第8話:凍りついた心の融解
第8話をご覧いただきありがとうございます。
ガルドとの距離が少しずつ縮まり、城の中で穏やかな(しかしどこか不器用な)時間を過ごす二人。今回は、由香の心に深く刻まれた過去の傷跡と、「生きたかった」という本当の叫びがガルドに触れる重要な転換点です。
冷酷な地獄の底で溶けていく心のドラマをお楽しみください!
ガルドの城で暮らすようになってから、由香の生活はかつての現世とは根本的に違っていた。
毎日、泥水を啜り、誰かに裏切られる恐怖に怯えながら生きていた日々。あの頃に比べれば、この城の中はあまりにも平和で、そして静かすぎた。ガルドは相変わらず無愛想だったが、由香に乱暴な真似をすることは一度もなく、ただ静かに同じ空間を共有している。
その日、城のテラスのような高い場所から、由香は赤黒く澱んだ地獄の空をぼんやりと眺めていた。
風が冷たい。ふと、腕に刻まれた古傷――現世でいじめられ、傷つけられたときの痛みの残骸が、なぜか疼くような気がした。
「……何を考えている」
背後からかけられた低い声に、由香は肩をピクリと震わせた。振り返ると、そこにはいつの間にか立っていたガルドの姿があった。彼は由香の隣に並び、同じように地獄の空を見上げている。
「……別に。昔のこと思い出してただけだよ」
由香は自嘲するように、乾いた笑みを浮かべた。
「母親は酒と薬におぼれて勝手に死んで、父親は犯罪者。学校に行けば化け物扱いされて、誰に優しくされるわけでもなく、奪うことでしか自分を保てなかった。……あんなクソみたいな世界、消えちまえって本気で思ってた」
言葉の端々に、いつもの棘が混じる。しかし、ガルドはその言葉を遮らず、ただ静かに聞いていた。
「なのにさ……」
由香の声が、ほんのわずかに震えた。
「いざトラックに跳ね飛ばされて死ぬって時、怖かったんだよ。あんなに最低な人生だったのに、まだ何も味わってないし、誰にも愛されたことがないって気づいて……もっと生きたかったって、心の底から泣き叫びたかった」
凍りついていた感情の殻が、自らの言葉によって剥がれていく。
流すはずのなかった涙が、由香の頬を伝ってポロリと地面に落ちた。現世でも地獄に来てからも、泣くことなど許されなかった。涙は弱さの証明であり、周囲に食い物にされるだけの致命的な隙だと信じ込んでいたからだ。
「……私は、本当はただ、怖かっただけなんだ……」
震える小さな肩を、ガルドの大きな手がそっと包み込んだ。
驚いて顔を上げた由香の目に映ったのは、いつもの冷徹な支配者の顔ではなく、深く温かな光を湛えたガルドの赤い瞳だった。ガルドは何も言わず、ただ不器用な手つきで由香の頭を引き寄せ、その広い胸の中にしっかりと抱き締めた。
「泣いてもいい」
ガルドの低い声が、由香の耳元で優しく響く。
「お前がどう生きてきたか、その傷がどれほど深いか、私には分かる。……もう一人で戦わなくていい。お前は、ここで生きてもいいんだ」
その言葉は、現世の誰も決して言ってくれなかった救いの言葉だった。
由香の凍りついた心の奥底で、固く閉ざされていた氷が音を立てて溶け出し、長年抑え込んでいた感情が一気に溢れ出す。由香はガルドの胸に顔をうずめ、子供のように声を上げて泣いた。
地獄の底の冷たい城で、トゲだらけだった少女の心が、初めて誰かの温もりによって救われた瞬間だった。
第8話「凍りついた心の融解」をお読みいただき、ありがとうございます!
由香が抱えていた過去のトラウマと「生きたかった」という本心がガルドに受け止められ、二人の間に確かな絆が生まれた回でした。冷徹なサバイバーだった由香が、ガルドの優しさに触れて涙を流す姿に、胸を打たれていただけたら幸いです。
そして次回、第9話では、そんな二人を脅かす「地獄の悪意」が再び忍び寄り、新たな波乱の予兆が訪れます……!
「ガルドの包容力がイケメンすぎる」「由香ちゃんが救われてよかった号泣」と思っていただけましたら、ぜひブックマークや評価、いいねをよろしくお願いいたします!
それでは、第9話でお会いしましょう!




