第一作戦 僕はパパとは呼んでやらない!
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前作、猫の瞳に恋してない のスピンオフ作品となります。
「俺のことは、パパって呼んでくれ。」
俺は部屋の角に三角座りをしている子どもに、お得意の営業スタイルで二カッと笑いかけた。
「……パパ?」
明らかに嫌そうな顔をする子どもの黄金の瞳が濁った。この瞳の色は、あの冷血宰相の女や、彼女のいとこであり、くされ縁の鍛冶工の友人にそっくりだ。もしかしたら、どこかで血筋が繋がっているのかもしれない。
「レオン……腹減ってないか? 何か食うか?」
レオン……という名の彼は、俺が勢いで引き取った戦争孤児だ。今回の反乱軍との戦争で辺境地区が壊滅状態の中、生き残った子どもで、我々騎士団にエレノア様や反乱軍の動きを自身の命を顧みず情報提供してくれた。勇気と男気溢れるこの熱い瞳に、俺は心底惚れてしまったのだ。俺はどうしてこうも、熱い瞳のやつに弱いのか。反乱軍鎮圧後の帰り道、馬車の中でうずくまるレオンを見て、思わず俺が引き取ると名乗り出た。周りの団員達からは止められたが、この輝く金色の髪、黄金の瞳のレオンと、俺が別れたくなかったんだ。そのまま彼の手を取り、家に連れて帰ってきた。
そして、今に至り、部屋の隅で座っている。レオンは俺を警戒している。当たり前か。そのとき、
――――グルルル!
レオンの腹の虫が盛大に鳴いた。レオンは顔を真っ赤にして、膝で顔を隠す。大人びた表情をしているが、まだまだ9歳の子どもだ。
くされ縁である鍛冶工のトトから、困っているやつがいたら兎に角、食わせて風呂入れて寝かせてけと教わったことがある。困ってる奴って、うちの団長だよな。昔からトトに甘えてるからな。
「ぶふっ! レオンやっぱ腹減ってんじゃねーか。何食いたい? 料理は得意な方だぞ」
昔、トトの生家であるシュタイク家の女将さん、つまりトトの母に教えてもらっていたからな。トトが料理上手なのも、母親譲りだ。
レオンは黙っている。俺もしばらく、レオンの様子を観察した。観察は諜報部隊長でもある俺のクセだ。
「……たべたい」
「え?」
レオンが何か発したが聞き取れず、耳に手を当てる。
「ミートドリア……食べたい。お母さんが好きだったんだ……」
レオンの金色の瞳がゆらゆら揺れた。この子どもから両親を奪ってしまった戦争、そして救えなかったことへの悔しさ、色んな感情が俺の胸を荒らした。グッと口元に力を込めて、レオンに笑いかけた。
「いいな! ミートドリア! すぐに作ってやるよ。レオン、その間に風呂、入ってこい」
レオンに俺の服はでかすぎる、小さい服は……ない。任務ばかりで、俺には可愛い彼女なんていなかったし、一人の生活が長すぎて家事能力を鍛えられすぎて、今や何の不便もない。彼女でもいれば、小さめの服もあったかもしれないが、残念ながら、そんな相手は見つからなかった。俺にも団長みたいな工房があればなと、一人悲しくなってきた。
「僕、ザックさんのでいいよ。何回かズボンの裾折り曲げたらいけそう」
いけそう……って、俺がチビで悪かったな。
「わかったよ。あと、ザックさんじゃねぇ、パパだ!」
「やだ」
「即答かよ」
「お風呂、行ってきます」
レオンは俺から替えの服を引ったくり、沸かしてやった風呂へ走っていった。俺は仕方なく、台所で米を研ぎ始めた。誰かのために料理を作るのは初めてかもしれない。ザルの中にあるいつもより多い分量のお米に、俺は少し笑った。
「まぁ……悪くねぇよな。」
