好奇心旺盛
――自分についてわかっているようで何よりだ。俺の剣の腕に関しては、姫の関知するところではない。目にする機会があれば、そのときに判断すれば良い
「開けろ。俺が出たら閉めるように」
騒然とした玄関ホールに、厳粛な冷ややかさを持つ声が響く。
彼が外へと続くドアから出て行く寸前、その場に足を踏み入れたセリスはまっすぐに伸びた背を見た。
血の匂いも、痛みに呻く声も彼の足を止めることはないらしい。
ラムウィンドスは剣を抜き放ち、野太い咆哮を上げる猛獣へと向かって行く。
ほんの一瞬、彼の倍以上の体躯の獣が伸び上がって彼の前に立ちふさがるのが見えた。
ドアはすぐさま側に立っていた金髪の兵士によって閉ざされてしまい、物音のすべてがくぐもって鈍くなる。
隙間から入り込む光の筋も消えた。
彼の姿が見えてからすぐにドアまで闇雲に走り出していたセリスは、側に立つ金髪の兵士を見て叫ぶ。
「ひとりで行かせて、このように閉めてしまっては、誰があの方を助けるのですか!?」
澄み渡る青空のような瞳が、セリスに向けられた。
彼以外の周囲すべてが色褪せるような、完成された美貌の持ち主であった。これまでただでさえ面と向かいあったことのある「人間」が少ないセリスであるが、それでも目の前の相手がずば抜けた容貌であることは理屈を超えて理解できた。
一方、相手もまたセリスをしげしげと見ていた。月のお姫様、と小声で呟いてからにこりと笑いかけてくる。
「心配せんでええよ。総長はこの地上で負けなしだから」
「ライオンが相手でも?」
「そう。やると決めたら絶対に負けない。イクストゥーラ軍の総司令官として、鎮圧すべき騒乱があれば常に先陣を切るお人や。人間でも獣でも、本気のあの人に勝てる奴はこの地上にはおらん」
誇らしげに言い切られて、セリスは一度口をつぐむ。
(地上で負けなしの総司令官? ゼファード兄様も言っていたわね。「これ以上強い男はこの地上を隅々まで探してもなかなかいない」と。ラムウィンドスは、そんなに強いの?)
口裏を合わせて騙していないのであれば、彼を知る人は彼の剣の腕に絶大な信頼を寄せている。
それが、彼に反発を覚えているセリスにはどうにも受け入れがたかった。
「彼を讃えるひとは、本当に強いひとと出会ったことがないだけということはないかしら」
「え?」
「だって、世界は広いのでしょう?」
セリスのぼやきに対し、相手は真剣な顔で聞いていた。ほとんど瞬きもせずに見つめられる。その瞳の美しさを意識すると途端に落ち着かなくなり、セリスは一歩身を引きながら「わたしは世間知らずなので、自分では何も知りません。『世界が広い』というのは、ただひとから教えられた通りのことなのですが」と言い添えた。
金髪の兵士は笑顔で頷いた。
「総長は俺から見える範囲での最強や。たとえ他国の軍勢が攻め込んでくることがあっても、あのひとがいる限り絶対に負けないって信じとる。でも俺は田舎から出てきてイクストゥーラ以外の広い世界はまだ見ていない。あのひと以上の剣士もどこかにおるんかな」
独特のクセのある話し方であったが、言葉としての意味はセリスにもわかる。
兵士はさらに「見てみる?」と気安い調子で話しかけてきた。
「ちょーっと様子のおかしい猫チャン……いや猛獣や。たぶんなんかねんねの薬以外の薬を食わせられているライオンがおってね。暴れ方が普通やなかったから、危ないんやけど」
「見るにはドアを開けるしかないですね?」
「そう。もしかしたら総長が全部いわしてる……えぇと、もう大人しくさせてるかもしれないけど、もし向かってくる奴がおったら、俺が守るよ。その銀色の髪は、姫サンだよね?」
小首を傾げるようにして尋ねられて、セリスは頷いた。
「はい。見てみたいです」
「好奇心旺盛やな。閉じ込められとったって聞いとるけど、ずいぶん不自由やったろうな」
さらっと言って、兵士はドアに手をかける。
「もしかして、姫さんはこのドアから先に出たことがない?」
「……そういうことになっています」
セリスが曖昧に答えると、兵士は口の端を吊り上げて笑い、ドアを開けた。
「じゃあ、行こう。俺がついとるけど、そばから離れんといてね」




