魔法使いの報告
「ただいま。良い匂いだな」
時刻は夜七時。お夕飯の準備をしているところに、お兄さんが帰ってきました。
もう少しで料理が完成するので、なかなか良い頃合いです。
「おかえりなさい、お兄さん」
「うん、いつもありがとう。おお、今日のメニューは魚中心か。いいね」
台所の様子をのぞき込んでそう言いながら、お兄さんは洗面所へ手を洗いに行きました。
結構上機嫌なようで、鼻歌なんか歌ってます。
さて、じゃあ食べる支度をしましょうか、と食器を棚から取り出していると、なにやら背中に視線が突き刺さっているのを感じました。
台所の隅っこでクッションの上に丸まったまま、宗次郎さんがじっとこちらを見ています。
「どうしたの、宗次郎さん?」
「いや、どうというわけでもないのだが、今日のことは雄弘殿に話すのか?」
あー、そういうことか。
べつに悪いことしたって訳でもないからなあ。口止めもされてないし。
「ん、そのつもりだけど。何か問題?」
「いや、いい。ただお前がどうするのかを確認したかっただけだ」
私の答えに素っ気なく返事をすると、宗次郎さんは話しかけてくる前と同じように、くるりと丸くなってしまいました。
これは、もう話は終わり、のアピールです。
こうなってしまった宗次郎さんは、しばらく耳も貸さないし口も開きません。
「おーい、海ちゃん。もうご飯よそっちゃっていいの?」
ちょうどそのタイミングでうがい、手洗いをすませたお兄さんが洗面所から出てきて、炊飯器の前でしゃもじをひらひらさせています。
む、さすがにそれを見逃すわけにはいきませんよ。
「もう、お兄さん、行儀悪いよ! こっちは私が準備するから、お兄さんはテーブルの上片づけて拭いてて」
まったく、食事用品を振り回すなんて、子供じゃないんですから。
精一杯怒った顔をして、用意してあった布巾を手渡します。
「悪い悪い。じゃあ、そっちはお願いするよ…………あれ?」
「んー、どうかしたー?」
ご飯をよそうべく炊飯器に向かう私の背後で、お兄さんがなんか変な声を上げたので、少し気になって聞き返しました。が、なんでもない、あとで話すとのことだったので、その時は気にせず支度を進めたんですが……これがちょっとしたミスになってしまいました。
まあ、そんなに大げさなことではないんですが。
『いただきます』
二人で手を合わせて、今日の夕飯をいただきます。
宗次郎さんは、ほらアレです。不思議な生き物なので、特に食べたり飲んだりは必要ないですし。
「お兄さん、食べながらで悪いんだけど、ちょっと報告することがあるの」
「ん、なんだい、かしこまって」
好物ばかりが並べられた食卓にそわそわしつつも、一応お兄さんはこちらの話を聞く態勢になってくれました。
お箸を持ち上げながらも、目線は私に向けています。
ちらちらとお皿の上の魚を見たりはしてますが。
「今日ね、真之介さんに会ったの」
ずばり本題にはいると、ぴたり、とお兄さんの動きが止まりました。
うー、やっぱり食べてからにすればよかったかな。
「由良さんに?」
「うん。私のこと、お兄さんの恋人か? だって。照れちゃうよね」
「あの人は……それで、他に何か言ってなかった?」
「お兄さんには、自分の意志で戻ってきてもらいたいって」
「……そっか」
なんでしょう。真之介さんの名前を出した途端固くなったお兄さんの表情が、少し和らいだ気がします。
これなら、全部言っても大丈夫かな。
「説得、されてみる?」
「説得?」
「真之介さんから、お兄さんに言ってくれって頼まれたの。断ったけどね」
「やめてくれよ、冗談きつい」
むう、さすがにとても嫌そうな顔をされてしまいました。
でもこれで、一応真之介さんへも義理立てはしましたし、お兄さんにも報告完了です。この件に関して、あくまで私は公平な立場でいないと。
ちょっと寂しいですけど、これは家族の問題であって私は部外者ですからね。
私の行動で方向が変わるようではいけないと思ってます。
「ごめんごめん。じゃあこの話はここでおしまい。食べよっか」
「そうだな、冷めちまう前に、おいしくいただかないと」
微妙な話題をぱしっと打ち切って、二人で食卓に箸を伸ばします。
さて、どうなることやら。