そう言って、レオンのリクエストであるミートドリアを作り始めた。台所の向こうから、俺じゃない生活音するのは、妙にくすぐったくもあり、恥ずかしくもあり、不思議な感覚だった。心臓の下の方からゆっくりと温かい血が巡っていき、胸全体が熱いコーヒーを飲んだ後のように、ほろ苦く溶かされていく。
俺、何、ワクワクしてんだ。
いつのまにか、口笛を吹きながら、俺は包丁で野菜を切っていた。
◇
レオンが風呂から出てくると、さすがに俺のTシャツでもデカすぎたのか、ダボダボになっていて、ズボンは四回折り返したら、入りましたとわざわざ教えてくれた。
「できたぞ。ミートドリア。レオンのお母さんの味には敵わんだろうけどな」
レオンをテーブルにつかせて、スプーンを持たせる。彼の前にアッツアツのミートドリアを置いてやった。チーズもこれでもかとかけてやったから、ドリアのミートソースの部分が見えていない。
「いただきます……」
レオンはゆっくりとドリアを口に運んだ。俺は自分の分を用意するふりをして、レオンの様子を観察した。レオンは、何も言わず黙々とドリアを食べている。口からたくさんチーズが伸びていて、頬が赤くなっている。熱いのか、スプーンに乗るチーズ伸び伸びのドリアにふぅふぅ息をかけていてた。少し瞳が潤んでいるが、俺は何も言わなかった。
だって、触れてほしくないことって、誰にだってあるだろう?
俺はレオンの前の席に座り、一緒にドリアを食べ始めた。トマトとチーズの味が口の中で広がり、追いかけるようにご飯が胃を満たしていく。久しぶりに食べたがチーズは無敵だなと思った。
レオンを見ると、スプーンでチーズを、伸ばして何やら遊んでいる。どこまで伸びるか試しているようで、切れないように真剣な顔をしていて、俺は吹き出さないように必死だった。
「あっ……」
チーズが切れた。少しだけ悲しい顔をするレオン。
「おまえ、へたくそだな。こうやるんだよ」
俺はドリアをスプーンで混ぜて口に頬張り、ビヨーンと口からスプーンを出してチーズを伸ばした。チーズと口の間にチーズの橋ができる。
「……すごい……」
「レオンもやってみろ」
「お母さんが行儀悪いからやめろって言ってたよ」
「気にすんな! 男は、ちょっと行儀悪いぐらいの方がモテるんだよ」
「ザックさん、モテるの?」
「……もうすぐ、モテる予定だよ!」
「いないんでしょ。彼女」
「うるせぇよ、あと、パパだ!」
レオンの表情が少しだけ緩んだ。ふわりと柔らかい空気がレオンを纏っている。俺はそれを見逃さなかった。トトの言った通りだ。とりあえず、飯、風呂、寝ろ、は万能かもしれない。
「食べたらさっさと寝るぞ。」
ドリアを食べて、チーズを伸ばして、レオンはスプーンを楽しげに動かしている。黄金色の瞳が揺れ、鼻が少し赤い。俺はレオンのコップにお茶をたくさん入れてやり、
「ほれ、全部胃に流し込め!」
二カッと笑った。レオンはきょとんとしていたが、コップを手に取り一気に口に流し込んだ。ゴクゴクという喉を鳴らす音が聞こえる。
「ぷはぁー!」
レオンがお茶を飲みきった。どこか少しだけスッキリした顔をしている。濁っていた金の瞳に光が差し込んでいた。強くて優しく、俺が惚れこんだあの瞳だ。
「ごちそうさま。」
レオンがスプーンをテーブルに置き、俺に頭を下げた。俺はレオンの頭を撫でてやり、皿を手に取る。
「レオンは、いい子だ」
レオンはガシガシ頭を撫でられながら、ただ一度大きく頷いてくれた。彼の瞳から流れた一筋の涙を俺は見ないようにしてやった。
ここまで、お読み頂きありがとうございました!
前作をお読み頂いた方もお読みじゃない方も、楽しんで頂けたらと思います!




