してくれてるの?」

 自分が変な顔をしていたのは分かっていた。だって、どう見ても小学生の女の子が平然と『住んでるところがない』って言うんだぜ?

 反応しない方がどうかしてるだろ。

「当たり前だろ、君みたいな子から家なしって聞かされたら、そりゃ気にもなる」

 俺を引き留める嘘って言うなら、腹は立つけどまあ許す。

 女の子は少し考えるように小首をかしげ、それからいきなりポンと手を打つと、地面に片膝ついて右手を俺の方に差し出しながら言った……いや唄った。

「――魔法使いと生まれたからには、使命を抱かずにゃおられぬ身。助けを求める声に引かれて、広い日本を西東。昨日谷越え向こうの村に、今日は山越えあちらの里に。明日はいずこへ呼ばれるものか、幸を振りまく旅がらす――」

 ……このガキ、野郎だったらぶっ飛ばしてるとこだぞ。

「なあ君、本当に家がないのか?」

「ないよー。魔法使いの仕事であちこち飛び回ってるから」

「その時々の場所を間借りする、と言った感じだな。時には公園の土管の中だったりもするが」

 少女の言葉にねずみが続けて重ねてくる。

 おいおいマジかよ、参ったな。

 とりあえず警察に、とも考えたが、それはそれで厄介なことになりそうだと思い直した。喋るねずみ連れてる自称魔法使い(住所不定)の女の子を連れてったところで、施設に放り込まれるのがオチだ。

「それでお兄さん、契約のことなんだけど……」

「ちょっと待った」

「えー」

「えーとか言うな。さっきも言ったけど、俺は今の生活に困ってるわけじゃないんだ。確かに貧乏してるけど、自分で稼いだ金で何とか食っていけてる。今はそれで満足なんだよ」

「むー」

 ……これ以上言っちまったらもう後戻りはできない気がするけど…………ま、どうせほっとけないんだし。

「でも、もし君が俺の気持ちを変える自信があるって言うのなら、しばらくは俺のところにいてもいいよ」

「え…………?」

「俺を心変わりさせることができれば、契約してもいいってこと。それまでの猶予期間を、一ヶ月あげよう」

 そう言うと、少女の目に何というか不敵な光が宿った。そして握り拳を突き出しながら高らかに言う。

「それってつまり、私に対する挑戦?」

「そう受け取ってもらっても構わないよ」

「いいいいいぃよっしゃー! なんか燃えてきたよー!」

 ……予想以上に好戦的だなあ。とりあえず流れで家に置くことにしたものの、本当に良かったのか不安になってきた。

「絶対にお兄さんのことぎゃふんと言わせてみせるからね! 覚悟してて!」

「ああ、がんばってみろ」

 まあ、なんとかなるだろう。穏やかな日常に飛び込んできた、ちょっとした刺激ってやつだ。

おっと、そう言えば……。

「自己紹介がまだだったな。俺の名前は風間雄弘。よろしくな」

 挨拶もしてなかったことに気づいて、少女に右手を差し出した。向こうも俺の手を握り替えして笑顔で応える。

「こちらこそ、よろしくお願いします! 私の名前は――」


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