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姫の花道  作者: 有沢真尋
第一章

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10/10

心抉るひとこと

 出発の準備は、慌ただしく始まった。


 負傷してすぐに動けない兵に関しては、離宮へ置いていくとラムウィンドスが判断をした。「男性と出会ってはならない」離宮の主が今日ここを出て行く以上、そこはすでに男子禁制ではないからだという。

 その際「ライオンの死骸の片付けを離宮の女性兵士だけに任せるには荷が重いので、王宮へ戻る前に手伝ってから来るように」とも付け加えていた。決してその肉を口にしようなどと考えてはならない、とも。


「薬物を使って暴走させたか。さて、そういうことをしそうな手合は何人か思い浮かぶが、世間知らずの姫に対してずいぶん手荒な歓迎をするものだ」


 離宮の前庭に遅れて姿を見せたゼファードは、報告に耳を傾けて薄く笑った。セリスが自分を見ていることに気づくと、面白そうに続ける。


「こういうことは、この先何度もあるよ。そのためのラムウィンドスだ。まさか、姫がその目であいつの戦いぶりを見に行くとは思わなかったけど。ずいぶんと活発なのだね。危ないとは考えなかった?」


 穏やかな声には咎める響きこそなかったが、セリスは回答でしくじると途端に冷淡になるレルワニを思い出してひやりとしたものを感じつつ慎重に答えた。


「他の方が護衛についてくださったので、大丈夫ではないかと判断しました」


 すっと、ゼファードが目を細めた。前庭で準備をしている兵士たちに視線をすべらせて、日差しの中で蜜色に輝く髪の青年に目を止めた。


「アーネストか。ラムウィンドスがいる限り、どうしても二番手までにしかなれないだろうけれど、あれも筋は良い。今後イクストゥーラ軍を背負って立つことになる良い人材だ」


 楽しげに言ってから、窺うようにセリスの顔を見つめてくる。


「びっくりするくらい、顔が良いだろう」

「あ、はい! わたしは『普通』がよくわかりませんが、そうですよね!? あの方の顔を最初に見たとき、びっくりしました」


 まさに思い浮かべたことを聞かれて、セリスは素直に思ったままを口にする。ゼファードはさりげない口ぶりで続けた。


「選びそうになった?」

「えっ?」

「容姿で言えば私はあの男以上の男は知らない。面と向かい合って姫はどう思ったのだろう。あの男に、自分の隣にいて欲しいと願ったりはしないのだろうか」

「……わたしひとりでは右も左もわかりませんので、守っていただく必要はあると考えましたが……あの場で、あの方が覇王になるだろうなんて考えもしませんでした」


 試されているのは感じたが、駆け引きの手管のないセリスは正直に思ったことを伝える。

 途端、ゼファードは「あっはっはっはっは」と腹を抱えて笑い出した。

 朗らかな笑い声が響き渡ったことで、兵士たちが振り返ってくる。注目されているのを感じながら、セリスは「あの……?」と控えめに尋ねた。

 ゼファードは笑いすぎたせいか目の縁に浮かんだ涙を拭きながら「面白いね」と呟きセリスに視線を戻してきた。


「あの瞬間に『選定』が成って世界の未来が確定しても不思議はなかったんだけど、いやはや姫はなかなかに手強いらしい。あの顔でも動じないというのはさすがだ。しかし『覇王になるだろうなんて考えもしませんでした』という言葉には考えさせられるものがある。覇王になろうだなんて考えたこともない私でさえ、予言と神託に名指しされた姫からそれを直に言われたら、男として落ち込みそうだ」


 言われた内容をじわじわと理解し、セリスは顔から血の気が引くのを感じた。


(わたしは……選ぼうなんて意識していなかったけれど、もしあの時アーネストに気持ちを奪われていたら「選んで」しまったかもしれなくて……!?)


 幸いそうはならなかったが、それを「覇王になるだろうなんて考えもしませんでした」と言うのもまた、問題がある。セリスが口にするとそれは相手に対する強い否定そのものだ。


「違うんです、本当に何も考えなかったっていうだけなんです! 相応しいも相応しくないも!」


 焦るセリスの横で、ゼファードは再び笑い声を響かせる。

 ちらりと、ラムウィンドスが視線をくれた。緋色の布の幌が獅子の爪によって無惨に引き裂かれた馬車を確認していたが、兵士たちと言葉を交わしてから戻ってきた。


「馬車はだめだ。車輪も外れそうだ。姫に何かあってからでは遅い。俺の馬に乗せる」

「私の馬でも構わないよ」

「だめだ。何かあったら困る者同士で固まられても、迷惑なだけだ。王子は自分の身を守ることだけを考えていろ。襲撃は王子の身の安全を気にしない者に仕組まれていた」


 およそ愛想というものがないラムウィンドスは、王子であるゼファードが相手であっても一切の気遣いを感じさせない冷淡な口ぶりで話す。

 セリスは口を挟まずに待っていたが、不思議に思う気持ちが顔に出てしまっていたのかもしれない。遅れて近づいてきたアーネストに「どしたん? 変な顔しとる」と気安い口ぶりで聞かれる。何かがさくっと胸に刺さった。痛かった。


「変な顔……あの、アーネストに比べたら変かもしれませんが、変ですか?」

「え? いや、違う違う! そういう意味やのうて、冴えないっちゅうか!」


 失言を悟ったアーネストが「違う違う」と繰り返すものの、セリスは「大丈夫です」と神妙に受け止める。


「わたしもさきほど、あなたに大変失礼な意味合いになりそうなことを考えてしまいました。いまの胸の痛みは、教訓としてそのまま心に刻んでおきます」

「はぁ……なんやようわからんんけど。不思議なお人やね……」


 曖昧に濁した口ぶりで言われて、セリスはすかさず「それなんですけど」と食いついた。


「わたしはこれまで、離宮の侍女同士では気安い口調で話しているのは聞いたことがあるのですが……王宮では王子に対してもそういう……つまり、ラムウィンドスみたいな話し方が普通なんですか?」

※誤字報告ありがとうございます!

※リライト前にいただいた感想で「初期ラムウィンドスって本当に敬語使わないですよね」というのがあって……「あっ、ほんとだ( ゜д゜)」って思ったんですけど、書き直してもやっぱり偉そうな態度はそのままで……

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