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魔法使いとの別れ

 ん……。

 光がまぶしい。

 というか、ここは……っと。

 見慣れたいつものものではなく、白塗りの石膏ボードでできた天井が目に入ってから、ようやく病院の仮眠室にいるのだということを思い出した。

 すっかり眠り込んでしまっていたようで、外はすでに明るくなっている。

「あれ?」

 顔をひとこすりして、目の端に溜まっている涙に気付いた。

 なんで? 俺、泣いていたのか?

 夕べ由良さんからこの部屋へ案内されてから、そのまま泥のように眠り続けていたはずだが……あ、いや、確か明け方に一度由良さんからの電話で目覚めたな。

 親父の容態が悪くなったと。

 それから追加の連絡はない。

 ということは、まだ親父の天秤はどちらにも振れていないと言える。

 よし、一応身支度だけは調えておこうと立ち上がったその時だった。

「雄弘様、いらっしゃいますか?」

 部屋の扉がノックされ、由良さんの声が響く。

 一瞬で眠気が吹き飛んだ。

 由良さんが来たということは、いい知らせか悪い知らせのどちらかを持ってきたってことだ。

「ああ、起きてるよ」

 返事を待たずして、扉が開く。

 由良さんの顔は引き締まってはいたが、安堵の色が浮かんでいた。

「院長の容態が、安定し始めたそうです」

「そうか……良かった」

「かなり際どいところだったそうですが、奇跡的に持ち直した、と。もう少し院長の生命力が弱ければ、危なかったとのことです」

 ギリギリだったってことか。

 でも、本当に良かった。

「………あれ?」

 いつの間にか、涙が溢れていた。

 親父が助かって嬉しいのはもちろんだが、この感覚は嬉し泣きじゃない……ような気がする。

 何か、心の中に大きな喪失が生まれてしまったみたいな、そんな気分だ。

「気が緩んだためでしょう。涙は恥ずかしいことじゃありませんよ」

 由良さんはそう言ってくれたが、それでもまだ納得がいかない。

 だからなのかもしれない。

 らしくないことを口にしてしまったのは。

「いや、うん、そうだな。でも、なんだか正岡先生以外にもお礼を言わなければいけないような気がして……」

「ふむ、神様に祈りでも捧げてみますか?」

「神様か。……そうだな、信じてる訳じゃないけど、今日ぐらいはいいか。俺の知らないどこかの誰かが親父を助けてくれたことに感謝して……」

 軽く目を閉じて、小さくありがとう、と呟く。

 そのまま少しの間顔を伏せていると、由良さんが多少驚きの混じった声をかけてきた。

「ずいぶんと感傷的になりましたね。院長に会うのを決めたことといい、最近何かありましたか?」

「うーん、特には思い当たらないな。ただ、何かを変えてくれる人に出会ったような気もするけど、多分気のせいだ。覚えがないし」

「私は良い方に変わったと思いますよ」

「そうか?」

「ええ。以前の子供っぽさが抜けましたね。家族を守ろうという、気概みたいなものが見えます」

 その言葉が、何故か心に突き刺さった。

 家族。家族。家族か。

 俺にとって家族といえるのは、今じゃ親父と由良さんだけだ。

 お袋はずいぶん前に逝ってしまったし、兄弟姉妹もいない。

 だが、他にも家族と呼べる人がいたような、そんな夢を見ていたような、不思議な感覚がある。

 とは言っても、実際いないのだからやはり気のせいなのだろう。夢の続きを現実に引きずるなんて、よくあることだ。

「そんなこと言われても、自分じゃ分からないよ」

「でしょうね。まあ、今のうちに院長と会ったときの言い訳でも考えておいてください。おそらく、絞られるのは間違いないでしょうから」

「うへ、仕方ないな。そうするよ」

 由良さんに答えて、窓の外を見る。

 澄み切った秋空に、何故か女の子の笑い声が聞こえた気がした。

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