仲良く出来ない
(男の人の声。女の人の声と、響きが全然違う)
耳にじんわりとした余韻が残る。もっと聞きたいと思う。それをどう伝えて良いかわからず、セリスは名乗った。
「わたしはセリスです」
「知っている」
返答は、おそろしくそっけなかった。
ラムウィンドスは、すっと横を向いて声を上げた。
「ゼファード様。笑っていないで早くこちらへ。子どものお守りは俺の仕事ではない」
「……子どものお守り?」
ドアの死角になる位置から「はっはっは」と明るい笑い声が響いた。
女性ではない、男性の声で。
すぐに、ラムウィンドスの横に人影が現れる。
ゆるく波打つ長い銀の髪を、金糸で縁取られた茶色の肩掛けに流した背の高い人物。
真珠や刺繍、豪奢な房飾りのついた濃緑の長衣を艶やかに着崩している。水際立った容姿、奔放で華麗な雰囲気。
離宮暮らしであったセリスはこれまで出会ったこともない相手であるが、女性ではないというのは直感的にわかった。
「こんにちは、姫。私の名前はゼファードだ。君の兄だよ。迎えにきた、よろしくね」
愛想良く笑いながら、隣に立つラムウィンドスの肩に頭をのせるように傾げて、軽くしなだれかかる。
ラムウィンドスは猛烈に嫌そうな表情をしたが、ゼファードはそれには構わず、セリスを見つめて目を輝かせた。
「なるほど、これは想像以上に麗しい。父王が隔離やむなしと考えたのもよくわかる」
あからさまに容姿に言及されたのは初めての経験で、セリスはどう反応して良いかわからない。
言葉を詰まらせ、目を瞬かせるだけのセリスに対して、ゼファードは表情を引き締めて続けた。
「さて、時間がないので手短に伝えさせてもらう。知っての通り、君には煩わしい予言がある。王宮に行けば私と君が仲良くするように誰も彼もが余計な気を回すことだろうが、私にとっても姫にとっても実に迷惑なことだ」
「仲良くは……迷惑?」
意味を掴みかねて聞き返したセリスに対し、ゼファードは破顔する。
「ただ仲良くするだけなら、迷惑なんてことは全然ないよ。大歓迎だ。私が言っているのは、姫が『選ぶ』意味のほうだ。つまり、このところ周辺国に揉まれて何かと危うい月の国が再起をはかるために、我が国から覇王を出したいと考えている重臣たちが今回の件を後押ししている。しかし、どれほど唆されようとも私は兄妹婚の禁忌を犯すつもりはない」
兄妹婚。
さらっと口にされた言葉に、セリスは顔をこわばらせた。
男性を目にしたことがなかったセリスは「結婚」を概念でしか知らないが「禁忌」の言葉の重さから緊迫感が伝わってくる。
ゼファードは、微笑んだまま続けた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ。私は未来視をさほど信じない性質なんだ。ここだけの話、預言についても半信半疑だ。か弱き姫に『選ばれた』だけでこの動乱の時代に世界の覇者となれるなんて、そんな簡単な話も信じない。だから君は、好きに生きればいい」
言われた内容を理解しようと考え込んだセリスをよそに、ゼファードへ冷たい視線を注いでいたラムウィンドスがぼそりと呟いた。
「これだけ長い間こんな辺鄙なところに閉じ込めておいて、いまさら『好きに生きればいい』も何もない」
頭の中であれこれ考えていたセリスであるが、この言語化には頷けるものがあり思わず「そうですね」と同意しそうになった。
しかし、続くラムウィンドスの言葉にそんな気持ちは消え去った。
「どうせ世間知らずで、無知で、甘ったれで、自分ひとりでは何もできない。この年齢まで競争相手もなく頑張らなくても生きていける環境にあって、怠惰であっても咎められることもなかったとすれば恐ろしく無能で役立たずだろう。『好きに生きればいい』と言われても、何も思いつきもしないさ」
彼の言葉は、それまでセリスが生きてきた世界には無い冷ややかさと敵意に満ちていた。
「なんですって」
目を大きく見開き、唇を震わせてセリスが言っても、ラムウィンドスはどこを吹く風といった落ち着きである。
ふん、とふてぶてしい態度で眼鏡の奥の目を細めて言い返してきた。
「何か問題でも?」
「問題しかないです! あ、あ、あなたにわたしの何がわかると言うのですか!」
「何も。知らない、興味もない」
「ならばなぜ、決めつけるようなことを言うのです!」
無知で甘ったれで怠惰で無能と言われた。
暴言だ。
怒りに震えるセリスを見つめて、ラムウィンドスは「聞かれたから一応答える」というだけの気のない態度で言い放った。
「知らなくてもわかるからだ。いっそ一生引きこもって外になんて出てこなければいいものを。弱い人間が生きていけるほど、世界は優しくない」
世界が優しくないなんて。
そんなことは、セリスだってよくわかっている。
「好きで引きこもっていたわけではないのです! やりたいけど、やらせてもらえないこともたくさんありました! わたしはこれからそれを取り返します!」
「『やらせてもらえないから、やりませんでした』何の疑問も持たずにそういうことを言う人間は、いつまでも同じことを言う。他人の意思に自分を曲げられることに慣れすぎているから」
彼はなぜ、ここまでセリスにつっかかってくるのか。
このときのセリスにはまったくわからなかったが、一つわかることもあった。
(このひとの言い分に屈してはならないわ)
ゼファードはくすくすと笑い、ようやく口を挟んできた。
「ひとまず、そこまで。ラムウィンドスは月の国きっての剣の使い手で、これ以上強い男はこの地上を隅々まで探してもなかなかいないはずだ。今日から姫の護衛としてつける。だからね、私としては二人にぜひとも仲良くして欲しいんだ」
セリスの耳に、その言葉は悪夢のように響いた。
「仲良くはしません!」
すかさずセリスは言い返す。
(「選ぶ」意味でも絶対にありえません!)
ラムウィンドスは感情をすべて消し去った無表情となって、そっけなく言った。
「王子の命令であれば護衛はする。それだけだ。仲良くする必要はない」
それが、セリスと彼の出会いだった。




